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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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415 覚悟を決めろ

 アリスはしばらくのあいだ、俺の登場に気付かず覚醒前の崩龍を見上げて、一方的に偉そうな御託を並べていた。俺の存在を先に感じ取ったのはクラット皇子だった。彼は振り向きざまに俺を見て、ぎょっというような表情を顔いっぱいに広げた。


「なぜウキキまでここにおるのじゃ!」とクラット皇子は咎めるように俺に言った。「ここは資格なき者の来る場所ではない、早々に立ち去れ!」


 そこでアリスも振り返った。しかし俺の顔を見ると何事もなかったように前方に視線を戻した。それからすぐに、今度は光の速さでもう一度向き直った。オーバーリアクション気味の二度見だ。


「どうしてあなたがここにいるのよ! ここは龍を宿す資格のない人が来ちゃいけないところなのよ!」


 クラット皇子がアリスの横顔を見つめる。その表情には好きな女の子を間近で目にする少年らしい気恥ずかしさが見て取れるが、あんぐりと開けられた口にはそれ以上に呆れが浮かべられている。


「い、いやアリス、お主もじゃ……。ウキキとともに、いますぐラウドゥルの待つ外界に戻れ」

「なんでよ! 私だって龍を召喚したいわ!」

「だ、だから何度も言っておるじゃろう! いくらアリスがグスターブの血を引いていようと、『龍を宿せし者』でなければ龍と契約することはできん!」


 胸の奥がちくっと痛んだ。亡国再建のために崩龍をその小さな身体に宿そうとしている少年の姿は、真実を知る者に憐憫の情を促していた。しかし、告げないわけにはいかなかった。お前もその資格はないんだ。なぜならお前は、『龍を宿せし者』ではなく、『時を駆けし者』だから……。一言一句違わずに、俺はそうクラット皇子に伝えた。そして事実が彼の芯の部分に浸透するのを根気強く待った。


 だが、クラット皇子に先んじてドヤ顔のアリスが口を開いた。「ほら見なさい! やっぱりクラットじゃなくて、私こそが龍の主人にふさわしいんだわ!」


「いやふさわしいわけないだろ……」と俺は言った。「お前はもう最初からお呼びじゃねえんだよ……。バカなこと言ってないで、さっさとみんなでずらかるぞ」


 しかし二人ともそこから動こうとはしなかった。アリスはわーわー喚き散らし、クラット皇子は黙っていかりを下ろした巨大な軍艦のように威圧的に佇む崩龍を見ていた。彼が口を開いたのは、アリスが俺の手を振り払って、俺の頭頂部にチョップを叩きつけたのとほぼ同時だった。


「時間がないのじゃ」とクラット皇子は静かな声で言った。「もうじき世界が新しい一日を迎える。時計の針が十二時をまわれば、崩龍の月・陰が終わってしまう。そうなれば崩龍はこことは違う次元に移り、代わりに昇龍がどこか別の場所に顕れる。崩龍との契約の機会は、今をおいてほかにないのじゃ」


 崩龍の月・陰――つまり十二月が終われば新年が訪れる。俺たちの世界でいう一月は、この異世界では昇龍の月・陽と呼ばれる。クラット皇子の口ぶりからすれば、どうやら暦月と六龍とのあいだには呼称以上の密接な関係があるようだ。チョップを喰らいしなにアリスの手をがっちりと掴み、俺は言った。


「六龍との契約のチャンスは、その龍に対応したひと月しかないってことか? つまりあと三十分やそこらが過ぎて崩龍の月・陰が終われば、崩龍との契約のチャンスはまた一年後になるってことか?」


「そう言っておるじゃろう」とクラット皇子は顔をしかめて言った。「崩龍の本質は陰。なので姿を現すのは崩龍の月・陽ではなく、崩龍の月・陰……。そして顕在化する地は、この霊峰サヤの内部……。これが数年かけて掴んだ、六龍についての唯一の情報じゃ」


「だからお前らは焦ってたのか……」と俺は言った。「龍の力を得るチャンスは今月しかない。これを逃せば、お前らがオパルツァー帝国に勝つ方法がなくなるわけだ」


 そのとき、俺の体の奥で幻獣たちが急激に熱を強めた。彼らの警戒度が一気にMAXまで引き上げられる。それにつられて、俺の心臓の鼓動も早まっている。無尽蔵に血液を体の隅々まで供給し、運動性を極限まで高めていた。


 崩龍が目を覚ましたのは、それからすぐのことだった。激しい息遣いが俺の鼓膜を震わせている。冷たい眼光が俺の本能を直接締めつけてくる。生物としての位階の違いがまざまざと示威されている。龍はただそこにいるだけで、人に果てしない畏怖を植えつける。それがこの一瞬で理解した、すべての事柄だった。


 こんな生物が人に味方するはずがない。こんなものを人が制御できるわけがない。一刻も早く距離を取れと、幻獣たちが警鐘を鳴らしている。俺の脳はこの場から安全に逃げることだけに自然と意識を傾ける。


 だが、アリスはかたくなに動こうとしなかった。腕を引っ張っても強い力でそれに逆らっていた。クラット皇子が震える足で一歩崩龍に近づくと、アリスは我勝ちに二歩進んだ。そして両手を腰にあてて、偉ぶって大きな声を上げた。


「さあ崩龍ちゃん! 私と契約してちょうだい!」


 今ほどこいつのことをバカと思ったことはない。どっか頭のネジが飛んでいるか、それか本当に世界が自分を中心に回っていると思い込んでいるかだ。龍を恐れるつもりも敬うつもりもないらしく、腰にあてた両手を今度は冠を戴くように高く差し伸べた。


「どうしたのよ! 私はグスターブ皇国の王様よ! 早く私に宿ってちょうだい!」


 バカに触発されたのか、クラット皇子も同じような姿勢で崩龍に詰め寄った。足の細やかな震えが収まっている。アリスのバカは時として伝染するものなのかもしれない。


「かしこみ、かしこみ申す!」とクラット皇子はうやうやしく言った。「余こそが真なる『龍を宿せし者』なり! 皇祖カストル及び双子の月の女神の使いたる月光龍の名において、そなたに余との召喚の儀を求める!」


 古めかしい軍艦が帆を張るように、崩龍は漆黒の両翼を広げた。それによってますます巨大な姿となり、傍を流れるマグマが感応するように沸き立った。大きな火柱が何本も昇りはじめる。焼かれるような熱さを肌に感じるが、しかし崩龍の暴威の前では体感的なものなんてすべて霞んでしまう。熱くても構わない。焼かれようが屁でもない。ただこの場から少しでも早く逃げ出したい。


 月の迷宮での場景がふと頭をよぎった。アリューシャちゃん人形が俺とアリスに代わって斃してくれた、崩龍の虚像との邂逅だ。なるほど見た目はよく似ている。まるで鏡を合わせて覗いたようにそっくりだ。しかしいくら月の民が遺した迷宮でも、完全には再現できていなかったみたいだ。あれを前にしても、俺はここまで恐怖を覚えなかった。こんなに慄くことはなかった。離れろ、と鎌鼬が言う。今すぐにだ、と青鷺火が言う。遠間まで退け、と玄武が言う。逃げろ、と頭のなかで俺が言う。


 しかし、アリスを置いて行けるわけがない。それにクラット皇子を見捨てることもできない。覚悟を決めろ、と俺は言う。俺自身に、そして俺の肉体とともに生きるすべての幻獣たちに。


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