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53 プレリュード(前兆)

「ハックションッ! ウェーイ……」


 というクシャミが聞こえ、俺は目を覚ました。

 ハッとして上半身を起こすと、噴水の近くのベンチで横になって寝ていた俺の体に布団が掛けられていた。


「アリスが掛けてくれたのか……」


 そのアリスは俺に占拠されたベンチの端に座り、俺のふとももに持たれかかって眠っていた。


「ってか、今のクシャミどっちのだ……?」


 まあどっちでも良いかと思いながらアリスの肩を叩いたが、深い眠りについているようで起きる気配がまるで無かった。


 辺りは既に真っ暗だった。


 アリスの服装を見ると変わっていなかったので、シャワーも浴びずに俺の元にいてくれたらしい。

 夕食は少しはしたようで、食パンの残りとバターがアリスの足元に置いてあった。


 俺は立ち上がってからその食パンを1枚かじり、取り敢えずちゃんと和室に寝かせようとアリスをお姫様抱っこした。


「この時間だと少し寒いな……」


 アリスの体も少し冷えていた。


 アリスが風邪をひかないか心配になり、ジャオンまでなるべく早足で歩いた。


 歩いていると、アリスの長い黒髪が風に舞って俺の手に触れた。

 その艶やかな細い毛先でくすぐられて痒くなったが、我慢をした。


 ジャオンに着き店内を歩くと、アリスが小さい寝息をたてた。

 そのあどけない寝息を聞きながらステータスがカンストしている寝顔を眺めていると、バックヤードの前に着いていた。


 俺はドアを足で開け、そのまま和室まで歩き、一度掛け布団のない俺の敷布団にアリスを寝かせた。

 そのままアリスの掛け布団を捲ってからアリスを移動させようとしたが、めんどくさいので別に俺の敷布団のままでも良いかと思い、アリスの布団を丁寧に掛けた。


 そうして、青の敷布団と赤の掛け布団に挟まれて眠っているアリスの顔を見ると、目の下に涙のすじの痕が見えた。


「あーあ……。また心配掛けちまったか……」


 俺は独り言を一つ呟いてから立ち上がり、俺の掛け布団を取りに噴水のベンチまで戻った。


 歩きながら、食人花のガスの影響が急激な睡魔だけだったかを確認する為に、少し無駄に動き回って見た。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 闇を斬り裂く二撃の斬風を確認すると、次に木霊を使役した。


「出て来いや木霊!」


――出たで ――そうやで ――真っ暗やでっ


 そして低めに木霊を配置し、3体の木霊の上を駆けた。


「……絶好調だな。やっぱあのガスは眠らすだけの攻撃か。でもほんの少し吸っただけで、あんだけの睡魔ってヤバいな……」


 木霊が全員戻り、再び1人になった俺はそのまま闇の中を歩いた。





 次の日の朝は特に何事も無く訪れた。


 しいて言えば、朝方やっと眠気が訪れ眠った次の瞬間にはアリスに叩き起こされた事ぐらいだろうか。

 まあ昨日は異常な程に眠り過ぎた1日だったので、それを加算すれば睡眠時間は十分足りているだろう。


 朝食を早々に終えた後、アリスはシャワーを浴びると言って着替えを持って女子トイレに向かった。


 俺はそれを待っている間、獲得した月の欠片を小さい方の両替機に7個ほど投げ入れ、ショッピングモールのHPを回復させた。


「全回復したかブタブタパニックで確認したいけど、メダル勿体ないよな……。まあ計算上は全回復してるハズだし大丈夫か」


 俺は独り言を呟きながら、残りの月の欠片11個をアリスの赤いリュックから取り出した。そして7個をメダルに替え、ガチャガチャコーナーまで歩いた。


「まだ回してないのは、槍と拳と杖とハテナマーク……それと」


 俺は少し奥にある、黒ずくめのガチャガチャ3台に目を向けた。


「あの怪しいガチャガチャか……。まあ全部1回ずつ回してみるか」


 アリスはまだシャワーを浴びながら謎の鼻歌を歌っていたので、先に俺1人で回してみようと拳ガチャガチャにメダルを投入した。





「シャワー気持ち良かったわ! あなたも浴びたら?」


 まだ髪を濡らしているアリスが女子トイレから出て来て、俺の背中をチョップした。 

 水のシャワーなので少し寒々しくも見えたが、まだこのくらいの気温なら大丈夫なのかもしれない。


「ああっズルいわよ! なに1人でガチャガチャしているのよ!」

「騒ぐなスケスケおパンツ譲……ちゃんとお前の分も取っといてある」


 アリスにメダル2枚を渡しながら俺は言った。


 そしてカラになった白いカプセルをボールに見立て、備え付けのゴミ箱の中央を狙って華麗に3ポイントシュートを放った。


「あなたはどれを回したの?」

「静かにしろい……この音が……」


 白いカプセルは美しい弧を描き、ゴミ箱の中に吸い込まれるように入った。

 カプセルの底を打つ音がゲームコーナーに響いた。俺は目を瞑りながら、その音の余韻を楽しんだ。


「俺を蘇らせる……。何度でもよ……」

「あなた、なにを言っているの?」


 俺は鉄板ギャグをアリスに真顔で返され、ガチャガチャから出て来た物を説明した。


「……拳と剣ガチャガチャを回したんだよ。剣が割符だったから、他のはどんなのかと思ってな。その疑問は拳ガチャガチャで解決したから、回そうと思ってた槍は止めて剣にした」


 拳ガチャガチャから出て来た白いカプセルには、剣ガチャガチャと同じような割符が入っていた。


 色合いや重さは違っており木の種類が違うようだったが、木に詳しくない俺はその材質までは分からなかった。


 カプセルを開けた後の現象も剣と同じで、光ってから消えた割符は拳技をいずれ閃く予感を俺にさせた。

 その後に剣ガチャガチャからも割符を得たので、俺は剣技と拳技の閃き待ちと言ったところだった。


「これで、剣、槍、拳、杖からは技を閃くきっかけを与えてくれる割符が入ってる事が確定したな」

「じゃあ、私はハテナマークを回してみようかしら」


 アリスは言い切る前に既にハテナガチャガチャにメダルを投入しており、そのままレバーを回した。





「ハテナマークガチャガチャって、結局なんだったのかしら」


 2人でツゲヤへ向かっていると、隣のアリスが生活用品売り場からゲットした引っ張り棒を振り回しながら言った。


 アリスは杖ガチャガチャを回して割符を得たので、棒を杖と見立てて技を閃く事を期待しているらしい。


「ハテナからも割符だったな、どの割符か分からんけど。まあ、ハテナガチャガチャはどれかが入ってるって事かもな」


 しかし、それだとわざわざハテナを回す意味が無いように思えるので、もしかしたら上位の技を閃くなどのメリットがあるのかもしれない。


 ガチャガチャについては、もう1つ新事実があった。


 それは黒ずくめのガチャガチャの事で、アリスがハテナと杖のガチャガチャを回した後にその黒ずくめのガチャガチャを回してみようとしたが、とある理由で回す事は叶わなかった。


「10枚ガチャガチャか……。なにが入ってるんだろうな」

「あの黒いガチャガチャの事? 残りの月の欠片4個を全部メダルに替えても回せないわね」

「ああ。確か月の迷宮3層の宝箱が欠片15個だったよな? それで試しに回してみよう」


 俺は手帳を確認せずに、記憶を頼りに言った。


「じゃあ残りのメダル3枚と欠片4個はどうする?」

「取り敢えず貯金しとこう。特に欠片はショッピングモールHPの緊急回復が必要になった時に、なかったらヤバいからな……」


 なにがヤバいかも分からないが、それでもゼロにする気にはなれなかった。

 これからも延々とショッピングモールHPを気にする日々が続くのだろうか。

 

 と考えていると、アリスが昔を思い出すように口を開いた。


「黒いガチャガチャと言えば、最初にあの返却口にメダルが3枚あったのよね」

「ああ、そうだったな。お前が見付けたんだっけか? なんであったんだろうな……」


 言いながら、俺は立ち止まった。


 返却口にメダル3枚……さっき俺達が1枚入れても駄目で、残りの2枚を入れた時点で10枚入れないと回せないと気が付いて、返却口のレバーを押してメダルを戻した時と同じ状況……。


「まさか……」


 俺は口に出して言うと同時に、更に思考を巡らせた。


 まさか、俺達より前にショッピングモールごと転移した人間がいたのか……?

 あのメダルは、その人物が10枚ガチャガチャを諦めて置いていった物……?

 それなら狼達が噴水の効果を知ってたのも納得いくな……。

 あれ、でもジャオンの食料や他の店にもそんな形跡は無かったよな……。


「急に立ち止まってどうしたのよ」

「いや……」


 アリスに黙っている気にはなれず、今の推論をアリスに告げた。

 未だアリスが振り回している引っ張り棒の伸縮する音が耳に響いた。


「そういうもんなんじゃない?」


 眉一つ歪ませずに、アリスはさらりと言った。


「……まあいまさら気にしても仕方が無いか」


 ショッピングモールの中に潜んでいるのなら心配だが、それは絶対に無いと言い切れる程に内部を探索して回った実績がある。

 それに、ショッピングモールスキルで侵入者を防いでいるので、外からも入れないはずだ。


「そうよ! 気にしても仕方が無い事は気にするなとお爺様も言っていたわ!」


 というアリスの言葉を聞きつつも、俺は手帳にその事を記入した。そんな人物がいるとはまだ断定出来ないが、いると考えておいた方が不意の出来事に対処出来そうだ。


「もし俺の推論が当たってるなら、その人物に会ってみたいな……。なんでこんな居心地の良い場所から出て行ったんだろうな」

「1人で寂しかったんじゃない? 私もあなたがいなかったら、どうなっていたか分からないもの」

「……可愛い事を言ったな。まあ、俺もだ」


 俺達は再び歩き出した。


 アリスが俺の手を握ってきたので、その手を握り返し、そのまま手を繋いでツゲヤへと向かった。


ブチッ……


 その足元からした音で、再び俺達は歩みを止めた。

 見てみると、俺の新品の黒いブーツの紐が切れていた。


 それは、これから起こるなにかの前兆のように思えた。


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