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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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425 完膚なきまでに

 アリューシャちゃん人形はそれから俺たちにいくつかを指示すると、まるでキャンプ先のテントに入るように、赤いリュックの中に自ら潜り込んだ。そしてリュックごと浮かび上がり、部屋のドアを魔法かなにかの力ですっと開け放った。なんでこのアリスのリュックが俺の部屋にあったのかという疑問は、この光景がそのまま答えになっているみたいだ。おそらく今夜話した内容をほかの人間に聞かせたくなかったので、こうして自分で移動してきたのだろう。


 その予想はすぐに裏付けがなされた。「そうじゃ、忘れておった」とアリューシャちゃん人形はリュックのファスナーを内部から開け、少しだけ顔を覗かせて言った。「ザイルの内に潜む飛来種のことを、小僧と風の子のほかに誰が知っておるのじゃ?」


「月の女神リアです」と俺は言った。「そのほかには誰も知りません。ここにいる俺とチルフィーだけです」


「ふむ、それならよい。これからも口外は無用じゃ。それに、先ほど儂が述べた策謀もザイルの耳に入れるでないぞ。いわんや飛来種に感づかれでもすれば、なにか対策を打たれてしまうやもしれん。厳に慎むがよい」


 ザイルの体内に棲む飛来種ホワイトを悪性と判断すれば、ザイルではなくガルヴィンを精霊王に仕立て上げる……。これがアリューシャちゃん人形の言う策謀だ。それを可能にするために、彼女はザイルだけでなくガルヴィンにも認印を付与した。言うなれば一種の保険というわけだ。


 アリューシャちゃん人形は俺とチルフィーが頷くのを、緋色の瞳でじっと見つめていた。それを見届けると、彼女はまたファスナーを内側から閉めて去っていった。


 ふと俺の脳裏になんらかの形をしたシコリのようなものが生まれた。胸の鼓動も少しだけ早くなっているように感じられた。あの緋色の目、それに美しい銀色の髪。アリューシャちゃん人形は――いや、アリューシャ様は誰かに似ている。ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち始めた。俺の脳が早急にその答えを探し求めていた。


 そうだ、としばらくしてから俺は思った。彼女はどことなく似ている。そう、双子の月の女神ルナとリアに……。





 どうして今まで気づかなかったのだろう? 俺は遅い夕食を済まし、またロビーのソファーに身を投げてそんなことを考えていた。アリューシャ様の『セブンス・センス』のせいだろうか? つまり彼女の認識阻害によって、そのことに思い至らなかったのだろうか? いや、もしかしたら、今までだって同じ考えを巡らせたことがあるかもしれない。ただその認識が失われているだけかもしれない。


 俺はアリューシャ様を思い浮かべてみる。大魔導士の館で暖炉のそばの椅子にちょこんと座り、本を読んでいる様子を。だがその情景は薄い霧のようなものに包まれ、巧みに秘匿されている。ただ美しい顔の幼い少女が、小さな指でページを捲っているのがおぼろげに見えるだけだ。もうすでにアリューシャ様に対する正しい認識は阻まれてしまっている。暖炉の薪が爆ぜ、軽快な音が薄暗い部屋の隅で鳴り響く。


 俺は冒険手帳を取り出し、彼女について記したページの上で素早く目を走らせる。太古の月(まだ空に月が一つしかない時代のものだ)からこの惑星ほしに渡って来た民族の末裔、それがアリューシャ様のはずだ。彼女は月の迷宮の九層で、その事実を俺とアリスに明かしてくれた。崩壊する太古の月と運命をともにする人々の想いに触れ、逃げ出した自分の祖先たちは応援されていたのだと涙した。


 月の民の末裔と、双子の月の女神。こうやって隣り合わせにしてみると、彼女たちの類似性がたんなる他人の空似とは思えなくなってくる。そこになんらかの関係性を見出したくなってくる。考えすぎだろうか? それとも、今まで考えなさすぎだったのだろうか? わからない。俺は冒険手帳を閉じ、天井を見上げる。少なくとも、今ここで考えたってわかるはずがない。だけど俺の耳の奥で、先ほどから警笛のようにアリューシャ様の声が何度も何度もこだましている。


 『四の月を穿ち、死人しにんが地上を歩くいびつな不条理に終止符を打つ。月の民の末裔であるこの儂が、それをやらなければならないのじゃ』……。月の迷宮でのアリューシャ様の発言だ。あの時はとくに感じなかったが、今ではかなり不穏なものに聞こえる。なぜなら四の月には、ずっとこの惑星ほしの人々のために頑張っているルナがいるのだから……。


 アリューシャ様だってそのことは知っている。それでもなお四の月を落とそうとしている。このまま彼女の計画を放っておいていいのだろうか? 彼女の思い描く未来はいったいどんな色をしているのだろうか? わからない、と俺は思う。本当に、嫌になるほど考えたってわかるはずがないことだらけだ。





 次の日の朝はアリスに叩き起こされた。あと五秒で目を覚まさないと髪の毛を掻きむしるわよ! と脅され、0.1秒で起床した。それから洗面所で顔を洗って食堂に向かうと、もうみんな朝食の席に着いていた。炊き込みご飯と焼き魚とお味噌汁、それに生卵とキュウリのぬか漬け。ティーカップに注がれたハーブティーは、もちろんウィンディーネが淹れてくれたのだろう。和食に合うかは疑問だったが、ことのほか表に出過ぎることなく、食材の美味しさを上手く引き立てていた。ウィンディーネは俺がそう笑顔で褒めると、「あたりめーだ、このタコ。黙って喰え」と目も合わせずに口にした。うん、文句の付けようもないぐらい素晴らしい朝だ。


 テーブルの斜向かいで箸の扱いに苦労しているガルヴィンに目を留めると、彼女も手を休めてしばらく俺のことを見つめた。そして唇が密やかに動き出し、いくつかの言葉をそこに重ねた。『ザイルに』『余計なこと』『言わないでよ!』。読唇術の心得なんてないが、ガルヴィンがそう釘を刺していることは読み取れた。わかってるって、と目配せをして伝えると、少女は深くため息をついた。きっとザイルへの恋心が俺にばれたことを悔やんでいるのだろう。


 全員の食事が済むのを見測ると、アリスは立ち上がり偉そうに腕を組んだ。そして俺たちの今後の予定をはきはきと宣言した。まずはこの国の南西に浮かぶ離島まで赴き、サラマンダーの先代の記憶を完全に呼び覚ませるらしい。それから一度ミドルノームのショッピングモールまで戻りいろいろと補給して、シルフィーネに向かうみたいだ。どうやら、昨夜のうちにアナやレリアたちと話し合ってそう決めていたらしい。


 アリスは時間をかけて身振り手振りで発表すると、どこかの部隊の軍曹みたいな顔つきでここにいる仲間の顔を見まわした。それからしばらくして、すごく満足そうに頷いた。


「それじゃあ、食後のスイーツを楽しんでから行動開始よ! とにかく、私たちには時間がないことを忘れないでちょうだい! ガーゴイルの起動まで、もうあまり残されていないわ!」


 それぞれの顔が決意じみた表情に染まった。あるいは何名かは、それなりに決意じみた表情に。アナ、レリア、ガルヴィン、ザイル、クロエ、チルフィー、スプナキン、サラマンダー、ウィンディーネ、それにクラウディオさんとノベンタさん。よくもまあこれだけの人数が集まったものだ。誰もが俺の話を信じ、惑星ほしの危機に立ち向かうべく力を貸してくれた。ここには顔を出してないが、別室には引き籠ったままのクラット皇子と、それを見守るようにベッドの端で丸まって眠るクリスもいる。それに今は別行動を取っているが、ラウドゥルの動向を間近で窺うナルシードだっている。ショッピングモールの留守を預かるリアや、クワールさんだって忘れてはならない。そして、遠い北の国にはアリューシャ様が。もっともっと遠い紅い四の月には、頭を撫でると喜んでくれる寂しがり屋のルナが。


 ザイルの内に潜むホワイトは油断ならないが、本当に列挙すればきりがないほど、すごく多くの仲間に巡り会えた。このみんなとならなんだってやれそうな気がする。世界を救うなんてことは朝飯前に思える。しいて言えば、アリスがリーダーのように振る舞うのはいまだに納得いかないわけだが。


「あ、ちょっといいか?」、そのあたり前のようにリーダー然とするアリスが椅子に座ると、俺は代わるように立ち上がって声を上げた。その瞬間にキッと睨みつけてきたアリスの目は、それこそ新米隊員を叱咤する軍曹の目遣いとほとんど同じだった。


「ちょっとあなた! 発言するのは手を挙げて、私の許可を得てからにしてちょうだい!」


 やっぱりこいつがリーダーなのは納得がいかない。ブタのおパンツ様を好んで穿くような、小学五年生の子供のくせに。


 俺はバカに構わず話を続けた。正面の席から身を乗り出して邪魔してくるので、右手で思いっきり頭を押し込んでやった。「アリスの計画にはもちろん賛成だ。たしかに、早いとこサラマンダーの記憶を戻さなきゃならない」と俺は言った。「だけど、それ以上に急がなきゃならないことが今はあるんだ」


 俺はチルフィーに目を向けた。彼女も俺のことを見ていた。目が合うと、深緑色の瞳は心悲しげに俯いてしまった。小さな手がそっと胸にあてられた。


「チルフィーのなかに封印されてるシルフィー様が、もうあまり長くもたない――アリューシャ様からそう言われたんだ」と俺は言った。「だから、俺とチルフィーは先にシルフォニアに向かうことにする。そこでケルベロスを撃退して、風の精霊シルフィーを解放するために」


 すごく悲しそうな顔をしている。そんなはずはないのに、自分が悪いのだと思い込んでしまっている。今にも泣きだしてしまいそうだ。唇をぎゅっと強く噛んでいる。


 チルフィーのこんな顔なんて見たくない。この世で一番目にしたくない。だから俺はケルベロスを斃す。必要なら三つの首をすべて刎ね、完膚なきまでに叩きのめしてやる。



『六部第一章 おしまい』

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