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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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423 恋バナ

 十二歳の少女の恋について、俺はまたロビーのソファーに深く腰掛け考えてみる。つまりガルヴィンのザイルに対する恋愛感情についてだ。なにも十四歳も年上の男を好きにならなくてもいいのに、というのが最初に頭に浮かんだことだった。小学生が担任の先生に憧れるようなものだろうか? しかしガルヴィンの生い立ちや先ほどの表情を考慮すると、どうやらそんな麻疹的な恋ではないように思える。いや、そもそも麻疹的な恋なんてものは、大人が都合よく解釈するための乱暴的な表現なのだろう。いつだって、少女の恋は身を焦がすほど真剣なものなのだ。


 ならば、やはりここは俺が一肌脱いでやるしかないだろう。なに、俺だって恋愛テクニックはそれなりに蓄えている。少女漫画だってほかの男より多く読破してきたつもりだ。つくしや道明寺、それに姫子や大地君から学んできた実践的な技能を披露するときがきたのだ。


 まずはザイルに意識の改革を促す必要がある。精霊魔法の師匠と弟子、あるいは帝国の皇位継承者と瓦解した屍教の姫ではなく、つがいの男女としてザイルに認識させることが肝心だ。実際はもし結ばれるとしてももっと先の話ではあるだろうが、早ければ早いほどいい。もし今これを怠ると、ザイルはこのまま一生ガルヴィンの特別な視線にさえ気づかず終わるだろう。


 ちょうど前の廊下を風呂上がりのザイルが横切ろうとしている。チルフィーを頭に乗せたガルヴィンはロビー中央のテーブルをアリスたちと囲み、トランプで七並べをプレイしている。早速チャンスがやって来たようだ。俺はザイルに向かって手を振り、声を張って呼び止める。


「なあザイル、ちょっと待てよ! こっちに来て、ガルヴィンの隣で一緒に遊んでいかないか!?」


 足を止め、ザイルは一対の青い目をこちらに向ける。氷山の奥からたったいま取り出してきたような微光が、瞳の中心で瞬く。


「興が乗らん。それに技師と魔光銃の改良についての打ち合わせがある」とザイルは俺に言った。「噛み砕いて言うなら、『やらん』ということだ」

「ちょっとぐらいいいだろ!? ガルヴィンがお前と是非とも遊びたいんだってよ!」


 ザイルは微かに首を傾け、ガルヴィンの横顔を表情のない目で見やる。そんなガルヴィンは場に置くカードに悩むふりをしながら、俺とザイルの会話に真っ赤になった耳をそばだてている。それを見て彼女の頭上でチルフィーが不思議そうに首を傾げる。経緯を辿ろうとするみたいに、俺とザイルと赤い耳を順番に見ていく。


「あれはなんだ?」とザイルは俺に訊く。「カード遊具のようだが、あんな種類のものは見たことがない。ウキキのいた世界のものか?」


「ああ、トランプだよ。十三までの数字がふってあるカードが四種類と、あとゲームによってはジョーカーを一枚か二枚入れて遊ぶんだ。どうだ、興味が出てきたか?」


 しかし出てきたのは興味ではなく、魔光銃(月の欠片を魔法エネルギーに変換し、レーザーのようなものを撃ち出す兵器だ)の改良に対する閃きのようだった。


「――そうか、四種類に十三、そして決め手はジョーカーか……」


 なにを思いついたのかはわからないが、ザイルはそう呟くと足早にロビーを抜け、玄関から外に出て行った。きっと飛空艇に寝泊まりする技師の元に向かったのだろう。


 ガルヴィンに視線を移すと、彼女も俺のことをじっと見つめていた。その金色の眼は瞳孔が完全に開き、燃えるような憤怒をあらわにしている。唇は呪詛の言葉を唱える呪術師のように、緩慢に開いたり閉じたりしていた。身体全体が『余計なことをするな、殺すぞ貴様』的なオーラをまんべんなく放っている。


 やれやれ、恋のキューピット役も簡単ではないみたいだ。俺は恋のノウハウを一旦頭の隅にしまい込み、部屋に戻ろうと席を立った。静かな廊下を歩いていると、うしろからチルフィーがすーっと宙を飛んで追いかけて来た。


「さっきなにをしていたでありますか?」と彼女は俺に訊いた。


「ガルヴィンとザイルを近づけようとしてたんだよ」と俺はチルフィーが頭の上に乗った重みを感じながら答えた。


「どうしてそんなことをするのでありますか?」

「いや、ガルヴィンの奴、ザイルのことが好きなんだってさ。だから助け舟を出してやったんだ。……あ、このことはみんなには内緒な?」

「なるほど、恋バナでありますか!」とチルフィーは興奮するように言った。


 恋バナか……、と俺は思った。それはシルフ族であるチルフィーにとっても身近なものであるのだろうか? しかし追及する気にはなれなかった。こいつが誰かに恋してるなんて聞いたら、嫉妬に狂ってしまうかもしれない。一瞬スプナキンのメガネ顔が脳裏をよぎったが、俺はすぐにそれを追い払った。あるわけがない。純真無垢なチルフィーに限ってそんなことは。


 チルフィーとガルヴィンの淡い恋心について意見を交わしながら、俺は旅館の二階にある割り当てられた部屋まで歩いた。恋の手助けをするにしても、もっとさりげなくやったほうがいいであります! とチルフィーは声高に叫んだ。さりげなく、と俺は思った。たしかにそうかもしれない。だいたいが、俺は本来そういう気の配り方ができる人間だ。無鉄砲なアリスとは違う。ギンギラギンにさりげなく、それがオ~レのやり方だ。


 自室のドアを開けると、アリスの赤いリュックが敷かれた布団の上に放置されているのが目に入った。あいつは一階の一番豪勢な部屋に女子みんなで泊まると言っていたのに、なんでアリスの私物がここにあるのだろうか? 訝し気に思っていると、突然リュックがガサガサと音を立てた。時を置かずに、中から一体の人形が飛び出してきた。


「やっほー! アリューシャちゃん人形だよー!」とその人形は飛びまわりながら言った。





 チルフィーは酷く驚いているようだったが、初めて稼動するアリューシャちゃん人形を見れば無理もないだろう。なんせ美少女フィギュアにしか見えない物体が意志を持って動きまわっているのだ。驚愕のあまり俺の頭頂部の髪の毛をむしり取るように引っ張っていたので、俺は無造作に彼女を掴んで椅子に移動させた。貴重な毛髪を一本たりとも抜かせるわけにはいかない。


 それは漆黒のローブにとんがり帽子姿の人形だった。見た目は八歳程度。長い銀髪。幼顔は可愛らしく、そして凛々しくもある。いつだって表情からは油断を感じさせないが、ときおり穏やかな笑顔を見せたりもする。細部に至るまで、北国の大魔導士の館にいるアリューシャ様と瓜二つだ。


「『封魂の法』っていう大魔法で、アリューシャ様が遠くから操ってるんだよ」と俺はチルフィーに言った。「アリューシャ様のことは知ってるだろ? 世界一の魔導士で、ザイルが精霊王になるための認印を貰いに行った人だ」


「そうなのでありますか」とチルフィーは胸を撫で下ろして言った。「あたしはてっきり、悪霊が人形に取り憑いたのかと思ったのであります」


「これ、風の子よ。誰が悪霊じゃ」とアリューシャちゃん人形はチルフィーの隣に降り立って言った。口調が先ほどと違っているが、登場時だけは可愛い人形らしく振舞うというのがアリューシャ様の謎のこだわりなのだ。


「それで、どうかしたんですか? なんで今になって憑依したんです?」

「もちろん、今しがた小僧が口にした殿下殿について話しておくことがあったからじゃ」

「ザイルですか? ちゃんと認印を与えられたって聞きましたけど、なにか問題でも?」


 アリューシャちゃん人形は顎をわずかに引いて頷いた。なにか問題点が浮上したということだ。それから俎上に載せられたのは、ザイルの肉体に共存という形で入り込む飛来種だった。そう、馬車のなかで俺やチルフィー、それに双子の女神リアが邂逅した、あのホワイトのことだ。


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