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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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469 夢はまだ続いていく

 夢を見る。途切れのない一繋ぎの長い夢だ。そこでは精霊を統べる王を決めるための戦いが繰り広げられている。それは現実で実際に目にしたものより、限りなく明瞭であり精密だ。ここではふたりの息遣いや表情を明確に読み取ることができるし、ガルヴィンの流す血はどこまでも鮮やかな赤い色をしている。


 俺は強く目をつぶる。もう一度あんなものを見たいとは少しも思わない。だが瞳を閉じても高精細な映像がまぶたの裏に映し出される。映写機がスクリーンに淡々とフィルムの内容を映じるみたいに。もしかしたら、夢の中であの出来事を再現させることを俺自身が望んでいるのかもしれない。あるいは、この異世界が。


 四大精霊のうち、風と水と火の精霊がガルヴィンに味方している。しかし彼女の放つ精霊魔法はどれだけの恩恵や増幅を受けようと、ザイルには届かない。ガルヴィンの身体から滴る血の量だけがいたずらに増えていく。もう勝ち目はないのだ。


 しかしその目は俯くことを知らない。その金色の瞳はまっすぐ相手を見つめている。ザイルのほんの些細な隙も見逃さず、いつでも正鵠を穿とうと機会を窺っている。


 ガルヴィンはべつに精霊王になりたいわけではなかった。少なくとも体を血塗れにして、手足が千切れるまで戦うつもりはなかった。俺が思うに、きっと彼女は相手がザイルだから諦めたくなかったのだろう。初めて好きになった相手に少しでも追いつき、その瞳の中にいつまでも映る存在でありたかったのだろう。


 ボクの想いは、きっと彼には届かない、とガルヴィンは眼差しで口にする。きっとずっと届かないし、ほんのちょっとだって気付いてももらえない。だから今は、せめて精霊士としてのボクをちゃんと見てほしい。道端の石ころじゃなく、隣に置いておける対等な存在として……!


 しかし、それは叶わない。夢が見せる追憶に先んじて、結末がパノラマ写真のように背景に広がる。ボクの想いはきっと彼には届かない、気付いてももらえない、と少女は言った。俺だってずっとそう思っていた。少なくとも、このときまでは……。


 ザイルはどうしても価値を見出せない歪な石を見るような目をガルヴィンに向けている。「弱き者、ガルヴィン。次の一撃で終わりにしてやる」と彼は言う。声は冷たく、感情を込める隙間もないほど平板だ。しかし同時に、その響きのなかに見限りや軽蔑は少しも混じっていない。それを俺は知っている。彼はガルヴィンに対して、何はともあれ師弟愛のようなものは抱いているのだ。その才能を促すことを放棄してはいない。そしてまた、見捨てるつもりも少しもない。それを俺は知っている。俺は知っているし、この異世界だって知っている。


 チルフィーだっていつになく真剣だった。きっと彼女もガルヴィンの気持ちを知る数少ない一人として、ちょっとでも手助けしてやりたいのだろう。風の精霊の力を極限までガルヴィンに送り、自分も隙があればザイルの頬を殴ってやろうと、小さな拳に力を籠めている。


 だがそれからすぐに、ザイルは自らの発言を実現させた。まさしく次の一撃で終わりだった。いや、それを正確に一撃と断ずることは難しいかもしれない。俺の目では捉えきれなかったが、視野のなかで四つの色が同時に輝きを放ったように感じた。炎が舞い、水が唸りを上げ、風が荒ぶり、地が躍動したように見えた。そしてその虹色のなかで、ガルヴィンは跡形もなく消滅した。最後に彼女の吐く息の音が、俺の耳にやたらと誇張されて聞こえた。


 追憶の夢のなかで、光景が携帯ショップを改造した会議室のものに切り替わる。パルケルススの創り出す心象風景と概念的な肉体の世界から帰ってきたのだ。アリスはすぐに座っていた席から立ち(現実世界ではずっと俺たちは元の姿勢のままだったみたいだ)、部屋の真ん中でザイルと対面しているガルヴィンの無事を確認した。大丈夫、ここでは傷ひとつ付いていない。四大精霊も横長のテーブルに、議長席を挟んで綺麗に並んでいた。最後まで中立の立場を通した六人のノームは、それぞれが別々の表情を顔に浮かべて事の成り行きを見守っていた。


 それからは、誰もが四大精霊の席の前でぷかぷかと浮かぶ虹色のパルケルススの言葉を待っていた。精霊王を決める戦いは字義どおりザイルの圧勝で幕を閉じたが、まだ精霊の始祖はどちらの名前も口にしていない。だがそんなものを聞く必要はないと、みんなわかっていたと思う。ただ形式的に、ザイルの名が呼ばれるのを待っていただけだ。


 しかし、パルケルススが精霊王に選んだのはガルヴィンだった。彼は予想に反して、言葉ではなくガルヴィンの前に跪くことでそれを示した。ここに、新たな精霊王が誕生する、とパルケルススはしばらくしてからふたたび宙に浮いて口にした。ガルヴィン女史……いや、精霊王ガルヴィン。あなたに、精霊を取り巻く円環の中央に座することを許可しよう。


 ここからの展開はあっという間だったと思う。時間にすると、結末まで三分もかからなかったように感じる。しかしそれは、あくまで俺の体感時間に過ぎなかったのかもしれない。あらためて夢の形を取って体験すれば、それなりに長いやり取りとなるのかもしれない。


 最初に声を上げたのはザイルだった。


「精霊の始祖たるパルケルススよ。これはどういうことか、説明してもらおう」と彼は言った。


 当然、ザイルは納得していなかった。その理由をパルケルススから諭されても快く引き下がることはできなかった。「結局は、ただの茶番に過ぎなかったわけか」と表情を欠いた声でザイルは言った。そして――彼を宿主とする飛来種が姿を現したのだ。


 それは煙のようにザイルの体から抜け出し、一度天井に溜りとなってから、だんだんと瓢箪ひょうたんのような形を取っていった。


「やめろ、お前は手を出すな」とザイルは飛来種――ホワイトに命令した。ホワイトは呆れるようにしぶしぶ了承し頷く。そのときには、すでにザイルは謀反のおおかたを終えていた。一瞬でパルケルススの背後に回ったのだ。


 ザイルの手がパルケルススに伸びている。雫のような形状の先っぽに触れている。いつでも爆破できるし、いつでも爆破する覚悟があることを、語らずともその青い双眸で告知している。チルフィーが真っ先に飛んで行くが、左手の一振りで払い落とされる。


 場は騒然となる。俺とチルフィーしかしらないホワイトの存在もさることながら、ザイルの取った行動に誰もが驚愕している。しかし驚きに身体を竦ませたのは一瞬だった。各々が瞬時に認識を切り替え、ザイルに対して独自の対処に打って出る。ここにいるのは、全員力のある者たちなのだ。この場面を傍観することなんて選択肢にない。


 アリスはザイルにやめるよう叫びながら飛び出し、チルフィーは床から這い上がってザイルの体に纏わりつく。ウィンディーネは水術で槍を創造し、サラマンダーは火蜥蜴に変身して肺のなかから炎を吐き出そうと口を大きく開ける。六人のノームも素早く移動し、それぞれが鍛冶道具を手にして等間隔でザイルを囲んでいる。そして――夢のなかの俺はホワイトを狙って右手を構える。


「いやいやウキキ君。真面目な話、どうしてボクなんだい?」とホワイトはおどけた声で俺に訊く。「まさか、ボクがボクの意志でザイルにこんなことをさせているとでも?」


「だってそうなんだろ?」と俺は言う。「やっぱりお前は見過ごしちゃいけない奴だったんだ。ここで終わりにしてやる」


「おやおや、『終わりにしてやる』、ときたね」とホワイトは同じ調子で口にする。「本当の話、それはさっきザイルの口からも聞いたかな。でも、ウキキ君とザイルでは決定力に大きな差があるよね。そのことは知っていたかい?」


 そのとき、俺の視界に異変が起こった。空間がゆがみ、天と地がひっくり返り、東西南北が次々に入れ替わった。まともに立ってさえいられない。ホワイトを捉えていたはずの手のひらは、いつしか自分自身に向かって伸ばされていた。


 ホワイトは言った。「ザイルはその言葉を吐いたら、必ず実現できる。だけど正直な話、キミには無理そうだね」


 ザイルのセブンス・センス――空間認識の阻害だ。俺はすぐにそのことに思い当たったが、だからといって何もすることはできなかった。いや、俺だけではない。アリスもその場で蹲っているし、四大精霊も同じようなものだった。


 しかし、ただ一人だけザイルの能力から逃れている者がいた。望まずに精霊王に選ばれてしまった少女だ。おそらく、幼少のころからザイルに師事しているので、耐性のようなものができているのだろう。あるいは彼女の意志がセブンス・センスに勝っているのかもしれない。夢によって同じ場面を体験しても、そのどちらかは判然としなかった。


 だが、そんなことはどうでもよかった。もういいよ、と俺は言った。夢を司る神様か何かに向かってだ。もういい、もうこれから先は見たくない。もう眠りから覚まさせてくれ……。


 『弱き者、汝の名は女』とザイルはガルヴィンに言った。あのときの光景がもうすぐ甦ってしまう。もうやめてくれ、と俺は言う。あんなものはもう二度と見たくない。でないと――ザイルを一生許せなくなってしまいそうだ。


「だけど、夢はまだ続いていく」とルナの声が言った。俺は咄嗟にその声を耳にした方角に顔を向ける。すぐ隣に幼い少女が立っていた。銀色の足元まである長い髪。リアの姉――双子の月の女神の片葉だ。


「夢はまだ続いていく」と彼女はもう一度俺の顔を見て繰り返した。そう、夢はまだ終わってはくれないのだ。


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