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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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417 新しい一年

 それまでの穏やかな気配を一変させると、崩龍は怒涛の攻撃を俺たちに向けて繰り広げた。まるで軍艦が一隻の小舟相手に持てる火力を集中させるかのように。その一つひとつは荒々しく、そして執拗だった。俺はクラット皇子を庇いながら、濁流するマグマに囲まれた高い台地の上を縦横無尽に駆けまわる。爪撃を躱し、物騒な棘がびっしりと並ぶ尾による一撃をなんとかやり過ごす。それから、何気ない閑話のように吐き出された火炎球を玄武の光の盾で防いだ。


 崩龍の攻撃は当然アリスにも及んだ。アリスは俺のちょうど対角線上の位置でカーバンクルを召喚し、俺が指示したとおり身を守ることに専念していた。しかしカーバンクルも、おいそれと崩龍の攻撃を受け流しているわけではなさそうだった。同じ召喚獣に分類されるとはいえ、やはり格の違いのようなものは存在するのだろう。はっきり言えば、カーバンクルでは龍の猛攻に長くは耐えられないようだった。額の赤いルビーがだんだんと光を弱らせていく。その輝きがシールドとしての機能を終えたのは、鋭く真上から打ち込まれた尾から、アリスを護ってすぐのことだった。


「カーバンクルちゃん!」


 フェネックのような愛らしい姿が後方へ吹っ飛ばされると、すぐにアリスは駆け寄った。二人の頭上にあった光の輪が、同時にぱっと消滅した。しかしあたり前だが、それで攻撃が止むなんてことはなかった。カーバンクルを労わるように胸に抱き、治癒させるために神獣界へ還そうとするアリスの背後から、崩龍の暴威が差し迫る。


「出でよ鬼熊!」


ガルウウウウッ!


 かなりぎりぎりだったと思う。だがアリスの小さな背中を穿たれる前に、鬼熊の剛腕が龍のてのひらを捉える。もちろん派手に殴り飛ばすなんてことはできるはずがない。しかしわずかに軌道を逸らすことに成功し、アリスの数センチ横を鋼のように硬く冷たい鉤爪が通り過ぎていく。


 そのあとのアリスの行動は素早かった。振り向きざまにグリフィンを召喚して跨り、赤く微発光する洞窟内の天井付近まで飛び立った。完全に崩龍の上を取り、そこからアイス・アローを何本も放つ。もう召喚中でも難なく精霊術を駆使できるようになっているみたいで、威力も命中精度も少しも減衰していないようだった。


「よくもやってくれたわね! カーバンクルちゃんのかたきよ!」


 しかし、龍の鱗は氷の矢をわずかなりとも通さなかった。堅牢な城塞の壁に向かって放たれ続ける賊軍の矢のように、すべてが渇いた音を立てて弾かれていった。


 その様子を、クラット皇子は唇を嚙みながら見ていた。結果は伴っていないが、それでも一歳年下の少女が召喚獣を従え強大な力に抗っている。自分とアリスの歴然の差を痛いぐらい強く感じているようだった。同じ血が受け継がれているはずなのに、なぜこうも違うのか? 龍の力でグスターブ皇国の復興を期待されているのに、なぜ自分はこんなところで立ち竦んでいるのか? 少年の目の奥でちっと火花が走った。噛みしめた唇に血が滲んだ。


 その足の一歩目は重かったかもしれない。だが身体が少しでも前に出ると、あとはもう夢中で崩龍の元まで駆け出していた。俺ははっとなり、少年を止めようとすぐに追いかけた。肩を掴もうと手を伸ばした。だが彼の意志は俺の手をすり抜けていった。崩龍の足元で少年は膝をつき、地面に額をこすりつけた。


「それでも余はそなたに召喚の儀を願い求める!」とクラット皇子は叫ぶように崩龍に言った。「我らには龍が必要なのじゃ! 余に少しでもその器があるのなら――いや、器などこれからいくらでも大きくしてみせる! だから国を甦らせるために、その力を貸してくれ! かしこみかしこみ申し上げる!」


 完全に覚醒したいま、龍の耳に人の願いは届かない。人と龍はそのような関係には創られていない。おそらく願いは願いとしてではなく、ただの下等な呻きとしてしか聞かれていないだろう。月光龍とグスターブの始祖が結んだ三戦士の盟約がついえた瞬間から、龍が人の味方になり得る可能性は失われた。俺がそうはっきりと思い知らされたのは、崩龍の歯牙がクラット皇子の小さな頭を噛み砕く寸前を目撃したからだった。


 激しい土煙が立ち昇った。潮が遠い月の引力に吸い寄せられるように、俺の全身の血の気が引いていた。目にした場面が自動的に頭のなかで繰り返され、そしてその続きが暫定的に描き出された。残酷な結果が目の前に浮かぶと、まるでそれを裏付けようとするみたいに血飛沫が舞った。少し遅れて土煙が晴れ、現実が映し出された。


「っ……!」


 俺が最初に見たのは、苦しそうに顔を歪めるグスターブ皇国の大男だった。この男がすんでのところで皇子を庇い、代わりに荒れ狂う龍に半身を捧げたのだ。男は外套の下に金属製の胸当てを着込んでいたが、鋭い牙がいとも簡単にそれを貫通している。男の厚い胸部から、大量の血が氾濫した河川の水のように溢れ出ていた。


「出でよMAX鎌鼬!」


ザシュザシュッッ!!


 本当に素晴らしい男だ、と俺は思う。ほかの誰がこの状況で龍のあぎとに立ち向かえただろう? 誰があの状況で皇子の前に躍り出て、龍に喰われる代役を買って出ることができただろう? この男は絶対にこんなところで死なせてはならない。グスターブ皇国がこの先どうなるかはわからないが、少なくとも希望を奪われた少年にはこいつがまだまだ必要だ。


 手応えはまるでなかった。フルパワーで使役した鎌鼬でも、龍麟に傷ひとつつけられなかった。だけどそんなことはどうでもよかった。なぜなら崩龍の巨大な姿が霧に包まれ、ほどなくして消えていったからだ。


 十二月が――崩龍の月・陰が――終わり、同時に崩龍がこの世界の表側に顕現する期間も終わった。まさにこの瞬間、この惑星ほしは新しい一年に向けて歩み出したのだ。亡国の復興という、少年の夢だけをあとに残して。





 アリスが熱心に巻いてやった包帯は大男の傷を徐々に癒し、やがて彼の意識がだんだんと明瞭なものになっていった。クラット皇子は彼の生還に涙を流して喜び、アリスにあつい礼を述べたが、それからまた沈んだ顔つきで視線を自分の足元に戻した。


 大男はそんな彼を目にすると、確認するように口を様々な方向に動かしてから声をあげた。まだ傷が痛むようで、その声からは一切の張りが失われていた。


「お、皇子……。まだオレたちの国が完全になくなっちまったわけじゃありませんぜ……。あ、あんたがここにいるんだ……、これからみんなで力を合わせて、またイチからやっていきましょうや……」


 クラット皇子は時間をかけてゆっくり頷くと、口元に淡い笑みをたたえて大男の手を握った。やや儀礼的に見えたが、それも無理はないかもしれない。これから先のことなんて、まだ何一つ考えられないだろう。ともあれ彼は龍を宿すことができなかった。それだけが崩龍のいなくなったこの場所で、ただひとつ鮮やかな輪郭を持つ事柄だ。


 あの導術師の老人はどこにいるのか訊ねると、いつの間にかいなくなっていたと大男は答えた。俺たちが最初に降りたところに脱出口のようなものがあって、そこからまた幽宮かくりのみやを遡って火口まで戻れるらしい。雲行きが怪しくなって逃げ出したんだろうよ、と彼は言った。俺はそれを聞きながら、溶岩に隔たれた高い崖の上に目を向けた。そこが大男の言う、俺たちが最初に降り立った地点だった。


「ってか、あんたはどうやってあんなところから飛び降りたんだ?」と俺は訊いた。幻獣使いの俺でさえ、木霊の階段で必死になって渡らなくてはならないほど離れている。


 すると、大男は静かに身体を起こしながら言った。痛みはあるが、もう動けるほどに回復しているみたいだ。


「つまらねえことを訊くなよタフ・ボーイ……。そんなの、気合に決まってるだろうが」


 なるほど気合か、と俺は思った。言い換えるなら、皇子を助けたいという気持ちが起こした火事場の馬鹿力といったところだろうか。


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