40 カボチャの髪飾りの少女
「冴えない男に冴えないと言ってなにが悪いの? わたくし、なにか間違った事を言ったかしら?」
「だから、冴えない男じゃないって言っているでしょ!」
アリスと少女はお互い一歩ずつ近づき、両者ともに腰に両手を当てて俺の事を言い合っていた。お嬢様対決が始まりそうだ。
「随分とこの男を庇うじゃない。どういう関係なのかしら?」
「主人と従者よ!」
「誰が従者だ!」
俺が思わずツッコミを入れると、微かだが確実に舌打ちの音が聞こえた。アリスの方から聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。
「あなたは黙っていてちょうだい! あなたを侮辱されて黙っていられる私じゃないわ!」
アリス……お前、俺の為にそんなに怒って……。
でもなアリス、俺の記憶だと最初に出会った時にお前も俺の事を冴えない男とハッキリ言ったぞ?
と考えていると少女がくるりと後ろを振り向き、髪飾りのカボチャのブローチを少し揺らしながら、控えている従者のような男に目で合図をした。
そして薄いピンク色の長い髪がヒラリと舞ってから再びお尻を完全に覆い隠すと同時に、その男が少し甲高い声を上げた。
「あ、あの……こちらにおられます方は、ファングネイ王国随一の名家であるパンプキンブレイブ家の三女、レリア・シンドエ・パンプキンブレイブ様でございます!」
どうやら本当に従者だったらしいその男は、一歩進んで早口で少女の紹介をした後に、緊張が解けたのかホっとした表情で再び一歩下がった。
「オーフォッフォッフォッ! これで、わたくしとあなた達との違いがお分かりになって?」
そのレリアという少女は、若干笑いまくるセールスマンを思わせるお嬢様笑いをした後に、口の横に置いていた手の甲を俺に向けて人差し指を伸ばした。
「ところで冴えない顔のあなた。あなたからは僅かだけど幻獣か召喚獣の気配を感じるわ。そのどちらかの使い手かしら?」
「俺か? ……幻獣使いっぽいけど、それがどうかしたか?」
「やはりそうね……同じ幻獣使いのわたしくには全てお見通しでしてよ」
幻獣使い……この少女がか?
俺がその短い問いを投げかける前に、再びレリアという少女が不敵な笑みを浮かべた後に口を開いた。
「あらヤダ。わたくし、面白い事を思い付いちゃった」
*
「おい、レリアって言ったな。俺にこんな訳の分からない物を着けて、なにをする気だ。……まあ大人しく着けさせる俺も俺だけど……」
レリアの従者がたどたどしい手付きで、馬車から持ってきたカチューシャらしき物を俺の頭に装着した。
そのカチューシャからは短い棒が伸びており、棒の先には水色の紙風船らしき物が付いていた。
レリアも同じ物を自ら着け、立ち並ぶ俺達の姿は、これから叩いて被ってジャンケンポン対決でもするかのようだった。
「これは符術で作られた術式紙風船よ。装着者が受けたダメージを、この紙風船が代わりに負ってくれるわ」
「符術で作られた術式紙風船……ダメージを肩代わりって、凄い技術だな……」
頭の上の紙風船に触れると、感触は元の世界にもある紙風船とよく似ていた。
「ダメージを負うごとに中に水が溜まるようになってて、それが一杯になると紙風船が破裂して、敗北者は惨めに水を頭からかぶる事になるわ」
レリアは、俺のその姿を想像するように言ってから付け加えた。
「符術師ギルドの変なマスターは、ダメージを吸収して水に変換する凄い技術がどうとかベラベラ喋ってたけど、わたくし忘れましたわ」
「ちょっと待て、つまり術式紙風船を着けた俺達がこれから戦うって事か?」
冗談じゃない、こんなガキと決闘みたいなマネが出来るか……。
少女という事に加え全身を覆うわけではなく中途半端に着飾った金属の防具に、短いヒラヒラのスカートという、防御力が高いのか低いのか判断に迷うような恰好のレリアを攻撃する気にはとてもなれなかった。
「そうよ。この術式紙風船試合で負けた方が、翔馬の糞を片付けるというのはどう? ……その様子だと怖気づいたようだけど、ケガは絶対にしないから安心なさって」
「なにを言っているのよ! この人はあなたがケガをしないかを心配しているのよ!」
アリスが俺の気持ちを代弁してくれた。
「絶対ケガしないならやっちゃいなさい! 負けたら晩御飯抜きよ!」
そして俺を焚き付けてきやがった。
「そうであります! 負けたらシルフ秘伝のつむじ殺しをお見舞いするであります!」
「ダメよチルフィー! そんな事をしたら、この人の数少ない長所のつむじが大変な事になるわ!」
お前らマジ、あっち行って馬糞で遊んでろって。
「外野は黙ってなさい! 緊張感のない連中ね……」
レリアがいい事を言った。
「じゃあ……試合開始よ。先制攻撃はわたくしが頂くわ!」
そして身を低くしながら素早く俺に向かって来た。
「くそっ、しゃーねーな……おいアリス! 俺が子供を攻撃しても引くんじゃねーぞ!」
レリアが中途半端に着飾る防具の一部であるソルレットの石畳を踏みつける音でアリスの返答は聞こえなかったが、偉そうに監督ぶって俺に小指を立てていた。
「立てる指間違ってるぞ! 親指を立てろ! ……出て来いや木霊!」
――出たで ――そうやで ――アロハッ
まずは接近するレリアから離れようと木霊の階段を配置して駆け上がり、近くの大木の枝に飛び乗った。
「おい確認するぞ! 紙風船が破裂した方が負けなんだな!?」
「その通りよ、理解するのが遅いわね。でも……冴えない男でも幻獣は冴えてるようね」
言い終えると同時に、レリアは俺に腕を向けた。
「おいでなさい! イエティ!」
レリアがそう叫ぶと、雪男のような生物が枝上の俺へと一瞬で迫り、白い毛むくじゃらの太い腕でフックを仕掛けて来た。
「っ……! 出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
躱せないと判断した俺は、そのフックに向けて玄武を使役し、玄武を中心に展開される光の甲羅でガードの体制を取った。
イエティのフックが大木を粉々に破壊しながら俺へと迫ったが、光の甲羅はそれをいとも簡単に弾き、活動を終えたイエティと玄武はほぼ同時に消えた。
そして足場を破壊された俺は自由落下となり、そのままともに落ちて来る木片から身を守りつつ地面の土の上へと着地をした。
「……なんであなたのような男が超レア幻獣を住まわせてるの!? それカイル様に聞いた事がありましてよ!」
「カイル……? 金獅子のカイルか?」
その名は、シルフの族長が最強の幻獣使いの騎士という称号とともに言っていた名前だった。
「そうよ。金髪の超イケメンのカイル様は、わたくしの幻獣使いの先生でしてよ」
年齢は知らないが、初めてレリアの表情が年相応になった気がした。
その金獅子のカイルに対する憧れと悲しみが、その表情から読み取れた。
「……両者最高の幻獣を披露したという事で、これでしまいにするか?」
俺が言うと、レリアは再び口の横に手の甲を置き、独特なお嬢様笑いをした。
「オーフォッフォッフォッ! 最高の幻獣? それはこれからお見せしますわ!」
レリアは少し俺から離れながら言った。どうやら中距離戦が得意なようだ。
俺は玄武を使役した事によって少しだけフラつく足を拳で叩き、ヒーロー物の悪役よろしく、レリアが使役しようとしている幻獣の登場を待った。
辛うじてくっ付いていた大木の木片が重力に負けて一つ落ちた。




