46 死霊使いか
「……もう少し上手く巻く事は出来なかったのか?」
トロール騒動が終わり、みんなで村まで歩いている最中、俺はアリスに巻かれた腹部の包帯を見ながら言った。
大したケガでもないので放っておいても良かったが、アリスが巻かせろとうるさいのでお願いした物だった。
「こんな高貴な美少女に巻いてもらって文句言わないでちょうだい!」
ソフィエさんと手を繋ぎながら歩くアリスは言った。
くそ、どうせならソフィエさんに巻いて貰いたかったな……。
全然喋れてないし、なにか会話のキッカケでも作らないと。
と思いながら、俺は右手首に巻いている革の細い腕輪に何度も触れた。
そうして俺のさりげないお洒落をソフィエさんにアピールしていると、クスっと笑ってからソフィエさんは自らの両手首を俺に見せて来た。
その手首には縄で縛られていた痕があったが、今はアリスから貰った赤いシュシュを着けていた。
それはレリアのカボチャのヘアゴム同様、アリスがショッピングモールから持ってきた贈り物だった。
「これソフィエに似合っているわよね! 赤い髪と赤いシュシュがピッタシ!」
アリスが言うと、ソフィエさんが微笑んだ。
「アリスも綺麗な黒髪で可愛いよ! ほんとお人形さんみたい!」
そう言うソフィエさんの姿はやはり三送りの時と違って柔らかい印象で、周りの空気を支配する程の緊張感をもたらす送り人としてのソフィエさんとは別人のようにも思えた。
「ね~ソフィエ~わたしは~?」
もう一方のソフィエさんの手を繋いでいる村の小さな女の子が言った。
「エテンキーも可愛いよ! そのアリスに貰ったヘアゴム似合ってるね!」
「えへへ~」
髪を纏めて頂上で縛っているエテンキーと呼ばれた女の子が、ソフィエさんの手に頬擦りしながら笑った。どうやらソフィエさんは村の子供に懐かれているらしい。
もう1人の村の子供はアリスより少し年上に見える少年だったが、ソフィエさん達の姿を見て微笑んではいるものの黙って歩いていた。
「村の子供は気楽で羨ましいですわね」
俺達より少し前を歩くレリアが言った。少しトゲのある言葉だったが、それも無理はなかった。
「よそ見をするなレリア。黙ってこの男を見張ってろ」
縄で男の手首を縛り、そこから伸びている縄の端を握っているアナが言った。
その男は、トロール達が崖から落ちた直後に現場の茂みから逃げ出そうとして、アナに捕まった者だった。
「そいつ、まだなにも話さないのか?」
「ああ、最初に自分は無関係だと言ったっきりだな」
俺が聞くと、アナは俺の方を向かずに答えた。
無関係のはずが無かった。その男はアナに捕まった直後、持っていた短い杖のような物を崖へと放り投げ、証拠隠滅を図った。
『この男、死霊使いか……?』
その時、アナはこのように呟いた。
死霊使いか……馴染み深い言葉な気もするけど、本当に死者を操るなんて事が可能なのか……?
俺は黙秘を貫いている男を眺めながら考えた。
もし、この男がトロール死ビトを操っていたのなら、それは到底許す事が出来ない。
しかし俺にはどうする事も出来なかった。このまま村に戻り、馬車が着き次第、領主の街へと連行してから取り調べを行うようだ。
「村に馬車が来る手筈になってたんか? だから、領主代理代理が馬車を出しても焦ってなかったんか」
「ああ。馬鹿な領主代理の甥がもし1人で街に戻ったら、すぐに村に迎えを寄越すように従者に言ってある」
気が立っているのか、アナは口が悪かった。いや、それ程に甥がどうしようもない男なのかもしれない。
「そっか……じゃあレリア、ショッピングモールで髪を整える約束はまた今度だな」
「そうね、残念だけど仕方がありませんわ。このカボチャのヘアゴムも気にいったし、暫くはこのままですわね」
レリアはカボチャのヘアゴムに触れてから、少し先の地面に腕を向けた。
「おいでなさい! マンドラゴラ!」
「……なんで急に使役した、絶対抜かないっての」
俺はこんもりとした土に生えている草を見ながら呟いた。
「つまらないですわね……今回わたくし大して活躍出来なかったし、付いて来た甲斐がありませんわ」
「そんな事ないわよ! レリアが来てくれて、私凄く嬉しかったわ!」
アリスが大きな声でレリアに言うと、マンドラゴラを戻してから口を開いた。
「アリス! 次は負けませんわよ! だから、あなたももっと腕を磨いておきなさい!」
レリアは後ろを振り返らず、前を向いたままそう言った。
どうやら術式紙風船試合で俺に負けた事よりも、トロール討伐の貢献度でアリスに負けた事の方が悔しいみたいだ。
*
「うわあ! 翔馬って速いわね!」
「アリス殿、あまり身を乗り出すと危ないぞ」
馬車の窓から上半身を出して外を眺めているアリスの腰を、隣に座るアナが支えていた。
俺とアリスはアナの従者が寄越した馬車に乗せて貰っていた。
村から分かれ道までの短い距離ではあるが、その初めての体験を俺もアリスも楽しんでいた。
「ファングネイ王国の翔馬はこんなもんじゃなくてよ。今度遊びにおいでなさい、歓迎するわ」
アリスの対面に座って足を組んでいるレリアが言うと、アリスは乗員室へと体を戻してから、手のひらの上で座っていたチルフィーを再び頭の上に乗せた。
「うん! 行きたいわ!」
「ファングネイの王都は前々から行きたいと思っていたであります!」
便乗してチルフィーまでが返事をした。
「ここってミドルノームって国だろ? 自由にファングネイ王国に入れるのか?」
「陸路で続く同盟国同士だからな。特に不自由なく出入り出来る。が……そんな事よりも……」
対面のアナが、厳しい眼差しで俺の目を真っ直ぐに見た。
俺も目を反らさずにその視線に相対すると、アナは横へと視線を反らしてから頬を赤く染めた。
「そんなに見つめられると、照れる……」
「お前が先に見つめてきたんだろうが! 照れられると俺も照れるわ!」
端正とも美しいとも表現できるようなアナのあからさまに照れる様子は、年頃の乙女の恥じらいのように見えた。25歳と言っていたが、落ち着いているのでもう少し上かと思っていた。
「……まあ尋問は次の機会を待とう。暫くはこの男に付きっ切りになるだろうからな」
隣に座らせている縄で縛られた男の縄を軽く引っ張りながらアナが言うと、男はビクッっと体を震わせた。
オドオドしてる割には口が堅いんだよな……。
崖に捨てた短い杖で、トロール死ビトを操ってたんかな……。
俺がその男の全身を見ながら考えていると、御者の隣に座っているレリアの従者が、操縦席と乗員室の間にあるガラスの小さな窓を叩いた。
「レリアお嬢様、そろそろ分かれ道でございます」
か細い声が聞こえたのと同時に馬車は停車したようで、走っている間は殆ど感じなかった揺れを強く感じた。
「翔馬の馬車って走ってる時は静かなのに、止まる時だけ揺れが激しいんだな……おいアリス、降りるぞ」
「えっ!? このままレリア達と領主の街に行くんじゃないの!?」
「行かねーよ! もうすぐ暗くなるし、早くショッピングモールに帰るぞ」
「もう! 分かったわよ!」
アリスは渋々ながら置いていた赤いリュックを背負い、俺とともに馬車から降りた。
「ここまでありがとうな!」
「レリア! アナ! またね! 今度ショッピングモールにも遊びにいらっしゃい!」
俺とアリスが2人に別れの挨拶をすると、それぞれが思い思いの言葉を返して来た。
俺はそのまま馬車の前まで歩き、御者の隣に座っているレリアの従者と別れの握手をした。
「世話になったな、また会おう!」
「はい、是非またお会いしましょう」
ずっと外の空気に触れていた為か、その従者の手はとても冷たかった。
*
「ああああ! ソフィエさんの年齢を聞くの忘れてた!」
ショッピングモールの和室で布団を敷きながら、俺は少し大げさに叫んだ。
「ソフィエ? ソフィエは20歳って言っていたわよ?」
「おお二十歳か! 成人なりたてか!!」
俺は目の前のお子様ボディと違って、完璧な女性であるソフィエさんの体のラインを思い出しながら言った。
「まあ、元の世界ではそうだけれど、この異世界では15歳で成人らしいわよ?」
「え、そうなのか? 江戸時代みたいだな……」
「だから、私もあと4年もすれば成人よ! 子供扱いしないでちょうだい!」
アリスはピンクのパジャマ姿で、頼りない胸を張って言った。
「あたしはとっくにシルフの成人女性であります! 年齢を聞きたいでありますか!?」
アリスの頭の上で、両手を腰に当てているチルフィーがポニーテルを揺らした。
その突起箇所の無い2人の姿は、突然布団の上に現れたトーテムポールのようだった。
「どうせ115歳とか言うんだろ? ってかトーテムポールコンビは鼻からどうでもいい」
「おしいであります! 1015歳であります!」
「マジか! シルフ長寿すぎだろ!」
「嘘であります!」
……。
俺はどうでもいいようなチルフィーとの絡みを早々に終え、2Fから延長コード無双で伸ばした延長コードに挿さっている電気スタンドと、天井に吊るしてある剥き出しの電球のスイッチを切った。
「ちょっと! 急に電気消さないでよ!」
「寝ろ。今日は月の迷宮に行ったり、村でトロールと戦ったりで疲れた。チルフィーも泊ってくんだろ? 早く寝ろ」
「もう……。チルフィーどこで寝る? 私の布団に入る?」
「いえ、あたしはアリスの脱いだパーカーに包まって寝るであります!」
暗闇の中、チルフィーはいい寝床を見付けたようで、既に寝る体制を整えていた。
「月の迷宮と言えば、明日も行くでしょ? 早く2層見てみたいわ!」
「えー……行くのか? まあ、でも月の欠片稼げるから行かないとか……」
「そうよ! 今8個しかないのだから、もっと増やして色々やってみたいわ!」
これから寝るにもかかわらず、アリスの目は輝いていそうだった。
「ああああ!」
俺は再び大声で叫んだ。
「そう言えば、この異世界の人種について聞くのも忘れてた!」
亜人がいるのなら、多種多様な人種がいて当然だと俺は考えていた。
儚げなエルフや可憐なハーフエルフ。それと可愛らしい猫耳の女の子や、勇敢で逞しくも美しい巨体系の女性……。夢は広がるばかりだ。
「おいチルフィーどうなんだ? 俺のユートピアはあるのか?」
既に寝ているようだ。
「ちっ……使えない虫だ。おいアリス、村で人種について聞いてないか?」
既にグースカピーと寝ているようだ。
「ふん。まあいい、今度誰かに聞いてみよう。使えないトーテムポールコンビなど放っておいてな」
俺はそのまま、ユートピアを夢見ながら眠りについた。




