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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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478 友達の今は

 ナディアのコウモリ姿を見て、俺はほとんど一瞬のうちにいろいろと思考を巡らせた。まず夜闇を切り裂く稲光のように頭を過ったのは、彼女の人間時の姿だった。前に吸血鬼――ハイデルベルクの住む城で、一度だけ見たことがある。色が抜けるほど――そして眩しいほどに――真っ白い肌をしていた裸の姿をだ。


 胸の膨らみはそこそこあった。しかし、長い銀色の髪に邪魔をされたので全貌はわからない。顔立ちは、この世から切り離された存在であるかのようにおそろしく美しかった。緋色の双眸が妖しく輝いていたのを、今でもはっきりと覚えている。年齢はおそらく十五から十六歳程度だろう。彼女に裸を見られることの恥じらいを思い出させてしまったのは、穴があくほど見つめてしまった俺の失態だ。あれがなければ、おそらくこれからも人間形態のときに裸のままでいてくれたことだろう。ハイデルベルクの戦いの悦びといい、俺は吸血鬼に人間的ななにかを取り戻させてばかりいるのだ。


 彼女が俺の背中に張りついていた理由――それは、いくら考えてもわからなかった。しかし悪い気は一切しない。なぜって、俺は熱砂を一歩ずつ踏みしめて砂漠を越えたときも、ジメジメした黴臭い地下道を往くときも、一人ではなかったのだと知ったからだ。たしかに、なにか温かみのある存在が近くにいてくれたような気がしていた。だから心細さはあんまり感じなかった。一人じゃないって、とても素敵なことなのだ。


「いえ、それは違います」と俺の心を読んだように、ナディアは運ばれてきたトマトジュースをストローで飲んでから言った。「ウキキさんの背中にとまったのは、あなたが地下から出てきたときです。それまでは、ウィンディーネさんの背中にずっといました」


「アタイにくっついてたのかよ!」とウィンディーネは大袈裟にかぶりを振って言った。俺はやっぱり一人ぼっちだったみたいだ。


「はい。だってわたしはハイデルベルク様の眷属であり、吸血鬼ですから。砂漠で日光にずっとあたっていたら、溶けてなくなってしまいます」


 隣の席で、コップの底に残った氷をがりがり食べながらガルヴィンは言った。「まあ、ボクは知ってたけどね。ずっと見えてたし。飛空艇でもべつに隠れてるつもりはなかったんでしょ? ガイサ・ラマンダに着いたら飛んでいったから、たぶんお兄ちゃんを探しに向かったんだと思ったら、そのとおりだったみたいだね」


「わかってたなら教えろよ!」とウィンディーネはガルヴィンに激しく突っ込んだが、ガルヴィンはそれを聞き流し、ナディアの耳を(コウモリにしては少し長いようだ)指でつまんで目の前に持ち上げた。


「で、目的はなんなの?」とガルヴィンはナディアに訊ねた。「この様子だと、お兄ちゃんが吸血鬼の城に行ってからずっと纏わりついてたんでしょ? 風の精霊シルフィーの葬送のときも見てたの? お兄ちゃんが、黒鎧のデュラハンの世界に迷い込んだときは? 紅衣のデュラハンとの戦いも近くにいたの? ボクが精霊王になったときは?」


 ガルヴィンは指先に力をこめていた。彼女は声色こそ穏やかだが、尋問をしているのだ。きっと屍教に属していたときに何度も行っていたのだろう。十二歳の少女にしては、押し引きが少々慣れが過ぎている。


「いいよガルヴィン、放してやってくれ」と俺は言った。「なんとなく理由がわかってきたよ……。ハイデルベルクの命令で俺に付き纏ってるんだろ? つまり、すべてが終わったあとに死合うって約束を守らせるために」


 ガルヴィンの手から解放されると、ナディアは何事もなかったかのようにトマトジュースをひと口飲んだ。「そうです」としばらくしてから彼女は言った。


「なら、俺たちのやることの邪魔はしないわけだな?」


「はい、するはずがありません。かと言って、手伝うこともありませんが」


「太陽の光は大丈夫なのか?」と俺は追うように訊ねた。まあここまで同行している以上、ある程度は耐性のようなものがあるのだろう。案の定、俺が思ったとおりのことを、彼女はいかにもめんどくさそうに簡潔に答えた。


 しかし、気になることはまだあった。「あれ、でも、お前ら眷属って、ハイデルベルクから長く離れてるとヤバいんじゃなかったか? それは大丈夫なのか?」


「あれこれうるさいですね……」とナディアは言った。「そんな設定を覚えているのはウキキさんぐらいです。では追及されても面倒なので答えておきますが、ヤバいかヤバくないかで言えばヤバくないです。ウキキさんを見張るために、あるじ様から特別な術法をかけてもらっているので。さあ、もうわたしのことは気にしないで結構ですので、自分たちがやるべきことをやってください」


 彼女は最後にトマトジュースをストローで飲み干した。小さいながらに鋭い牙が、まるで血を吸ったあとのように赤く染まっていた。店内には俺たちのほかに客はなく、カウンターの奥で老いた店主が眠たそうにあくびをしていた。窓からは街角で笛を吹く蛇使いの男の姿が見えたが、通行人は誰一人として足を止める様子はなかった。ずっと遠くの青空の下で、白い月が所在なげに浮かんでいる。しかしよく目を凝らすと、それはタージマハルのようなタマネギ型の屋根だった。そう、考えるまでもなく、白い月なんてこの異世界にはないのだ。蒼色と紅色と黄金色の3つの月。それと、双子の小さな月の女神がいるだけだ。


 聞かなければならないことはまだあった。「俺は思い違いをしてたよ……。俺たちは月の民の末裔――『唄読み』を探してる。その特徴は、銀色の頭髪を持つ人物だ。それを聞いたとき、俺は四人思い浮かべた。アリューシャ様――最始の魔女ピーリカと、月の女神ルナとリア。それに、奴隷の少年トゥモンだ……。この最後のトゥモンに会うために、俺たちはここまで急いで飛んできた。でも……そうだった。ナディア、お前も人型になると、銀髪だったよな」


 さらに言えば、彼女もまたアリューシャ様や月の女神と同じ緋色の瞳を持っている。そして、まだ人間だったころは歌姫と呼ばれていた。これでまったくの無関係というのは、少々無理があるように思える。トゥモンではなく――あるいは二人とも――『唄読み』という可能性だって大いにあるはずだ。


 ナディアはこうべを垂れて口をつぐんでいた。ガルヴィンは頭のうしろで腕を組んで、そんな彼女を見守っている。ウィンディーネは向かいの席で、じれったそうに身を乗り出していた。俺は彼女が話し出すのを、黙っていつまでも待っていることがてきた。だって、俺の前に運ばれてきたのはホットコーヒーなのだ。こんな灼熱の都市で熱い飲み物なんて飲んでいられない。冷めるまで、まだまだいくらでも時間はあるはずだ。


 やがて観念したのか、彼女は静かに口を開いた。


「本当にウキキさんはうるさいですね……。わたしはニンゲンだったころのことを思い出したくありません。あなたも以前、ハイデルベルク様からそう聞いたはずです。ウキキさんの前でニンゲンの姿になったのだって、あなたから受けた傷を癒すために仕方なくです。過去の記憶も、過去の容姿も、わたしは遥か昔に捨て去りました。なので、詮索するのはやめてください」


「そっか、ならいいよ、べつにそれでも」と俺は言った。無理になにかを聞きだすつもりなんて初めからなかった。もし彼女について知るべきことがあるのなら、知るべきときに知るのだろう。アリューシャ様ならそう言うはずだ。もっとも、あの最始の魔女の考え方を模倣するつもりはこれっぽっちもないわけだが。


 俺はなんとか喉を通るぐらいにぬるくなったコーヒを一息で飲み干し、それから会計を済ませてみんなで店を出た。まずはやはりトゥモンが従事するあの屋敷を尋ねる必要がある。しかし賞金首の俺が堂々と訪問するわけにはいかないので、少し思案した末にガルヴィンとウィンディーネに行ってもらうことにした。


 近くの通りでナディアと待っていると、二十分ほどしてガルヴィンだけが趣味の悪い豪華な門扉を抜けて戻ってきた。


 そして俺は、歳の離れた十歳の友達の予期せぬ現状について知ることになる。


「あのさ、お兄ちゃん。ちょっと言いにくいんだけど――」


 死病に取りつかれ、トゥモンは今にも死んでしまいそうなことを――。


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