表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

448/511

429 第1クォーター

 けたたましいほどの雄叫びが轟く。ケルベロスの暴力的なまでに人を威圧する咆哮だ。思わず耳を塞ぎそうになるが、俺は必死にそれに抗う。気圧されてはいけない。足が地面に射竦められそうになるが、俺は何度か軽くジャンプをしてそれを克服する。怖気づいてはいけない。


 俺なら隠り世かくりょの住人とも言うべきケルベロスに一撃を入れることができる。この事実に優越感こそ覚えないものの、軽い高揚感のようなものは芽生えてくる。一度死んだことのある俺は黄泉性を少なからず纏っている、と吸血鬼は言っていた。そのおかげで、本来なら触れることすらできないケルベロスと同じ舞台に立つことができるのだ。


「よう犬ッコロ」と俺は巨大なケルベロスを見上げて言った。「ビビらせてるつもりだろうけど、崩龍のガナリに比べたら屁でもないぜ……?」


 高揚感は人を大胆にさせる。もっと言えば、人にカッコいい台詞を吐かせる。加えてケルベロスの体長がバスケットコートとほぼ同じとなれば、否が応にもテンションが上がってしまう。何度も何度も馬鹿みたいに走り込んだ、俺のフィールドだ。身に沁みついたこの距離感は、戦いに於いて俺を優位に立たせてくれるだろう。俺がこのコートで流した汗の量を、お前は知ってるか? 零れた涙の尊さを、お前に理解できるか? OK、つまらない独白はこの辺にしておこう。さあ――第1クォーターの開始だ。


 ケルベロスはすでに殺意の赤い光を眼に灯している。三頭の双眸すべてにだ。こう正面切って眺めてみると、それぞれが少しずつ違う顔をしているのがわかる。馬でいうところの流星のような白い模様が、額から鼻筋にかけてくっきりと浮かんでいるのだ。向かって左の頭部は三日月の形をしており、真ん中は太陽をかたどっているように見える。そして右は星形だ。


 シルフィー様は三頭それぞれが異なる性質を宿していると言っていた。その一つは『智慧ちえ』であり、世界を見通す千里眼を持っている。判明しているもう一つの性質は、たしか呪詛だ。それによってシルフィー様は逃げ込んだチルフィーの中に呪縛されてしまった。残る最後の異能は判明していないし、流星との関連性も定かではない。あえて連想するとしたら、三日月が呪いで星が智慧だろうか? 太陽はもっと何か大きな意味合いを孕んでいるように思われる。いや、しかし下手な思い込みはこの場合自重したほうが賢明かもしれない。


 共通しているのは、どの顔貌もすごく狂暴そうだということだった。どれも鋭い犬歯をこれでもかというほど剥き出しにして、その間から長い舌を垂らしている。よだれもだらだら流れている。戦いが始まってすぐに、その顎から青い軌道が視えてきた。真ん中の頭部が俺を噛み砕こうと、一直線に予兆を走らせた。幸いスピードはそれほどでもなく、横に飛び跳ねて難なく躱すことができた。間髪を容れずに爪撃が繰り出されたが、30センチほど距離に余裕を持ってやり過ごせた。よし、ケルベロス相手でもしっかり予兆が視えている。ちゃんと俺が認識できているからだ。獣型の怪物というのは、総じて牙と爪による攻撃を得意とすると。


 しかし次ぐ一閃は無防備のまま迎えることになってしまった。長い尾が空を薙ぐように迫ってきたのだ。一瞬間の思考ののち、俺は素直に玄武を使役して完全防御の姿勢をとった。もちろん光の甲羅は尾撃をなんの問題もなく弾いてくれたが、四聖獣の使役は俺の体力を著しく消費させるので多用は控えなくてはならない。認識が甘かったのだ、これは反省しなければならない。


 ケルベロスがその場でぐるりと一周して態勢を整える前に、俺は雷獣を使役して臀部に紫電を飛ばした。だが黒い体毛を少し焦がしただけで、ダメージや痺れは期待できそうになかった。


 もう一撃ぐらいなら入れる隙があるかもしれない。そう俺は判断し、接近してうしろ足の両方を鎌鼬・十六夜で連続して切り刻んだ。そのまま止まらず腹の下に潜り込んで、手を突き上げ鬼熊を使役した。真下からの強烈なボディブロウに、ケルベロスの全身が少しだけ浮き上がる。このままダウンされたら圧し潰されてしまうので、俺は素早く三つ首の化物が作り出す日影のなかから飛び出る。いや、ダウンするかもしれないなんて考えは甘えの極みかもしれない。こんな一撃で伏してしまうようなら、風の精霊シルフィーが負けることなんて最初からなかっただろう。


 しかし、すぐに俺は再考することになる。陽の下に出てみると、いかにも苦しそうにケルベロスは鳴き声を上げ、四本の脚をわなわなと震わせているのだ。その直後に、猟銃で撃たれた狼のように右腹を下にして倒れ込んだ。一段と大きな地響きが街全体をうねらす。そこまで効き目があったのだろうか? 俺はバスケットコートを支配したのだろうか? どうあれ、これは千載一遇のチャンスだった。俺は迷うことなく木霊を呼び出して階段を配置し、颯爽と駆け上がってケルベロスの上を取った。


「出でよ――MAX鎌鼬!」


ザシュザシュッッ!!


 狙ったのは三つ首のうち、三日月の模様をあしらう左側の頭部だ。左腹を天日干しするようにダウンしていたので、自然とその形になった。フルパワーで放った鎌鼬の斬撃が大きなX字を描き、綺麗に首が切断される。寺の鐘のように巨大な頭部が、血を噴き出しながら落下した。


 こんなに簡単でいいのだろうか? そう思わずにはいられないほどあっさり片がついてしまった。拍子抜けというやつだ。あまりに手応えがなさすぎて、ある種の違和感のようなものも覚えてしまう。しかし俺は止まらなかった。こうなった以上、早くこいつを楽にしてやりたい。三つも顔のある化物犬とはいえ、血の海に沈みもがき苦しむ姿なんて長くは見ていられない。


 もう一度木霊を使役し、一体ずつ空中に配置した。今度はあまり急がずに一段ずつ上り、三体目の木霊の上にバランス良く立った。そして手を伸ばし、真ん中の首にそっと触れた。やはりMAXパワーで使役したほうがいいだろう。これだけ太く頑丈な首だと、通常の鎌鼬では一度で斬り落とせない。ふいに、手のひらに生き物特有の温もりが伝わってきた。だけど同情する気にはなれない。こいつは何人もの人間を喰らい、何年ものあいだ人々を苦しめてきたのだ。


「出でよMAX鎌――」


 しかし俺は幻獣に命令を伝えることができなかった。その瞬間、背後に気配を感じたのだ。反射的に振り返る。すると目の前には下顎と上顎を限界まで開かせたケルベロスの口腔があった。


「えっ……!?」


 どういうことだろう、という疑問が最初に頭をよぎった。三日月の頭部は鎌鼬で刎ねたし、太陽と星の模様もさっきまで間違いなくこの目で捉えていた。まさか第四の頭部がどこからか生えてきたとでも言うのだろうか? しかし考える暇もなく、鉄塊をも噛み砕きかねない顎が急速に閉じられた。それより早いか遅いかわからなかったが、強い突風が俺を無理やり後方へ吹き飛ばした。いや、当然風のほうが早かったのだろう。でなければ今ごろ、俺の頭はナスのヘタのようにもがれていたのだから。


「危ないところでした。ウキキ、ケルベロス相手に油断は禁物です」


 チルフィーの声だった。しかしチルフィーでないことはすぐにわかった。


「ウキキ、あれを見てください」とシルフィー様は俺に言った。チルフィーの小さな人差指が示す場所に目を持っていく。ケルベロスの左首だった。斬り落としたはずの左頭部が何事もなかったかのように舌を垂らし、荒い呼吸をし、そして眼を赤らめていた。


「再生です。太陽模様の入った中央の頭部が、あのように瞬く間に欠損を修復させてしまいます。もしもウキキがあまりに易く左の頸を落とせたと感じたならば、それはそう仕向けられたと考えて間違いないでしょう。つまり、智慧を司る星模様の右頭部の謀略にかけられたのです」


 なるほどな、と俺は思った。わざと首を刎ねさせ油断した相手をうしろからガブッといこうとしたわけだ。なかなか卑怯な真似をしてくれる。かなり狡猾な性格の持ち主みたいだ。今更ながらに背中に悪寒が走り、嫌な汗が頬をつたった。


「先に話しておくべきでした。予測できていなかったのです。まさか、こうも早々に邂逅するとは思ってもいませんでした」とシルフィー様は言った。「しかし、想定外の事態に遭遇したという意味では、ケルベロスも同じはずです。ウキキという黄泉性を具えた言わばジョーカーの出現なんて、想像すらしていなかったでしょう。おそらく、ケルベロスは一度退くはずです。深い智慧を有するなら、ここで無暗に攻め入るような真似はしないでしょう」


 シルフィー様の見通しどおりだった。ケルベロスの六つの眼からは次第に赤い光が褪せていき、元の色である金眼に戻った。そして急に獲物に興味を失ったかのようにくるっと背を向け、破壊した壁の瓦礫をジャンプで越えて帰っていった。


 しかしこうなると、こちらもそれなりの作戦が必要になってきそうだ。ほかを再生させてしまうケルベロス(太陽)の首を一番に落とすのは当然として、果たしてそう上手く狙わせてくれるだろうか? 向こうもそれを防ぐための措置を取ってくると考えるのが自然ではないだろうか。ならば相手の行動の裏を取り、逆に先ほどと同じことをしてみたらどうだろう。そして三日月の頭部を修復する前に太陽の首を刎ねるというのは? いや、しかし再生するまでの一秒か二秒のあいだにそんなことができるだろうか? ならば逆の逆に……。


 ふむ、と俺は思った。頭がこんがらがってきた。いずれにせよ、これは俺一人ではかなりの苦戦をしいられそうだ。というか、勝てるかどうかもかなり怪しい。せめてもう一人でも味方がいないものだろうか? もう一人、どこかに俺と同じように黄泉性を纏う誰かが……。


「これで少しは時間ができました」とシルフィー様は俺の肩に乗って言った。「ほかにもこちらが優位に立つために、私がわかっていることはすべて教えておいたほうがいいでしょう。ちょうどウキキの仲間も駆けつけてくれたようです。どこかで落ち着いて話をしましょう」


 シルフィー様の視線を追うと、そこでガルヴィンやザイルたちが死ビトと戦っている真っ最中だった。あいつらは俺がケルベロスと戦っているあいだも街を守ってくれていたみたいだ。最後の一体を、ガルヴィンが炎の精霊魔法で焼き尽くす。初恋に戸惑っていようと、魔法はいつだって絶好調のようだ。


「そうですね」と俺はシルフィー様に言った。「でも話をするなら飛空艇でしましょう。これから俺が行って、今すぐ飛べるかどうか訊いてみます」


 シルフィー様は少々困惑したような表情で俺を見つめた。チルフィーがたまにするのとまったく同じ表情だ。


「ウキキ、もしや飛空艇でシルフの里に乗り込むつもりですか? でしたら、決戦の場としてシルフの里を選んだことには賛成です。我が故郷でなら、封印された私でも外の世界以上の力を振るえます。微弱ながら、ウキキの役に立てるでしょう。ですが飛空艇で向かうのは勧めかねます。あれでは目立ち過ぎです。撃ち落とされれば、それですべてが終わってしまうでしょう」


「違いますよ」と俺は言った。「俺が向かおうとしてるのはブラッド・バンク――吸血鬼が住む城です。そこで吸血鬼……ハイデルベルクに助っ人を頼んでみます。ジョーカーはあればあるほど強いんです」


 ケルベロスを斃すなら、あの眷属集めと金融ごっこにうつつを抜かす化物を味方につけなければならない。もし断るようなら、俺が襲撃して無理やり戦いの悦びを思い出させてでも……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ