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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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476 ラスト・ピース

 朝食後、俺は一人ジャオンのバックヤードを抜けて、和室の休憩室に戻った。そして座布団に座り、ちゃぶ台の上で囲碁漫画の翻訳作業を進めた。リアはもう一巻を読んでしまったようだった。それは森のリスが大樹の洞に隠したまま忘れ去られたドングリのように、部屋の隅の洗濯物のあいだに挟まれていた。しかし彼女の姿はどこにもない。フードコートにもいなかったので、きっと別のどこかで別のなにかをやっているのだろう。


 アリスは俺とガルヴィンの朝食中、少年少女探偵団のメンバーを俺に紹介してから、色々なことを事後報告という形で俺たちに話した。そのなかで、アリスがガルヴィンのなかに精霊王の力が半分残されていることをあらかじめ知っていた理由が明らかになった。なんてことはない、ただ単にアリューシャちゃん人形から聞いていたのだ。どうやら俺がガルヴィンの髪の毛を切っているあいだに、アリューシャちゃん人形が動き出してアリスやアナたちにそれを教えたらしい。まるでアリューシャ様を――最始の魔女ピーリカ――を警戒する、俺のいない時を狙ったかのように。


 三巻までの翻訳が済むと、俺は一度ペンとハサミを文房具入れに戻してから、その場で寝っ転がった。畳の心地よい感触が後頭部から脳に伝わる。おぼろげながら、まだなんとなく畳の匂いも残っている。元の世界の従業員の足の匂いも混じっているかもしれないが、それでも悪くない匂いだった。東の国のハバキ村で嗅いだのと同じ、イグサの良い香りだ。あの村で、ウヅキとミカゲとイヅナはいまなにをしているのだろう?


 四大精霊が精霊王のもとに集結した。地の精霊ノームが帰還し、水の精霊ウィンディーネが覚悟を決め、火の精霊サラマンダーの代替わりが果たされ、チルフィーが風の精霊シルフを受け継ぎ、そしてガルヴィンが半分とはいえ精霊王の力を手にした。思えば長い旅路だったし、時間もかなりかかってしまった。しかし、ついに四大精霊が精霊王のもとに集結したのだ。


 あとは、彼らがこの惑星ほしに人の底力を示してやればいい。自浄作用ガーゴイルを発動なんかしないでも、最後の飛来種から惑星ほしを護れるとわからせればいいのだ。しかし、そのために必要なピースがもう一つだけある、とアリューシャちゃん人形はアリスたちに伝えていた。それは惑星ほしとの対話を可能にする、『唄読み』の存在だ。


 この『唄読み』と呼ばれるラスト・ピースには聞き覚えがある。冒険手帳にもちゃんとメモが残されている。アリューシャちゃん人形と月の迷宮を攻略したときのものだ。そこで俺たちは、電光掲示板のような光のカーテンに映し出されるメッセージを目にした。『私はペリヌン・パリンムーン13世。月は間もなく穿たれ、消滅するだろう。残された時間は短い。可能な限りの星唄をここに記そうと思う』……たしかこんな文面だ。


 そこでアリスの星唄とは? という質問に、アリューシャちゃん人形はこう答えていた。『星唄――星の記憶のことじゃ。星はすべてを記憶しておる。その誕生から終焉までのすべてをじゃ。唄読みがそれを人の言葉に変換し、記録する。パリンムーン家は唄読みの先導的一族じゃ』。なるほど、星唄を読めるのなら、逆にこちらの考えを伝えることもできるという道理なのだろう。たぶん。


 俺は起き上がり、ちゃぶ台の上に肘をついて手のひらに頬を持たせかけた。それから四巻の翻訳に取り掛かろうと積み上げられた囲碁漫画の一番上に手を伸ばしたが、なんとなく寸前のところで別の文庫本に意識が傾いた。手に取ってパラパラとめくり、栞をさしたページを開く。ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』の一巻だ。挿絵のなかで、幼いデイヴィッドがおろおろしながらスティアフォースと教師のいさかいを眺めている。姉貴の影響でディケンズやらの十九世紀の作家の本を好んでよく読んだが、これはなかでもお気に入りの作品だ。時間があるときに再読しようと、ここに置いておいたのだ。


 俺はまた寝っ転がり、適当にページをめくって目についた個所を拾い読みした。そうしているうちに、だんだんと先々の展開が鮮やかに記憶の領域内で広がっていった。デイヴィッドはこの寄宿学校でスティアフォースと出会い、何歳か年上の彼を慕うようになる。しかし、デイヴィッドの寮生活は長くは続かなかった。母親が死に、その再婚相手である義理の父親が彼を遠方に働きに出してしまったのだ。


 小さなデイヴィッドは瓶を洗う仕事に就く。そこで一風変わったミコーバー一家のアパートの一部屋を間借りし、週給6シリングの辛く苦しい児童労働生活を続ける。しかしミコーバー氏の逮捕をきっかけにその過酷な環境から抜け出す決心をする。幼い日のかすかな記憶を頼りに、遠く離れた街の大伯母に保護を求めに会いに行く。のっけから虎の子の半シリング金貨を悪漢に掠め取られても、その決意は変わらない。


 様々な苦難を乗り越え、ついにデイヴィッドは大伯母であるミス・ベッツィの家に辿り着く。そして紆余曲折を経て、彼女はデイヴィッドを愛を持って受け入れることにする。そこで彼はのちに二人目の妻になるアグネスと巡り合い、彼女を幼馴染として健全に育っていく。新しく入った学校を首席で卒業すると、ロンドンで法律を学ぶために高名な法律事務所を訪れる。


 最初の結婚相手であるドーラは、この法律事務所の所長であるスペンロー氏の娘だった。美しく花のように可憐だが、おそろしく生活能力に欠けた娘だ。大伯母は彼女の生来の性質に気づいていたのか、多少の嘲弄を込めて『可愛い花嫁さん(リトル・ブロッサム)』とずっと呼んでいた。俺はデイヴィッドが深く関わることになる女性のうち、飛び抜けて彼女を一番好きになった。ドーラのなにもかもが愛おしい。ラピュタのアレがどうしても頭をよぎってしまうことだけが玉に瑕だ。だが彼女は病にかかり亡くなってしまう。この場面では明らかにされていないが、密かに彼をアグネスに託して。


 時系列は前後するが、寄宿学校で兄貴分だったスティアフォースとはロンドンで再会を果たした。デイヴィッドは熱烈な感激を余すことなく伝えるが、彼はのちにデイヴィッドの心に大きな影を落とすことになる。というのは、デイヴィッドにとって家族と言っても過言ではないチビのエミリーと駆け落ちしてしまうのだ。そして、最後は哀れにも水死体としてデイヴィッドの前に姿をあらわすことになる。


 面白いのは、このスティアフォースという人物を、20世紀最後のBBCドラマでディケンズの子孫が演じているという点だ。意外なところで意外な役者が意外な役をキャスティングされている。もう一点特筆すべきところは、このドラマで幼年期のデイヴィッドを、ハリー・ポッターに選ばれる以前のダニエル・ラドクリフが演じているということだ。姉貴が言うには、ダニエルの一番のハマリ役らしい。もうなにもかもが小っちゃくて愛おしいそうだ。ここでも、意外なところで意外な役者が意外な役をキャスティングされている。


 アリスの俺を呼ぶ声が聞こえた。バックヤードをどかどかと走ってくる音も聞こえる。ふと時計を見ると、もう昼の十二時に近づいていた。俺はいったいどれだけ長く夢想していたのだろう?


 この異世界を救うためのラスト・ピース――唄読みはどこにいるの? というアリスの質問に対するアリューシャちゃん人形の答えは、わからない、だった。それは儂にもわからぬのじゃ、とアリューシャちゃん人形は言った。しかしこれだけはたしかじゃ。月の民は、総じて銀色の髪をしておった。パリンムーン家の末裔なら、その特徴がなおも色濃く残っておるじゃろう。心当たりはないか?


 アリスの足音が近づいてくる。きっともうすぐにでも襖が慌ただしく開かれることだろう。やれやれ、と俺は思う。心当たりがありすぎる。というか、アリューシャ様は答えを知っていながら、敢えて俺自身に導かせようとしているのだろう。そんな気がしてならないが、考えすぎだろうか?


 俺はこの異世界で銀髪の人物を四人知っている。逆説的には、わずか四人しか知らない。双子の月の女神ルナとリア。アリューシャ様。そして、南の国の奴隷の少年、トゥモンだ……。


 一片のチョコレートのために、俺に切断した両手の小指を差し出した少年……。あいつが唄読みの子孫で、この異世界の救世主ということだろうか。


 本当に、意外なところで意外な役者が意外な役をキャスティングされているものだ。おそらくは、神や魔女をも超える見えざる者の手によって……。


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