表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

481/511

462 ふたりの物語が始まってから終わる、最後の瞬間まで

「なあ、ザイル」と俺は言った。あとに続ける言葉をあらかじめ用意していないことにすぐ気づいたが、一言目を吐き出せただけであとはなんとかなるような気がした。話の主旨だけ頭の中心に浮かべとけばいい。それを軸として、あとは如何にザイルの胸襟を開かせるかだけだ。


「昨日、ホワイトから聞いたよ。あんたが精霊王の力をなにがなんでも手に入れて、人の記憶に介入するつもりだって。もちろん、それがこの世界の人々のためだってあんたが考えてることはわかってる。だけど、俺はとてもじゃないが、そんなことは賛成できない」


 人が死に、三送りされなければ死ビトとなって地上を歩く怪物になってしまうこの異世界。ここでは誰もが、死亡した親しい人間の記憶を死ビトの姿に重ねてしまう。顔つきはもちろん、衣服やアクセサリー。少しでも似通った部分があれば、人々は悪夢とも呼ぶべき邂逅を想起してしまう。その結果切っ先は逸れ、矢は大きく外れ、致命的な一撃を受ける。ザイルはその言わば弱さを克服させてやりたいのだ。


「賛成できるわけがねえよ、だってそうだろう? 大事な誰かの記憶は、その人にとって凄く大切なものなんだ。たとえ弱点を捨てられたとしても、そんなことを喜ぶ奴はいねえよ。あんただってそうだろ? 死ビトに殺された弟の記憶を失って、平気でいられるのか? その現場を目撃したからこそ、あんたは強くなろうって決意したんだろ?」


 あるいは喜ぶ人間もいるかもしれないし、記憶の消去を望む兵士もいるかもしれない。死ビトに惑わされることなく戦えれば、間違いなく不意の致命傷を避けられるのだ。だけど、俺はその考えを表に出すことを避けていた。いまは素直に感情論を押し出すべきだ。だって、大事な誰かの輪郭を失ってまで戦う兵士なんて、悲しすぎるじゃないか。


 ザイルはなにも言わなかった。かといって、俺の話を無下に扱うような様子もなかった。椅子に座って腕を組み、どちらかといえば真摯に耳を傾けているように見受けられた。最初は敵として出会い、そして短い期間とはいえ一緒に行動している俺の話に、それだけの価値があると認めてくれているのだ。


「あと、俺が一番気に入らないのは、『精霊王の力をなにがなんでも手に入れる』ってところだ」と俺は言った。「なら、もしガルヴィンが四大精霊から精霊王に選ばれたら、あんたはどうする気なんだ? ガルヴィンとあんた、精霊士と大精霊士。もちろんあんたのほうが位階も高いし、たぶん俺が想像してるより強いこともわかってる。ならその強さを行使するっていうのか? ガルヴィンを殺して、『なにがなんでも』精霊王になろうっていうのか?」


 窓から光が射していた。それはまるでザイルの全身を照らすことを運命づけられたような光だった。白い髪が神々しく輝いている。青く冷たい瞳は、最初から最後までずっと俺の顔を見つめていた。


「そんなことにはならん、ガルヴィンを殺すはずがない」と彼は言った。だたそれだけのことで、世界中の空気が緩和され、時間の波が正しい方向に流れ出した。


「それはつまり、あんたが精霊王に選ばれるに決まってるってことか?」


 そうだ、とザイルは言った。


「なあザイル、俺はその答えじゃ納得できないんだ。もしガルヴィンが選ばれたらどうするつもりか、ここでちゃんと聞かせてくれないか?」


 彼は一度だけ瞳を閉じた。それは二人きりでこの部屋に入ってから、初めて俺が目にした彼のまばたきだった。そして、瞳が開かれた。


「『もし』について、おれはウキキと論じるつもりはない。が、それでお前が安堵するのなら言っておいてやろう。『もしガルヴィンが選ばれたらどうするつもりか?』、決まっている、そのときはあいつが精霊王としてこの惑星ほしと向き合い、ガーゴイルの起動を止めさせるだけだ。その手助けをすることに、おれはなんの異論もない」


 嘘はついていないと思う。少なくとも、彼も嘘を言っているつもりはないように見える。それだけ澱みなく、声の調子も平坦だ。むしろ俺が聞きたい答えが寸分の狂いもなく返ってきて、少々戸惑わずにはいられないぐらいだった。


「じゃ、じゃあ、記憶の介入については? つまり、見立てどおりあんたが精霊王になったら?」


 彼はもう一度目を閉じた。今度は先ほどよりも幾分長いまばたきだったが、冷たい瞳の輝きは少しも変わらなかった。彼は胸のあたりに手のひらを添えた。


「ホワイト……。そうおれが名付けたこの飛来種は、許可もなく不調法におれの考えまで代弁するのか」

「ああ、昨日飛空艇のあんたの部屋で、あんたが寝てるときに話をしたんだ。ことわっておくけど、ちょっとは悪いなと思ってたんだぜ」


「しかし、的外れもいいところだ」とザイルは言った。「記憶の介入? そんな思考に至ることは一度としてなかった。無論、それが可能だとしても、あまりに突飛だと言わざるを得ない。つまりウキキ、お前はホワイトの狂言に振り回されているということだ」


 狂言、と俺は思った。あれだけまことしやかに囁かれた言葉が、すべてホワイトの勝手な思い込みだったとでもいうのだろうか。人々の記憶から大事な誰かの記憶を奪い去り、死ビトに打ち克つ強さを与える……。ある意味では、俺もそれが一つの方法だと思うし、俺のイメージするザイルの人物像と照らし合わせてみても、彼がそんな考えを持つことが容易に想像できる。いや、むしろザイル以外の誰にそんな方策を思いつけるというのだ?


「弱き者、その名は記憶……。って、あんたは黒鎧のデュラハンの世界で呟いたよな……」と俺は言った。「覚えてるか? なら、あれはどういう意味だったんだ?」


「そのままの意味だ。かつておれがウキキに話したとおり、人々の持つ記憶こそが死ビトに負ける猛毒だという考えは変わらない。が、そこに介入か……。しかしなるほど、一考の余地はありそうだ」

「おい、ちょっと待てよ……。それって、ホワイトが俺を通じてあんたにそんな考えをもたらしたってことになるぞ……。冗談じゃない、やめてくれよ。あんたはそんな方法を絶対に取らない、そう思っていいんだよな?」


 彼は頷かなかったし、首を振ることもなかった。しかし青い目の奥で冷淡な光がほんの少しだけ瞬いたような気がした。それがなにを意味するのか、俺にはわからなかった。わかっているのは、現時点で彼からどんな言質を取ったとしても、それはあまりにも無意味だということだけだった。


「強き者、ウキキ」とザイルは言葉を継いだ。「どうあれ、これからこの世界に精霊王が復活する。もはやそれがこのおれだと断言するつもりはない。可能性はおそらく、どちらにもあるのだろう。その多寡をいまここで持ち出すつもりもおれにはない。しかしウキキ、どうなろうとガルヴィンのことをしっかりと見ておいてやれ。弱き者、ガルヴィン。あいつはあまりにも脆い。おれが精霊王になるにせよ、ガルヴィンが精霊王になるにせよ、どちらにせよあいつは傷つくだろう。あれはまだ十二の幼い娘だ。どうあれ慕われるウキキが最後までそばについていてやれ」


 ザイルがガルヴィンについてこんなことを言うと、俺の心はひどく動揺してしまう。それは、ガルヴィンの恋する相手が俺ではなく、ザイルだと知っているからだ。そして、ガルヴィンの恋慕をこの男が少しも気づいていないことを悲しく思ってしまう。きっと、少女の想いは最後まで伝わらない。文字どおり、ふたりの物語が始まってから終わる、最後の瞬間まで……。


「そろそろ時間だ」とザイルは言った。そして軋んだ音を立てて椅子から立ち上がり、部屋を出て行った。


 どうあれ、これからこの世界に精霊王が復活する、とザイルは言った。そう、どうあれこれからこの世界に精霊王が誕生するのだ。どちらになるかわからないし、どちらのほうがより好ましいと判断することも難しい。だが、この異世界が救われる一歩目を、やっと俺たちは踏み出すことになるのだ。あるいは、壊滅させる一歩目を……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ