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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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456 赤くてしつこいあいつ

 それからはとくに何事もなかった。何百年も前の黒鉄城はプログラムの尽きたテーマパークのような静けさを帯び、俺たちの足音だけが遠くのほうまで響いていた。黒鎧のデュラハンの意志の世界。彼がザイルをここに導いた理由はもはや明白だった。黒鎧のデュラハン――オパルツァー帝国第四代皇帝は、ザイルにどうしても伝えなければならない事実があったのだ。


「本当だったら、継承者は白髪じゃなくて金髪だったってことだよね? それを黒鎧のデュラハンは訴えたかったのかな?」とガルヴィンは歩きながら言った。「それで、ザイルはどうするの? 公表したりしたら、大変なことにならない?」


 ザイルは口をつぐんだままだった。彼女の言葉が耳に届いているのかどうかさえわからない。唇を一本に引き、まっすぐ前を向いていた。稲穂のように垂れた白い前髪は、いつだって美しく輝いて見える。


 そうだろうか? と俺は思った。いや、たしかにガルヴィンの言うとおり、第五代皇帝による意図的な継承権のすり替えもザイルに伝えたかったことの一つなのだろう。しかしそのあとに垣間見た出来事のほうが、少なくともザイルにとっては重大だったように感じられた。彼は第四代皇帝の軍勢が死ビトの大群に敗れたのを目にして、その敗因を『記憶』だと見て取ったのだ。


 未熟な者は誰一人として存在しなかった。恐怖に染まった表情もどこにもなかった。彼らは屈強であり、優秀な指揮官によって統率されていた。そして何より戦が始まってからしばらくはどう見ても優勢だった。


 それにもかかわらず、人の軍勢は壊走した。幾名かの躊躇が引き金となったのは誰の目にも明らかだった。この惑星ほしに生まれた者は、ふとした瞬間に親しい誰かの面影を死ビトのどこかに探してしまう。そしてそれが躊躇に繋がる。これこそがザイルの言う、俺たち転移者にはないこの世界の人々の習性だ。彼はそれを改めて第三者目線で目撃し、『人々の持つ大切な誰かの記憶』こそが死ビトに敵わない原因だと断じたのだ……。


「弱き者、その名は記憶……」


 ザイルがあのときふと漏らした言葉が、頭のなかで反響する。なんだか胸がざわついた。彼はこれからどうするつもりだろう? 一文字に結んだ口の奥でなにを黙秘し、少しも漂わずに前を見据える目でなにを見ているのだろう? 思い切って訊いてみたほうがいいかもしれない、と俺は思った。記憶が人の弱さの致命的な要因だとして、それであんたは何かをするつもりなのか、と……。


 しかし、その機会は訪れなかった。言葉を形作る寸前でチェシャ猫が出口を見つけ、俺たちは多少の安堵とともに黒鎧のデュラハンの意志の世界から脱出した。


 現実世界の空気は冷たく、柔らかい冬の陽光が森のなかを薄っすらと照らしていた。まだちゃんと昼間のようだった。アリスの世界に迷い込んだときと同じく、外の時間は止まっていたみたいだ。それはつまり、のっぴきならない状況だということを意味していた。俺たちは二体のデュラハンを相手にしていたのだ。


 帰還したとたんに、なにかよくわからない攻撃を受けていた。おそらく炎の魔法かなにかだ。幸いザイルが地の精霊魔法でシールドを形成してくれたので、致命傷は免れた。術者はもちろん紅衣のデュラハンだった。


「どうする、ここで戦うか?」と俺は言った。紅衣のデュラハンは魔法を放ったあとに飛び退いて距離を取り、こちらの動向を窺っている。それと対照的に、黒鎧のデュラハンは少し離れた場所で身動きひとつ取らずにいた。


「いや、どうやらその必要はないようだ」とザイルは言った。


 その言葉の意味を俺が理解するよりも先に、黒鎧のデュラハンの身体を黒い霧のようなもやもやが包んだ。黒瘴気だ。やがて霧が晴れると、もうそこには誰もいなかった。まるで突きつけた真実について考える時間をザイルに与えようとするかのように、黒鎧のデュラハンは忽然と姿を消した。


 残るデュラハンは一体だったが、おそらく襲ってくることはないだろうというのが俺の予想だった。こいつが自分に不利な状況で戦いを挑んでくるはずがない。間もなく俺の考えが正しかったことが証明された。紅衣のデュラハンは高く跳躍すると、やはり黒鎧のデュラハンと同じように黒瘴気に包まれ消えていった。俺の頭のなかに、不吉なメッセージを残して。


 ユダンシナイコトダ。マタスグニ、オマエヲコロシニヤッテクル……。


 まったく、どうしてこんなに恨みを買ってしまったのだろう。考えてみればものすごく理不尽な話だ。だって一度目はアリスがとどめを刺したようなものだし、二度目は明確にリアの手によって滅ぼされたのだ。それなのに、なぜこうも俺を執拗に狙うのだろう。本当にうんざりしてしまう。


 しかしともあれ危機は去った。気づけばチルフィーが俺の頭の上に立ち、突然消えてまた現れた俺たちについてあれこれ喋っていた。心配かけてしまったみたいだ。俺はその場で座り込み、彼女を膝の上に乗せて、ごめん、もう大丈夫だ、と謝っておいた。


 少し離れたところで、ガルヴィンはザイルになにかを言っていた。聞いていると、どうやらザイルは紅衣のデュラハンの魔法で手を少し火傷しており、治療の必要性を訴えているようだった。こんなものはなんでもない、放っておけ、とザイルは素っ気なく返事をしていた。しかし恋する少女は諦めが悪かった。


「お兄ちゃん、あの包帯出して!」とガルヴィンは俺に言った。俺は彼女の勢いづいた声に押され、頷く間もなく大蝦蟇を使役してなんでも治る包帯を吐き出させた。彼女はそれを空中でキャッチすると、少々強引にザイルの手のひらに巻きつけていった。途中からは、ザイルも半ば諦めたように手を差し出していた。


「ガルヴィン」とザイルは自分の手に施される丁寧な包帯法を眺めながら言った。「お前がおれを気にかける必要はない。もう師弟関係は有効とは言い難いのだ。おれよりも、お前はウキキのことを心配してやれ」


 鈍感な男だ、と俺は思った。ガルヴィンは黒鎧のデュラハンの意志の世界でも終始ザイルのメンタルを気遣っていたのに、こいつは少しもそれに気づいていない様子だった。それに今だって傍から見れば恋心は明らかなのに(ガルヴィンがこんなに丁寧に何かをすることは超が付くほど珍しい)、むしろ目の前の少女は俺にご執心だと勘違いしているふしがある。


 俺はチルフィーと目を見合わせ、なんとなしに首を振った。あの感じだと、ザイルは一生気づかないでありますね、というのがチルフィーがひそひそ声で呆れ気味に言った言葉だった。





 シルフォニアの街に戻ったのは、昼を少し過ぎたころだった。アリスやアナたちはもう死ビトの討伐を終え、飛空艇のラウンジに集まって成果の報告会をしていた。昼食ももうとったらしい。俺たちも(といってもザイルは飛空艇に帰って早々自室に篭ったので、俺とチルフィーとガルヴィンだけだが)食事をラウンジまで運んで食べながら聞くことにした。


 アリス班もアナ班もおおむね順調に死ビトを掃除できたらしい。レリアとクロエ、それに志願して一緒に回ったシルフォニアの兵士何名かが負傷したみたいだが、包帯の力でもう完治したとのことだった。アリス班は死霊の澱み(大量の死ビトが自然と集まってしまうスポットだ)を発見したが、手を出さずに迂回して平原を進んだらしい。これからまた選抜隊を組み、討伐にあたるつもりみたいだ。さすがにリーダーを気取るだけあって、アリスにしては賢明な判断だと関心した。だがどうやら逸るアリスを止めて決断したのはレリアなのだと知って、俺はアリスに与えた関心を即座に取り消した。やはりリーダーが板についてきても、バカはバカのままだったようだ。


 そういうわけで、午後にはショッピングモールに向けて飛空艇で発つ予定だったが、今しばらくシルフォニアの地に留まることになった。といっても死霊の澱みしだいだが、遅くとも日を跨ぐまでには旅立てるだろう。


 アリスは精鋭部隊を選ぶと息巻いて次々にメンバーを挙げていったが、結局ラウンジにいる全員の名前が呼ばれた。満足そうに両腕を腰にあてると、アリスはみんなの顔を一人ひとり見ていった。それから力強く頷き、大舞台で選手の緊張を解そうとする名監督のように、ニカッと笑った。


「心配しないでちょうだい、ここにいる仲間のなかで選抜から漏れる人はいないわ! あなたたちは強い、それをよく覚えておいてちょうだい! 私たちみんながアリス精鋭隊よ!」


 思いのほか効果的なスピーチのようだった。チルフィーとサラマンダーは感動してむせび泣き、アナもレリアもまんざらでもない様子で笑っていた。ガルヴィンさえ乗せられて調子づいているし、比較的仲間になってから日が浅いクロエも猫耳をピンと張ってやる気に満ち溢れていた。ここではアリスに呆れる俺だけが異質の存在だったみたいだ。


 しかし、俺は内心ほくそ笑んでいた。死霊の澱みを掃う今回の作戦で、上手く立ち回ればあいつを出し抜けるかもしれない。赤くてしつこいあいつを。領主の命を奪った、あの憎きデュラハンを。


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