463 精霊会議
精霊会議は、ショッピングモールの二階に位置するテナントで行われた。もともとは携帯ショップだったが、アリスが王国議会を開くための場所として改築を施していたのだ。採光性に優れた大型窓やガラス戸にはすべて暗幕が張られ、中はわずかな照明と雰囲気づくりの蝋燭によって淡く照らされていた。二体の大きな白い犬のぬいぐるみが警備員のようにドアを守っていたが、そのどちらも耳や足や尻尾から綿が飛び出していた。それに触れるとなんだかしっとりとしていた。たぶんクリスのおもちゃになっており、たっぷりと弄ばれたあとなのだろう。
店員席だったテーブルの中央が議長席となっており、アリスは当然のようにそこを陣取っていた。アリスの左隣には風の精霊チルフィーと火の精霊サラ、そして右隣には水の精霊ウィンディーネと六人の地の精霊ノームが配されている。俺は書記としてアリスから任命され、少し離れた丸いテーブルの席に座っていた。主役のガルヴィンとザイルの入室はまだ認められていない。
冒険手帳に今日の日付と会議の主だった内容をあらかじめ記入していると、ウィンディーネがいかにも機嫌が悪そうな声を上げた。
「ちょっと待て。おいアリスとエロガッパ、なんでテメェら部外者のニンゲンが精霊王の決まる大事な会議に参加してやがんだ?」
やれやれ、口の悪い精霊様だ。それにとんでもない美人なのにとんでもないバカときている。イメージ的には、こいつが一番四大精霊のそれとかけ離れている。亀の甲より年の劫というが、こいつにだけは当て嵌まらない。この惑星が誕生したときから生きているのに、ずっとただのヤンキー女。それがこのウィンディーネなのだ。
アリスが真っ向から反論したが、すぐにチルフィーがそれを引き取り、小さな体でそこらじゅうを飛び回りながら俺とアリスを弁護した。
「アリスとウキキほどこの場所に相応しい人間はいないであります! ふたりはあたしと最初に出会って、それからいっぱい冒険してあたしたち四大精霊を繋いでくれたのであります! アリスとウキキは精霊王が誕生する瞬間を見届けるべきであります!」
さすがはいつかどこかの未来で俺の嫁となる運命の女の子だ。緑色のポニーテールをぶんぶん振ってまだウィンディーネと口論している。それを見かねてか、サラがぽつりと一言口にした。レリアに一番懐く、見た目は十歳程度だが先代までの記憶をすべて引き継いだ、正真正銘のサラマンダーだ。
「あたちも、ふたりにいてもらったほうが良いと思うの!」と彼女は元気よく言った。「きっとあたちたちがアリスやウキキと巡り合ったのは、パラケルスス様の導きだよ!」、そこでサラは向き直り、ウィンディーネをじっと見据えた。その目はだんだんと冷めたものになり、口許は嘲笑的な角度にまで吊り上がっていった。「ねえ、ウィンディーネ。あなたごときが、これ以上わたしの意見に反対するというの? ねえ、ウィンディーネ。あなたはいつからそんなに偉くなったのかしら?」
サラは完全に代替わりを果たしたことによって、どういうわけかウィンディーネに対してだけ先代の彼女に戻ってしまうみたいだった。とても小さな少女に相応しいといえる口調ではないが、いつも攻撃的で傲慢なウィンディーネがたじろぐのを見て面白いと思ってしまう。水と火なら本来逆でもおかしくないが、彼女らにとってはこれが普通なのだ。
「あーうっせえナ、こんなんだったらずっと出来損ないのガキのままでいてほしかったぜ! ってか、パラケルスス様ってなんなんだよ、どっから出てきたんだその妙な名は!」
「ちょっと、ウィンディーネ、あなた本気で言ってるの? どうしてわたしたちのなかで唯一同個体であり続けるあなたが、パルケルスス様を覚えていないの? ねえ、ウィンディーネ。あなたって本当にその頭のなか空っぽなのではなくて?」
パルケルスス、と俺は思った。チルフィーと目が合うと、彼女は首を何度か横に振った。チルフィーもシルフィー様から聞いていないみたいだ。アリスは知らないくせに、腕を組んで何度もうんうんと偉そうに頷いている。
その未知なる存在について教えてくれたのはノームたちだった。六人がそれぞれ分担して、同じ声で抑揚もなく静かに語り出した。
「パルケルスス様は、最始の魔女パメルクがこの世界に最初に創造した、四大精霊の素ともいうべき偉大なお方だっぺ」と赤いチョッキを着たノームが言った。
「そのお方は四つに分かれ、灰色の太古の世界に鮮やかな色の雫を落としたっぺ」と黄色いチョッキを着たノームが言った。
「それが大地となり、水となり、火となり、風となったっぺ」と白いチョッキを着たノームが言った。
「パルケルスス様は今もオラたち四大精霊のなかにいるっぺ」と青いチョッキを着たノームが言った。
「その時が来たら、四大精霊の意志の集合体として、オラたちの前に現れるっぺ」と緑色のチョッキを着たノームが言った。
「つまり、精霊王を決定づけるのは、オラたちの意志の集合体となったパルケルスス様だっぺ」と黒いチョッキを着たノームが最後にしめた。
最始の魔女パメルクの名を耳にしたのは、たぶんこれが二回目だ。最初に魔女が五人いた、と吸血鬼ハイデルベルクは言っていた。その会話のなかで、同じ最始の魔女であるピーリカが――北の大魔導士アリューシャ様が――口にしたのだ。吸血鬼の系譜を創造したのは儂ではない、パメルクじゃろう、と……。
この異世界の命運を担う重要な局面にきて、俺たちはまたしても魔女の存在を感じ取ることを余儀なくされる。まるで最初から世界中に遺された標榜に行き当たっているような気分だ。それはだんだんと範囲を狭めて、確実に俺たちを取り囲もうとしている。いずれ魔女の細く長い指に絡めとられる予感が、どうしても消えてくれない。
冒険手帳にノームから聞いたままのことを記入した。しかしそれは、知らない誰かの字のように馴染みがなかった。線が細く、色が薄い。まるで匿名的な第三者による不吉な予言みたいだ。俺は冒険手帳をとじて、会議の喧騒に耳を澄ませることにした。今は熱の入った誰かの声をただただ聞いていたい。
サラマンダーは昔のことをほとんど忘れているウィンディーネをなじっていた。脳の構造を割と真面目に心配している。この調子だと、先代までの記憶を受け継いだサラや、消滅と分裂を続けて六人を保っているノームのほうがなにかと詳しそうだ。そういえば、彼らはかつて勃発した二人の精霊王の――オーベロンとティターニアの――争いをどこまで知っているのだろうか? 聞いてみたいが、しかしこの場は少々不適切かもしれない。これから二人の候補者のうち、どちらか一人が精霊王に選ばれようとしているのだ。世界を二つに割った二人の精霊王の話なんて、かなり縁起が悪い気がする。
アリスは木製の小槌で丸い板を二回叩き、全員の注目を集めてからもう一度強く叩いた。裁判のシーンなどでよく見る、ガベルと呼ばれる道具だ。こんなものがこのショッピングモールのどこにあったのだろう? 議会の必需品だと考え、アリスが血眼になって探し出した様子が目に浮かんだ。
「それじゃあ、もうとりあえずガルヴィンとザイルに入ってもらうわ!」とアリスは声高に宣言した。
そしてアリスがガベルをさらに三回叩くと、子供たちがうやうやしく会議室のドアを外から開けた。最初に俺が目にしたのは、ザイルの神々しく輝く白い髪だった。蝋燭の炎が静かに揺れ、彼の影を必要以上にいびつなものに変えていた。




