37 迷宮探検
月の迷宮の通路は5メートル程幅があり、俺とアリスが横に並んで歩いても余裕があるぐらい広かった。
それでも延々とこの通路が続くのならば、閉所恐怖症ではないが俺は迷わずにブタ侍に帰還魔法を命じるだろう。そのぐらいの圧迫感は感じていた。
だがそんな俺の心配をよそに、最初の分かれ道を右に曲がって暫く歩くと広い部屋が見えて来た。
通路をただ広げたような、そんな殺風景な部屋だった。
「なんにもないのに広い部屋ね……20畳ぐらいあるかしら?」
通路から部屋の中を窺いながらアリスが分かりやすく畳に例えて言ったその時、部屋の奥にある通路から人型の生物が中に入って来た。
「あれは……死ビトか!?」
「そのようね……1体だけみたい」
俺はアリスの頭の上で正座をしているブタ侍に聞いてみた。
「迷宮にわんさかいるモンスターって死ビトの事か?」
「それだけではないでござる。具体的にどんなのがいるかは知らないが、様々なモンスターが徘徊してるはずでござる」
頬っぺたをプニプニとされているブタ侍が喋り辛そうに答えた。
チルフィーが好んだように、魔法人形もやはりマナが豊富なアリスの頭上が居心地いいらしい。
ブタ侍は、必要以上に触れたり揉んだりしない事を条件に提示し、それを飲んだアリスの頭上に移動していた。
もっとも、頭上にいて見えないはずのブタ侍の頬っぺたを的確に突っついているアリスを見る限り、その条約は既に破られているようだ。
「徘徊してるのか……じゃあ通路を曲がったらいきなり出くわすって事もあり得るな……」
俺は一段と気を引き締める必要があると感じ、まずは部屋の中の死ビトを片付ける事にした。
だが、俺が駆け出す前にアリスが左手を構えた。
「1体なら私が1発で仕留めるわよ! アイス・アロー!」
ズシャーー!
その宣言通りアリスの撃った氷の矢は死ビトの頭部を貫き、ドサっという音とともに崩れ落ちた。
「アリス絶好調だな……円卓の夜前の死ビト1体なら、もうなんて事ないな」
「プリティーサウスポーアリスを舐めないでちょうだい! 円卓でも電卓でも……あっ……どんと来なさい!」
「1つしか出て来なかったか! もっとあるだろ!」
と話していると、黒いモヤモヤが死ビトの体を包むように発生し、暫くしてそのモヤモヤとともに月の欠片を残して消え去った。
「欠片ドロップしたわよ! リュックのポケットに入れておくわね!」
「ああ頼む。……でも迷宮内に死ビトが湧くって事は、あの死ビトはこの迷宮で死んだ人間って事か?」
俺がなんとなく浮かんだ疑問をブタ侍に尋ねると、まるで人の疑問に答えるのが趣味であるかのように嬉しそうにブタ侍は答えた。
「死ビトは死んだ場所に湧く訳ではないでござる。アレは世界中どこにでも湧くでござる」
「そうなのか。じゃあ日本で死んで三送りされずに放置されて四併せになったら、地球の裏側のブラジルで湧く可能性もあるって事か……ここ地球じゃねーけど」
「まあ、惑星の裏側という意味ならばその通りでござる」
「あれ? って事は、いきなりショッピングモールの中に湧いたり村の中に湧いたりもするのか?」
立て続けに俺が疑問をぶつけると、ブタ侍は更に嬉々として答えた。
「いい質問でござるな。死ビトは通常ならマナの多い場所には湧かないでござる。人が生活する場所は当然マナも多いので、その質問の答えは自然とNOとなるでござる」
「なるほど……。ってか俺達その辺知らなすぎるな……」
「そうでござるな。水先案内人としてのデータをインプットされただけの拙者でも知ってる事なら、この世界に生きる人々なら知ってて当然の事であろう」
基本、俺達ってまだ全然この異世界の人と話せてないからな……。
情報が全く足りてないな……。
と考えていると、月の欠片をリュックのポケットにしまい込んだアリスが口を開いた。
「今日、この後にソフィエの村に行く予定でしょ? その時に色々聞いてみましょうよ」
「ああそうだな。ショッピングモールスキルで話せるようになったはずだしな」
俺達はそのまま部屋を後にし、奥の通路を歩いた。
ブタ侍は迷宮内にはある程度詳しいが、地図のような物も知識もないらしいので、分かれ道は全て右側の壁に沿って進む事にした。そうして右側の壁のみを頼りに歩けば、大きく迷う事はないはずだ。
そうして進んでいると、いくつかの部屋の中で何体かの死ビトと遭遇したが、円卓の夜前の死ビトは既に俺達の敵ではなかった。
それが同時に大量に現れるならばとにかく、1体や2体ならそれこそ無双のように葬り去る事も難しくはなかった。
だが、次に見えて来た部屋の中を徘徊している死ビトは手強そうに見えた。
俺達はその死ビトを、通路から少し身を乗り出して観察した。
「ヤリを持っているわよ……硬そうな鎧まで着ているわね」
「ああ……頭を含めて全身プレートメイルに身を包んでやがるな……ここまで防御力が高そうな死ビトは初めて見たな」
「でも、死ビトって事はどこかに死因があるはずよね? そこが手薄になっているんじゃない?」
「あのプレートヘルムの隙間から首を刺されたんじゃねーかな。メイルに大量の血が流れた痕跡がある」
俺は死ビトのメイルの胸部を指さしながら言った。
その痕跡は、隙間から首を刺されたか斬られたかして死んだ事を告げる、ダイイングメッセージのように見えた。
「ヤリを躱しながらあの隙間にナイフを突き刺しても、首を落とさないと倒せないんじゃ無意味だよな……」
「気付かれないうちにアイス・キューブで潰すしかないわね」
「ああ、早速キューブを作れ」
死ビトに気付かれないうちに、アリスにしては慎重に身を低くして、通路から見付からないように両手を死ビトへと向けた。
「アイス・キューブ!!」
しかし、このブタのパンツバカは声の大きさまでは考えていなかったようだ。
「アホ! 大きい声で詠唱して見付かったらどーするんだ!」
という俺のツッコミも手伝ってか、俺達は無事に運悪くプレートメイル死ビトに発見される事となった。
「もう! 移動しちゃったじゃない!」
キャンセルして氷の塊を消したアリスが言った。
「くそ、こうなったら正攻法だ! いつもみたく俺が引き付けるから、その隙にキューブを落とせ!」
「分ったわ! ヤリの攻撃に気を付けるのよ!」
「おうよ!」
俺はゆっくりとこちらに向かって来る死ビトに、ホルダーからナイフを抜いてまずは剣閃を放った。
「剣閃! 俺に殺意を示しやがれ!」
真一文字の軌跡から放たれた閃光は、死ビトのプレートメイルの上腕部を斬った。が、当然鎧ごと腕を斬り落とす程の威力は無かった。
しかし、その目的は最初から目を赤く光らせ殺意を俺に向ける事だった。
「っ……! ヘルムが邪魔で目が見えない!」
何故そこに気が付かなかったのか今となっては疑問でしかないが、とはいえ俺が攻撃対象となる事には成功したようで、長いヤリの穂先が俺に向けられた。
「くそっ……目が見えないと分からないのは不便だな……」
俺の嘆きには一切反応せず、そのヤリが一歩俺に近づいた。




