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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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365 子供を作るにゃ

 眼を殺意の赤に染めた死ビトが、七体ゆっくりと近づいていた。白くかすんだ視野に入ったそれは、風に揺らめく七本のロウソクの炎のようにも見えた。


「どうしたにゃウキキ! 早く負けを認めるにゃ! じゃないと助けてあげないにゃ!」


 落とし穴の上から、クロエがしきりに声を上げている。いくらでも彼女の望むようにしてやりたいが、どんなに声を張り上げようとしても、かすれた小さな声しか出てこない。クロエにやられた毒は、俺の身体のいたる機能を麻痺させている。


 左手で右腕を支え、少しずつ死ビトに向けて持ち上げてみる。錆びついたクレーンのように、腕がじりじりとせり上がっていく。しかし、使役した鎌鼬はあさっての方向を斬り刻む。狙いが少しも付けられない。


 先頭の死ビトはもう俺の目の前まで来ている。こつこつと前歯を打ち鳴らす音が聞こえ、死者の吐く息に俺の首筋の産毛がそよめく。


「いっ……出でよ……鬼……熊……」


 ガルウウウウッ!


 照準もへったくれもない。そもそもが雑にしか狙えない幻獣なので、思ってもいない斜め上空に剛腕がぶん回される。しかし、それで上手いこと死ビトを巻き込んでくれた。深い霧を通して見たようなぼやけた光景のなかで、巨大な拳と固い土壁とのあいだで死ビトが圧し潰される。


 それから俺は、がむしゃらに鬼熊を使役しつづける。視界が半分ほど塞がれたころ、死ビトの呻き声が聞こえなくなる。なんとか七体すべて屠れたみたいだ。夜のしじまが辺り一帯に降りしきる。


 静寂を切り裂くように、落とし穴の上からクロエが歓声を上げる。


「すごいにゃウキキ! お前なかなかやるのにゃ!」


 おためごかしはいいから、早くロープで引っ張り上げろと俺は言う。だがちゃんとした声にはならない。声帯が焼け付いたようにこわばっている。


「ウキキどうしたにゃ?」と馬鹿猫は言う。毒を塗り込んだ爪で攻撃しておきながら、なんてものの言いぐさだろう。


 俺はほとほと呆れ果て、壁にもたれて座り込む。そして穴倉の底から楕円に縁取られた夜空を見上げる。その方角に星は見えなかった。3つの月も、どれ一つとして浮かんでいない。ただ奥行きのある暗黒がどこまでも突き抜けている。


「おいウキキ! 返事をするにゃ!」


 俺が黙っていて心配になったのか、クロエは落とし穴に飛び込んでくる。それと同時に、前方で何か重たいものが落ちたような音が聞こえた。ドサドサッとまとめて落下した音だ。新たな死ビトが、この魅惑の落とし穴に誘い込まれて来たのだ。


「なっ……何体……だ……?」と俺は隣のクロエに訊ね、がくがくと震える脚でなんとか立ち上がる。もうほとんど何も見えない。


「よ……四体……いるにゃ……」とクロエは言う。ものすごく声がかすれている。


「な、なんで……お前まで……そんな声なんだ……?」

「ど……毒が……指先から……全身に……まわったみたいだにゃ……。ちょっと付け過ぎたのにゃ……」


 神よ、と俺は真剣に心のなかで天上の神様に願う。このバカのことはどうでもいいから、俺だけでも救いたもうれ。


「危ないにゃ!」


 突然クロエは俺の腕を取って下に引き込む。次の瞬間、頬の数センチ横を何かが速いスピードで飛び去っていく。


「矢……か……?」

「そう……だにゃ……。弓を持ったのが……一体いるにゃ……。ウキキは見えないのかにゃ……? この毒は……目に影響はないはずだにゃ……」


 常人にはそうなのだろう、と俺は思う。しかし、俺は人よりもそういったものの効き目が鋭い体質になってしまっている。殺意や攻撃予兆を視る眼と引き換えに。


「そ、それより……」と俺は言う。そして咳払いを何度かする。喉に纏まった糸くずのようなものが詰まっている感覚があるが、何も出てくる気配がない。あるいはただの気のせいかもしれない。


「それより……俺の手を死ビトたちに向けてくれ……お前が狙いをつけるんだ……」

「それで……どうするつもりにゃ……?」

「決まってるだろバカ……。幻獣を使役して……死ビトを斃すんだよ……。じゃないと……俺たちどっちもここで死ぬぞ……」


 クロエは少しだけ間を置き、それからさっと俺の胸元に陣取って、伸ばしきった俺の腕をバズーカーのように肩に乗せた。ひょこひょこと動く猫耳が俺の目元をくすぐり、ぴんと張った尻尾がへその辺りを突っつく。


「しっかり……首を狙えよ……。1メートルぐらいが……射程距離だ……」


 返事がなくて不安になったが、クロエの合図とともに使役した鎌鼬は何事もなく一体目の首を刎ね飛ばした。はっきりとした感触が俺の手にも伝わる。同じ要領でほかの二体も沈めると、遠くのほうで弦の震える音が聞こえた。矢が射られたのだ。


 とても贅沢な使い方だが、俺は迷わずに玄武を使役して、光の甲羅を前方に展開させた。甲羅が矢じりを弾く感覚を手のひらに受けると、矢の入射角や衝撃の強弱から、射出された位置が自然と頭のなかで割り出された。いや、おそらく玄武がそっと暗示してくれたのだろう。俺たちはいつだって一つのチームなのだから。


「出でよ……朱……雀……」


 頭のなかに思い浮かべた空間に死ビトを仮置きし、その首を狙って朱雀を使役する。念のために八枚ほど撃ち出す。風を切って飛んでいく羽根の音を耳にすると、それからほどなくしてクロエが大きな声を上げる。


「やったにゃウキキ! 全部殺したにゃ!」


 やれやれ、窮地を切り抜けたみたいだ。クロエが凄いにゃ凄いにゃと口にしながら俺の頬に何回もキスをしている。それはしてもらって全然構わないが、まずはこの落とし穴から抜け出したい。また死ビトが落ちてきたらすごく厄介だ。


 クロエの体からは、すでに毒の効果は消え失せていた。もともと長いあいだ効き目のある毒ではないらしい。もうしばらくすれば、俺の体もまともに動くようになるだろう。彼女に穴倉から引っ張り上げられ、静かな夜の荒野の隅で身を休めていると、予測どおりだんだんと復調の兆しが見えてきた。


「ウキキは強いにゃ~。アタシ強い男が好きだにゃ~」


 葉っぱのない樹木の陰に屈んで快復を待つあいだ、クロエはずっと体を密着させ、俺の顎や胸に顔をこすりつけてきた。猫が自分の匂いを家屋の至るところに染み込ませるのと似た動作だった。実際、どういうわけか俺のことをものすごく気に入ったらしい。これはこれで悪い気はしないが、どうせ獣耳娘と仲良くなるなら、あの湯上り美人の狐耳娘がよかった。今思うと、どんぎつねにかなり似ていた気がする。


 それから弐の大樹に戻るまで、クロエからいろいろと話を聞くことができた。多くはこの猫の国についてのことだった。統治者はバステトという名の女王で、クロエはその娘にあたるらしい。三人の姉と四人の妹がいるそうだ。全員二本の大樹とは別のところにある王宮で暮らしており、クロエだけがそこを飛び出した。


「強くなりたかったからにゃ」とその理由を彼女は小さな声で述べた。隣国に領地を奪われた貧しい祖国を救いたいらしい。それでクロエはファングネイ王国の薔薇組の騎士となったのだが、その結末はお世辞にも褒められたものではない。そそのかされたとはいえ、彼女は屍教に入信し、その狂った教えのために凶刃を振るっていたのだ。母様に合わす顔がないにゃ、と悲しそうにぼやいたが、自業自得だとしか言いようがない。


「ナルシードが偉い人たちにお願いしてくれたおかげで、北の大地送りは免れたにゃ……。でも、騎士号はなくなっちゃったにゃ……。今はまた騎士見習いって立場だにゃ……。これじゃあ、母様や姉様に逆らって家出したときと同じだにゃ……」


 弐の大樹の上に着くと、クロエは手すりに背中をもたせて首をもたげた。猫耳は心なしか萎れ、尻尾はだらんと垂れ下がっていた。

 俺は彼女の隣に立ち、同じように星のない夜空を見上げた。救いのない暗黒の領域がどこまでも押し広げられていた。


「俺たちの仲間にも、騎士見習いが一人いるよ。レリアっていうんだ。あいつもお前と同じで、騎士になるために親の反対を押し切ったんだ。それで……お前も屍教の砦で見ただろ? アナってめっぽう強いあの女騎士の付き人をしてるんだ。いつか騎士になるのを夢見てな」

「ウキキは何が言いたいにゃ? ネコ科は頭が良くて狡猾だけど、アタシさっぱりわからないにゃ」

「つまり、また騎士になればいいじゃないかってことだよ」


 大袈裟なため息が吐かれた。アリスやウィンディーネがよく見せるのと同じ種類のものだ。バカ=大袈裟なため息という図式に、もう疑いの余地はなかった。


「ウキキは強いけど、お気楽だにゃ……。騎士と見習いでどれだけ貰える金貨の枚数に違いがあると思ってるにゃ……。これじゃ、母様に仕送りもできないにゃ……」

「じょ、女王に仕送りしてたのかよ……。どんだけ金がないんだよお前の国……」

「でもいいんだにゃ。お金より、もっともっと母様が喜ぶものを連れていってあげるにゃ」


 クロエは猫耳をぴんと立たせ、俺の顔を熱い眼差しで見つめた。


「一緒に子供を作るにゃ! 強い子供を産むんだにゃ!」と彼女は馬鹿でかい声で言った。


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