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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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368 霊峰サヤ

 目覚めたとき、俺は手を縛られ幌馬車の客車に寝かされていた。窓の外は暗く、葉を散らした木々が喪服を着る寡黙な人々のように粛々と並んでいた。梟の鳴く声が薄く延べられた夢の続きのように、俺の耳にそっと入り込んできた。漫然とした頭でなんとなく目線を漂わせると、レリアの心配そうな視線とすぐにぶつかった。


「ウキキ様、やっと起きましたのね?」

「こ……ここは……?」


 レリアが口を開く前に、ラウドゥルが前もって用意した台詞を述べるように言った。


「霊峰サヤ――その麓だ。オレたちはハバキ村に向かっている。到着までもうしばらくかかるだろう」


 彼の言葉を聞いて、だんだんと意識が明瞭になっていくのを感じた。そうだ、俺とレリアは眠り香とかいうのを嗅がされて、無理やり連れてこられたのだ。


「レリア、怪我はしてないか!?」


 俺は隣に座るレリアの前に立ち、正面のラウドゥルを睨みつけた。馬車が大きく揺れたが、足に力を入れてなんとか踏みとどまった。ラウドゥルは敵意をかわすようにふっと笑った。それから、ナイフで素早く俺の手を縛る縄を切断した。


「仕事が済むまで、お前にもお前の連れにも傷などつけん」とラウドゥルはナイフを懐にしまいながら言った。「このパンプキンブレイブ家の娘を巻き込むつもりはなかったが、かといってあそこに置いておくわけにもいかんだろう?」


 俺は腕を下ろさずに、そのまま手のひらをラウドゥルにかざした。いつでも幻獣を使役する覚悟だった。


「あんたはどこかのバカ猫か? 毒を盛っておきながら、あんたのことを信じろって言うのか?」

「無理に信用しろとは言わん、だが事実だ。お前が幻獣を呼び出すより早く、オレがその手を斬り落とせるのと同様にな」


 ラウドゥルは着古した渋みのある黒革のコートを少しめくり、腰に帯剣する得物をちらりと見せた。僅かに抜くことも、柄に手を添えることさえしなかった。ゼロの状態からの抜刀で事足りると、俺に見せつけているのだ。


「おもしろい、やってみるか?」と俺は言った。しっかりとラウドゥルの顔面に狙いをつけた。


 しかし緊張で固くなった空気を呑み込んだところで、レリアが声を上げた。


「ウキキ様、落ち着いてちょうだい。わたくしならこのとおり、何もされていないですわ」


 それで俺は手を下ろし、レリアの隣に腰を落ち着けた。しかしラウドゥルから目を切るつもりはなかった。仕事の手伝いにきて、会ったとたんにすぐこれだ。とてもじゃないが、窓から山道の風景を楽しむ気にはなれない。


「いつまでもそんな目でオレを見るな。ウキキ、お前オレがアリス嬢ちゃんの恩人だってことを忘れてないか?」

「ブラッド・バンクで利息を代わりに払ってくれたことには感謝してるよ」と俺は言った。「だから、わざわざ律義に指定された場所まで来てやったんだ」


 ラウドゥルは楯突く後輩を心では可愛がる厳しい先輩のように、口元に淡い笑みを浮かべた。しかし、すぐに荘重な態度を取り、語気を強めた。


「ザイル・ミリオンハート・オパルツァー……。先ほども訊いたが、お前らはこの帝国の嫡男とどういう間柄なんだ?」

「言っただろ? 社交界友達だって。なら俺も質問を重ねるけど、なんであんたはあいつがそんなに気になるんだ?」

「あくまでしらを切るつもりか?」

「そっちだって同じだろ? あんたは俺と違って、嘘ですら何も答えてないじゃないか」


 ガラス窓で仕切られた運転席のほうから、小さな咳払いの音が聞こえた。何か含みがあるのではないかと一瞬訝ったが、どうやら御者は本当にただ喉の調子を整えているだけのようだった。


「ならいい、もう第一継承者の話は終わりだ」とラウドゥルは言った。そして少し眠ると口にし、腕を組んで目をつむった。


 少々頑固が過ぎただろうか? しかし、この国にザイルを招いた理由を馬鹿正直に語る気にはどうしてもなれなかった。


 俺たちはこの時代でもっとも力を持つ召喚士を必要としている。そして、ラウドゥルたちグスターブ皇国の人間にとって何よりも大事なクラット皇子に、その資格があり得ると考えている。なのでザイルとクラット皇子と引き合わせ、召喚士としての力をザイルに見極めさせなければならない。


 はっきり言ってしまえば、俺がラウドゥルに会いに来た目的はそれだけだ。彼の仕事を――暗殺以外の何かを――手伝うだなんて、ただの口実に過ぎない。


 しかし、ラウドゥルに俺の計画を漏らしてしまったら、ザイルとクラット皇子の邂逅を阻止されてしまうかもしれない。最悪雲隠れし、二度と俺たちの前に姿を現さない可能性だってある。どうあれ、ラウドゥルがザイルを警戒しているのは明らかなのだから。


 ここは慎重にいこう、と俺は思う。ラウドゥルにクラット皇子の元まで連れて行ってもらい、風の囁きでその場所をアリスに伝えればいい。そうすれば、すぐにアリスやザイルが駆けつけてくるだろう。


 考えが纏まるまでに、結構な時間を要してしまったみたいだった。レリアはラウドゥルの眠りに誘われたのか、俺の肩に頭をくっつけて上品な寝息を立てていた。


「パンプキンブレイブ家の三女……たしかレリアといったな?」と突然ラウドゥルは目を閉じたまま言った。「この娘の一つ上の姉が、たしかオパルツァー帝国のステレイン家に嫁いだはずだ。……その後、何事もなく暮らしているのか?」


 妙な問いであり、寝言としては長くもあった。


「……あんた寝てたんじゃないのか?」

「人は眠れば必ず起きる。死んでさえいなければな」

「……さあ、ステレイン家で飯と酒を振舞ってもらったことがあるけど、幸せそうに見えたぞ?」

「そして目を開ければ人は見誤る。とくにお前やナルシードのような、世間を知った風な目で見ている生意気な小僧はな」

「……あんた、本当にオパルツァー帝国が気になって仕方がないみたいだな。……帝国の支配を受けるルザース――そこのレジスタンスとあんたたちが繋がってるからか?」

「繋がりのないものなんて存在しない。オレもお前も、この丸大地の裏側にいる陰気な吟遊詩人さえも、必ずどこかで結びついている。……果てしない蒼穹がそうであるようにな」

「どうしたよ、いつになく哲学ぶってるじゃないか」


 ラウドゥルは正面の座席から移動し、黙って俺とレリアの側に寄った。そして窓に手をつき、外を眺めやった。


「ウキキ、あそこに何が見える?」


 俺も振り返り、彼と同じ場所に目を向けた。夜闇が高く屹立する山の遠景を縁取っている。山頂は濃い雲に覆われていて、それが辺り一帯の空まで刷毛はけで引いたように薄まりながら拡がっていた。


「さあ、少なくともあんたの言う果てない青空は見えないな」

「茶化すな、仕事の話をしている。そろそろお前を呼び寄せた理由を話しておく」


 俺は見たまんまのことを口にした。どことなく富士山に似ているが、それは言っても通じないので黙っておいた。


 するとラウドゥルは目を細め、人差し指の腹を窓に押しあてた。そして霊峰サヤの頂きにかかる雲に指を重ね、消そうとするみたいに何度か窓ガラスをこすった。しかし、厚みのある暗雲はいつまでもそこに垂れ込めていた。


「あれはただの雲ではない。強力な結界を担う幻獣だ」としばらくしてから彼は言った。「名を妖しの雲(あやしのくも)……。ハバキ村のキサラギ家に生を受けた最初の子が代々使役し、大昔からこの地域の守護を一手に引き受けている」


 普段は霊峰サヤにのみ渦巻き、山頂を外敵から護っているとラウドゥルは続けた。今は円卓の夜なので、ハバキ村及びその周辺まで拡散させているらしい。なぜなら、妖しの雲には死ビトを遠ざけてくれる効果があるからだ。どうりで呑気に馬車旅なんてしているわけだ、と俺は思った。そして同時に、もう一つの事柄が頭に浮かんだ。


「つまり、そいつはずっと休みなく幻獣を使役しつづけてるってことか?」と俺は言った。


 そんなことが可能なのだろうか? たしかに金獅子のカイルも猿の幻獣を妹のペットとして絶えず使役しているが、それはあいつが怪物級の男だからとしか思えない。実際、彼に次ぐ幻獣使いのナンバー・トゥーである俺だって、例え一瞬の使役でも何十回も繰り返せば参ってしまう。肉体的にも、そして精神的にも。


 すると、ラウドゥルは鼻を鳴らしてにやっと笑った。


「お前には無理でも、キサラギ家の長男坊ならわけなくこなせるということだ」と彼は言った。「……と生意気な小僧の鼻を明かすために言いたいところなんだが、実際的にはそうでもないようだ。雲をここまで拡げている期間――つまり、円卓の夜の最中ということだ――は、体を起こすことすらできないほどの衰弱が続くらしい。食事も下の世話も人の手にゆだね、床に伏しているそうだ。文字通り生命力を削り、人々の盾となっている」


 そっか……、と俺は言った。その男を取り巻く情景が漠然と頭に浮かんでは消えていった。村のために犠牲になるのは、いったいどういう気持ちのするものなのだろう? 名誉や矜持を噛みしめるより先に、恨みや辛みのほうが口をついて出てきそうだ。少なくとも、俺ならそうなると思う。


 しかし、ラウドゥルの話はいまいち要領を得なかった。つまり、こいつは俺に何をさせたいのだろう?


 話には続きがあった。ラウドゥルとクラット皇子は、なんとしても霊峰サヤの頂上に登らねばならないらしい。そのためには一時的に結界を解いてもらう必要がある。彼らはすでに村の首領と話をつけているようだった。ラウドゥルは向かいの席に深く身を沈め、また両腕を固く組み合わせた。


「あちらさんの願い事を叶えてやれば、ごく短時間なら山頂に通してやるとさ」

「願い事……。じゃあ、それのために俺が必要なのか?」


 彼は宙に跡がつきそうなぐらいはっきりと頷いた。


「少し前から、村を統治する十二家の人間が次々と襲撃を受けている。幸い死人は出ていないが、どいつも実力者を豪語しておきながら、惨めったらしく逃げ帰るので精一杯だったそうだ」

「襲撃……か。相手は何者なんだ? 単独犯か複数犯か、それに人なのかそれとも死ビトみたいな化物なのか、あんたはもうわかってるのか?」


 投げかけた問いになんらかの形が示されるまで、少しだけ間があった。


「もちろん承知している。襲撃は独りの犯行であり、そしてれっきとした人間だ。そいつとは、オレも数年前に顔を合わせたことがある。グスターブ皇国とハバキ村には親交があってな、前に訪れたときはまだほんの十二歳の少女だった」


 俺は何も言わずに話の続きを待った。俺の頭の片隅で、ラウドゥルに微笑みかけるあどけない犯人像がかたどられていた。


「襲撃者は、キサラギ家の長子の妹だ」とラウドゥルは俺の反応を窺うように、ゆっくりと言った。「もう十五……いや、十六になっているはずだ」

「……まさか、その女の子を俺に殺せって言うんじゃないだろうな?」


 彼は肯定も否定もしなかった。頷きもしなかったし、首を振ることもなかった。


 ラウドゥルは言った。「半分正解で、半分間違いだ。彼女には幻獣が乗り移っている。それに操られ、どういうわけか村のお偉方を消そうとしている」


 レリアが俺の肩口で小さく息を吐いた。梟が一斉に鳴くのをやめ、ラウドゥルの話に耳を澄ませた。


「彼女を乗っ取った幻獣は青龍だ」とラウドゥルは言った。「それを引き剥がせれば良し、できなければ女ごと屠れば良し。いずれにせよ、同じ四聖獣をその身に宿すお前にしか討てぬだろう」


 胸の奥で熱が強まったのを感じた。朱雀と玄武が何か語りかけてくるかと思ったが、彼らはいつまでも人の言葉に置き換えられないなんらかの想いを沸きたぎらせているだけだった。


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