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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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401 ちゃんと、真剣に

 ムツキ様に影が返還されたのは、綺麗な顔立ちの女の子が昨日見た虹の鮮やかさについて話し始めたときだった。ムツキ様は体の自由を取り戻すとすぐさま従者に子供たちの送迎を命じ、居残る十二家の男たちを一人残らず退席させた。濃密な影が有能な秘書のように、少しも遅れることなく粛々と追従している。ミカゲはしばらくのあいだ、そんな影の持ち主を黙って目で追っていた。


「虹の話を聞きそびれてしまいました」と少ししてからミカゲはムツキ様の背中に言った。「明日、また聞ければいいのですが」


「聞けばよかろう」とムツキ様は素気無く答え、それからふっと息をついてぬるくなったお茶に手を伸ばした。


 お茶がごくごくと喉を通っていく。影を取り上げられるというのは、案外喉の乾くものなのかもしれない。その様子を見ていると、イヅナはふっと冷たい笑みをこぼした。


「気分はどうなの?」とイヅナはムツキ様に言った。「影鰐かげわにの使い手が、ほかの使い手に影を奪われるって、すごく滑稽で笑える」


 湯呑が静かにテーブルの上に置かれた。豊富な白い眉の奥から鋭い眼光が走ったが、しかしその到達点はイヅナではなく俺だった。


「気分についての問い掛けであれば、ワシこそウキキ殿せねばならん」と彼は言った。「ミカゲに秘密を明かした気分はどうかね? 英雄的な、晴れやかな思いに浸っているのかね?」


 俺は何も言わなかった。たしかに嘘で濁った心が少しだけ澄み渡るような気持ちではあるが、それをわざわざ話して聞かせる気にはなれない。


「ウキキ殿の取った行為は、この村に生きる人々を窮地に立たせることになる。それがわかっているのかね?」


「窮地になんて立ちませんよ」と俺は首を振って言った。「あなたも聞いていたでしょう? ミカゲは妖しの雲の使役を続けると決意したんです。自分の脳に潜むオオムカデの存在を知っても、それでも村人を護る苦痛の人生を選んだんです」


 そこで初めてムツキ様はミカゲに目を向けた。イヅナも同じように兄のことを見たし、俺だってそちらに顔を傾けた。だがその瞬間、俺の意識はほかのものに吸い寄せられた。ミカゲの後方で襖が開き、ラウドゥルが姿を見せたのだ。


 それからほんの一瞬で、俺の胸のあたりが青い軌道に薙がれた。ラウドゥルの居合斬りの予兆だ。鋭利な直線から咄嗟に身を引くと、少し遅れて切っ先がそこを通過した。俺は自然と息を止め、次の予兆を探し求める。だが何も視えなかった。何も視えないまま回し蹴りが放たれた。上手くガードすることができない。肩に衝撃が走った同時に、俺の体はうしろの鎧戸を突き破って外に放り出された。


 真っ暗な夜の闇に包み込まれる。尻に敷石の感触を覚え、地面についた手が降りたての霜を潰している。赤い殺意の光を帯びた一対の目が、まるで夜の海に浮かぶ船団の灯火のようにゆらゆらと近づいてくる。防風林を抜けた冷たい風が、ラウドゥルの黒革のコートをそっとはためかせる。


「皇子をどこに隠した?」

「皇子……? クラット皇子がどうかしたのか……?」

「戯言はやめておけ、お前が連れ去ったことはわかっている」


 俺はそれには答えずに立ち上がった。左の肩を蹴られたのに、そこよりむしろ右の脇腹が痛む。人体はとても不思議だ。


「ウキキ、お前はイヅナに取り憑く青龍をともあれ撃退し、皇子をキサラギの屋敷に連れ帰った。そこまでは把握している。だがキサラギ家はもぬけの殻だった。お前がどこかに隠しているのだろう?」


 そんなことはしていないが、心当たりはある。きっと事情を知るウヅキがラウドゥルの訪問に気づき、機転を利かせてクラット皇子とともに雲隠れしたのだろう。それならば、ここにウヅキがいないのにも合点がいく。おかげで人質を失わずに済みそうだ。レリアを無事取り戻すまで、皇子にはこちら側にいてもらわなければならない。


「満足のいく答えを聞けぬのであれば、オレは今ここでお前を殺すことになる」とラウドゥルは言った。嘘ではない。ハッタリで殺意の色を目に灯すことなんてできない。


 俺は首を振り、ジーンズに付いた土や砂を手で払った。胸の奥で幻獣たちが燃え盛る炎のように熱を強めている。しかし、ここでラウドゥルと死闘を演じるわけにはいかない。そんなことをしてもなんの意味もない。


「どこにいるかは本当に知らない」と俺は言った。「だけど無事だよ。少なくとも、レリアと交換するまではな」


 ラウドゥルはしばらくのあいだ、底に沈められた真意を見定めようとするみたいに俺のことを見ていた。だが何も浮かび上がってはこないようだった。たった今口にしたことがすべてなので、それもあたり前の話だ。彼は剣を鞘に収め、目の赤い光を消失させた。


「明日の正午に、皇子を連れてメクギ大石まで来い」とラウドゥルは言った。「そこでパンプキンブレイブ家の嬢ちゃんを引き渡してやる。……それで今回の件はすべて終わりだ。どこへなりとも好きに去り、そして二度と振り返るな。お前との縁もこれまでだ」


 それから彼は、縁側から俺たちのやり取りを眺めるムツキ様を見やった。


「いいな爺さん? そのとき霊峰サヤの封印を解いてもらう。ミカゲに雲の使役を一時的に中断する準備をさせておけ」


 ラウドゥルはそれだけ告げると、さっとコートの裾を翻した。そして背を向けて歩き出し、やがて暗闇に溶け込んでいった。足音が遠ざかっていくのが聞こえる。それはだんだんと小さくなっていく。


「待ってくれ!」と俺はどなり声を上げた。足音がぴたりとやんだ。彼の息吹を深遠の闇の奥に感じる。立ち止まってくれたのだ。


 俺は言った。「この世界は終わりを迎えようとしてるんだ! 俺たちはそれを止めようとしている! あんたにも手伝ってほしい! 協力してくれないか!?」


 こんなことを言うつもりはなかった。口を開く直前まで、俺の脳は全然別のことを考えていた。なのに、どうして俺はこんな奴に助力を仰いでしまったのだろう? 人体は本当に不思議だ。


 声が聞こえた。「いつだったか……お前からオレ宛てに届けられたメッセージがあったな。『今この世界はあんたたちの遊びにかまけていられるほど安定していない。だから余計な面倒を起こさないでくれ』……。この暗示的なものを紐解くと、今お前が口にしたことに繋がるのか?」


「ああそうだ! だから、今はグスターブ皇国の復興よりこっちを手伝ってくれ! 霊峰サヤに何があるのかわからないけど、世界の終わりより重要なことなんて何もないだろ!?」


 彼はそれについて考えていた。目には見えないが、俺はその気配を感じ取ることができた。たぶん……、と俺は思った。たぶん、俺がラウドゥルに世界の終焉を語ったのは、さっきの彼の言葉を寂しく感じてしまったからだ。『どこへなりとも好きに去り、そして二度と振り返るな。お前との縁もこれまでだ』……。そんな悲しいことを言わないでほしい。漠然と頭のなかを巡っていたことが、今やっと一つに纏まった。俺はこいつと一緒に世界を救いたいと思っているのだ。


 やがて小さな足音とともに、ラウドゥルはこの場から立ち去った。


「考えといてくれ! ちゃんと、真剣に!」


 俺はあてもなくそう叫んだが、返事は聞こえてこなかった。


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