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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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373 先に

 どくどくと流れる血が石畳を染めていく。ウヅキは崩れるように倒れ、斬り払われた腹に手をあてがう。やがて彼は愛する人の名を口にする。赤黒い血を吐き出すごとに一文字ずつ紡がれていく。しかし、それは彼女の耳には届かない。イヅナはウヅキの胸を素足で踏みつけ、湾曲する薙刀の穂先を彼の首元に持っていく。死神が、戦場の負傷者の命を確実に刈り取るみたいに。


「出でよ鬼熊!」


ガルウウウウッ!


 俺は彼女の視界外から剛腕を叩き込む。しかし寸前でかわされる。そこで初めて彼女の眼に俺の姿が映り込む。


「邪魔スルナ。ジュウニ家、ミンナ殺ス」


 パイプを燻らすように、彼女の身体から紫煙が立ち昇っている。目を凝らすと、それが龍の形を成していることがわかる。束縛するように、彼女の身体にぴったりと巻きついている。


「おい青龍! 今すぐ彼女を解放しろ!」


 どのような反応も見られない。イヅナは――あるいは青龍は――虚無を象る無感情の眼で俺のことを見ている。炎のような青白い光が瞳の中心からほとばしっている。


「っ……!」


 吹っ飛ばされる。何が起こったのかはわからない。呉服屋の高い塀に背中を強く打ちつけられ、目の前で火花がちらちらと舞い散る。イヅナはただ扇ぐように手を払っただけだった。衝撃波のようなものとしか思えない。


 なかなか立ち上がることができない。無様に地面を温める尻を持ち上げようとするが、脚に上手く力が入らない。


「ソノママ見テイロ。サモナケレバ殺ス」


 言葉の一音一音には不思議な説得力がある。彼女が殺すと言うのなら、それは本当に生命の略奪を意味する。声質がどうこうではなく、守りの薄い本能を直接攻め入れられているのだ。生物としての根幹を激しく揺さぶられ、反逆の意志が蒸発するように消え入ってしまう。


 しかしだからといって、ウヅキを放ってはおけない。俺は全身に力をこめ、勢いをつけて起き上がりこぼしのように一気に跳ね起きる。次の瞬間、彼女は眼に殺意の赤を灯らせ、躊躇なく宣言を実行する。


「出でよ玄武!」


カメェェェェェッ!


 俺は殺意の色を認めてから、間髪を入れずに光の甲羅を展開する。音速を超えるとあれば、もうそれしか防ぎようがない。眼前で胴を払いに来た薙刀が弾かれ、彼女は反動で一歩半ほど後退る。半襦袢の裳裾が密やかにはためき、白い太腿をわずかに覗かせる。


 次の行動を模索する。この場でイヅナに取り憑く青龍を引っぺがせれば一番いいが、そんな方法はわからない。じゃあ傷つけないよう注意してねじ伏せるか……? いや、そんな簡単に勝てる相手では決してない。俺はちょっとだけ防御に成功しただけだ。こんなことは何度も続けられないし、何より彼女がまだ本気になっていないのは火を見るよりも明らかだ。その気になれば、俺の命なんて簡単に握り潰すことができるだろう。今更になって、本能が逃げの一手を方策しはじめる。


 方向性すら定まらないまま数秒が経過する。つむじ風が俺とイヅナのあいだを吹き抜け、わずかに塵を舞い上げる。どこか遠くの時計台が三時の鐘を打ち鳴らす。すると、突然イヅナは牛若丸のように身軽に跳躍し、塀の棟瓦の上に降り立つ。そして感情の欠落した眼で俺のことをじっと見つめ、それから塀の向こう側に消えていく。


 助かった……ということだろうか? 俺はすぐにウヅキのもとに駆けつけ、噴水の水に浸した包帯を腹部に巻いていく。どうして彼女は俺たちを見逃したのだろう? まさかとっておきの三時のおやつがあるとも思えない。となれば、何が彼女をそうさせたのだろう?


 しばらくすると出血は止まったが、ウヅキの意識はずっと朦朧としたままだった。たったいま去っていった少女の名を途切れ途切れ口にしていた。右手の人差し指と中指がしきりにぴくぴく動いている。幻想の世界で、遠ざかっていく小さな背中を追いかけているのかもしれない。


 もしかしたら、イヅナのなかの青龍が俺の使役した玄武に反応したのかもしれない。俺はムツキ家に運ぶためにウヅキをおぶりながら、そんなことを考える。それが、たまたま九死に一生を得る結果になったのかもしれない。四聖獣は、俺が思っているより繋がりや絆のようなものが深いのかもしれない。


 またアリスに言われてしまう。『かもしれないし、だと思う。……あなた、そればっかりじゃない』。しかし、それも致し方ない。だって、俺の内に棲む玄武や朱雀は、青龍について何一つ教示しようとはしないのだから。





 ムツキ家では作戦が練られていた。もちろん、イヅナに憑依した青龍についてのものだ。ムツキ様と男が六名、それにレリアとラウドゥルも参加していた。


 俺はムツキ家の人間にウヅキを預け、襖の近くで腰を下ろして話し合いに耳を澄ませた。しかし、その途端に派手な陣羽織姿の男が両手を打ち鳴らし、二三言葉を述べてからその場を締めくくった。


 六名ほどが次々とテーブルを離れ、厳かな表情を崩さずに襖を開けて出ていった。そのうちの何人かは激励するように俺の肩を叩いていった。やれやれ、ものすごく嫌な予感がする。広間に残った三名のうち、予感の的中を報せたのは慣れない正座で膝を赤らめるレリアだった。


「ウキキ様は、どこに行っても騒動の中心に据えられてしまいますわね」

「えっ……やっぱり俺が青龍をなんとかしなきゃなのか?」


「ええ」と足を崩しながらレリアは言った。「饕餮とうてつ――肉体から悪しき霊魂だけをお食べになる幻獣ですわ。それをウキキ様が使役して、青龍を討伐する算段ですの」


「お、お食べになるって……。四聖獣みたいな強力な奴を、そんな簡単に倒せるのか?」


 俺の疑問に答えたのはムツキ様だった。


「喰らえなくとも、一瞬間なら引き剥がせるやもしれぬ。その隙に我々が封印を施行する。……まあ、最初から説明しなくてはならんな。熱い茶と、それにあう菓子を用意させよう」


 緑茶と栗羊羹が運ばれるまでに、俺はイヅナと遭遇したことを話した。ムツキ様はウヅキがやられたと聞いても眉一つ動かさなかったし、今は寝ているだけで命の心配はないと知っても胸をなでおろすような素振りを見せなかった。彼は常に泰然としていた。悪く言えば、冷たい印象しか受けなかった。しかし、首領というのはそもそもそんな人間でなくては務まらないのだろう。


 彼らが纏め上げた作戦はこうだった。


 今夜十二家を一堂に集めてイヅナをおびき寄せ、そして幻魂の儀によって饕餮の主となった俺に処理させる。場所はカンナヅキ神社の境内ということだった。戦える村の男はすべてかき集め、罠も念入りに仕掛けるそうだ。


 ムツキ様は話を終えても、ずっと白く染まった眉毛の奥から俺のことを凝視していた。俺はお茶を飲み、竹で造られた黒文字で栗羊羹を口に運んだ。


 よく噛んで飲み込んでから俺は言った。「村人総出に、罠まで……か。そこまでするなら、あんたたちだけでやったらどうだ? なにも幻獣一体プレゼントしてまで、おいしいところを部外者にあげなくてもいいだろ?」


 ムツキ様はラウドゥルと顔を見合わせた。ラウドゥルはひとり離れ、窓の縁に腰を下ろして腕を組んでいた。


「同じ四聖獣をその身に宿すお前にしか討てぬだろう……、そうオレが言ったのを聞いてなかったか?」とラウドゥルは目をつぶったまま言った。「オレにも直接手を下すことはできん。青龍なんて化物に祟られたくないからな」


「た、祟り? おい……それはマジで初耳だぞ!?」

「そりゃそうだろう、言ってないからな。だが安心しろ、お前は朱雀と玄武を内奥に住まわせている。言わば青龍の身内のようなものだ。祟りなんてものは、向こうからお前を避けて通り過ぎるだろう。……そういうことだったな?」


 最後の問いにウヅキ様が頷いた。無論、と彼は言った。目はまだこちらに注がれたままだった。


「じゃが、ここにきてウキキ殿のそのような反応、ちと心配になるのう。今一度確認するが、イヅナを討つ覚悟はおありか?」

「イヅナに取り憑く青龍を……だろ?」と俺は言いかえた。

「仕損じたらということじゃ。饕餮でも青龍を喰えぬかもしれぬ。それどころか、剥ぐこともままならない可能性もある。剝がせても、我々が封じることを失敗せぬとも限らぬ。そうなれば、あとはもうイヅナ自身を殺すしか手立てはない」


 俺は何も言えなかった。どうとも答えようがなかった。いつの間にか、レリアが俺の手を握ってくれていた。いや、もしかしたら、俺のほうから彼女の温もりを求めたのかもしれない。


 ラウドゥルは目を開いた。「引き剥がせれば良し、できなければ女ごと屠れば良し……ともオレは言った。そしてお前はこの村までついてきた。……いまさら殺れぬとは言わんだろうな?」


 ラウドゥルの問いかけにもどうすることもできない。たしかに彼の言うとおりだ。俺は抵抗することができたにもかかわらず、のこのこハバキ村までやって来てしまった。


 俺はチェシャ猫に言われたことを思い出す。『約諾なんて無視して、すぐにここから立ち去るのを勧めるだす。じゃないと、このままズルズル利用されつづけるだすよ。おたくは自分で思ってるより、ずっとあの男に惹かれているだす』。本当に、猫様はいつだって正しい忠告を人間に与えてくれる。


「……そうならないように頑張るよ」と俺は言った。すぐにラウドゥルはため息を漏らした。ムツキ様の顔を見ることはできなかった。この先、彼が俺から目を逸らすことはあるのだろうか?


 沈黙が降りてくると、すぐに襖の開く音がそれを打ち払った。屋敷の使用人が飛び込んできて、ムツキ様に大声で告げた。


「大変です、ウヅキ様が出て行ってしまわれました!」


 俺は自然とレリアの目を見る。彼女も俺のことを見ている。俺たちはお互いの考えを行き来させ、そして同時に頷く。


 ウヅキはきっと俺たちの話を聞いていたのだ。それで、先にイヅナを見つけて助け出そうと……。


 それからは今日の朝と同じことが繰り返された。ウヅキを追いかけて広間を飛び出る。玄関先で遠い彼の背中を発見する。そこに急いで手をかける。すぐに強い力で振り払われる。


 たが違う点も一つだけあった。今度はレリアも一緒だということだった。


「わたくしたちも協力しますわ。夜までにイヅナさんを捜して、なんとしても救い出しますわよ」と彼女は言った。


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