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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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389 青龍の力

 少女の変貌はとても洗練されていた。衣服に違いはない。薄いピンク色の半襦袢と花柄のストールを変わらず纏っている。しかし適した大きさで実体化した青龍が少女の身体に絡みつくことによって、どこか優雅で華やかな印象を与えられていた。まるで、一流の服飾職人に青と桃色の華やかなパーティー・ドレスを新調されたみたいだった。長い髪が蛇のようにうねうねと浮遊しているのは変わらないが、髪色は漆黒から純白になっている。雪白の肌も先ほどと同様だったが、瞳に宿る青白い炎のような光はさらに火勢を増していた。その激しい揺らめきは、神の火によって焼かれたソドムとゴモラの街を俺にイメージさせた。


 いつまでも目を切ることができなかった。上空に浮かぶ彼女に釘付けになってからどのくらい経っただろう? クリスとクラット皇子も俺と同じようにイヅナの姿を見つめていた。彼女の背後の薄い雲が、舞台で慌ただしく切り替わる背景画のように東から西へと移動していた。


「これはなかなか悪くない」としばらくしてから少女は言った。「だけど、どうして最初からこうしなかったの?」


 自分に憑いた青龍に訊いているのだろう。彼女の声は遠くからでもよく聞こえる。問いに応じる青龍の声も、同じくらいちゃんと耳に届いた。


「これはヒトに付与するには過ぎた力だ……。十二家の皆殺しなら、前の段階で事足りるだろう……。だが、我はイヅナの意志に寄り添うと思いを定めた。我の持ち得るすべての力を行使し、兄を救ってみるがいい……」


 イヅナは目を細めた。そして自分の手のひらを仔細に点検するように見てから、守護霊のように彼女の肩先に漂う青龍の頭部に視線を移動させた。


「また、人にとどめを刺す寸前になって手心を加えたりしない?」とイヅナは言った。「そんなことをしたら、今度こそあんたをボロ雑巾のようにして海に投げ捨てるから。決心したなら私のやりたいようにやらせて」


 青龍は少し間を置いて言った。「たった今、そう述懐したはずだが……?」


 イヅナは顔をしかめる。大きなえくぼが頬の両側にできている。


「あんたは邪悪なくせして優しすぎる。そう言われても、『はいそうですか』と簡単には頷けない」

「やれやれ……。我は娘の信用を地の底まで落としてしまったようだ……」


「心配しないで。今それを取り戻す機会を与えてあげるから」とイヅナは言った。そしてくるっと顔を傾けて、空高くから俺を視野の中心に据えた。「あそこにいるのはたぶん善良な赤の他人。わたしの村には縁もゆかりもないし、あんたが汚い手で封印されたこととも関係がない。だけどわたしたちの邪魔をしてくるに決まってる。何が言いたいかわかるでしょ? まず最初にあの男を殺すの。あんたの持ち得るすべての力とやらを使って」


 彼女の眼に殺意の赤が灯りだす。それからの行動は一切の迷いがなかった。右の手に呼び出した龍の長髭を薙刀に変化させ、それを携えて空から迫って来た。そのスピードは速いなんてものじゃない。おととい目にした音速を超える刺突よりも、さらにもう一段階ギアを上げていた。当然、俺の選択肢はやぶれかぶれの玄武の使役しかなかった。


 前面に展開した玄武の光の甲羅が彼女の一撃を打ち弾く。その瞬間、追撃を報せる青い軌道が俺の腹を薙ぎ、次いで胸を的確に貫いた。光線のように瞬く間に過ぎ去りはしたが、予兆であることに変わりはない。俺は続けざまの二の太刀を数ミリ刻みで躱し、後ろに飛び退いた。


 しかし、そこはすでに狙われていた。踏み入れてはいけないイヅナの領域だった。天から三本のイカヅチが落ちてくる。すぐさま体をよじらせて回避行動を取ったため、直撃は免れた。だが左手の甲に掠らせてしまい、雷撃が一瞬で体中を駆け巡った。俺はその場で膝をつき、歪んでしまうほど歯を食いしばる。それでも苦痛はほんの少しも和らぐことはなかった。


 イヅナはゆっくりと近寄ってきた。視線は絶えず俺の焼きただれた左腕にあった。目の前で立ち止まってからもひとしきりそこを眺めると、今度は自分の手を見つめた。自ら放った青龍の力に少しだけ驚いているようだ。しかし無表情に崩れはない。眉をかすかにひそめただけだった。


「稲妻を呼び込むのがあんたの力なの?」と彼女は青龍に訊ねた。「よけられてムカッとしたから、なんとなく手を振りかざしたら、こんなことになったんだ」


 青龍は静かに頷いた。イヅナの腰に巻きつく尻尾の先までしなやかに動いていた。


「我は天候を意のままに操る……。雷だけでなく、雨を降らせることも、はたまた雲を退け青空を張り巡らせることも娘の自由だ……」

「それなら、むかし天恵の雨で干ばつからハバキ村を救ったって話は本当なの? そう書物に残ってる。邪悪な龍は無垢な村人に奇跡を見せつけることによって、眷属として取り込もうとしたって」

「前半は記憶にある……。が、後半は知らぬ……」

「だろうね」とイヅナは言った。それから思い出したように俺のことを見た。


「それにしてもあなたって面白い。雷に打たれて『へえ』って思ったよ。知らない攻撃は視えないんだ」


 頷くかどうか迷った。俺としてはもう少しだけ話し込んでもらい、態勢を立て直す時間にあてたかった。治癒気功で腕の損傷の手当てをしているが、なんでも治る包帯と比べるとその拙さが歯がゆい。もともと完治が望めるものでもないが、もうちょっとだけでも痛みを引かせ、まともに動かせるようにしたかった。


 だけど無理に話を引き延ばす必要はなかった。何か適当を口にしようとすると、突然ちっちゃなクリスが青龍なんて化物を宿す少女に果敢に挑んでしまったのだ。俺の頭を飛び越え、クリスはイヅナの顔面にぺたんと張り付いた。どうしたかったのかはよくわからない。爪撃を入れるつもりだったのかもしれないし、マジカル・フィンガーを叩き込みたかったのかもしれない。しかしどちらにせよ、大狼の子供は勢い余って、ただお腹の柔らかい毛並みを披露しただけに終わった。


 イヅナは顔からクリスを引っぺがすと、ひよこの雌雄鑑別をするようにまじまじと見つめた。とても丁寧な手つきだったが、戦友の大切な忘れ形見をイヅナの胸に抱かせる気にはなれなかった。


「出でよ影鰐――並びに朱雀!」


 影鰐がイヅナの影を喰らって動きを封じてくれれば儲けもの。躱されたとしても、朱雀の羽根が彼女の四肢をホーミングして捉えてくれるだろう――そんな見立てで俺は幻獣の使役を行った。アドレナリンのおかげで激しい腕の痛みも忘れていたので、照準も完璧だったと思う。だが結果は惨憺たるものだった。影鰐は高く飛翔されて避けられ、朱雀の燃える羽根はすべてイカヅチに墜とされてしまった。帰還した俺の胸の奥で、朱雀が不満げに熱を高めたように感じられる。それは俺に対してか、それとも青龍に対してなのかはわからなかった。


 湖畔の草むらの手前に着地すると、少女はクリスをそっと地面に降ろした。クラット皇子が慌ててクリスを回収し、また木陰に駆け戻っていった。イヅナは大人しい草食動物を見るような目つきを二人に向けていた。もっともその穏健な顔つきも長くは続かなかった。ふたたび俺のことを見たとき、そこには侮蔑の色合いが付帯されていた。


「影鰐はよく知ってる。ムツキ様も飼ってるよ。影を奪って動けなくするっていう、陰湿なところがお気に入りみたい。罪を犯した村人がいたら、それで金縛りにして体罰を与えるの」


 へえ、と俺は言った。ほかに何も言いようがなかった。


「それに、あなた気づいてる? 青龍はもう旧友に会っても動揺してないみたいよ。だからもう見逃してあげることはないと思う。どういう心境の変化だろう。もう過去を振り返らないってこと?……うん、だめだ。話す気がないみたい。見て、顔をつんと反対に向けてる。まったく、こっちの呼びかけには応じないくせに、こいつからは時間を選ばないで語ってくるんだよね。さあ寝るぞってときとか、花を摘んでるときとかさ。あなたのところもそうなの?」


 俺は曖昧に首を振った。花を摘んでるとき? 暗喩のほうだろうか。あるいは本当に花を摘むときだろうか?


「玄武も朱雀も寡黙なほうだと思うよ」と俺は疑問を追求せずに言った。「……だけど、それより一つ訊いてもいいか?」

「いいよ。もちろん、あなたを殺すまでの短い時間で済む質問なら、ってことだけど」

「……なんでさっきから普通の口調なんだ? 昨日も一昨日も、もっと違った話し方だったろ?」


 しばらく間を置いてから、彼女は確かにと口にした。


「別に深い意味はないかな。なんて言うんだろう、ふっと意識を青龍側に寄せるとあんな感じにできるんだ。あなたとシューイチくんが聞き取りやすいようにって思ってこっちにしてたけど、うん、でも確かにアレのほうがいいかもしれない。わたしは人間をやめたんだって自分に言い聞かせるためにも、十二家を滅ぼすって覚悟を表すためにも」


 イヅナは少しの時間じっと瞳を閉じた。開かれたとき、かつてないほど煌々とした赤い殺意が少女の眼を支配していた。


「愚カナルよそ者ヨ、コレデ茶番ハ終ワリダ」と青龍と同化した少女は言った。「道ヲ開ケロト言ウツモリハナイ。惨メニ我ニ殺サレロ」


 俺はふっと笑った。そんなつもりはなかったが、自然と笑みがこぼれてしまった。


「いいね、化物じみてて……。おかげで攻撃しやすくなったよ」と俺は言った。


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