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36 噴水の階段の下で

――やっと見付けたでござるか。待っていたでござる。


 もう一度、月の扉が語り掛けて来たような気がした。よくよく聞いてみると武士語だったようだ。


「どこを見てるでごさるか! こっちを向くでごさる!」


 声の方向を見ると、アリスが背負っているリュックのチャックにぶら下がっている10センチ程のブタのぬいぐるみが喋っていた。


「うわあああ! ぬいぐるみが喋った!」

「今のブタちゃんが言ったの!? 見えないわ!」


 リュックのぬいぐるみを見ようとした為かグルグルと回りだしたアリスを止めてから、俺はそのブタのぬいぐるみの紐を外して手に取った。


「やっと忌々しい紐の呪縛から逃れたでござる。拙者はブタ侍、お主らを月の迷宮へと誘う者」


 ポカーンとしながら、持っている竹刀をグルグルと振り回して自己紹介をするブタ侍を眺めていると、興奮の絶頂にいるアリスが俺からブタ侍を取り上げた。


「可愛い!」


 頰ずりをしながらアリスがシンプルに一言だけ言うと、ブタ侍は照れながらもアリスの手から逃れようと必死に手足をバタつかせた。


「離すでござる! 圧死させる気か!」

「嫌よ! ブタちゃんと話せるなんて夢のようだわ! さすが不思議な異世界ね!」


 2人の微笑ましい攻防を眺めながら、俺はブタ侍に聞いてみた。


「お前UFOキャッチャーで俺が取ったぬいぐるみだよな? 待ってたってどういう事だ?」


 するとアリスの手から逃れ俺の手に戻って来たブタ侍が、ゼエゼエと息をしながら答えた。


「拙者達はただのぬいぐるみに非ず、名を魔法人形と言う。お主にゲットされてからずっとここに近づくのを待っていたのでござる」


 段々と息の整ってきたブタ侍がそのまま続けた。


「最初にゲットされた魔法人形に水先案内人としてのデータがインプットされるようになっていたようでござる。しかし拙者達魔法人形は、迷宮内部か扉の前でしか喋る事も動く事も出来ないのでござる」


「扉の前か内部だけか……じゃあ俺達の迷宮攻略を助ける為の魔法人形って事か?」


 俺達を月の迷宮へと誘う水先案内人と名乗るブタ侍は、アリスを警戒しながら再び口を開いた。


「そういう事でござる、では早速扉を開けよう。なに、心配ござらん。迷宮にはモンスターがわんさかとおるが、拙者が助太刀致すでござる」


 と言い、ブタ侍は月の彫刻が施された両開きの大きな扉に手をかざした。


「開けブタでござる!」


 すると硬木製と見られる扉が音を立てながら少しずつ開き、俺の手から飛び降りたブタ侍がその出来た隙間から中に入って行った。


「呪文で開く扉か……ならUFOキャッチャーで魔法人形をゲットしないと永遠に入れなかったのか」

「私達も入るわよ!」


 疑問は石の階段の遙か上空に見える空へと消え、十分に開いた扉から迷宮の中に入った。

 

「おお明るいな……」


 明るい理由は直接発光している壁や天井のようで、点灯した電球の下ほどではないが十分周りを見渡せるぐらい明るかった。

 その大理石のような壁や天井は綺麗に整えられており、直線のみで構成された規則的にも不規則的にも見えるような模様が所々にあった。


「古代遺跡をイメージしてたけど、なんか近未来的な迷宮だな……」


 俺が内部のイメージを曖昧に表現すると、それとほぼ同時に扉が再び音を立てて閉まり始めた。


「おい閉まるぞ!」


 思わずアリスの手を掴んで扉の外に出ようとしたが、開くよりも閉まる方がスピードが早いらしく、扉をただ眺めている事しか出来なかった。

 

「おいブタ侍! 開かないぞ!」


 取っ手の無い扉を必死に開けようとしたが、呪文以外には反応する気もないようで、扉はただ静かに佇んでいた。


「一度入ったら帰還の魔法を唱えるか、迷宮最深部まで行くしか出る方法はないでござる」

「帰還の魔法……迷宮の最深部……」


 その2つの言葉だけで、色々な考えが頭の中を巡った。だが、俺が考えを纏めてから質疑応答に移る前にアリスが口を開いた。


「楽しそうね! 早く進むわよ!」

「楽しそうってお前……モンスターがわんさかといるんだぞ?」

「心配無用。浅い階層ならお主らでも十分に攻略出来るでござる。それに危なくなったら拙者に帰還の魔法を命じれば、すぐにでも扉の外に帰還出来るでござる」


 ブタ侍は冷たそうな大理石の床に立ったまま、こちらを向かずに言った。


「そうなのか……。階層はどこまで続いてるんだ? やっぱ地下に進む感じか?」

「どこまでかは知らないが、最深部が深い地下なのは確かでござる」

「知らないってお前……水先案内人だろ」


 半分呆れながら言うと、ブタ侍は意外とも言える身のこなしで俺の頭に飛び乗った。


「そこまで詳しいデータはインプットされてないでござる。それと一つ、迷宮に入ってから気付いた事があるでござる」


 チルフィーのように俺の頭上に立つブタ侍を、アリスがジャンプしながら掴んで奪おうとした。

 それを警戒しながらも、尻を向けて挑発している様子のブタ侍の言葉を待たずに聞いた。


「気付いた事ってなんだ?」

「……どうやら拙者の戦闘能力は0.001程度しか無いようでござる」

「えっ! それって弱いって事か? さっき助太刀致すって言ってただろ!」

「魔法人形は持ち主のマナを色濃く反映するでござる。拙者が弱いのは恐らく、マナが極端に少ないお主にUFOキャッチャーでゲットされたせいでござる」


 ……そういう事か。

 くそ、UFOキャッチャーのぬいぐるみに意味があっただけじゃなく、それを誰がゲットするかまで関係あったのかよ……。


 俺は思わず天を睨んで叫んだ。


「そのぐらい説明しとけ、神!!」

「天井に向かって叫んでどうするのよ……。まあ、それなら私が取れば強い魔法人形になるって事でしょ? それに、ブタちゃんが弱くったって私の宝物である事には変わらないわ」

「おお、可愛い事を言う奴だ。それに……そうか、ポジティブに考えるならアリスがゲットすれば魔法人形無双出来るかもだし、よく考えたら俺達に都合が良いかもな」


 そう改めて考えてから、迷宮の通路の先に視線を移した。

 少し先にさっそく分かれ道があるようで、通路は二股に分かれていた。


「じゃあ、とりあえず進んでみるか」

「そうね! ずんずん行くわよ!」


 俺達はそのまま、少し空気の冷たい月の迷宮を歩きだした。


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