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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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番外編 私の見る夢 sideアリス

 私には産まれることのなかった妹がいる。もしあの日にあんなことが起きなければ、きっとすごく仲の良い姉妹になれていたと思う。もしあのとき火事が起きていなければ。もし妹をお腹に宿したお母さまが、赤々と燃える炎の魔の手から逃れられていれば。


 最近になって、あのときの夢をよく見るようになった。いつからかははっきりとわからない。この世界に転移してからというのは確かだけれど、なにがきっかけだったかは思い出せない。今日も明かりを消してベッドに入れば、またすぐに私は見慣れた風景のなかに紛れ込んでいる。広いお屋敷の庭。時間どおりに勢いよく散水を始めるスプリンクラー。ジェームズはいつも芝生と一緒になって水浴びを楽しんでいる。そして、その隣には幼いころの私がいる。


 少し離れた場所に、幼い私を見つめる優しい眼差しがある。お母さまとお父さまのものだ。私は俯瞰することしかできないけれど、ここに来ると二人の深い愛情が感じられる。幼い私を通して、本当に心から愛してくれていたのだと実感することができる。


 お屋敷からお爺さまが出てくると、だいたいいつもこの辺りで夢の場面が切り替わる。本当ならずっと幸せな時間に浸っていたいけれど、この夢はそんな甘えを許してくれない。またあれが始まる、と私は思う。心臓の鼓動が高まり、どくんどくんと大きな音を立てはじめる。


 別荘の一室に私はいる。幼いころの私がカーペットの上で寝そべり、夢中になって絵本を読んでいる。窓から射す陽の光がテーブルの影を部屋の片隅に落としている。影は波紋のように中心からだんだと濃くなり、やがて辺縁まで行き渡るともぞもぞと動き出す。そして幼い私に背後から這い寄りながら、形態を炎へと変えていく。


 私は炎めがけてアイス・アローを何本も撃ち出す。アイス・キューブを真上に現出させ、間髪を容れずに落下させる。けれど私の行動は夢の世界になんの影響も与えられない。繰り返される映画のように、同じ夢のなかで幾度となく消火を試みても、決して打ち勝つことができない。幼いころの私が絵本のページから目を上げると、すでに火の手がまわっている。本棚やカーテンや壁に燃え移り、執拗な悪魔のように隙間なく取り囲んでいる。


 無駄なことだとわかっている。けれど傍観なんてしていられない。だって、ここで幼い私を助けられれば、お母さまもお父さまも死ぬことはないのだから。


 風の加護で飛び跳ねる。渦巻く火焔の中心に降り、呆然としている幼い私に手を伸ばす。しかし私の手は小さな身体をすり抜けてしまう。わかっている。私は夢の世界に干渉できないのだ。それでも目に見えない取っ掛かりを掴むように、私は必死にもがき続ける。


 しばらくすると、お父さまの声が遠くに聞こえる。すぐに近くなり、燃え盛る炎のなかに果敢に飛び込んでくる。私はお父さまが幼い私を抱きかかえるのを見つめる。そうだ、あの腕で何度も私を抱きしめてくれた。あの手で私の頭を撫で、あの目で私を見守ってくれた。そしてあの優しい声で、いつも私の名前を呼んでくれた。


 お父さまが幼い私を連れて火の海から脱出すると、お母さまがすぐそこで待っている。お母さまは気を失っている幼い私の頬に触れ、おでこに長いあいだキスをする。それから小さな耳元でなにかを囁き、お父さまに目配せをする。お父さまと幼い私が去っていくと、しばらく目をつむってから炎の渦の正面に向き直る。


「なにをしているのお母さま! だめよ、早く逃げてちょうだい!」


 わかっている。私の声が届かないことぐらい。けれどほかにどうすることもできない。夢だとしても――あるいは夢のなかのほんのわずかな断片にすぎなくても――私はお母さまに生きてほしい。護り慈しむように手をあてている、そのお腹のなかの小さな命とともに。


 お母さまは炎に向かってなにかを話している。そんなに長くはないし、そんなに短くもない。どれだけ耳を澄ませても私はその声を聞き取ることはできない。それに、お母さまの表情を窺い知ることも難しい。だって、それを見るには私の目は涙に曇り過ぎている。けれどはっきりとした意志のようなものを、お母さまから感じ取ることはできる。


 お父さまが戻って来る。お母さまの隣に並び立ち、手をまわしてお母さまの肩をそっと寄せる。だめよ二人とも! と私は叫び声を上げる。どうして早く逃げないのよ! そこで蜃気楼のように光景が揺らめき、夢のシーンが別荘の外からのものに移り変わる。


 幼い私は意識を取り戻し、少し離れた場所から唸りを立てて燃え落ちる別荘を見ている。そこで目にしたことを、私ははっきりと覚えている。けれどなにが起こっているかは理解できていなかった。あのなかにお母さまとお父さまがいるなんて思いもよらなかった。ただ計り知れない恐怖に身体をこわばらせ、まばたきをすることなく見つめることしかできなかった。


 けれど私はそうじゃない。いまの私ならお母さまとお父さまを救える。まだ名前も知らない妹のことだって――。


 私は駆け出す。まだ醒めないでちょうだい! と私は夢を司る神様かなにかにお願いをする。いつもならすぐに転んでしまうけれど、しつこくもつれようとしてくる二本の足を厳しく律して、転倒を防ぐ。しかし夢を書き換えることはできず、目の前ですべてが炎に飲み込まれてしまう。





 目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。ベッドサイドテーブルに置いてあるブタ侍ちゃんの時計の針は、二時四十分を指している。もちろん夜中の二時四十分だ。私は起き上がり、傍らのペットボトルを手に取って水を飲む。ハンカチで口を拭き、ペットボトルの蓋をきつくしめる。そこで泣いていることに思いあたる。またハンカチに手を伸ばし、しばらく目元にあてておく。


 それから私はアナを起こさないよう静かにソファーまで移動し、そこに座って夢の内容を思い出す。最初のころは霧でできた綿菓子のようにすぐ溶け入ってしまったけれど、何度も見るようになると大体の輪郭は保ったままでいられる。きっとあれは、現実に起きたことなのだろう。淡い記憶から細い糸を伝って夢をかたどり、私の脳が見せているのだろう。


 それならば、どうしてあのときお母さまとお父さまは逃げなかったのだろう? あの濃い色をした影は何者で、お母さまは炎になにを語っていたのだろうか?


 もちろん夢の出来事は心象風景に過ぎず、影が動いたのは比喩的なものの現れだった可能性もある。火焔はただの事象で、物言わず轟々と盛っていただけなのかもしれない。けれど、いまではすべてが本当にあった場景なのだと思える。ほとんど確信に近いところまできている。お母さまとお父さまは炎に立ち向かわなければならなかったのだ。そしてその理由は、おそらくこの世界と関係している。


 あの人に言っておくべきかしら?


 私は首を振る。全部ずばっと究明するまで黙っておいたほうがいい。彼はあまりに多くの物事を抱えているのだから、余計な負担をかけたくはない。と言うか、色々と私が解き明かしてあの人の鼻を明かしてやりたい。うふふ、きっと名探偵の私にひれ伏しちゃうわね。


 私は赤いリュックのファスナーを開け、底にしまったあの人のシャツを取り出す。この夢を見たあと、決まって私の心は寂しさと悲しみに侵されている。だからこうして常備する彼のシャツの匂いを嗅ぎ、涙の種になるものを中和させる。そして心に栄養を蓄える。あの人とまた別行動を取ることになったあと、こっそり洗濯カゴから貰ってきたので、まだまだ彼の匂いが充満している。あと三日はもつだろう。


 妹はこの世界のどこかで生きている、あの人は私にそう言った。元の世界で私のお爺さまから明かされたらしい。お母さまが今わの際に、お腹のなかから転移させたのだと。どこに飛んでいったのかはわからないし、時間軸さえずれているかもしれない。空間や時間の壁に阻まれ、私と妹が巡り合うことは生涯ないかもしれない。それがあの人の考察だ。


 けれど、もし奇跡が起こるのだとしたら、それは私の行動によるものではない。私が妹を見つけるのではなく、妹が私を見つける。あの人はそんな気がするのだと、たいした根拠もなく私に告げた。『だからお前は下手に動かないほうがいい』。


 そんな不思議な話があるのかしら、と私は思う。一から十まですべてが説明できない、絵本のなかで紡がれるような話だ。しかしそれは私の希望となった。どれだけ脆くてあやふやだとしても、とても優しい私の希望だ。ものすごくしゃくではあるけれど、ここはあの人の言うことを聞いておいたほうがいいだろう。私は下手に動かないほうがいい。


 時計に目を向けると、ブタ侍ちゃんが左手と竹刀で四時ちょうどを指していた。もちろん午前の四時だ。一時間ちょっとも起きていたことになる。寝室のカーテンをめくると、薄い紫色の雲がすぐ近くを漂っていた。遠い地平線の向こうで、もうすぐ日が昇ろうとしている。甲板にはこんな朝早くから働いている乗組員の姿があった。パウルという名前の物静かなおじさんだ。オパルツァー帝国の帝都に奥さんと小さな女の子を残し、この飛空艇に勤務している。ショッピングモールから持ってきた椿柄の櫛とリボンの形をしたアクセサリーを二人にプレゼントすると、おじさんはとても喜んでくれた。今ごろは違う空の下で、文烏ふみがらすがせっせと大切な家族のもとに運んでくれていることだろう。


 眠気は少しも感じなかったけれど、ベッドに入って布団をかぶるとすぐに眠りは訪れた。今度の夢にはあの人が出てきた。けれど私の知っている彼より少しだけ男らしい顔つきになっている。ちょと未来のあの人なのだろうか? 刃物が掠ったような傷痕が頬にあり、無精ひげを生やしている。私が微笑みかけると、照れ臭そうに鼻を掻きながらあの人も笑ってくれた。そして大きな手で、私の頭を何度も撫でてくれた。


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