44 オデのナカマをりようして
完全に傷が回復したトロールは、その3メートル程の体躯を更に多きく見せようとするように両手を広げ、激しく咆哮した。
ウボオオオオオオ!
「くっ……プレッシャーがエグいな……」
俺は逃げ出したくなる程の威圧感を全身に受けつつも、トロールへの攻め方を考えた。
改めて見るとデカいな……マンションの2階ぐらいか……。
直接頭部を攻撃するには、やっぱ木霊しかないか……。
しかし、俺が簡単な脳内作戦会議を終える前にトロールは動き出し、武器も持たないまま迫って来た。
「素手でも強そうだな!」
迫るトロールから一旦少し離れようと後ずさりをすると、赤く光って俺に殺意を示していた目が元の色に戻り、まるで俺の存在を忘れたかのように再び子供達の方を向いた。
「おい! お前の相手は俺だぞ!」
くそっ……あんま離れると興味を失うのか!? わがままな奴だな!
俺は再びガラ空きとなったトロールの背後から強襲しようと、駆け出しながら木霊を使役した。
「出て来いや木霊!」
――出たで ――そうやで ――トロールやでっ
いつもより高めに木霊を配置し、走ったまま勢いをつけてその階段を駆け上がると、俺はトロールの頭部へと向かって3体目の木霊から飛び跳ね右腕を構えた。
「戻れ木霊! ……出でよ鎌……じゃなくて出でよ玄武!!」
カメエエエエッ!
ガラ空きの頭部へと鎌鼬を使役しようとした瞬間、トロールは後ろを振り返りもせずに、まるで上空のハエを落とすかの如く左腕を俺へと薙ぎ払った。
「あぶねえ……」
咄嗟に鎌鼬から玄武へと使役幻獣を変更した事は好判断と言え、玄武の前方に展開された光の甲羅でトロールの強烈な一撃を防いだ。
そして、着地と同時にトロールの背中へと腕を構えた。
「出でよ――」
その瞬間、再びトロールは前を向いたまま少し体を捻り、今度は強靭な右腕の肘で突いてきた。
「今度は見え見えだ!」
俺はその肘を少し後ろに跳ねて躱し、そのまま一歩踏み込んでからトロールの背中へと向けて右腕を構えた。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
岩壁のような武骨な背中で、二撃の斬風が舞った。
ウボオオォォ!
トロールは低い呻き声を上げながら膝を突き、そのままうな垂れるように俯いた。
「止めを……」
俺は回復される前に止めを刺そうと前方へ回り込み、その垂れている大木のような太い首に右手を直接当てた。
まったく抵抗する様子のないトロールの首元は、まるで生きている事を主張するかのように、当てている俺の手のひらに熱を伝えた。
それでも、俺は止めを刺してアリス達を追わなければならない。
それにこのままにしておいたら、またいつ子供達が襲われるか分かったもんじゃない。
くそ……狼の時みたいに、死に物狂いだったら気にもならないのに……。
なまじ圧勝するのも考えもんだな……でも……。
「出でよ鎌――」
「おまえもオデたちをコロすのか?」
無抵抗な首元へと鎌鼬を使役しようとした瞬間、突然トロールは口を開いた。
「……喋れるのか?」
「オデたちのムラをおそって、オデたちのナカマをコロして、またオデたちをコロすのか?」
「なにを言って……襲ったのはお前らだろ!」
トロールの首元へと右手を当てたまま、俺はトロールの言葉の真意を測りかねていた。
すると、クワールさんが息を切らしながら茂みから出て来て、小走りで向かってきた。
「ウキキ! 無事か!?」
「クワールさん……もう大丈夫なんですか?」
「ああすまない……。トロールに勝ったのか……ウキキ1人でか?」
「ええ、まあ……。でもトロールがなにか言ってて……」
とクワールさんと話していると、再びトロールは同じような事を口にした。
それを黙って聞いていたクワールさんは心当たりがあったようで、神妙な面持ちでトロールに尋ねた。
*
「こっちか!」
俺は子供達から聞いた方向へと走り、アリス達がいる現場へと向かっていた。
崖沿いに走って暫くすると、緩やかな上り坂が見えて来た。
その坂の脇に真っ直ぐ伸びている獣道があり、どちらが現場への道か一瞬迷ったが、そこにそびえている大木を見て俺は1人呟いた。
「この斬痕はアナの剣かな……」
俺はアナが斬り付けたと見られる矢印の方向に従い、そのまま坂を上がった。
「くそ……緩い坂だけど、坂の頂上までクネクネと曲がってて時間掛かるな……」
そのまま素直に走って上り切ると無駄に時間が掛かりそうな上にめんどくさいので、坂の真ん中辺りで一旦立ち止まり、少し下がってから右腕を構えた。
「出て来いや木霊!」
――出たで ――そうやで ――ショートカットやでっ
「そうだショートカットだ、よく分かったな。お前ら毎回喋るけど、話せるのか? どっから来てるんだ? 幻獣界とかか?」
無視された。
それでもめげずに木霊の階段を配置し、そのまま階段を駆け上って坂をショートカットした。
その要領を3回繰り返して坂の頂上に辿り着くと、金属と金属の弾き合う音が聞こえた。
「アリス! みんな!」
崖の傍らでトロールと戦っているアリス達や子供達といるソフィエさんを目にした瞬間、俺は思わず声を上げた。
それと同時に駆け寄りながら無事を確認すると、アリスが手を振りながら答えた。
「遅かったわね! ソフィエと子供達も無事よ!」
その声を聞いてホッと胸をなでおろし、遠距離で構えているアリスとハイタッチをしてから前線へと駆けた。
そして、巨大な鉄の塊のような棍棒を持つトロールと対峙しているアナの隣に立ち、ともに構えた。
「ウキキ殿! その様子だと無事みたいだな」
「ああ、俺はほぼ無傷だ。それよりアナ、このトロールが死ビトだってお前ら気付いてるのか?」
俺はトロールAが言っていた事を思い出しながらアナに聞いた。
麻袋のような物を被る目の前のトロールは、元は俺達と同じ人間だった今までの死ビトよりも異質に見えた。
肌の色は生気を感じないような灰色で、トロールAと違って息づかいが聞こえなければ感情も無いようだった。
『死ビトになったオデのナカマをりようして、オデに人をおそわせて、ふようになったらまたオデたちをコロスのか?』
それが、最後に俺が聞いたトロールAの言葉だった。
「死ビトだったのか……亜人の死ビトは珍しいな……」
「そうなのか?」
「ああ……。我々のような人と違って、亜人の魂は三の月へも四の月へも導かれない。……ハズなのだが、稀に亜人でも四併せになる者がいると聞いた事がある」
じゃあ、その稀な亜人がこいつか……。
死ビトとは言え、せっかくトロールAと会えて2人で森の奥の洞窟で静かに暮らしてたのに、村人を襲うようにけしかけた糞野郎がいる……。
俺は哀れなトロール死ビトに同情し、同時にそんな糞野郎を許せなく思った。
しかし、俺のそんな感情を気にもせず、トロール死ビトは鉄の棍棒を振りかざした。




