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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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345 おパンツ狩り再び

 眠れる気がしなかった。ベッドに入って一時間ばかりだろうか? 俺はアリスのことを考えながら、寝返りをもう幾度となく打っていた。


 アリスは日が変わるちょっと前に、黄金色の月と蒼い月のあいだをグリフィンで飛んで帰ってきた。古い革製のトランクを携えており、中にはちょうどアリババが盗賊のアジトから持ち去ったのと同じくらい大量の金貨が敷き詰められていた。


 あのバカはどこであんなもんを手に入れたのだろう。いくらアラビアンナイトのような趣のある南方の地とはいえ、そう都合よく財宝が眠る洞窟があるとは思えない。もしあったとしても、その扉を開ける呪文が開けゴマというのも無理がある。


 俺は意味もなく窓のほうに頭を傾ける。四の月が色褪せたカーテンをほのかに赤く染め、隙間から漏れる光が部屋を漂う塵や埃を魔法の痕跡のように神秘的に仕立て上げている。砂漠を旅するラクダの群れにも、四の月はきっとその光を同じように分け与えている。ラクダは紅い光に洗われて生まれ変わった砂を踏みしめ、のんびりと南に向かって進んでいる。


 どうあれ朝を待ち、アリスが起きたら聞いてみるしかないだろう。俺は薄れゆく意識のなかでそう思考する。あるいは先頭を行くラクダが振り返ってそう口にする。俺は頷き、それから黙々と一群れの後ろを歩いていく。どこに辿り着くかもわからない彼らの旅路。しかし、いつしかラクダたちは俺だけを残し、一頭残らず消えてしまう。それから柔らかな眠気が俺をベッドの上に連れ戻しにやってくる。ラクダの群れはもういない。そこには約束された確実な眠りだけが広がっている。


 起こされたのは早朝だった。チルフィーが耳元で何かをどなりあげ、俺の鼻や瞼や前髪を引っ張っていた。前髪? 俺は瞬間的に危機感を覚え、すぐさまベッドから跳ね起きた。


「やめろ! ハゲたらラクダの餌がなくなるだろ!」

「ウキキ! アリスがトランクを引きずって外に出ていったであります! 急いで追いかけるであります!」

「トランク……? ラクダの背中にあったあれか! って言うかみんなどこに行ったんだ! 俺を置いていかないでくれ!」

「なに言ってるでありますか! 寝ぼけてないで起きるであります!」 


 俺の頭に飛び乗り、チルフィーは軽やかなステップを踏んだ。


「風の極み発動であります! ウキキ、究極のリラクゼーションで早く夢から醒めるであります!」


 それは気持ちを安らかにしてくれる優しい悠久の風だった。チルフィーの奥義だ。だんだんと気分が落ち着いていき、俺は白濁の夢から醒めていった。ラクダたちは俺を置いていったわけじゃない。そもそも、最初から行先が違っていたのだ。ここが俺の居場所であり、彼らには彼らの目指すべき場所がある。


 チルフィーはなおも踊り続ける。目にできないのが残念だ。鏡でもあればいいのだが、と俺は思う。それから、きっとワンピースがひらひらなってちらちらと覗かせているであろうチルフィーのおパンツ様を想像する。薄緑色のおパンツ様。気分がデフォルトの位置を突っ切り、さらに高揚していくのを感じる。公園で全裸になり、激しく踊りまわりたい気持ちになってくる。


 そこで、俺の意識はぷつりと途切れる。最後に耳にしたのは、俺自身の宣言だった。


「お……お……お…………おパンツ狩りの時間だああああああああ!!!!!」


 かつて経験したように、チルフィーの風の極みは俺を混乱の濁流へと呑み込んだのだ。





 どのくらいの時が流れたのだろう? そして、俺はどれだけチルフィーのおパンツ様をこの目に焼き付けたのだろう? 気づけば俺は上半身裸になり、チルフィーの小さな身体を鷲掴みして自分で嫌々ワンピースの裾をめくるポーズを取らせていた。


「お……お前大丈夫か!?」と俺は自分を取り戻し、紳士らしく彼女を優しくいたわってそっとベッドの上に座らせた。


 チルフィーはしくしくと泣いていた。「シクシク……もうお嫁にいけないであります……」


 俺は土下座して平謝りを尽くしたが、ふと冷静に考えれば原因はこいつにある気がした。風の極みはごく稀に人を激しく錯乱させてしまうという。もはや三回ちゅう二回そんな状況に陥ったので、ごく稀という表現にも疑問を禁じ得ない。だが、責任の追及を始める場合ではなかった。狂乱のおパンツ狩りの前に、チルフィーはすごく大事なことを言っていた。


「チルフィー、アリスはどうした!? あいつがトランクを持って出て行ったってマジか!?」


 マジであります……、とチルフィーは少ししてから泣き腫らした目で俺を見上げながら言った。「でも、もうあれから三時間も経ってるであります……。もう追いつけないであります……」


 俺たちはそれでも急いで飛空挺内の廊下を走ったが、すぐにアリスに追いつく必要はないことが判明した。なぜならアリスはもう戻っており、ラウンジで魂が抜け落ちたように放心していたからだ。今にもずれ落ちそうな姿勢で椅子に座っており、アナやレリアやサラマンダーが取り囲んでいろいろと世話をしている。だらしなく開いた口の端からよだれが垂れ、レリアがハンカチで拭いてあげていた。


 俺はラウンジに入り、アリスの目の前に駆け込んだ。


「何があったんだ!? アリスは大丈夫なのか!?」


「ああウキキ殿」とアナは言った。「いや、つい先ほどこのような状態のまま帰ってきてな。なんでも、トランクごと金を盗まれたそうだ」


 アナはアリスの細切れの言葉と状況を繋ぎ合わせ、やっと何があったのか判断に至ったらしかった。やや抑揚を欠いた声で、彼女はそれを俺とチルフィーに話してくれた。


 どこからか得た金で市場の奴隷を救おうと、アリスはチルフィーの制止を振り切って飛空挺をあとにした。そしてエア・ポートからエレベーターで降りたところで元老院議員のキケロに会ったそうだ。彼は先日の件をアリスに謝罪したらしい。それからアリスや俺のような海の向こう側からやって来た人間と親しくなり、多くを学びたいのだと率直に告げたそうだ。彼はそれを直接伝えるために、朝早くから俺たちの飛空挺を訪れようとしていた。


 アリスは謝罪を受け入れ、重たいトランクを引きずって奴隷市場へと歩を進ませた。その姿を見て気を利かせたのか、キケロはその辺で荷車を借りてトランクを荷台に載せてやった。そして事情を聞き、せっせと荷車を引いていくアリスに同行を申し出た。


 結局は彼に荷車ごと持ち逃げされたのだ、と俺はその段階で性急に結論付けようとしたが、そうではなかった。荷車ごと盗まれたのはあっている。しかし、犯人は別にいた。道の途中で男に突き飛ばされて転んだ老婦人を助けようと、アリスは荷車から離れてしまったのだ。そしてその隙に、ガラの悪い輩が持ち去った。トランクを守ろうとしたキケロは殴り飛ばされ、肘に怪我を負ったらしい。


「それから急いで輩を追いかけたが、街角に荷車だけを残して消えてしまったらしい」とアナは言った。「キケロ氏が捜索を買って出てくれたそうだ。元老院の兵を率いてな。ウィンディーネもそれとは別に、事件のあらましを知ってからすぐに金を見つけてやると意気込んで出て行ってしまったよ」


 俺は霊魂的なものが口から出かけているアリスに目をやった。こいつのこんな緩みきった顔を見るのは初めてだ。よだれは際限なく垂れているし、透明な鼻水も呼吸に合わせて鼻の穴から出たり入ったりしている。虚ろな目はいつまでも焦点を定められていない。金を盗まれたのがよっぽどショックなのだろう。


「それで、アリスがどこからあんな大金を工面したのかわかったのか?」と俺は誰に訊くともなく訊ねた。クラウディオさんがハーブティーを淹れたカップをアリスの前のテーブルに置き、俺を見て首を振った。


「それが、アリスさんは訊いても答えようとしないんです」とクラウディオさんは言った。「いや、ちゃんと聞こえているのかも定かではありません」


 ため息をつき、俺はアリスの頭に軽いチョップを落とした。あまり強く入れる気にはなれなかった。「お前、マジでどっからあんな金貨の山を引っ張ってきたんだよ……」


 俺はスマホをジーンズのポッケから出し、時間を確認した。もう昼になろうとしている。そろそろあの蛙に似た富豪の屋敷に向かわなくてはならない。サラマンダーの記憶を呼び覚ますための首飾り――ブルーニを取り返すために、俺たちはこんな南の果てまでやって来たのだ。


 アリスのことをみんなに頼み、俺は階段を上って甲板に出た。飛空艇のクルーが退屈そうに欄干に寄り掛かり、パイプで煙草を吸っていた。額には細かい粒子のような汗が噴き出ている。会釈をするとかくんと頭を下げて汗をまき散らし、またすぐ暇そうに空を見上げて煙を吐き出した。


 午前十一時四十五分。俺はそのようにして、アリスから離れてエア・ポートの人力エレベーターに乗り込んだ。


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