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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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384 考える葦

 俺はウヅキと歩いた鏡湖かがみこまでの道のりを、今度はハバキ村に向けてひたすら走った。小さな森を抜け、緩やかな丘を駆け上がり、川の中州で魚をついばむタンチョウの親子を眺めながら橋を渡った。そうして急いで戻ってみてわかったことは、村はいたって平穏だということだった。妖しの雲が覆う空の下で子供たちは缶蹴りを楽しみ、杖を突いた不機嫌そうな老人は畑の案山子かかしに何か文句を言っていた。


 イヅナの襲撃には遭っていないみたいだ。俺はほっと胸をなでおろし、息を整えながら往来を行き交う村人たちの流れを眺めた。みんな朗らかな顔つきをしている。自分や大切な人の命が脅かされる心配なんて露ほどもしていない。死者が闊歩する外界や、昨夜のカンナヅキ神社での出来事とは大きく距離を取れている。平和そうでなによりだ。少なくとも何かと戦う姿勢を見せているのは、物言わぬ案山子と口論する老人ぐらいなものだった。


 俺は人の流れに逆らい、北東に伸びる細い裏道を歩いた。ミカゲを訪ねようと思ったからだ。喉が渇いたので、ちょっとお茶を一杯ご馳走になりたい。それぐらいの時間はあるだろうし、それぐらいしても罰はあたらないだろう。


 呉服屋の裏手を横切り、旅籠屋の真正面を突っ切った。まるで京都の古い町並みのような風景が続いた。塀の上であくびをする猫に見守られながら道を左に折れると、キサラギ家の立派な門扉が見えてきた。たいくつそうにそこに立つ使用人の男は俺を見ると笑顔になり、快く屋敷に招き入れてくれた。


 しかしミカゲは眠っていた。穏やかな寝息がメトロノームのように規則正しいリズムを刻んでいる。彼が休息中ということは、彼の脳に巣食う飛来種の活動時間を意味する。また初めてここに来たときと同じ光景が繰り返された。ミカゲの眼窩からゆっくりとオオムカデが姿を現し、30センチほど突き出たところでくるっと顔をこちらに向けた。せっせと土を掘って地上に出てきたモグラのように。


 俺を認識すると、白く発光する触角がぴんと天井を差した。「ギィッ……ギィッ……。ウ、ウキキ……。そう、たしかウキキという名のニンゲン」


 無数の足が絶えず動いてギシギシと気味の悪い音を立てている。細長い体から粘液が垂れ、ミカゲのシャープな顎を濡らした。


「ミ、ミカゲに会いに来たであろうか……。残念、ミカゲは眠っているであろう。あ、あろう?」


「ああ、見ればわかるよ」と言って俺はお茶をひと口飲んだ。「しばらく起きそうにないのか?」


「ね、眠り、深いであろう。ゆ、夢のない眠り。ない? 夢を見ない、ね、眠り?」


 そっか、と俺は言った。ミカゲと少し話をしたかったが、それは本当に残念だ。しかし同時に、ちょっとだけ安心をする自分がいた。少なくとも、今日俺はミカゲに嘘をつかないで済みそうだ。


 俺はお茶をすすり、それから湯呑をお盆の上に静かに置いた。


「じゃあ、今日はお前について訊いてもいいか?」

「ギィッ……ギギギギギギギギギ……。訊く。お前について訊く。お、お前は小生。小生は……お前?」


 承諾は得られなかったが、俺は気にせず質問をすることにした。もし答えないならそれはそれで構わない。ここには喉を潤しに来たのだから。


 俺は言った。「この惑星ほしに新たな飛来種が迫ってるらしい。ルナは言ってたよ、『最後の飛来種にして絶大な力を持つ飛来種』って。どうあれ人は滅ぶ運命にあるそうだ。お前はそのことについて何か知ってるのか?」


 オオムカデは少ししてから思い出したように声を上げた。しばらく沈黙したのは問答がどうというより、ただ俺の言ったことの意味を理解するまでに時間がかかったみたいだった。


「ぞ、存ぜぬことであろう……。滅ぶ? ニンゲンが滅ぶ? 飛来種がニンゲンを滅ぼす?」


 嘘は言ってないようだった。なんだか困惑しているようにも見える。それから黙り込んでしまったので、俺は別のことを訊いてみた。


「なら、飛来種はなんで遠く宇宙を旅してまでこの惑星に来るんだ? 全員、何か目的があるのか?」


 ギギギギギ……、とオオムカデは気色悪い声で鳴いた。また俺の問いが彼の脳の中心に降り着くまで時間がかかった。


「ほ、ほかの飛来種のことは、し、知らぬであろう。だが……だが? 小生は知能が欲しかった。か、考える頭が……。し、思考する能力が……」


 こいつは何百年もキサラギ家の当主の頭の中に寄生している。そして精力を与え、その見返りとして知性を獲得している。つまり、彼は自分の望みを叶えたわけだ。


「み、みな欲するものは違えど……違えど? 目的は同じ。ニンゲンには我々にないものがある。みな、それを求めて真空の海を渡ってくる。或いは……或いは? ジゲンアックウの扉をくぐって、やってくる者もいる」


「次元圧空の扉?」と俺は驚いて声をあげた。それは金獅子のカイルと、ついでに俺の姉貴がこの異世界から地球に帰るために使った転移装置みたいなものだ。いつどこに湧いて出るのかわからないため、狙って遭遇することは難しい。誰かを別の世界へと運び、誰かを違う世界で迷わせる。神隠しと呼ばれる現象の原因はほとんどこれなのだと、カイルはちらっと言っていた。まさか、そんなものの名前が飛来種の口から出るとは思ってもみなかった。


「ジ、ジゲンアックウの扉は世界と世界を結ぶ。小生がいた世界。小生が来たこの世界。ウ、ウキキ? が元いた世界。ほかにも世界があれば、そことも繋げる。と、扉は各地に出現する。次は、高い、ところ。い、入り口も出口も、高くて雪が降る場所……」


 驚いたことに、オオムカデは扉が現れるある程度のポイントを観測できるようだった。だが、いくら詳細を求めてもそれで話は終わってしまった。『入り口も出口も、高くて雪が降る場所』……、俺はその語句を記憶に留め、ぬるくなったお茶を一息で飲み干した。


「じゃあ俺は行くよ。……こんなことを言っても無意味だと思うけど、あんまりミカゲの本心を村人に言いふらすなよ?」


 無反応だったが、紅葉柄の襖を開けて出て行こうとすると、オオムカデの声が後ろから聞こえた。


「ニンゲンは、よ、弱き者。飛来種にとって一茎のあしに過ぎない。だ、だが、それは考える葦である。……そ、それなら、小生は葦になりたい」


 俺に言ったのかはわからない。あるいはひとり言だったのかもしれない。しかしその言葉は妙に胸の内に浸透した。どうあれ人は滅ぶ運命にあるのなら、考える力がそれに対抗する唯一の手段になるのではないだろうか?





 それから二時間ほどかけて村の主要箇所をまわったが、やはりイヅナは来ていないようだった。アジトに姿がないからといって襲撃だと決めつけたのは早計だったかもしれない。すぐにでも戻るべきだろう。俺は再び長い距離を走りきる覚悟を決め、少し緩んだブーツの紐をきつく締め直した。


 そして駆け出そうとした瞬間、脳にクリスの声が響いた。


――聞こえるな? うぬに言われたとおり、レリアという小娘の居場所を突き止めてやったぞ。


 朗報だ。レリアが腐れカボチャパンツではなく、紐おパンツ様を愛用してると知ったとき並みに(このあいだ眠った彼女をパジャマに着替えさせるときに判明したことだ)。


 どこに捕らえられているのかさえわかれば少しは安心できる。もしイヅナの説得に失敗し、ラウドゥルとの取引がご破算になったら、すぐに踏み込んで救出すればいい。なにもラウドゥルのペースにすべて合わせる必要はないのだ。


 クリスはそれからすぐに戻ってきた。竹林のなかを疾駆し、茂みを飛び越え俺の目の前に着地した。ありがとうな、と俺は屈んで頭を撫でながら彼女に言った。しかし返事をするでもなく、クリスは後ろを振り返ってじっと藪を見つめていた。


――小娘は森外れの集落にいたぞ。古い民家で土間に立ち、五月蠅い婆に炊事をさせられておった。見張りは女中のような女と小僧だけじゃ。手荒な真似は受けてなそうじゃが、うぬにそう明言してやれるほど観察したわけではない。


 クリスはそう語りながらも、一点に目を据えていた。ある程度の緊張感が窺える視線と息遣いだ。やがて藪がかさかさと音を立てると、クリスは小さく舌打ちをした。


――チッ……上手くまけたと思っておったが、ついて来てしまったようじゃ。


 小さな手が茂みを掻き分ける。何よりも最初に、俺は澄み渡る秋空のような髪の色をそこに見出す。


「おお、見つけたぞ犬っころ!」と顔を覗かせた少年は言う。「アリスはどこじゃ! 早く余をアリスのもとに連れていけ!」


 クラット・イザベイル……と俺は心のなかで呟く。くすんだ色の外套には笹の葉が何枚もくっついている。


――前述の見張りの一人じゃ。もし邪魔なら、ここで喰ってやってもよいが?


 とても勇ましく育ってくれて涙が出てくる。しかし、大狼とはいえまだ子供のクリスが、何倍も体積のある人間をどうやって喰うと言うのだろう?


 俺は首を振った。彼には利用価値がある。


「いや、クリス。喰うのは魚にしとけ。さっき川にたくさん魚がいたのを見たから、六匹と言わず何匹でも獲ってやるよ」


 クラット皇子はきょろきょろと辺りを見まわしていた。アリスがいないかと探しているのだろう。どうしてこんな状況になっているのかわからない。だがそれより俺は、ラウドゥルとの取引のことを考えずにはいられなかった。


 ありがとうクリス、と俺はもう一度礼を言った。おかげでラウドゥルに一泡吹かせることができそうだ。


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