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52 黒いバラ

 一度、相まみえた事のある食人花。以前シルフの族長に頼まれて倒した個体とは当然別だが、その姿は非常に酷似していた。


「また黒い薔薇か……」


 その攻撃方法はごく単純で、手のように扱っている長い2本の根で掴んだり串刺しにしたりする程度のはずだった。


 しかし、目の前の殺意を俺に示す食人花は花冠を傾け、その奥にある大きな口から紫のガスのような気体を吐き出した。


「なんだ毒ガスかっ!?」


 俺はそのガスを吸い込まないように右手で口を覆い、アリスとブタ侍にもそうするように促した。

 するとアリスは風の加護で後ろにフワリと飛び跳ね、そのまま空中から食人花に向けて左手を構えた。


「アイス・アロー!」


 その氷の矢はガスを切り裂きながら飛んで行き、食人花が大きく開いている口の中に突き刺さった。

 それと同時に食人花は目の色を元に戻し、その長い2本の根をヤリのように巻き付かせ、アリスへと勢い良く伸ばした。


「させるか!」


 俺は左手に持っているバールでアリスへと迫った根のヤリを叩き軌道を変え、そのまま右手を構えて狐火を使役した。


「出でよ狐火!」


ボオオォォォ!


 狐火の尻尾から放射された火炎が食人花を丸ごと包み、薄暗い月の迷宮が炎で明るく照らされた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 二撃の斬風が炎ごと食人花をX字に斬り裂いた。


 燃えたまま4つのブロックに斬り分けられて地面に落ちた食人花は、そのまま全身を燃やし尽くし、月の欠片3個を残して消えた。


「よく燃える植物だな……。ってか少しガスを吸っちゃったかもしれん……」


 再び薄暗くなった部屋の中央で、俺は呟いた。


「愚者はよく燃えるのよ! 黒い薔薇の花言葉は、愚か。よ!」


 前に俺が適当に作った花言葉をアリスは引用した。世の中の多くの間違った認識はこうして生まれるのだろうか。


「でも欠片3個もドロップしたぞ。やっぱ食人花ってレアモンスター的な奴なのかな」


 アリスがせっせと拾い集めているのを眺めながら俺は言った。


「これで今回は、欠片8個ゲットか? 前回と一緒だな」


 月の迷宮に入るだけでもショッピングモールのHPが5マス消費される事を考えると、決していい実入りとは言えなかった。


 しかし再び地面に立ったブタ侍が宝箱を開けた事により、十分満足のいく戦果となった。


「凄い! 欠片が10個も入っているわよ!」

「ああ……あと、これは……」


 俺は月の欠片とともに宝箱の底に立て掛けられている、大理石の板のような物を手に取った。


「この数字と記号はなんだろうな……」


 1~10と刻まれた横にある記号を眺めながら、俺は言った。





 2層の攻略を終えた後、3層への階段を下りずに俺達はブタ侍の帰還魔法で戻っていた。


「このブーツ動きやすかったわ!」


 アリスが無駄に駆け回りながら、噴水の淵に腰を掛けている俺に言った。俺は適当に相槌を打ち、大理石の板に刻まれている物を書き写した手帳を眺めた。


1 月のマーク 3

2 月のマーク 10 石板のマーク

3 月のマーク 15

4 薬のマーク

5 指輪のマーク 杖のマーク

6 剣のマーク ヤリのマーク

7 鍵のマーク

8 鍵のマーク

9 鍵のマーク

10 D.C.


 数字と記号が刻まれた大理石の板は、見た者に伝えたい事を伝えるには不十分にも思えた。

 しかしそれは今に始まった事では無く、ゲームコーナーで鍛えられた俺の柔軟な頭はその内容をほぼ把握した。


「左の数字は階層で、その隣が階段部屋の宝箱の中身だな。1層と2層に入ってた月の欠片と大理石の板が一致する」


 ペンをノックしながら呟くと、アリスが隣に座って手帳を覗き込んだ。


「薬や鍵の記号とかはなにかしら?」

「さあ……多分そのまま薬とか鍵が入ってるんじゃないか? なんの鍵かは知らんが。ってか最後のアルファベットはなんだろうな」


 疑問を漏らすと、アリスは勢いよく立ち上がり俺の目の前で両手を腰に当てた。


「私、分かるわよ!」


 アリスは俺が分からない事を自分は知っているという優越感を、目の輝きで表していた。


「……勿体ぶらないで早く言えよ」

「その前に、あなたは分からないと認めるのね? いつものように、聞いた後に知っていたように振舞わないでちょうだい!」

「……俺には分からん。だから早く言え」


 俺は素直に認め、アリスに答えを言うように促した。


「ふふふ。私ピアノをやっているから分かるの。教えてあげるわ、これはダ・カーポと言う楽譜に用いる記号よ。曲の頭に戻るという意味ね」


 その意味を聞いてなるほどと思ったが、アリスの『ふふふ』にイラっとした為、俺は反旗を翻した。


「ほうほう。んでんで? そのダカーポが石板に刻まれてる意味は? ん? 当然そこまで分かってるんだろうな? ってかなんでアルファベットなんだ? これは俺達が勝手にそう認識してるだけか? それとも、実際にアルファベットが刻まれてるのか?」

「ぐぐ……。それは私にも分からないわ……」


 俺が完全勝利を確信していると、アリスはその場で天を睨み叫んだ。


「降りて来なさい、神! 意味を教えなさいよ!」

「アリス、それは俺の面白いやつだ」

「私のよ!」


 ラーニングされた事を諦め、俺はそのダ・カーポという記号が記されている意味を考えた。


「……曲の頭に戻るか。もしかしたら、俺達が元の世界に戻れるアイテム的な物だったり……」

「それか、月の迷宮の1層に戻るとかかしら」

「ああ、それもあり得るな……。ってか解釈次第でなんとでも考えられそうだ」


 俺は手帳を閉じると同時に話を締めた。10層なんてまだまだ先の事なので、あまり考えても仕方が無い。それに大理石の板のスペースを見る限り、10層から先もまだまだありそうに思えた。


「石板のスペース的には40層ぐらいまでか」

「10層まででスペースの1/4程度だし、そうかもしれないわね」


 取り敢えず10層までの内容は手帳に記入したので、無駄に重い大理石の板は和室の押し入れにでもしまっておくかと考えていると、アリスが赤いリュックに再び付けたブタ侍の頭を撫でた。


「ブタ侍ちゃん、またぬいぐるみに戻っちゃったわね」

「ああ……何故かニタニタとしたいやらしい表情だな……。まさか、隠密行動が得意ってそういう事だったのか!?」


 ブタ侍が開錠の呪文を唱える辺りから、ずっとアリスのスカートの中を覗かないかを見張っていたが、そんな素振りは一切見せなかった。


 しかしその表情を見る限り確実に犯行は行われたはずなので、隠密の視線移動で俺に尻尾を掴ませなかったようだ。


「このむっつりスケベ! 次はそうはさせない、アリスのおパンツ様は俺が守る!」


 俺は立ち上がりながら拳を握り、宣言をした。


「なにを言っているのよ……それより、あなた足がフラついているわよ? 大丈夫?」


 立ち上がった瞬間、急に激しい眠気に襲われた。


 それは足がフラつく程で、このままだとこの場で倒れて眠ってしまいそうだったので、近くのベンチまでなんとか歩いた。


「ちょっと、本当に大丈夫!?」


 アリスが心配しながら駆け寄り、俺の手を握った。俺は逆の手でアリスの頭を撫で、それからベンチに横になった。


「もしかしたら、食人花のガスを少し吸っちまったかも……しれないな。……心配すんなアリス、ホントに眠いだけだから……ちょいまた寝るわ」


 急に激しい睡魔に襲われる原因がそれしか考えられなく、俺は推論を述べた。

 そしてアリスに手を握られたまま、天井の厚いガラスから覗かせる月の下で閉じようとする瞼に抗った。


 もうろうとする意識の中で、その月が何番目の月かが気になり、目の焦点を必死に合わせた。


 しかし、月の淵が歪んだまま俺の意識は途絶えた。


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