39 招かれざる馬車
「月の迷宮で欠片いくつになったんだ?」
ソフィエさんの村へと向かう最中、俺は草原に生えている高い草に水平チョップをかましたアリスに聞いた。
「8個よ! なかなかの戦果だけれど、もうちょっと欲しいわね!」
思ったより草がすぐにしなり満足のいくチョップ感を得られなかったのか、代わりに俺の太ももにチョップをしながらアリスは答えた。
「思ってたより欠片の用途が多いからな……」
「欠片の用途? 今のところガチャガチャと、ショッピングモールの経験値に変換するぐらいかしら。経験値に変換すればショッピングモールのHPも回復するのよね?」
「ああ、そのはずだな。あと、その他にUFOキャッチャーで魔法人形をゲットするってメダルの使い道も増えたな。月の迷宮の宝箱には異世界冒険で役に立つ物が入ってるってブタ侍が言ってたから、なるべく攻略したいしな」
もっと言えば、ガチャガチャだけでも多くの種類があるな……まだ回してないのあるし、取り敢えず全て1回ずつは回して傾向を見たいな……。
あとパンチングマシーンでダメージ計測もこれから更に必要になりそうだし、いくら欠片があっても足りなくなりそうだ……。
と考えていると、急にアリスが大きな声を上げた。
「いくわよ! ジャーンケーンポン!」
咄嗟にジャンケン勝負を持ちかけられた俺は、取り敢えずパーを回避してチョキを出した。
「ぐぐ……負けたわ。あなたに勝って、ジャンケンゲームでメダルを増やす景気づけにしたかったのだけれど……」
「お前は頭パーだからパーで負けたんだ。分かったか? 負けたのはパーを出したお前の頭がパーだからだ」
「なんで繰り返すのよ!」
などと話しているといつの間にか草原の終わりが見え、俺達は森の中へと入った。
アリスは再び着替えをして、ジーパンに灰色のパーカーという地味な恰好をしていた。
今回は特に不満は漏らさず、森バージョンの私ね! と普段はあまり着用しない服装を楽しんでいるようだった。なにを着ても似合うアリスならではの、自信に溢れる言葉かもしれない。
「村まではどのくらいでありますか?」
その森バージョンアリスの頭の上で座っているチルフィーが聞いた。
月の迷宮の1層を攻略した後に和室で昼食をしていたらフラっと遊びに来たので、そのままチルフィーも村に同行する事となった。
「ここから更に歩いて30分ぐらいだな。それより、チルフィーが村に行って騒ぎになったりしないのか?」
「あたしは行った事ないですが、シルフ族のような精霊や妖精はそう珍しくないので大丈夫だと思うであります!」
「他にも妖精いるの!? どこにいるの、捕まえに行きたいわ!」
妖精を虫と認識していそうなアリスが言うと、チルフィーは真面目に答えた。
「この大陸をずっと北に行くと大きな石橋があるのですが、それを越えた先に水の妖精がいるであります。他は……あたしも会った事がないであります」
「水の妖精……まさかウィンディーネか?」
「いえ、ウィンディーネは別の大陸にいるはずであります」
いるのかよ……。
まあシルフがいるならウィンディーネもいるか……。
四大精霊って言ってたしな……。
と異世界なら不思議でもないかと考えつつ、別の事を聞いてみた。
「大陸の北って、どっちだ?」
「北はあっちであります」
アリスの頭の上で、チルフィーは一方を指さした。
「おお、じゃあショッピングモールの北メインゲートはそのままこの異世界でも北だな……良かった分かりやすい」
北ゲートだ東ゲートだ西ゲートだ便宜上そう言っていたが、どうやら合っていたようだ。
俺はボディバッグから手帳を取り出し、大雑把な地図に方角を示す記号を記入した。
「そろそろ、せめてこの辺りの地図だけでも入手したいな……」
と呟くと、アリスが言葉を重ねた。
「私達の異世界冒険がそのまま地図になるのよ。決められた地図なんていらないわ」
「確かにそうかもな……。いやいや、なにそれらしい事言ってんだよ! 思わず肯定しちまっただろ!」
「思わず肯定しちゃう程の言葉の力が私にはあるのよ!」
まあ、それはあるかもしれないな……。
口に出して言うと調子にのる為、俺は敢えて声にはしなかった。
*
草原と同じように、森の中でも特に何事もなく村の入口へとたどり着いた。
内心、一角兎に遭遇する事を期待していたが、モフモフの角に触れるという俺の野望は次の機会へと持ち越された。
「今日も静かな村だな……ってか基本こんな感じか」
村の入り口から見える光景は少し寂しく感じたが、30人程しかいない村ならば無理もないかもしれない。
若い男は全員ミドルノームの城や城下町で働いているらしいので、その分活気も少なく感じた。
「……よく考えたら招かれてもないのに、いきなり来て迷惑じゃないんかな」
末っ子よろしく、俺が村へ入るのに二の足を踏んでいると、アリスはそんな事を考えもしないようにずんずんと村の中に入り井戸の元へと駆け出した。
「おばあちゃん! 大丈夫なの外に出て!?」
井戸の淵に座っている老婆に声を掛けたアリスは、そのまま隣に座り老婆の背中を手で摩りだした。
「知り合いか? 見覚えがないな……」
女子会で仲良くなったのだろうか?
まるでお婆ちゃんと孫のように、仲良く座って話をしだした。
俺がその様子を少し離れた場所から見ていると、段々と村の人が集まり、暫くすると井戸に座るアリスを何人もの村人が囲んでいた。
「……アリス人気者だな」
なんだろうこの気持ち……。
家で仲良く2人で遊んでた親戚の小さい女の子が、外に出たら実は自分とは比べ物にならない程の人気者だと知った時みたいな、嬉しいような寂しいような……。
俺が微妙に孤独を感じていると、男性が近づき声を掛けて来た。
井戸の水を汲みに来ていたらしく、桶を2つ持つクワールさんだった。
「ウキキもいるじゃないか、なにそんな所で1人で突っ立ってるんだ」
「あっ、クワールさんどうもです! 先日はありがとうございました!」
急に声を掛けられて若干高めの発声で返したが、その直後に言葉が通じている事に気が付いた。
「あああっ! クワールさん、俺言葉が分かります!」
「そのようだな。あっちでお嬢ちゃんと話して驚いたよ」
ショッピングモールのマジックスキルの効果で、俺は一宿一飯の恩人とついに言葉を交わすことが出来た。
そのクワールさんは逆に俺達の事を死ビトから守った恩人と思っているようで、アリス共々家に招かれた。美味しいお茶とお菓子があるらしい。
「あっ……どうもどうも、先日はお世話になりました」
俺はアリスを囲む村の人々に軽く会釈をしながら挨拶をし、いつもより輝いてスター性を発揮しているアリスに近づいた。
「クワールさんが家でお茶とお菓子を出してくれるから来いってさ、荷物も置かせて貰えるし行くぞ」
「あらそう。じゃあ私は後で行くから、あなたは先に行っててちょうだい」
「あ、ああ。分かった行ってるぞ」
社交界デビューを果たした親戚の小さい女の子は、まるでダサい親戚のお兄ちゃんを遠ざけるように俺に言った。
「考えすぎか……コイツの社交性は半端ないからな……でも少し寂しいな」
まあ……アリスにはアリスの人生があるからな。
俺以外の人と関わる事も増えて来るし、その姿を親戚の兄として嬉しく思わないとな……。
と俺から巣立ち始めたアリスの事を想っていると、村の入り口から騒がしい音がした。
「あれ、馬車が入ってきましたけど……村に客ですか?」
目の前を走り去る馬車を眺めているクワールさんに聞くと、持っていた桶を置いてからクワールさんは渋い顔をした。
「あれは領主の馬車だな……なんの用だ」
そのクワールさんの言い方を聞いて、俺は見た事も無い領主に対して悪いイメージを持つ事となった。
「すまんな、お茶と菓子はまた後にしてくれ」
クワールさんはそう俺に言い残し、馬車が止まった集会所へと足早に向かって行った。
「クワールおじさんどうしたの?」
噴水から俺の元へと駆けて来たアリスが聞いた。
クワールさんと同様に、アリスと話していた村の人達も解散したらしい。
チルフィーもアリスと一緒に会話を楽しんでいたようで、アリスの頭の上でのほほんとしている。
「なんだろうな、領主が来たらしいけど……いや領主の馬車ってだけか」
「領主ってなによ、王様?」
「いや……俺もよく分からんけど、知事みたいなもんじゃないか? チルフィー、領主についてなにか知ってるか?」
「この辺境の国ミドルノームで唯一の領主……としか知らないであります」
辺境の国か……辺境って意味も実はよく分かってないな俺……田舎的な意味か?
ってか、それより……。
俺はクワールさんが置いて行った2つの桶を両手に持ちながら考えた。
当然の事ながら、国があるならそれを治める者がいて、地方を束ねる者がいる。
果たしてその者達は、突然領地に現れたショッピングモールに対してどういう対応を取るのだろうか?
「俺達にとっても無視の出来ない相手っぽいな……」
「そうね……。そうなの!? じゃあ偵察に行くわよ!」
「あっおい! ……まあ集会所に入らなければ迷惑にはならないか」
俺は桶を取り敢えずその場に置き、急に駆け出したアリスを抜いて集会所の前の馬車まで走った。
「この間のボルサの馬車より豪華だな……。馬もデカイ」
「これはただの馬ではありません、翔馬でありますね」
チルフィーがその馬の顔の前でパタパタと小さく飛び回りながら言った。
「翔馬? 翔ける馬って意味か?」
「そうであります。天を翔ける勢いであまり地に足をつけずに走る馬であります。蹄を見てください、土があまり付いてないであります」
「おおマジだ……凄いな異世界の馬は」
「乗ってみたいわね……乗り心地も良さそうだわ!」
それは乗馬という意味かな? それとも普通に乗員室にという意味かな?
アリスなら乗馬が出来てもおかしくないと思っていると、集会所の木製の引き戸を開けて人が出て来る音がした。
「お嬢様、いいんですか勝手に抜け出しちゃって……」
「いいに決まってるじゃない。この国の事はわたくしには関係ありませんわ」
その声の方向を見ると、アリスより少し年上に見える薄いピンク色のとても髪の長い少女と、その従者らしき男がこちらに向かって歩いて来た。
そのお嬢様ふうな少女の髪はゆるいウェーブが掛かっており、サイドにカボチャをあしらったようなブローチを着けていた。
その少女は俺達に気が付いたようで、近づいて声を掛けて来た。
「あら……村の子供と男性? わたくし達の馬車になにか御用?」
「これあなた達の馬なの!? 乗っていい!?」
アリスが目を輝かせながら聞くと、その少女は蔑むような目でアリスを見返した。
「残念だけど、この馬車はあなたのような貧しい村の子供が乗れるチンケな物じゃなくてよ。……あらヤダ」
少女は言葉の途中で翔馬の後ろ足の下に目をやった。そこには盛大な馬糞があり、今尚増産されていた。
「わたくしが話してる最中にもよおすなんて、これだから辺境の国の翔馬はヤダのよ……」
「あなた、馬に嫌われているんじゃない? なにをしたのよ」
地味に効きそうなアリスの天然ジャブが少女にヒットした。
「……貧村のチンケな恰好の子供にしては、あなた私に臆さないわね。まあいいわ、そこの冴えない顔のあなた、片付けておいて」
急に少女は俺の方を向き、腕を組んだまま人差し指を少しだけ動かして命令をしてきた。
うわめんどくせえ……あんま絡みたくないガキだな……。
と思っていると、突然アリスが声を荒げた。
「この人は冴えない顔なんかじゃないわ!! それに、あなたの馬ならあなたが片付ければいいでしょ!」
親戚の小さい女の子は、自分が侮辱されるよりもダサいお兄ちゃんが馬鹿にされた事に対して怒りだした。




