表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

494/511

475 アリス少年少女探偵団

 女は髪型ひとつで印象が随分と変わる、と元の世界で誰かが言っていた。たしかだいぶ近しい人物の発言だったはずだ。姉貴だったかもしれないし、叔母さんだったかもしれない。あるいはクラスメイトの誰かだったかもしれないし、禿げ上がった頭の社会科の教師だったかもしれない。だがそれがどんな人物の発言だったにせよ、正しいことが証明された。ヘアーカットを施してやったガルヴィンを鏡越しに見て、俺はそれを確信せずにはいられなかった。


 やっぱりこいつはショートヘアーがよく似合う。もともと、ちゃんと手を入れさえすれば、アリスやレリアと比べて遜色がないほど美しい顔立ちなのだ。真夏の草むらのように伸び放題になっていたときは少年っぽさが先行していたが、いまは十二歳の少女がより表に出てきている。きっともう少し大人になれば、中性的な美しさを自然と手に入れられるのだろう。


「うん、なかなかいいじゃない」とガルヴィンは鏡のなかの自分を見ながら、まるで他人事のように口にした。「おにいちゃん、ほんとに髪切るの上手いんだね」


 その視線が床に注がれ、彼女は切り落とされたばかりの真っ赤な髪を見つめた。しかしなにも言わなかったし、目つきから明確ななにかを読み取ることもできなかった。「さあ、じゃあ早く掃除して、朝ごはん食べにいこうよ」と言って、ガルヴィンは自分でカットクロスを脱ぎ、箒で床を掃き始めた。俺は使用したハサミやクシを水で洗いながら、そんな彼女を見るともなく見ていた。


 ザイルのことを、どう思っているのだろう?


 あの男は彼女の恋心を利用し、精霊王の力を半分ほどもぎ取った。それしか簒奪できなかったのか、あるいは意識的に半分に留めたのか、それはわからない。しかし散髪中にそれを伝えても、彼女は特になにも口にしなかった。心の整理が追い付いていないということだろうか。だとしたら、ガルヴィンなりの答えが導き出されるまで、俺はあまり口を出さずにいたほうがいいかもしれない。


 俺はあいつのことが許せない。たぶんいつまでも許せないと思う。だけど、ガルヴィンまでが必ずしもそういう気持ちでいる必要はない。もし許せるのだとしたら、許せばいい。彼女は初恋の相手に淡い恋慕を見透かされ、最悪の形で暴かれ、行使され、そして力を奪われた。それでも想いを断ち切れないというのなら、それを幼い胸のなかに大切にしまっておけばいい。俺はどうなろうと、最後まで見守り続ける。


 ジャオンのフードコートに着いたのは、床屋の掃除を終えた八時ちょっと過ぎだった。もうみんなだいたい朝食を済ませており、十数人の老人たちと通路ですれ違った。ほぼ全員見覚えのある顔だが、クワールさんを除いて誰ひとり名前がわからない。それは、アリスと一緒にテーブルを拭いている子供たちも同じだった。


 アリスは俺たちの姿に気づくと、眼鏡をかけた男の子に俺とガルヴィンの食事の配膳を指示してから、なにか文句を言いたげな顔で駆け寄ってきた。


「ちょっとあなたたち、どこに行っていたのよ! アリス王国では、朝ごはんは全員で食べる決まりなのよ!」


 それから俺に対する小言が五分ほど続いたが(たとえば靴下が脱ぎっぱなしになっていただとか、和室に干したバスタオルが生乾きになっていただとか、どうでもいい内容だ)、ガルヴィンとザイルについては発言を控えていた。おそらくガルヴィンの髪型や俺たちの顔つきを見て、あるい程度の話はついていると判断したのだろう。この件はガルヴィンの微妙な恋心が絡んでいるので、あまり騒ぎ立てないほうがいい、と……。ただのバカのようでいて、アリスは何気に人の心の機微に敏感なバカなのだ。


 ただ、どういうわけか、ガルヴィンのなかに精霊王の力が半分残されていることは知っているようだった。アリスはそれを当の本人に確認だけして、あとは俺たちの向かい側に座って小言を続けた。


「あなた、こっちの世界に帰ってからしばらく経つけれど、みんなの名前を全然覚えていないでしょ!」


「ああ」と俺は食パンにバターを塗りながら言った。「だって、覚えるほど絡んでないしな」


「どうしてよ、ひとりひとり紹介してあげたじゃない! あなたって、そういう内気なところがあるから、みんな話しかけづらいのよ!」


 なにを怒られているのだろう、と俺は思った。せめて朝飯ぐらいは静かに味わわせてほしいものだ。特にこの味噌汁なんて、実家を思い出す懐かしい味をしている。さきほどすれ違った老人たちのなかに、味噌汁を作る達人がいたのかもしれない。


「せめて、アリス少年少女探偵団の四人は覚えてちょうだい!」とアリスは綺麗に鳴らないがそれなりに音を発する口笛を吹いてから言った。すると、四人の子供たちが一斉にアリスのうしろに並んだ。


 もちろん全員顔は見たことがあるし、二言三言なら話したこともある気がする。たしか上が九才、下が三歳、そして十一歳のアリスを合わせた五人の探偵団だ。


「じゃあもう一度紹介するわ!」と言ってアリスは椅子から立ち上がった。そして先ほど食事を持ってきてくれたメガネの男の子の手を取った。


「この子はジョバンニ、私より二歳年下の九歳よ! 知略にたけた、私たち探偵団の頭脳とも呼ぶべき天才だわ! もうこのアリス王国で、謎を二つも解き明かしているのよ!」


 謎? と俺は思った。だがたしかに顔と名前がいつまでも一致しないのは人として問題があると言えるかもしれない。俺はアリスの行動を素直に好意として受け取り、はにかんだ笑顔で手を差し伸べるジョバンニ君と握手をした。


「次はカムパネルラ、ムードメーカーで七歳の男の子よ!」とアリスは言った。「探偵団では、主に後方支援を担当しているわ!」


「よろしく」と俺は言った。なんだか銀河鉄道に迷い込んでしまったような気がした。


「それから、この子は五歳になったばかりのミレット、いまは諜報活動を勉強しながら、ムードメーカーとして活躍しているわ!」


「ああ、よろしく」と俺は言った。ミレットと呼ばれた女の子はアリスだけではなくガルヴィンにも懐いているようで、紹介を済ますとすぐにガルヴィンの席の隣に座って彼女と話を始めた。俺にはあまり興味がないみたいだ。


「そして最後にモモちゃんよ! 最年少の三歳だけれど、私は次期団長の座はいつかモモちゃんに譲ろうと考えているわ! いまは元気に探偵団のムードメーカーを務めているわ!」


「そっか、よろしくな。……って、ムードメーカーばっかりだな……」


 そうだ、ここには三歳の女の子までいるのだ。それはよくよく考えれば悲しいことだった。だってここで暮らしているのは、身寄りがひとりもいない人々なのだ。きっとあの森の中の村の惨事で、この子らの両親は蜘蛛にやられて命を落としてしまったのだろう。あの日助けることができなかった誰かの大切な忘れ形見なのだろう。


「ごめんな、モモちゃん……」と俺は言った。そしてゆっくりと席を立ち、あどけない顔をして俺のことを見つめる幼い少女をそっと抱きしめた。あのときの俺は、蜘蛛一匹にえらく手こずってしまうほど弱かった。だけどいまなら、もっと多くの人々を救えるはずだ。もうあんな悲劇は二度と繰り返してはならない。


 しかし、涙が溢れてきたころには、幼女は俺の腕のなかから逃げ出していた。キャーなんて悲鳴まで聞こえた気がする。いやいやそんなはずないだろう、と俺は思う。だが顔を上げてみると、たしかにモモちゃんは泣きながらアリスの胸のなかに飛び込んでいた。


「ヤダ! ロリコン怖い!」とモモちゃんは繰り返し叫んでいた。耳を疑わないわけにはいかなかったが、空耳でもなんでもなくそう口にしている。


 俺はアリスを睨みつけた。「お前……この子に俺のことをなんて吹き込んだんだ……!?」


「重度のロリコンだから、色々と気をつけなさいと教えてあるわ! あなたの前では絶対にスカートを穿いちゃ駄目というのが、私たちアリス少年少女探偵団のスローガンの一つよ!」


 いわれのない内容に俺は傷つき、悲しみ、そして大いに嘆いた。しかしそれよりもなによりも、もう絶対に子供たちと関わらないと心に誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ