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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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381 簡単な話

 目覚めてから間もなく、ラウドゥルがひとり襖を開けて入ってきた。彼は俺が起きてるのを見ると、腹の減り具合を尋ねてきた。かなり減っている、と俺は言った。すると女中のおばあさんを呼び、朝食の用意を頼んでくれた。朝食というぐらいなので、今は朝なのだろう。それ以上のことは何もわからなかった。


「それで、ここはいったいどこなんだ?」


 ラウドゥルは俺の質問に簡潔に答え、そしていくつかの事柄を手短に加えた。ここはムツキ様の屋敷らしい(たしかに見覚えのある和室だ)。青龍に取り憑かれたイヅナとの戦闘中、俺が突然眠ってしまったので、彼が運んでくれたそうだ。揺すっても頬を叩いても起きなかったらしい。イヅナはあれからすぐに立ち去り、それで青龍討伐は白紙に戻った。ウヅキもムツキ様も酷い怪我を負ったが、命に別状はないということだ。


 朝食が運ばれてくると、ラウドゥルはそこで口を閉じた。そして窓べりに腰を下ろし、俺が食べるのを腕を組んで見ていた。ご飯と焼鮭、それに芋の味噌汁と漬物。俺は箸を止めることなく、夢中で口に運びつづけた。本当にかなりお腹が減っていたみたいだ。あるいは思っていた以上にどれも美味しかったからかもしれない。最後に温かいお茶を飲みながら、俺はラウドゥルに訊ねた。


「そういえばレリアはどこにいるんだ? あいつなら泣きながら俺を看病してくれてそうじゃないか?」

「そのことなんだが……お前に一つ、言っておかなければならんことがあってな」


 含みのある言い方だった。熱いお茶が機械的に喉を通り、腹の底で不穏な熱を広げた。


「どうしたんだ!?……まさかイヅナにやられたのか!?」

「そうではない。が、オレとしてもいささか伝えにくいことでな」

「なんだよ!? 早く言ってくれよ!」


 ラウドゥルはすっと立ち上がった。帯刀する剣が不吉を予期するように乾いた音を立てた。


「わるいが、嬢ちゃんはオレが預からせてもらった」と彼は言った。「今ごろお前の知らない場所で目を覚まし、皇子と朝飯でも食ってるだろう。無論、縛られた不自由な格好でな」


 体温が一気に上昇するのを感じた。しかし反射的に言葉を吐き出す前に、引き抜かれた剣が滑り込むように俺の喉元にあてがわれた。


「……なぜあのとき、お前はイヅナにとどめを刺さなかった? なぜ鎌鼬を使役しておきながら、その刃に空を斬らせた?」


 生暖かいものが首筋を伝っていく。血か汗かは判断がつかなかった。


「……俺がイヅナを殺さなかったから、レリアをさらったって言うのか? 次は絶対に仕留めさせるために?」

「質問してるのはオレだ。まずはそれに答えろ」

「なら剣を下ろせよ。殺す気もないのにそんなことをされても、ただ喋りにくいだけだ」


 口角を上げてふっと笑う。「そうか、お前は見えざるものが見えるんだったな……」


 流れるような動作で剣が鞘に納められ、彼はその場でくるっと背を向ける。次の瞬間、青い軌道が俺の体の中心をまっすぐ縦に走っていく。


「っ……!」


 咄嗟に体の軸をずらし、俺は横に倒れ込む。それから一瞬の間を置いて、抜き放たれた切っ先が青い予兆を迅速に辿っていく。布団に綺麗な切れ目が入り、羽毛が血飛沫のように勢いよく吹き出す。


「しっかりオレの剣筋を未来視してくれたみたいだな」とラウドゥルは言う。目は煌々と赤い殺意に輝いている。「なら、事と次第によってはお前を殺すのも厭わないとわかってくれたな?」


 俺は何も言わず、頷きもせず、黙ってラウドゥルの動向を窺う。次また同じことをされた場合の対処法を打ち立てる。不思議と頭が明瞭に働き、数々のシミュレーションが脳の片隅で綿々と成された。剣を躱す、鬼熊で吹っ飛ばす、踏み込んで鎌鼬(間合いによっては狐火による火炎放射)、そして朱雀で一応の詰み……。これが一番確実性の高い攻め方かもしれない。


 しかし、そんなことにはならなかった。ラウドゥルは剣を納刀し、目の赤い光を消失させた。


「さあ答えろ。なぜお前はイヅナを見逃した?」


 あまり抵抗しても仕方がないし、たしかにあのときの行動には多少の説明が必要だろう。俺はそれでも三十秒ほどラウドゥルの無精髭を眺めながら黙りこくり、それから畳の上に座りなおした。


「俺が突然、ただ寝不足が原因で眠ったとでも思ってるのか?」


 ラウドゥルは首を横に振った。「いや、思ってないな」


「なら話は早い。そのとおり、無意識のうちに鎌鼬の斬撃がずらされて、それからすぐ女の声が聞こえたんだよ。そして明晰夢みたいなのを無理やり見せられたんだ。聞き覚えのない声だったし、わけがわからなかった。でも声は俺の内側から響いてたことだけはわかる。『真実を見せてあげる』、そう言われたんだ」


 一度そこで話を切り、俺は目の前の男の反応を待った。しかし催促するように顎先がかすかに動いただけだった。終いまで話せということだ。


 俺はできるだけ詳細に視たことを伝えた。イヅナと青龍の出会い。偽りの呪いから始まった友情や、少しずつ積み重なっていく不器用な信頼関係。ミカゲのことを悲しそうに語る少女の表情と、忘れたころに相槌を打つ龍の静かな声。そして、一度は訪れたふたりの終着点。


「イヅナと青龍は再びの邂逅を果たし、契約を交わしたんだ」と俺は結んだ。「力を貸与する代わりに、十二家を皆殺しにすること……。それが兄を助け出すための力が必要だったイヅナと、十二家に深い恨みを持つ青龍の密約だ……」


 ラウドゥルは再度窓際に移動し、障子窓を少しだけ開けて窺うように外を眺めていた。話が終わったことに気づくと、音を立てずにぴたりと閉めた。


「つまり無理に取り憑いたのではなく、すべてはイヅナの意思によるものだった……。それが真実とやらか?」

「そういうことだと思う。『何が起こったか知って、そのあとどうするかはあんたが決めろ』……、女の声はそう俺に言ったよ……」

「どうするか? 決まっているだろう。イヅナの意志だろうがなんだろうが、お前はすぐにでも探し出し、今度こそ確実に仕留める。それがこの村と十二家を救う唯一の選択肢だ。違うか?」


 そうかもしれない。だけど、絶対にやり切るとは言ってやれない。昨日は真実を目の当たりにする前だったからこそ、俺はイヅナの首を鎌鼬で狙えた。死だけが悪霊に憑依された少女を救うのだと、頭のどこかで理解していたからだ。そういう意味では、いつか学生服を着た少年の死ビトを討ったときと、心理的に似ていたかもしれない。


 しかし、俺はイヅナが少し見た目が変わっただけで、彼女自身のままだと知ってしまった。声や口調にも違いはあるが、それでも話は通じる。つまり、上手くいけば説得だって可能かもしれないということだ。もちろん最終的にどうなるかはわからない。だが、まず思い浮かぶのは対話以外に何もなかった。


 長いあいだ物思いに耽ってしまった。きっとラウドゥルは俺の心の機微を仔細に探っていたことだろう。注がれていた視線が粘液のような液体となり、俺の目の辺りに貼りついているような気がする。念のために手のひらでこすってみたが、やはりそんな気がするだけだった。


「お前にひとつ予告をしておく」とラウドゥルは執拗に視線を打ちつけたまま俺に言った。「明日になっても妖しの雲が空を覆っていたら、オレは即座にミカゲを殺す。そして雲を晴らし、霊峰サヤの結界を解く。オレたちはなんとしても頂きに登らねばならんのだ」


 俺は慎重に言葉を選んで口を開いた。「そこにある『絶大なる力』が、あんたとクラット皇子にとって今何よりも必要だからか?」


 眉根に深く皺が寄る。いつまでも続く梅雨どきの傘のように、瞳孔が素早く広がるのが見えた。


「あそこに何があるか、お前はわかっているのか……?」

「いや、知らないよ。ただ記憶のなかで、青龍がそう表現してただけだ」


 窓のへりから立ち上がる。腰の剣の立てる音は、さっきよりもどこかくぐもって聞こえる。


「なら忘れろ。ウキキには関係のないことだ」とラウドゥルは言った。そして俺の前を横切り、襖の取っ手に手をかけた。


「待てよラウドゥル……。あんたはまだ俺の質問に答えてないぞ」


 襖が彼の肩幅ぶんだけすっと開く。そこで動きを止め、振り返らずに問いに答える。


「パンプキンブレイブ家の嬢ちゃんなら返してやる。ちゃんとお前がやり遂げさえすればな」


「やり遂げられなかったら?」と俺は彼の背中にまた投げかける。「レリアをどうするって言うんだ?」


「そのときは残酷な結果が嬢ちゃんの身にもたらされるだろう。お前が討ち損じるか、あるいはイヅナに同情したばかりにな」


 俺は威勢よく鼻で笑ってやった。こいつにそんな真似ができるはずがない。


「無理してワルぶるなよ、グスターブの元皇国騎士。あんたがレリアを傷つけられるとは思えない」


 襖がまた閉められた。そしてラウドゥルはこちらに向き直り、言った。


「たしかに、オレはこんな見てくれでも情に厚い男として知られている。ありがたいことに人望に厚く、生き残った皇国の人々は迷いなくオレについてきてくれている。クラット皇子も絶対の信頼を寄せ、オレに任せておけば国は甦ると信じて疑わない。オレを正義のヒーローか何かと思ってるんじゃないかってぐらいにな。

 だが、もちろん誰もがオレのような人間ばかりではない。部下のなかには狂暴な奴もいる。敵の命を心から愉しんで奪う奴もいる。あるいは、十二歳の少女に興味を持つ奴だっているかもしれん。なんせ数が多いんだ、性的倒錯なんて見抜けんだろ?」


 血潮が熱くたぎり、体の温度が異常なほど上がっていく。幻獣がそれに反応し、俺の胸の奥で感覚を研ぎ澄ます。


「そういうことだ。嬢ちゃんの身を案じるなら、そんなところで怒りに燃える時間はないぞ。嬢ちゃんもミカゲもお前次第ってことを忘れるな。待ってやるのは明日の夜明けまでだ。急ぐんだな、一切の猶予はないと思え」


 空気に吸い込まれるように、世界から雑音が消えてなくなる。そもそも最初からそんなものがあったのか、俺は本気でわからなくなる。ただ耳の奥で、レリアの悲鳴だけが遠い白浜の波のように聴こえている。





 俺は一も二もなく行動に移った。なんとしても明日までにこの騒動にけりをつけなければならない。イヅナを止めるにしろ、殺害するにしろ、一刻も早く見つ出す必要がある。あるいは俺が命を散らすことになろうと。


 枕元で折りたたまれていた服に着替え、俺は和室を飛び出した。階段を下り、玄関に向かった。途中、大広間からムツキ様の声が漏れてきた。痛みに悶えているような声だ。彼はなんとかそれを押し殺そうと努めている。襖をノックすると、呻きが拡がり切った波紋のようにぱっとなくなった。


 彼の右腕は肘から綺麗さっぱりなくなっていた。イヅナの戯れによって腐食させられ、そのせいで切り落とすはめになったのだ。俺も一度手を失ったことがあるので、その痛みや辛さはよくわかる。だが元の世界に転移して事なきを得た俺と違い、彼はこれから死ぬまでいっしょう左手一本で暮らしていかなければならない。


 ムツキ様は敷居の上で立ち尽くす俺を残された唯一の手で手招き、部屋に入れた。そして少しだけ話をした。金獅子のカイルに持ち去られた(そして半分になって返ってきた)暦の太刀や、ミカゲの脳に巣食うオオムカデについてだ。不思議とベッドの上の老人はイヅナや青龍のことを話題にあげなかった。それについて口にしたのは、俺が去ろうと立ち上がったときだった。


「それで、女の声とやらはイヅナの運命にどう影響するのかね?」


 彼は俺とラウドゥルの会話を聞いていたのだ。たぶん、最初から最後まで細大漏らさず。


「驚きました。この異世界には盗聴器なんてものがあったんですね」

「そんなものは知らん。だがワシの屋敷で囁かれた言葉は、たとえどのようなものであれこの耳に入ることになっておる。ウキキ殿には思いつかぬ、いくつかの方法でな」


 最初に頭に浮かんだのは伝声管のようなものだった。ドーラがパズーとシータの会話をたまたま聞いてしまったあれだ。しかし、注意して部屋を見まわしてみてもそんなものはなかった。漆喰の壁にかかる若い女性の肖像画に目がいったところで、なんだかどうでもよくなってきた。きっと従者が代わりに耳をそばだてていたか、それか盗み聞きをしてくれる便利な幻獣でも宿しているのだろう。


 ムツキ様はとくに面白くもなさそうに俺のことを見ていた。一度白い眉毛の奥で長く瞳を閉じ、そして開いた。


「イヅナのことを、どうかよろしく頼む」と彼は言った。これまでとは違った性質の声色だ。そこにはいろいろの想いが込められているように感じられる。


 俺はそれから、念のために確認しておいた。ムツキ様の要求に答えれば、妖しの雲を一時的に解くという、ラウドゥルが取りまとめた約束についてだ。条件は青龍をイヅナから引き剥がすか彼女もろとも討伐することだが、その取り決めはまだ有効だった。それを聞いて安心し、俺は挨拶をして部屋から引き上げた。


 簡単な話だ、と俺は軋む廊下を歩きながら考えた。イヅナと青龍を説き落とせばそれで解決だ。そのあとにも問題は残されているかもしれないが、少なくとも誰も今日死ぬ必要はない。少女は兄のもとに、そして龍はどこか好きなところにでも飛んでいけばいい。


 俺はムツキ様の屋敷を去り、道を北東に向けて歩き出した。たしかウヅキの家はこの先の雑踏を抜けてすぐだったはずだ。命に別状はないということなので、イヅナを探す手伝いをさせても何も問題ないだろう。酷い怪我だろうが構うことはない。イヅナに心臓を貫かれた(少なくとも俺にもラウドゥルにもそう見えた)が、生きているなら無理やりにでも引っ張っていこう。


 もし歩けもしないなら、俺がおぶってでも連れていこう。文句を言うようなら一発や二発殴って黙らせよう。だって、これからイヅナと話をしようとしてるんだ。あいつがいなきゃ、何も始まらないじゃないか。


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