51 ブタ侍地面に立つ
「アイス・ニードル!」
シュバババババ!
月の迷宮の無機質な部屋で、アリスの氷の針が2体の死ビトの頭部を貫いた。
手のひらから撃たれたその針はアリスの人差し指程の大きさで、10本をある程度自由に拡散して撃つ事も可能みたいだ。
しかし当然、集束して撃った方が威力は高いようで、5本の針が頭部を貫いたにもかかわらず1体の死ビトはまだ活動を停止してはいなかった。
俺はその残った1体に正面から近づき、5本の針が貫いた眉間の辺りを狙って鎌鼬を使役した。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
古寂びたくすんだ色の革の鎧が脱げかけている死ビトが目の前で倒れると、俺の後方でアリスが不満の声を上げた。
「ちょっと! あなたは大人しくしていてちょうだいって言っているでしょ!」
「ああ悪い。でも、もうケガはマジで大丈夫だ。それより、その氷の針って1本ずつ違う場所を狙う事も出来るのか?」
「さあどうかしら……アイス・ニードル!」
シュバババババ!
試しに撃つならそう言ってからやって欲しいものだが、アリスはその10本の氷の針で大理石のような壁に薄いキズで円を描いた。
「おお……お前、マジで魔法だけはエグいな。綺麗な円じゃねーか……」
「でも壁が硬すぎて刺さらなかったわね……なんだか悔しいわ!」
直接淡い光を放つその壁は確かに硬く、ランダムに伸びている直線の溝が色々な場所で交差し幾何学的な模様を描いていた。
「アリスはマナがとんでもないようでござるな」
悔しがっているアリスの頭上でブタ侍が言った。
「アリスが魔法人形をゲットすれば相当強い魔法人形になりそうか?」
「そうでござるな、楽しみでござる。まあしかし、低階層なら拙者ら3人でも楽勝でござろう」
ブタ侍は竹刀ぶん回しながら言った。
「お前も少しは戦えるのか?」
「失礼な物言いでござるな。しかし、戦う事だけが魔法人形の使命ではござらん。お主らを導く事が拙者に与えられたナビゲーターとしての使命でござる」
「ああごめん。そうだよな、俺がゲットしたせいでお前弱くなっちゃったんだよな……」
「いや、気にする必要はないでござる。それに、戦う力はなくとも隠密行動は得意でござる」
侍でありながら忍者のような事をブタ侍が言っていると、2体の死ビトを黒いモヤモヤが包み、それぞれ1個ずつの月の欠片を残して消え去った。
「これで4個目か? 迷宮入るだけでショッピングモールHP5消費するみたいだから、もう少し欠片稼ぎたいな」
「でも、1層と違って2層はなんだか部屋が少ないみたいじゃない? さっきからあまり別れ道の無い通路を歩いてばかり」
アリスはそう言いながら部屋の奥にある通路へと向かった。
「確かに少ないな。まあ迷わなくていいけど」
先行するアリスを抜きながら俺は言った。
そうして再び2層を歩いていると、久々に通路が二股に別れた。
なのでアリスとジャンケン勝負をし、勝利した俺が選んだ右側の通路を進んだ。
「お前ジャンケン弱すぎだろ……1回も俺に勝ててないぞ」
「あなたズルいわ! パー出さないとか言いながらパー出したじゃない!」
「出さないとは言ってない。パーで負けるのが嫌なだけで、パーで勝つのは逆に快感だ」
と話していると、通路の先に広い部屋が見えて来た。その部屋は他に入り口がなく、真ん中に宝箱が1つあるのみだった。
「宝箱があるって事は、ここが階段部屋か? 階段どこにも無いけど層のボスを倒さないと出て来ないんだっけ?」
「いや、ボスを倒さないと進めないだけで、階段自体はあるハズでござる。なのでこの部屋はハズレでござるな」
なるほど。と一言返し、そのハズレ部屋の宝箱の前に立った。
「階段部屋以外にも宝箱あるんだな……ブタ侍開けてくれ」
「任せよ。開けブタ!」
アリスの頭から飛び降りて地面に立ったブタ侍が開錠の呪文を唱えると、鍵の開く音がしたと同時にその宝箱が動き出した。
「む、ミミックだったようでござるな」
ブタ侍が呑気に呟いた瞬間、箱の中から伸びた舌がブタ侍に巻き付いた。
そして伸ばした舌を縮めてブタ侍を飲み込もうとした刹那、俺はその舌をバールで叩き、同時に右腕を構えた。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
狐火の火炎放射がミミックを包むと、たったその一撃でミミックは動かなくなり、ブタ侍に巻き付かせていた舌が死後硬直のように固まった。
「おお……狐火の炎、思ってたより強いな」
俺はミミックをバールで転がしながら言った。
その、いかにもゲームに出て来そうな豪華な見た目の立方体は、どの面から見ても宝箱にしか見えなかった。
「助かったでござる」
再びアリスの頭上に登ったブタ侍が言った。
「箱の中に入れられたら、ブタ侍ちゃんどうなっていたのかしら?」
「さあ……飲み込まれてたんかな」
ドロップした月の欠片を拾いアリスの赤いリュックのポケットに入れながらも、俺はミミックを注視していた。急にまた襲い掛かって来ないか心配だったが、それは杞憂だったようだ。
「死ビトと違って倒しても消えないのか……」
「消えちゃう死ビトや食人花が変なんじゃない?」
「まあ、確かにそうか……」
俺達は話しながら部屋を出て、二股の通路まで足早に戻った。
「別れ道ね。じゃあまたジャンケン勝負で決めるわよ!」
「いや、右一択だろ……左行ったら死ビト倒した部屋に戻る事になるぞ」
アリスの小ボケを軽く受け流し、俺達はそのまま右の通路を進んだ。
「そういやブタ侍、迷宮から出るとお前暫く動けなくなるのか?」
聞きそびれていた事をブタ侍に聞くと、受け答えが大好きなブタ侍は嬉々として答えた。
「さようでござる。丸1日は月の迷宮の扉前でも、ただのぬいぐるみに戻るでござる」
「じゃあ迷宮探検は多くても1日おきか。まあそのくらいのペースの方が良いな」
「そうなの? 他の魔法人形をゲットすれば、その子が扉を開けられるんじゃない?」
アリスがたまに見せる鋭さを発揮した。
「ああ、確かにそうか。じゃあ迷宮入りまくりたかったら、UFOキャッチャーで魔法人形取りまくればいいのか」
「いや、扉や宝箱を開けられるのは、最初にゲットされて水先案内人となった拙者だけでござる」
何故か誇らしげな表情のブタ侍が、アリスの頭の上で正座をしながら言った。
「マジか!? じゃあ、さっきお前がミミックに飲み込まれてたらヤバかったんじゃないか?」
「拙者が迷宮内で倒されたら、再びUFOキャッチャーの中に戻されるでござる。もしそうなったら、次にアリスが拙者をゲットしても今のままの拙者なので弱いままでござる」
淡々と話すブタ侍はそこで一度切った後に、間を少し開けてから続けた。
「ただ、魔法人形はそれでいいとしても、迷宮内に残されたお主達は魔法で帰還も出来ず、宝箱も開けられず、ただ深層を目指すだけになるでござるな」
「それって……月の迷宮を最後までクリアするまで、俺達はこの迷宮から出られないって事だよな? ……それは物凄くヤバいな……」
「迷宮のクリアが何層かも分からぬので、とてもヤバいでござるな」
その状況になる事だけは避けたく思い、俺はこれまで以上に気を引き締めた。
「あまり無理はしないで、危険だったらブタ侍ちゃんの帰還魔法で戻るべきね!」
アリスが明るく締めると、通路の先に先程と同じような部屋が見えてきた。
その部屋の中で、いかにもボスと言った感じの生物が俺達を待っていたかのように佇んでいた。
「階段もあるわね。サクっと倒しちゃうわよ!」
「ああ……サクっと倒せれば良いけどな……」
俺が部屋に足を踏み入れると、その食人花は根幹の窪みから覗かせる目を赤く光らせた。




