41 見とれたまま串刺しに
村の集会所から少し離れた場所で、俺はレリアと対峙している。
10メートル程先で構えているレリアは腰に細長い刺突剣を帯びていたが、この術式紙風船試合では一切抜く気はなさそうだ。
もっとも、幻獣使いには必ずしも武器が必要とは限らないように思えるので、貴族の象徴として持っているだけかもしれない。
武器か……俺もこんな果物を切るようなナイフじゃなくて、もう少しまともな物が欲しいな……。
金獅子のカイルって奴はどんな武器を扱ってるんかな……やっぱ騎士なら剣か?
アリスみたいに両利きだったら、鎌鼬を使役しながら逆の手で武器を振るう事も可能だよな。
鎌鼬みたいなのは狙いを定めるのに、どうしても繊細な手の動きが必要になるから右手で使役したいしな……。
とアリスの両利きを羨ましく思っていると、レリアが俺の周りの地面に向けて手を構えた。
「おいでなさい! マンドラゴラ!」
すると、俺の目の前の土が突然こんもりとし、明らかに場違いな草が生えだした。
「……絶対抜かないぞ?」
マンドラゴラと言えば、抜くと絶叫を上げる人の形をした生物で、その声を聞いたらどうのこうのって話のはずだ。そんな物を自ら抜く訳がない。
「つまらないですわね。それ、誰も抜いた事がないの」
「そりゃそうだろ……お前の最高の幻獣ってこれか?」
俺が少し期待外れに思っていると、レリアはマンドラゴラを戻してから再び腕を構えた。
そして頭上の術式紙風船を揺らしながら、その腕の狙いを若干修正した。
「それはこれからでしてよ! おいでなさい! ユニコーン!」
そう叫んだレリアの手の先から、真っ白なユニコーンが角を俺に向けて現れた。
体より更に白いたてがみと、ねじれながら長く伸びる角は美しく、俺は一瞬でその姿に魅入られた。
「……」
思わず言葉を失った。
その直後に、ユニコーンはその角を残して姿を消した。
「っ……! あぶねえ! 見とれたまま串刺しになるところだった!」
ねじれた長い角が俺の胸へと到達する刹那、俺は上半身を反らしてその一撃を躱した。
或いは、姿を消さずにユニコーンのままだったら俺の心臓は今頃ユニコーンの角にぶら下がっていたかもしれない。それぐらい魅入ってしまっていた。
だがそれが幻獣と召喚獣の違いなのか、一部の力を少しだけ貸してくれるだけの幻獣であるユニコーンの一撃を躱す事は、そう難しくはなかった。
「まあ、使用者の熟練次第では分からないけどな……」
思考の追加を口に出した直後、俺は躱した瞬間にレリアに向かって配置していた木霊の階段の3体目から飛び降り、そのままレリアの頭上で不規則に揺れる紙風船に向けて腕を構えた。
「戻れ木霊! ……出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
俺は降り鎌鼬と名付けた超絶カッコいい一連の動作を終え、二撃の斬風で斬り裂いたレリアの紙風船を振り向いて確認した。
レリアはダメージ0な為、水は一切溜まっておらず、美少女が頭から水をかぶってビショ濡れになるというハプニングは無かった。だが、想定していなかった物が宙に舞っていた。
「……あっ」
紙風船の巻き添えとなって一緒に斬られた薄いピンク色の髪を見て、思わず声を上げた。
レリアは咄嗟に避けようとして少し身をかがめたので、その時に長い髪が舞って紙風船と一緒に一部を斬り裂いてしまったようだ。
「卑怯ですわ! 直接紙風船を狙うなんて、騎士道精神とは言えない行為でしてよ!」
「……俺、騎士じゃないからな。それに、絶対にケガをしないとは言え、やっぱりお前みたいなガキに直接攻撃するなんて出来ねーよ」
ペタンと地面に座っているレリアの頭を左手で軽く撫でながら俺は言った。
そして残った右手で、髪を切断された事に気付いていない様子のレリアの後ろ髪をササっと整え、隠ぺい工作を行った。
それと同時に地面に散っている髪を足で土に練り込み、俺の不注意が招いた悲劇は完全に闇へと葬られた。
「まあ、俺の完全勝利だけど馬糞片付けといてやるよ。それでお前との絡みは終わりだ。今後一切俺に被害請求を行う権利はお前にはない。分かったら、この手帳にサインを記入しろ」
「サインしちゃ駄目よレリア! ……ちょっとあなた、乙女の命とも言える髪の毛に酷い事をして、なに誤魔化そうとしているのよ!」
いつの間にか俺の後ろにいたアリスが、屈んでレリアにペンを無理やり握らそうとしている俺の後頭部にチョップをした。そのアリスの表情は、明らかに俺の行動に引いている。
「お前余計な事を言うな! ってか引くなよって言ったのに、思いっきり引いてるじゃねーか!」
「隠ぺい工作の一部始終を見たら誰でも引くわよ!」
「そうであります! シルフの可憐な少女にとっても髪は命であります!」
「髪? あなた達はさっきからなにを言ってるの?」
レリアは立ち上がりながら、自分のお尻まで伸びているハズの髪の毛に触れようとした。
そこには当然なにもなく、ただ無駄に宙を搔き分けているだけだった。
「ははっ、パントマイムみたいだな」
俺は感想を一つ。その後にレリアは絶叫を上げた。
「キャアアアアアアアア!」
*
「ヤダヤダヤダ! 髪の毛が短くなったなんてヤダ!」
「十分長いだろ、アリスより少し短くなった程度だ」
俺はアリスの腰程まで伸びている長い黒髪を見ながら言った。
「そういう問題じゃないですわ! この髪はカイル様と再び会える日まで伸ばしている髪の毛でしてよ!」
……またカイルか。
こんないたいけな少女に、そんな願掛けをさせるとは……羨ましい。
俺が金獅子のカイルをけしからん奴だと思っていると、アリスがなにかをリュックから取り出し、地面に座ってダダをこねているレリアに見せた。
「髪を切り揃えるまで、このゴムを使うといいわ。ほら、レリアのサイドヘアーに着いているカボチャのブローチと同じ、カボチャの人形が付いているゴムよ」
アリスの手のひらには、ハロウィンという文字とともにカボチャのキャラが付いているヘアゴムがあった。
それをアリスがレリアの許可なく後ろ髪を纏めて縛るのに使うと、レリアの顔を見ながらニコっと微笑んだ。
「可愛いわよ! 私の隣に座って様になる程に!」
それは、アリスにとって最大の誉め言葉だった。
「あ……ありがとう……」
レリアは少し照れながら、アリスから目を反らして小さな声で言った。
「よし! これにて一件落着だ!」
俺が屈んで2人のお嬢様を眺めながら言うと、方向を考えないアリスのモンゴリアンチョップが俺の首にかまされた。
「ぐえっ……だから喉仏にヒットさせんな!」
「一件落着じゃないわよ! まだレリアにあなたの誠意を伝えていないじゃない!」
「誠意か……誠意ね……」
お金かな? 日本円ならショッピングモールに山程ありそうだけど、それ渡しても意味ないか……。それに面白くないし……。
俺がどうせなら面白い物をと考えていると、アリスが再び口を開いた。
「そうだ! あなたがショッピングモールの、あの美容院で切り揃えてあげたら!? 自分でした事は自分で償うのよ!」
「俺が切るって……まあ姉貴の小遣い節約の為に無理やりヘアカットさせられてたから、出来ない事はないけど……。ってか美容院じゃなくて、あれは床屋だ」
「じゃあそうするであります! もし上手かったらあたしもお願いするであります!」
「ねえレリア、それでどう?」
レリアは聞きなれない単語に戸惑っているようだったが、貴族の三女であるプライドなのか、動揺せずにハッキリと答えた。
「よく分からないけど、切り揃えてくれるなら断る理由はなくてよ。それに……」
少し照れながら、レリアは続けた。
「それに、願掛けの髪が切断されたのはショックだったけど、あれは術式紙風船試合の流れ上起こった出来事ですわ。わたくし、あなたを責めるつもりはなくってよ」
レリアは真っ直ぐに俺を見ながら言った。その姿は、最初に受けた悪印象からは遠くかけ離れたもので、レリアもアリスやチルフィー同様、良い子なんだと俺が感じた瞬間だった。
俺は立ち上がり、最高の気分とコンディションで馬糞を片付けに向かった。




