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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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454 皇帝暗殺

 階段を下りていくと、どこかの時点で階段を上っていた。具体的に何段目から昇降が切り替わったのかはわからない。だが抽象的な意味合いではなく、実際に俺の両足はいつの間にか上り階段を順に踏みしめていた。誰もが心の奥に創り出している意志の世界。ここではこんな不可思議な現象が当たり前のように起こり得るのだ。


 階段は木造だった。人ひとりがやっと通れる程度の幅しかない。踏むたびに板が軋んだが、音は地下に幽閉された無辜の民が立てたもののように遠くから聞こえてきた。不吉な響きがたしかにそこにはあった。


「この階段、どこに繋がってるんだろう?」とガルヴィンは言った。姿は薄暗くてよく見えない。それどころか、彼女が前にいるのか後ろにいるのかすらよくわからない。階段を下りていったときは俺が先頭だったので、常識的に考えれば後ろということになる。だが声は前方から聞こえてくるように感じられた。


「どこにって、次の層だろ?」と俺はとくに考えずに答えた。「チェシャ猫の言うとおりなら、次が一番表の層だから、もう少しで現実世界に帰れるぞ」


「いや、そうじゃなくて、物質的にというか、建物的にどこに出るんだろうってこと」


「さあ、どこだろうな……」と俺は言った。ガルヴィンは最初からあまり期待していなかったのか、それ以上はなにも訊いてこなかった。


 どこに出るのだろう、と俺はあらためて考えてみた。前の層は城塞都市ミュンヘルンを模したもので、そこで俺たちは十年前のザイルに起こった出来事を彼と一緒に目撃した。そこにはザイルの分岐点とも言うべき物語があり、それを機に彼は黄金色の意志の光を纏うことになった。人に死ビトと戦う強さを与える。人を次のステージに導く……。弟の悲惨な死を前にして、ザイルはそのように誓ったのだ。


 なぜ黒鎧のデュラハンの意志の世界がそんなものを再現していたのか、それはわからない。今わかっているのは、彼の化物がオパルツァー帝国第四代皇帝だったということと、首を刎ねられ暗殺されたという歴史的事実だけだ。そしてこのデュラハンは次代の皇帝であるザイルに執念深く付き纏っている。まるで復讐を遂げようとしているかのように。


「なあザイル」と俺は例によって前後方どちらにいるかもわからない彼に声をかけてみた。「お前、デュラハンにここまで恨まれてる理由に目星はついてるのか?」


 さあな、という声がどこからか聞こえてきた。相手の話を切り捨てようとする冷たい口調だ。だが俺はその響きに気づかないふりをし、我慢強く質問を重ねてみた。時にはアリスのようにバカになることも必要だ。


「さあなって、なにかしら思いつくだろ? 例えば一番可能性があるのは、あんたが次に皇帝になるからとかさ」


 返事は思っていたよりも早かった。俺に対する素っ気ない態度を改めたのかもしれない。あるいは暗闇のなかを無言で上り続けることに飽きてきたのかもしれない。


「おれはそんなことが理由だとは考えていない。なぜなら、父からそんな話は聞かないからだ」


 たしかに、言われてみればそうかもしれない。黒鎧のデュラハンがオパルツァー帝国の次代皇帝を殺そうとするのなら、当然ザイルの父も――たしか十二代皇帝だったはずだ――命を付け狙われていたはずだ。いや、彼の父だけではなく、それ以前の皇帝に遡って考えてみても、俺の説には易々と反証が与えられてしまう。なぜって、皇室があんな化物の襲撃を運命づけられていたのなら、こんなに長く続いているはずがない。とっくのとうに途絶えている。


「じゃあ、やっぱりあんた個人に深い恨みがあるのか?」


 話はそこで途切れた。彼は小さく息を吸い、息を吐いただけだった。おそらく、結局は『さあな』に帰結するのだろう。気づけば階段の少し上のほうで、彼の長く白い髪が美しく輝いていた。もしあやふやな意志の世界でもこの光景を信用していいのなら、ザイルは前方にいたことになる。オパルツァー帝国継承者は白に限る、と彼の髪の色を眺めながら俺は思った。第五代皇帝が掲げたこんな典範のせいで、金髪の彼の兄――金獅子のカイルは継承権を捨てなければならなかったのだ。


「さあ、そろそろ次の層に着くだす」とチェシャ猫が俺の肩に飛び乗って言った。右の肩か左の肩かはよくわからなかった。





 そこは厨房だった。数人の若い女性が中央に配された作業台の上でジャガイモの皮を剥き、老いた男性が竈の火に薪をくべていた。石窯のなかでパンがふっくらと膨らんでいる。羽を毟られた鶏が部屋の隅に吊るされ、この世の不浄を嘆くように揺れていた。


「この層でも、ボクらは干渉できないみたいだね」とガルヴィンは老人の目の前で手を振りながら言った。「アリスの世界でもこんな感じだったの?」


「いや、あそこは色んなアリスがめちゃくちゃ絡んできたな……」と俺は言った。「このチェシャ猫も、あの世界に被害者として閉じ込められてたんだぞ。協力してやっとのことで脱出できたけど、あんまり姿を現さないから、未だにみんなに紹介できてないな」


「まあ、ボクは何度か話したけどね」とガルヴィンは竈のなかに手を突っ込みながら言った。どうやら熱さも感じないようだ。


「あれ、そうだったのか?」


「うん、アリスの一応守護獣なんでしょ? でもチェシャ猫に黙ってろって言われたから、アリスにも誰にも教えてないよ」


「一応ってなんだすか」とチェシャ猫は憤然と口にした。「ワテは立派な守護獣だす。猫様はいつだって、付かず離れずの位置から主人を見守っているんだす」


 ザイルは会話に入ろうとせず、厨房を見回していた。その様子からすると、ここがどこだか見当がついているらしい。しかし彼の言葉を待たずに、ほどなくして俺も察することができた。どことなく見覚えがある。


「黒鉄城か……」と俺はザイルに言った。「現実世界で、あんたが根城にしてるところだよな。どうする? 黒鎧のデュラハンはどうしても精神世界とあんたを関連付けたいみたいだぜ?」


「かもしれんな」とザイルは言った。「だが、ここはおれたちが見た城塞都市ミュンヘルンとは違うようだ。少なくとも、またしてもおれの過去を見せつけようとする意思はないらしい」


 彼は開け放した扉の奥に目を向けていた。ガルヴィンと歩き、俺たちも彼と目線をともにする。そこには柱廊が広がっていた。いくつかの銅像が一定の間隔を置いて並んでいる。


「あれは歴代の皇帝の銅像だ。奥から順に並んでいる。おれたちの時代には当然十二体あるが、あそこには四体しか見当たらん。つまり、ここは黒鎧のデュラハン――第四代皇帝シュメルグ・バッツヘム・オパルツァーが治めていた時代の黒鉄城ということになる」


 シュメルグ・バッツヘム・オパルツァー……。それが、もう何度も交戦し、一度は俺の命を奪ったデュラハンの名前のようだ。不思議とその語感に嫌なものは感じなかった。過去の凶悪犯の字面に忌避感を覚えるような、あの特有の感覚がないのだ。俺の脳がシュメルグ皇帝と黒鎧のデュラハンを別個体と認識しているのだろうか? だとしたら、俺もかなりのお人好しだ。


「それで、出口はどこなの?」とガルヴィンはチェシャ猫に訊ねた。チェシャ猫はしばらく髭をピンと張り詰め上下させていたが、やがて諦めたように何度か首を振った。


「わからないだす。というか、まだ出現していないようだす。これから起こるなにかが終わらないと駄目みたいだすね」


 俺はガルヴィンと目を見合わせた。それから少しだけ遅れて、チェシャ猫の言うこれから起こるなにかが起こったようだった。前の層と同じように、どこからか悲鳴が聞こえたのだ。


 舞台が切り替わるように、ゆっくりと場面が転換した。そこは黒鉄城の玉座の間のようだった。漆黒の鎧に身を固めた男が、同じように武装した十数人に取り囲まれていた。これから第四代皇帝の暗殺が始まる……。そう気づくのに、あまり時間はかからなかった。


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