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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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411 影の戦い

 ラウドゥルの眼に赤い光が宿っている。目的を邪魔されれば相手の命を刈り取ることも厭わないという、明確な意思を示す冷酷な光だ。そして同時に、彼の背中がぼんやりと光り輝いている。それはやがて強烈な煌めきをともなう黄金色の意志となって、俺の目に飛び込んでくる。


「もう一度だけ言っておく」とラウドゥルは突き放った剣を微動だにせず俺に言う。切っ先が俺の頬のすぐ横で磔にされたように冷たく静止している。「これ以上オレたちの邪魔をするな。さもなければ、オレはここでお前を殺すことになる」


 俺は倒れたまま自然と手のひらを頬っぺたに持っていき、ラウドゥルの背中に射す後光を見上げる。本当に力強く、そして荒々しい輝きだ。黄金色の意志。それは、世界の理を覆しかねないほどの熾烈な意志の顕れ。彼にとっては――彼とクラット皇子にとっては――グスターブ皇国の復興がそれだ。そのためにはクラット皇子と崩龍の契約を成立させる必要がある。龍の力でオパルツァー帝国を薙ぎ払い、そして灰となった跡地に新たなグスターブ皇国を築くために。


 しかしその望みは叶わない。前提からして破綻している。なぜなら、クラット皇子は『龍を宿せし者』ではなく、『時を駆けし者』だからだ。しかしその事実を明言したにもかかわらず、ラウドゥルはこんなところでいつまでも俺に剣を向けたままでいる。今やるべきことは龍域に足を踏み入れたアリスとクラット皇子の救出なのに、それが少しも理解できていない。


「あんたって、意外と頭が固いんだな」と俺は言った。そして頬に滲むかすかな血を拭い、立ち上がった。「いや、見た目どおりと言うべきなのかな……。邪魔するもなにも、クラット皇子は龍と契約する資格がないって言ってんだろ」


 ラウドゥルは何も言わなかった。ただ黙って眼に殺意の赤を灯していた。


「簡単には信じられないかもしれない。だけど、俺はあんたに嘘を言うつもりはない。それが真実なんだ。アメリアとアリシアの時代だと、先に誕生したアリシアが双子の妹とされていた。それを現代に照らし合わせると、先に産まれたクラット皇子が双子の弟――つまり『時を駆けし者』ってことになるんだ」


「なぜそんなことがお前にわかる」とラウドゥルは言った。口調はかたくななまでにさっきまでと変わらない。


「チェシャ猫の語りを通して、八咫烏の能力で実際に二百年前の出産を目撃したんだ。あんたがいつか俺とアリスに見せたいと言ってた、グスターブ皇国の風景も目にした。大きな風車とラベンダー畑、それに花びらが舞う綺麗な桜並木……。まあ、二百年前の景色ではあるけどな」

「チェシャ猫?」

「ああ、アリシアの守護獣だった猫様だ……。でも今はそんなことを詳しく話してる時間はない。早いとこ俺たちも龍域まで降りて、アリスとクラット皇子を崩龍の前から退避させないと」


 青い軌道が俺の腹を一閃する。素早く仰け反ると、一瞬遅れて刃先が予兆をなぞるように塗りつぶしていく。


「オレたちが龍域まで降りていくことはない」とラウドゥルは言った。「皇子はじきに崩龍との契約を済ませ、ここに舞い戻る。悪いことは言わん、お前もそれをここで大人しく待っていろ」


「話を聞けよ! 皇子は龍なんて宿せないって言ってんだろ!」

「宿せるさ。オレたちはそのために何年も行動してきたのだ。先に産まれようが後に産まれようが知ったことではない。我々の皇子は間違いなく、『龍を宿せし者』だ」

「ならアリスはどうなるんだよ! あいつが崩龍に殺されても構わないって言うのか!?」

「アリスはここを通ってなどいない。すべてはオレを撹乱するために拵えた、お前のつまらん作り話だろう?」


 話にならない。しかし、こいつが頑迷なまでに聞く耳を持たないのもわからなくはない。彼らは長いあいだ皇国の復興だけを夢見て歩んできた。闇に潜み、泥水をすすって生きてきた。そして雌伏の時は終わり、いままさに雄飛に移ろうとしている。そんな折に他人から何を言われたところで、当然信じられるわけがないだろう。


 俺は首を横に振った。わかったよ、と俺は言った。「ならあんたをここで倒す。俺だけで二人を助けにいく」


 戦いの合図は、ラウドゥルの剣から滑り込むように伸びる冷たい予兆だった。





 時計の秒針君が何周かするまでに、いくつかの攻防があった。最初に俺が狙ったのは、影鰐を呼び出してラウドゥルの動きを封じることだった。しかし薄い影に潜り込もうとする寸前で易々と切り伏せられてしまった。幻獣がこんなふうに直接撃退されるのは珍しいことだ。俺の胸の奥に還った影鰐はそこでじっと身を横たえ、静かに傷を癒している。こんなことができるのか、と俺はラウドゥルに言った。ああ、できたな、と彼は言った。


 ラウドゥルの剣を搔い潜って使役した鎌鼬は掠りさえしなかった。鬼熊の剛腕も空を切り、火口壁の一部を砕いただけだった。それから一つ、二つと剣閃を躱すと、続けて斬り込まれた三つめは刃に炎がのせられていた。紅蓮のラウドゥル――それが彼の通り名だ。


「相変わらず、お前は踏み込みが甘いな」とラウドゥルは言った。「なまじ視えてしまうので、綺麗に躱してからの一撃というのが染みついてしまっているのだろう。それでは小さい頃のナルシードにさえ劣る――と前に言ったのを覚えているか?」


 閑話というわけではない。言葉を並べながらも、ラウドゥルは息をつく間もなく攻撃を繰り広げている。俺は予兆を視て一つ躱し、また一つ身を反らして回避する。間を取るために一度飛び退く。


「ああ、覚えてるよ」と俺は言う。「その直後に、あんたの剣を鎌鼬で切り裂いたのまでセットでな」


 レリアの家で――パンプキンブレイブ家の屋敷の一室で――の戦いが思い起こされる。あのときもお互いクリーンヒットはなかった気がする。少しずつ相手の身を削るように戦い、最終的にはラウドゥルが引く形で戦いは終わった。だがその直前、彼は火焔を帯びた剣を居合のように構え、何か奥義じみたものを放とうとしていた。あのときの恐怖はまだ頭の中心にこびりついている。彼は様子を見に来たレリアの身を案じて、それで剣を納めたに過ぎない。あのまま戦っていたら間違いなく俺は負けていた。命だって綺麗さっぱりなくなっていたかもしれない。


 ラウドゥルは俺の生意気な物言いを聞いて、ふっと笑った。笑ったわりには、えげつない大きさの火球を飛ばしてくるのが困ったところだ。レリアの家で見たときはもっと小さい火の玉だったので、屋敷が燃えないように戦っているというあのときの言葉は嘘ではなかったのだろう。


 予兆はちゃんと視えていた。なので横に動いて躱すと、すぐにまた切っ先が俺の腹を薙ぎにやってきた。それからまた、俺たちは黙しての戦闘を続ける。また秒針君が時計盤の上をせっせと周り始める。


 いつもながらに見惚れるほど多彩な剣捌きだった。一度として同じ太刀筋が描かれることがない。そしてナルシードほどではないが、剣を振るスピードも尋常ではない。スローモーションでもかすむであろうほどに、青い軌道が形作る予兆が一瞬にして埋められていく。それに加え、蝶の振り撒く鱗粉のように残される火の粉が反撃の出鼻をついてくる。それを見越して、肌を焼かれる覚悟で腕を伸ばして鎌鼬を使役しても、すんでのところで躱されてしまう。


 交差する両鎌がラウドゥルの腕の数センチ横を切り裂くと、彼はまた口角を上げて笑った。それから今度は攻撃の手を緩め、「あたらんな」と漏らすように口にした。「影の戦いと言ったところか」


「影の戦い?」と俺は聞き返した。


「ああ、そうだ。視えざるものを視る人間がふたり戦えば、こんなふうに決定打に欠ける戦闘模様となる。まるで永遠に交錯することのない、二つの影の剣戟のようだろう? なので、そのように呼称される」


「あんたにも俺の攻撃が前もって視えている」と俺は言った。「ずっとそう感じてたけど、やっぱりそういうことか?」


「少し違うが、まあ概ねそのとおりだ。お前は獣の眼によって文字通り先を視ているが、オレはそんな都合の良い眼は持ち合わせていない。ひと口に表せば、質の高い経験と勘だな。それを積み重ねると、敵の行動が手に取るようにわかるようになってくる」


 素早く重心を右足に移動させ、地面を思い切り蹴り上げて、俺はラウドゥルの懐まで接近した。大人しく話を聞いてやる義理はない。くたびれた黒いレザーコートの上から、手のひらで彼の腹部に触れた。そして幻獣を呼び出した。


「出でよ鬼熊――並びに鎌鼬!」


 しかしあたらない。虚空が激しく殴打され、もう誰もいない空間がむなしく斬り刻まれる。だけど攻勢を終えるつもりはない。ラウドゥルが高く飛び跳ねて後退した地点には、あらかじめ狙いをつけておいた。だいたい予測どおりの場所だ。続けざまに、俺は金獅子のカイルから譲り受けた四聖獣の一角を使役する。


「出でよ朱雀!」


 無数の羽根が赤く燃え盛り、様々な軌跡を残してラウドゥルに襲いかかる。彼に朱雀を見せたのはこれが初めてだ。おそらくこいつが磨き上げてきた経験や勘は相当なものだろう。だが初見でこれをすべていなせるとは思えない。必ずどれかしら彼の肉体をえぐるはずだ。


 だがラウドゥルは俺の予想を――あるいは願望を――悠々と超えてしまった。多くは切り落とされ、それ以上の数が華麗によけられ赤茶色の土に突き刺さった。その光景に焦って撃ち出した雷獣の紫電でさえ、軽やかなステップでよけられる始末だ。朱雀が俺の内奥に帰還すると、ラウドゥルは振り返って肩をそびやかした。


「もう終わりか?」


 稲妻のようにはやい接近があった。流れるような予兆が俺の心臓を暫定的に刺突した。また影の戦いの始まりだ。渾身を込めた互いの一撃が急所の数ミリ脇を通過する。しかし、これはけっして互角と呼べる戦いではなかった。ラウドゥルの息遣いからはまだ余裕が感じられるのに対して、俺はすでに息が上がっている。段々と反応が遅れ、切っ先が少しずつ俺の肌を捉えはじめている。腕が痛む。脚が痛む。胸が痛む。もう身体のいたるところが、ほんの僅かではあるが流血を許してしまっている。それに何より、俺が幻獣を使役できる回数だって無限ではない。


「どうした、まだオレはとっておきを披露していないぞ?」とラウドゥルは言う。ことわっておくまでもないことだが、攻撃の応酬はいつまでも続けられている。


「なら……さっさと披露して、今すぐ俺を始末すればいいだろ……?」と俺は言う。「『さもなければ、オレはここでお前を殺すことになる』……。もう十回くらいお前の口からこんなことを聞いたけど、俺は未だにピンピンしてるぞ……?」


 ラウドゥルは口の端でそっと笑った。殺意の赤い光を目に浮かばせながら微笑むのだから、本当に手に負えそうにない奴だ。


「オレはウキキをここに足止めできればそれでいい。お前がついてこられる限り、影のダンスを楽しもうじゃないか。足が止まれば、そのときこそお前の最期だ」


 影のダンス、と俺は思った。影の戦いなのか影のダンスなのかはっきりしてほしいところだ。だけど、そんなことの議論に時間を使う気にもなれなかった。アリスやクラット皇子のことが心配だ。そろそろこの戦いを終わらせなければならない。


 俺は口を開いた。「俺がこんなことを言ったのを覚えてるか?『八咫烏で山頂の気配を探った。そしたら一つだけ気配が視えた。それがあんたのだった』」


「ああ、つい先ほどのことだからな」とラウドゥルは言った。


「わるいけど……あれは嘘なんだ」


 上空で何かがきらりと光ったのが見えた。それはすぐに緩慢な弧を描き、ラウドゥルを背後から音もなく襲った。


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