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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

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443 最始の魔女

 異様な光景が、色褪せたフィルムを繋ぎ合わせたように目の前で続いていた。俺と吸血鬼のあいだにアリューシャ様が割って入り、俺たちの渾身の一撃をそれぞれ片手で軽々と受け止めているのだ。きっと時間にしたら数秒程度のものだと思う。しかし幼い少女の細腕による強引な介入は、俺の体感時間を何倍にも膨れ上がらせていた。数分と言われても納得できるほどだ。


「愚かな小童どもよ、矛を収めるがよい」とアリューシャ様は言った。長い銀色の髪が、穏やかな清流のように俺の鼻先でなびいていた。


「これはこれは、驚いた……」とハイデルベルクは口にした。「最始の魔女ピーリカ様が、北の国からこんなところまで遥々と、いったいどのような御用かな……?」


 アリューシャ様はふっと笑った。「その名で呼ばれるのはいつ以来か、もう思い出すことも儂にはできん。今世の有史以後か、それとも以前か。あるいは天地開闢の折にまで遡ることになるのか」


 ちょっと話についていけそうになかった。最始の魔女ピーリカ? 天地開闢? たしかにアリューシャ様については知らないことが多い。しかし、少なくとも出自については前に彼女から直接聞いている。原始の月から逃れてきた民の子孫――それがアリューシャ様だったはずだ。虚言……というよりは、なにか意図的な齟齬を感じる。きっと多くの空白を埋めるだけの言葉が、彼女のなかにまだ秘められているのだろう。


「吸血鬼――名はハイデルベルクじゃったか?」とアリューシャ様は吸血鬼の大鎌を握りしめながら言った。しかし刃が皮膚を傷つけることはなかった。


 そこでハイデルベルクは姿勢を変えた。大鎌を血に変換し、打ち水をするように辺りに撒いて、それから思い悩むように何度か首を振った。


「じゃったか……? とは、なんとも嘆かわしいことだ……」とハイデルベルクは言った。「自分で創造しておきながらその言いぐさ、あまりにも博愛に乏しいと、言わざるを得ないね……」


「吸血鬼の系譜は儂ではない。お主の言うところの、ほかの最始の魔女じゃ。おそらく、パメルクあたりじゃろう。果たして口調が似ておるわ」


 今度はハイデルベルクが笑う番だった。口の両端をいびつに曲げ、音もなく彼は笑った。それからふと語りを始めた。まるで舞台袖で序章を講談する、厳かな狂言回しのように。


「最初に魔女が五人いた……。彼女らは誕生したばかりのこの惑星ほしに降り立つと、まず初めに自分たちを模したニンゲンを造った。そこから最初のヒトビトの繁栄が始まる。ヒトの王が世界を統治し、長き歴史がヒトの手によって編まれた。しかし、それは戦争の詩編とでも称するべき、混沌と混迷の連鎖だった。王が殺され、王が生まれ、また王が殺されていった。そして惑星に生命が芽生えてから幾千年、鎖は斥力に耐え切れず、すべてのヒトビトを巻き込んで断ち切れた。ひとつの歴史が終焉を迎えたのだ」


 独特の声色や口調を殺した吸血鬼の話を聞きながら、アリューシャ様は目をつむっていた。肯定することも否定することもなかった。三つの月も夜空で重い沈黙を保っている。その四方では星々が瞬いて見えていた。


「最始の魔女らはこの滅亡を深く顧みた。ひとりの魔女がこんな意見を述べた。『私たちに似せたのが良くなかった。それではあまりに強い力を持ちすぎる。過ぎた力があるから、争いは留まることを知らなかったのだ』、と……。それから彼女たちは最初のヒトビトの破滅に鑑み、今度は神を造ることにした。最初の神々とされる十二柱だ。五人の力をそれぞれ分け与えているので、想像を絶するほどの力を持つとされている。次の人類の創造や世界の在り方は、その十二柱にゆだねた。そして五人の魔女は最後にお茶会を催し、別れの言葉もなく各地に散らばる。そこである者は眠りにつき、ある者は概念と融合した。またある者は――」


 一瞬口を閉ざすと、またハイデルベルクは歪んだ笑みを顔にたたえた。そして意味ありげな眼差しをアリューシャ様に向けた。


「またある者は北の大地に根を下ろし、名を偽って、大魔導士などという肩書を冠した。ニンゲンを騙り、ニンゲンを誑かし、ニンゲンを監視することにした……」


 ハイデルベルクの語りが終わっても、アリューシャ様は長いこと目と口を閉ざしたままだった。俺の耳を気にしている様子もない。べつに俺に何を聞かれても構わないということだ。訊きたいことは山ほどあった。しかしこの空気の質感がそれを許すとも思えなかった。


「母なる魔女よ……」とハイデルベルクは静寂を切り裂くように口にした。「最初のヒトビトの数少ない生き残りとして、あなたには常に敬愛と畏怖の念を禁じ得ない……。しかし、我の戦いの悦びを邪魔することだけは、どうか控えていただきたい……」


「最初のヒトビトの生き残り……?」とアリューシャ様は言った。いつからか目も開かれていた。「生き残りではなく、死に戻りの間違いじゃろう?」


「どちらでも、ああ、べつに我は構わない。醜悪な化物に成り果てた同胞らは、少しくらい具申したくもなるだろうが、ね……」


「おぬしらの死合いは儂が預かる」とアリューシャ様は言った。そこには有無を言わせぬ強い響きが感じられた。「じゃから不調法な真似は止めておけ。儂が立会人を務めてやると言ってるのじゃ。然るべき時に、然るべき場所でな」


 吸血鬼は不服そうに目尻に皺を寄せたが、申し立てることはしなかった。おそらく、こいつもすでに先ほどまでの狂気や興奮は収まっているのだろう。あれだけ垂れていた涎ももう綺麗に引いている。むしろアリューシャ様にあっさり受け止められたことで、俺のなかの鬼熊のほうが苛立ってる始末だ。


 アリューシャ様は言った。「小僧、ここでこうして惚けている時間はないと思うのじゃが?」


 そうだ、と俺は思った。ハイデルベルクの乱心によって搔き乱されたが、今は一分一秒を争う状況なのだ。幸いにも、風となったシルフィー様の勢いはまだ保たれているようだった。『智慧』を具えるケルベロスの頭部を、渦巻く風が静かに封じてくれていた。


「ハイデルベルク、ここは任せていいんだよな?」と俺は吸血鬼に言った。「俺がケルベロスを召喚してる奴を捜す。あんたはここでケルベロスを足止めする。それで間違いないよな?」


「ああ、間違いも異論もないよ……。風の精霊シルフとの約束だからね……。それだけは、我とすべての我が眷属の名誉に誓って、滞りなく果たしてあげよう……」


 色々と言いたいことはある。その名誉をたった今汚そうとしていたじゃないか、と。だが俺は何も言わず、目の焦点を遠くに佇む建物に合わせる。地獄から舞い戻ったとされる召喚士が潜んでいる(と思われる)場所だ。


「小僧、すでにアリスと皇子は向かっておるぞ」と俺の視線を追うように建物を目にしたアリューシャ様は言った。「それに、もう一人の儂もな」


「ア、アリスが……!? それにクラット皇子も!?」


 だが聞き返したときには、すでにアリューシャ様は消えていた。転移の法だか別の魔法だかはわからないが、忽然と。


 俺はシルフィー様を見守るチルフィーにこの場を託し、一目散に建物に向けて駆け出す。そして考える。アリューシャ様の言う『もう一人の儂』とは、おそらくアリューシャちゃん人形のことだろう。しかしなぜアリスとクラット皇子をこの件に関わらせたのだろう? それに、アリスはいつの間にこのシルフォニアに到着していたのだろうか?


 細かいことは何もわからなかった。しかしおおまかな輪郭は見えた気がした。なぜあの二人を関わらせたか? そんなことは決まっている。きっとどちらも召喚士だからだ。そして細部を補完しながら見るとすれば、おそらくケルベロスを呼び出している召喚士は二人と関連性があるのだ。


 俺は走りながらさらに考える。あるいは考えながらさらに走る。アメリア・イザベイルの名に行き着くのに、そう時間はかからなかった。アリスの大叔母であり、クラット皇子の祖先の名前だ。


 もしかしたら、彼女が地獄から舞い戻った召喚士じゃないか……?


 鬱蒼とした森を背景に建っていたのは、古い造りの教会だった。二の月と三の月は厚い雲の裏に隠れ、紅い四の月だけが夜空から光を降り注いでいた。

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