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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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385 超絶なる召喚獣

 クラット皇子は動物の声を聴くことができた。俺と同じくイヌ科に限定されるようだが、思考を読み取る能力は俺より発達していた。そのせいで集落に侵入していたクリスは発見され、ここまで追いかけられることになったみたいだ。つまりアリスのことをちらっと考えたクリスが餌となり、まんまと俺のもとに恋する十二歳の少年をおびき寄せてくれたわけだ。


「さあ犬っころ! 余をアリスのもとに案内しろ!」


 皇子はここにないアリスの気配を求め、まだきょろきょろとあっちこっちを見やっていた。やがて俺の存在を認識すると、尊大ぶった大股歩きで近くに寄ってきた。


「おお、お主はブラッド・バンクでアリスと一緒にいた冴えない従者じゃな! アリスはどこじゃ! 余をアリスのいるところまで連れていけ!」


 俺はふっと笑い、それから大蝦蟇を使役して手頃な長さの縄を吐き出してもらった。そして彼の手首を素早く縛りつけたわけだが、先に悪口を言われたので罪悪感は全然なかった。


「それは無理な相談だな。だって、アリスはここからずっと離れたところにいるんだから」と俺は言った。「でも大人しくしてればそのうち会えるかもしれないぞ?」


 当然皇子は暴れまわった。だが片手で簡単に押さえつけることができた。縛られているとはいえ、十二歳にしては少し非力な気がする。身体の線は細く、身長もアリスとほとんど同じくらいだ。やがて観念したのか、彼はじっと動かず前髪のあいだから濃い紫色の目を覗かせ、俺のことを睨みつけた。


「余をどうするつもりじゃ! 余をグスターブ皇国の君主と知っての狼藉か!?」


「もちろん知ってるよ。クラット・イザベイル――もう無くなった国の跡取りだろ?」と俺は言った。「わるいけどラウドゥルとの交渉材料にさせてもらう。恨むなら、レリアを誘拐したあいつを恨んでくれ」


 皇子はそれからまたさらなる抵抗を見せたが、やはりねじ伏せるのはそう難しくなかった。召喚士という点に留意していたが、アリスのように神獣を喚び出すこともなかった。膝に手を突き、はあはあと肩で息をしている。体力もそんなにあるほうではなさそうだった。


 しかし油断は大敵だ。俺はいつだって手痛い反撃を受けたあとにそれを思う。急に勢いをつけて膝を伸ばし、皇子は渾身の頭突きを放ってきたのだ。おもいきり顎にあたり、一瞬天国のばあちゃんが手を振ってるのが見えた気がした。


「いっ……いてえなこの野郎!」と俺は九歳年下の子供を腹の底からどなりつけた。チョップも三発ほどお見舞いしてやった。


 しかしクラット皇子は追撃を試みようとせず、目を伏せてわなわなと震えていた。こぶしも強く握られていた。風が竹藪のあいだを吹き抜け、笹の葉を密やかに揺らしつづける。やがて皇子は顔を上げ、射竦めるように俺のことを見つめた。


「『もう無くなった国』などではない!」と彼は言った。「何故なら余がここにいる! そしてラウドゥルがみなを導いている! 復興を夢見る民の希望が地上に息吹く限り、グスターブ皇国は終わらない!」


 その目の力は衰えることを知らない。いつか視た彼の祖先の――そしてアリスの祖母の――アリシア・イザベイルと同じ種類の目だ。色づく明日の世界を心の底から信じている。皇国の再建なんて夢物語と思っていたが、彼を見ているとそんな考えがだんだんと失せていく。


「お主についていけば、余はアリスに会えるのじゃな?」


 穏やかになった口調は王者の貫禄さえ窺わせる。俺は無言で頷く。そんなつもりはなかったが、まだ痛む顎が自然と上下してしまう。


「なら早う連れていけ! よくよく考えれば、逢瀬の場所までアリスの従者に引っ張られていくのも乙というものじゃ!」


 でもやっぱりアリスと同じくバカみたいだ。イザベイルの血がそうさせているのだろうか。





 鏡湖までの道すがら、俺は煌銀石のリング・ネックレスを首にかけ、アリスに風の囁きを送った。用件はもちろんハバキ村への招集だったが、それを告げる前にものすごく怒られてしまった。なんでも急にいなくなった俺とレリアを、みんなして捜しまわっている最中らしい。どうしてすぐに連絡しなかったのよ! とアリスは声を大にして訴えてきた。


(わるいわるい、クラット皇子の居場所を突きとめてからでいいと思ったんだよ)

(いいわけないじゃない! あなた『ほう・れん・そう』の大切さを教わらなかったの!? それに、そもそもどうしていつも指輪を外しているのよ! 肌身離さず着けておきなさいって何度も言っているでしょ!)


 さっそく外したくなってくる。アリスの風の囁きは本当に耳の奥でよく響くのだ。まるで脳を直接揺すぶられているみたいに。こんなふうにいつでも自由に喋られたら、きっと俺は近いうちにノイローゼになってしまうだろう。


(と、とにかく飛空艇にザイルを乗せて、速攻でハバキ村まで来いよ! わかったな!)

(だいたい、あなたはいっつも――)


 伝えたいことだけ伝えると、俺はリング・ネックレスを首から剥ぐように取り外した。すぐに俺とアリスを繋ぐ風の通り道が除かれ、誰もいない深夜のコンサートホールのように静まり返った。これであとは、クラット皇子がこの時代でもっとも強大な召喚士かどうかを――あるいはそれになり得るか否かを――ザイルに見極めさせるだけだ。


「ウキキ、と言ったか? お主、何を先ほどからぶつぶつ言っているのじゃ?」と皇子は訝しげに訊いてきた。


「いや、なんでもないよ」と俺は言った。「それより、教えてくれないか? お前はどんなのを召喚できるんだ?」


 前にラウドゥルは言っていた。『グスターブ皇国は別の地で甦る。皇子の召喚する崩竜とともにな』と……。あんな戦艦のように馬鹿でかいのを従えているぐらいなので、きっと召喚士としての格はアリスと比べ物にならないのだろう。ほかにも多くの神獣と血の契約を交わしていることが予想される。


 しかし皇子は頑として答えようとしなかった。「そんなことをお主に教える義理はないわ!」とむきになって切り捨てられた。俺は隣をてくてくと歩くクリスと目を見合わせ、それからまた前を向きなおした。


――偉そうな小童じゃな。わらわが尻に噛みつき、無理やり聞き出してやってもよいぞ?


 クリスはそう語りかけてきたが、ここでは俺たち二人だけの密談にはならなかった。しっかりクラット皇子にもクリスの声を聞かれている。はっはっはっと悪代官を裁いたあとの松平健のように笑い、彼は得意げに口を開いた。


「悪だくみなど無駄じゃ! 余の超絶なる召喚獣に探りを入れることなど諦め、黙って歩を進めるがよい!」


 たしかにそのとおりだ、と俺は思った。もう今はグスターブ皇国うんぬんに思考をさくのはよそう。今はそれより、差し迫った問題に集中しなくてはならない。鏡湖はもうすぐそこだ。イヅナと青龍――それだけに焦点を合わせよう。


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