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43 美女3人と野獣で優雅なワルツを

 トロールとは、巨大で怪力で少し頭が悪い……というのが昔見た映画から俺が得たイメージで、もう1つ大事な事を付け加えると、かなりの強敵というイメージもあった。


 俺達はそんな怪物に襲われ、助けを呼ぶ為に1人で必死に村まで戻って来た子供から詳しい場所を聞き、その現場である森の奥へと急行していた。


「ウキキ! こっちだ!」


 先頭をやや遅めに走るクワールさんが、振り向きながら俺に言った。高齢という事もあり残ってもらいたかったが、村長代理として村でのんびりとはしていられないと言い出し、先陣を切っていた。


「思っていたより道が入り組んでいるわね」

「ああそうだな……クワールさんが道案内してくれなかったら迷ってたかもしれない」


 隣を走るアリスとお互い前を向きながら話すと、アリスの頭の上のチルフィーが口を開いた。


「今回のあたしは前回と一味違うであります! あれから族長の教えを受けて、徹夜でチアを磨いたであります!」

「頼もしいな! じゃあチルフィーはアリスの頭で振り落とされないように踏ん張っててくれ!」


 チア……応援を磨かれてもな、と思いながらも、その存在は俺達の勇気にもなっているので、チルフィーも立派な戦う仲間だった。


「風の精霊シルフじゃないか……なんでそんな上級精霊に懐かれてるんだ……何者だお前達は」


 俺とアリスの少し後ろを走っているアナが言うと、これも修行ですわと言って付いて来たレリアが代わりに答えた。


「彼らの身分はわたくしが保証するわ。けどアリス、あなたは戦いになったら離れてなさい」

「なんでよ! 私レリアより強いわよ!」

「あらヤダ、聞捨てならないセリフですわね……けど、あなたのような子供の出る幕ではなくてよ」

「レリアだって13歳って言っていたでしょ! 私とたいして変わらないじゃない!」


 走りながら話すだけでも体力を消費するというのに、更にオーバーリアクションまで入れているアリスにレリアが返した。


「わたくしは13歳で王都の魔法学校を卒業した天才でしてよ。更に騎士としてアナ様の元で修行中で、金獅子のカイルの弟子でもあるわ。そんなわたくしが、あなたとたいして変わらないと言うのかしら?」


 レリアが輝かしい経歴を述べると、アナが口を挟んだ。


「騎士見習いとしてだろ……それに、金獅子のカイルの弟子と言っても、屋敷に訪れたカイルから少しだけ手ほどきを受けただけのハズだろ」

「アナ様はお黙りになって! ……とにかくアリス、これでわたくしとあなたの違いが分かった?」

「え? なんの事? それよりクワールおじさん大丈夫!?」


 完全にレリアの話を聞いていなかった様子のアリスがクワールさんを気遣うように聞くと、クワールさんはその場で立ち止まってから膝に手をついた。


「はあ……はあ……いやあ、歳は取りたくないな……。すまない、そこの茂みに入ってすぐのハズだ……」

「分りました! クワールさんは休んでて下さい!」


 クワールさんをその場に残し俺が再び駆け出そうとすると、クワールさんは俺を呼び止めた。


「待てウキキ……これを持って行け……」


 クワールさんは帯びていた腰の剣を抜き、俺に渡しながら言った。


「……分かりました、使わせてもらいます!」


 俺はありがたくそれを受け取ると、手に持ったまま少し道を外れた先にある茂みへと入った。





 崖を背にして、迫る巨大なトロールから逃げている子供が2人とおじさんが1人。それが茂みを越えて現場へと駆け着けた俺が見た光景だった。


「剣閃!」


 俺はその光景を目にするなり、クワールさんの剣で剣閃を放った。

 その閃光で斬ったトロールの背中からは僅かに血が滲んだが、それだけでは俺に殺意を向けるには至らないようで、尚もトロールは子供達に迫った。


「アリス! 氷の矢を撃て!」

「了解よ! アイス・アロー!」


ズシャーー!


 アリスの左手から撃たれた氷の矢はトロールの脇腹に突き刺さり、鮮血が氷の矢を濡らした。

 そしてその矢が光って消えると同時に、トロールは巨大な体躯を鈍い動きで回転させ、持っている大きな棍棒をこちらへと向けた。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 振り向いたトロールがアリスに近づく事すら断固阻止したい俺は、トロールが重い一歩を踏み出す前に棍棒を持つ手を狙って鎌鼬を使役した。


 だが二撃の斬風が舞う瞬間、トロールは咄嗟に反応して俺の腕を目掛けて棍棒を振り下ろし、鎌鼬の鎌とトロールの棍棒で直接打ち合う形となった。


「……第1ラウンドは俺の鎌鼬の勝ちだな」


 棍棒をX字に斬り裂く感覚が伝わった瞬間、俺は呟いた。

 そして丸腰となったトロールの目が赤く光ったと同時に、アリスに指示を出した。


「アリス! 子供達を頼む!」

「了解よ! アイス・アロー!」


ズシャーー!


 アリスは崖を背に震えている子供達の元へと駆け出しながら、氷の矢を撃った。

 その行進間射撃は見事にトロールの右足のふくろはぎを貫き、動きを更に鈍らせた。


「よく走りながら狙えるな……」


 俺がアリスの素質を目の当たりにしていると、少し遅れてレリアとアナがやって来た。


「クワール殿を木陰で休ませておいた。……驚いたな、トロール相手に優勢じゃないか……」

「だからウキキとアリスの実力はわたくしが保証すると言ったでしょ? わたくし、最初から只者ではない感じていてよ」

「ウキキ殿と言うのか。何者かは後で尋問するとして、取り敢えず自己紹介をしておこう。わたしはアナ・スコットだ。アナでいい、よろしくな……おっと、今はそんな場合ではないか」

「手短にツッコムぞ。まずレリア嘘をつけ! あと俺はウキキじゃねえ! あと尋問は断る!」


 3件のボケに対し役目を終え、ふくろはぎを抑えながら動かないトロールを注視しつつ、アリスに状況を聞いた。


「アリス! 子供とおじさんは大丈夫か!」

「大丈夫だけれど大変よ! ソフィエと他の子供は別のトロールに襲われているみたい! 私とチルフィーはそっちを助けに行くから、あなたはここをお願いね!」


 他にもトロールがいるのか!?


 と驚くと同時に、別の事を口に出した。


「ちょっと待て! お前だけで行くなんて危険すぎる!」


 既に走り出していたアリスに俺の声は届かず、壮絶な不安だけが俺を襲った。


「わたしとレリアもアリス殿を追って、そちらを対処しよう。ウキキ殿1人にここを任せて大丈夫か?」

「いや……でもアリスが心配で……。ってか、どう考えても危険だろ! 俺がいないと!」

「1人残されるウキキの方が危険でしてよ。向こうは美女3人と野獣で優雅なワルツを踊って、それで解決ですわ」


 レリアがそう言うと、俺が別案を考えるよりも先に2人はアリスを追った。


「くそっ……ってかアリス、場所は分かってるんだろうな……迷子になって泣く姿なんか見たくないぞ……」


 いや、それよりも……。


「トロールに傷付けられる姿はもっと見たくないぞ! ……おいトロールA! まだ戦うつもりならさっさと立て!」


 動かないでいるトロールに向かって叫びながら、俺はその巨大な体躯に向かって駆け出した。


「いや……やっぱ立たないでいい! そのまま俺にやられろ! そんで子供達をクワールさんの元に避難させて、アリス達を追ってトロールBを倒せば解決だ!」


 俺は走りながら、屈んで隙だらけのトロールの頭部に向かって右腕を構え、そして左手の剣を逆手に持った。


「どうせ器用に左手で剣なんて振るえないからな。この剣は大人しく防御用に使わせてもらう!」


 そして俺が鎌鼬を使役しようとした瞬間、トロールは屈んだまま両腕をでたらめにブン回した。


「っ……!」


 俺はさっそく左手の剣で身を守り、直撃を防いだ。それでも数メートルは吹き飛ばされたが、擦り減った靴で土を踏みしめて転倒する事だけは免れた。


「危ねえな……あんな、やみくもな攻撃でも直撃したら致命傷だ……」


 俺が肝を冷やしていると、トロールは静かに立ち上がり再び殺意の眼で俺を睨みつけた。


「お、おっかねえな……ってかそれより……」


 アリスの氷の矢がヒットした右足のふくろはぎと脇腹に目を向けた。

 その箇所らは大量に出血していたハズだったが、今はその痕跡を残すのみで傷も塞がっているようだった。


「そう言えば、もう1つ重要なトロールのイメージがあったな……」


 トロールは体組織を再生する。それが、俺が忘れていたトロールのイメージだった。


 俺が再び構えると、第3ラウンドのゴングが鳴った気がした。


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