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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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344 トランクのなかにあったもの

 夕食を終え、ナルシードとノベンタさんの宿泊するホテルをあとにしたとき、時刻は夜の十一時を越えていた。背後から妙に直截的な紅い月明かりを浴びながら、俺は南国特有の生温かい夜を少し急ぎ足で歩いた。


 ナルシードの料理はどれも美味しかった。ノベンタさんも酒がテーブルにないことを別にすれば(旅のあいだ、禁酒をナルシードに言い渡されているらしい)、故郷の郷土料理を楽しく、そして懐かしそうに味わっていた。


 奴隷の少年と、彼を救うために三親方の殺害を企図した呪術師の女性。ナルシードは現在をそれなりに幸せと結び、ノベンタさんはそれを聞いて嬉しそうな笑みを浮かべた。二人の取った行動を称賛することはできないが、かといって間違った行為だと断ずることもできない。あれは絶対的に必要なことであり、歪曲した運命を本来の形に修正しただけの話なのだ。少なくとも、彼らにとっては。


 月の女神リアの彫刻が左右に施されている凱旋門を抜け、俺は大男の奴隷がハンドルを回す人力のエレベーターでエア・ポートまで昇った。アリスに帰りが遅いとどやされる気がしたので、飛空挺の甲板に上ってからは忍び足で歩き、音を立てずに階段を下りた。アリスに見つかる前に、さっさとベッドに潜り込んでしまおう。


 しかし、自室のドアを開けると、同時に隣室からドアノブを回す音が聞こえた。外側にドアが開き、アナが姿勢良く出てきた。


「ああ、ウキキ殿」と彼女は俺を見て言った。「遅かったな、今帰りか?」


「あ、ああ……。ナルシードのところで飯をご馳走になってたんだ」

「あいつがここに来ているのか? また、どうしてこんな南方の地をファングネイ王国の騎士が訪れているのだ?」


 その問いはなんだか妙に思えた。先に戻ったアリスが、ナルシードとノベンタさんのことを伝えていると思っていたからだ。


「アリスから聞いてないのか?」と俺は訊いた。「あいつ、もうとっくに帰ってるんだろ?」

「いや、まだ戻っていないぞ?」とアナはきっぱりと答えた。「というか、ウキキ殿と一緒だったのではないのか?」


 アリスはまだ帰っていない。その意味を理解するまでに、俺は相当な時間を費やさなければならなかった。紅い四の月がその光を部屋の窓から潜り込ませ、開け放たれた空間を通って廊下まで伸ばしていた。





 最初は黙って帰宅し、同室のチルフィーを巻き込んで引き籠っているのだと軽く考えていた。俺と奴隷のことで言い合いになり、拗ねてでもいるのだろう、と。しかしアリスはそこにいなかった。チルフィーだけがベッドの上で横になって脚を折り、それを抱え込むようにして眠っていた。


「起きろチルフィー!」と俺は小さな身体を指で揺り動かしながら言った。チルフィーは覚醒すると目を擦り、瞼を半分閉じたまま俺を見上げた。


「ウキキ……どうしたでありますか?」

「アリスがいないみたいなんだ! この部屋に帰ってこなかったか!?」


 チルフィーは部屋を見まわしてから首を傾げた。「ここにはいないみたいでありますね」


「だから訊いてんだよ! 寝ぼけてないで起きろ!」


 アナは素早く動き、外で見張りに立つクルーに尋ねてみると言って部屋を出ていった。俺もすぐに飛び出し、各部屋をノックして何か知らないかと聞いてまわった。しかし、俺と出掛けていって以来アリスを目にした者はいなかった。


 それから自然とみんながラウンジに集まった。ウィンディーネが人数分ハーブティーを淹れ、トレイに載せてテーブルまで持ってくると、同時にアナが戻ってきた。彼女は俺と目が合うなり首を振った。見張りのクルーはアリスを目撃していないということだ。


「それでウキキ様、アリスと別れたのはいつですの」とレリアが訊ねた。

「六時間……いや、六時間半ぐらい前かな……」と俺は言った。


 クラウディオさんにハーブティーを勧められ、俺は少しだけ口にした。気分を落ち着ける効能があるそうだ。きっと俺の表情や声から動揺を見て取ったのだろう。


「アリス殿の行き先について、何か心当たりはないのか?」とアナは言った。彼女はソファーや椅子には座らず、壁を背にして腕を組んでいた。


「……どうだろう? 特にないと思う」と俺は言った。しかし自分の発言を耳がそのまま聞き取ると、瞬間的に脳が否定しだした。心当たりはある。「もしかしたら……」と俺は言った。


 奴隷市場での出来事のあと、俺は檻のなかの人々を救うために引き取るべきだと主張するアリスに、そんなことは無理だとすげなく言い放った。そして苛立ちを覚え、説き聞かそうともせずに、だったら奴隷を買う金をなんとかしてみろよと冷たく突き放してしまった。もしかしたら、あいつはその金を作ろうとしているのではないだろうか?


「あのバカ……」と俺は独り言のように呟いた。「まさか月の欠片を換金して稼ごうと、壁の外で死ビトと戦ってるんじゃ……」


 いても立ってもいられなかった。嫌な予感がいくつも浮かび上がった。慌てて立ち上がると、隣に座るレリアが疑問を投げかけてきた。


「月の欠片を換金? お金が必要ということですの?」とレリアは言った。「どういうことか、わたくしたちにもわかるように説明してくださる?」


 悠長に話している時間はなかった。少なくとも、俺にはないように思われた。想像のなかのアリスはひどく傷つき、死ビトに命を奪われようとしている。瞳から光が失われ、かすかに震える幼い唇がぴたりと動かなくなる。


「話はあとだ!」と俺は駆け出しながら言った。「あいつがピンチかもしれない、ちょっと壁の外まで捜しに行ってみる!」


 真夏の丘を駆け渡るような風が吹き、俺の髪の毛を揺らせた。チルフィーが俺の頭の上に着地し、声高に宣言した。


「よくわからないでありますが、アリスがピンチならあたしも行くであります!」


 チルフィーだけではなかった。アナもレリアもサラマンダーも、そしてウィンディーネとクラウディオさんも、みんなそのつもりのようだった。俺はドアの取っ手を掴んだまま振り返り、アリスの――そして俺の――素晴らしい仲間たちを視野の中心に収めた。


「ありがとう、みんな」と俺は言った。「でも、まだ俺とアリスしか入国審査が通ってないだろ? 勝手に飛空艇を降りたら面倒なことに――」


 澄んだ水で形作られた長い手が伸び、俺の口をぴったりと塞いだ。ウィンディーネの水術だった。


「ごちゃごちゃとうっせーんだよタコ、んなこたぁあとでどうにでもなるだろ! だいたい、おとなしく従ってやってたけど、アタイは精霊だかんナ! ヒトに審査される義理はねぇ、もう好きにさせてもらうぜ!」


 俺の頬に軽いビンタをかましたあとに、水術の手は引っ込められた。それからサラマンダーが一歩前に出て、長らく詰まっていたものを栓を抜いて放出するように言葉を発した。


「あっ……あたちもヨンダイセイレイだから! アリスが困ってるなら助けに行く!」


 それはかなり勇気のいる選択だった。サラマンダーはこの南方の地で隷属的な扱いを受け、心をひどく痛めつけられている。それなのに自分もと申し出てくれている。勇敢で、そして思いやりのある子だ。


 その震える小さな手を優しく握りしめるものがある。レリアの温かい手だ。彼女はサラマンダーの頭を撫で、厳しい眼差しで俺のことを一瞥する。


「ウキキ様、みんなで捜しにいきましょ」、そして、ふっと柔らかい表情で微笑む。「よろしいですわね?」


 俺は頷く。それからシャツの袖で水浸しの顔を拭き、みんなと部屋をあとにする。





 飛空艇の廊下を駆け、階段に差しかかると、うしろを走るアナが声をかけてきた。


「ウキキ殿。さきほどの件だが、一ついいか?」

「さきほどの? なんだ?」

「ありがとうとウキキ殿は言った。だがそんな礼は不要だ。というか、はっきり言えば不愉快でもある。ウキキ殿がアリス殿を想うように、わたしだってアリス殿のことを大切に想っている。上手く言えないが、礼を聞いたときに疎外感を覚えてしまった。ちゃんとこの気持ちが伝わるかわからんが、とりあえずそう言っておく」


 傾けていた首を前方に戻し、俺は階段を一段飛ばしで駆け上がった。アナの心の淀みはしっかりと理解することができた。小学四年生のころ、俺も今のアナと同じような感情を抱いたことがある。幼馴染の三人組。少年二人と女の子。もちろん少年の一人は俺だ。ある日三人で遊んでいると女の子が脚に怪我をして、俺ともう一人の少年で自宅まで抱えて運んだ。そして、その女の子が母親に治療されているときに、俺は少年に礼を言われた。手伝ってくれてありがとうな、と。俺はそのとき『ハア?』と思った。お前いつのまに自分と女の子を一組にして、俺をゲスト扱いしてるんだよ、と。たしか実際にそんなことを口にしたはずだ。喧嘩になって、それっきり俺はその二人と遊ばなくなってしまった。アナが覚えた疎外感は、つまりそれと似たようなことなのだろう。


 あの二人のことを思い出すと、今更どういうわけか深い後悔の念に襲われた。ちゃんと仲直りしておけばよかった。放っておいてもそのうち元通りになるだろう、何かきっかけがあれば、また三人でつるむようになるだろう。そんなふうに考えるともなく思っていたが、一度できた溝が自然と塞がることなんてなかった。


 アリスとはどうだろう? あの喧嘩が決定的な離別のきっかけとなったりするのだろうか? いやまさかな、と俺は思う。あんな言い合いはしょっちゅうだし、何より俺は愛されている。それに、俺だってあいつのことを何よりも大事だと思っている。「まさかな」、と言葉が口をついて出てくる。


 だけど、あり得ないことだが、一応仲直り(のようなこと)はしっかりやっておこう。あとで悔やんだってもう会うことすらできないこともあるのだと、あまりにも遠い世界に生きる幼馴染が学ばせてくれたのだから。





 その機会は、俺が考えていたよりももっとずっと早くに訪れた。飛空挺から降りるまでもなく、甲板に上がってからすぐにチルフィーが夜空にあまねく星の隅っこを指差した。


「あれはグリフィンであります! アリスを乗せているであります!」


 アリスはちょうど二の月と三の月のあいだを飛んで帰ってきた。しかしグリフィンが飛空挺に降りてもアリスは動きださなかった。紙相撲の力士が前に倒れ込むように、グリフィンの背に頬っぺたを押しつけて熟睡している。小さなお尻の後ろで、革製の立派なトランクがグリフィンの身体に括りつけてあった。


 アナが起きる気配のないアリスを抱きかかえ、俺は見慣れないトランクの紐をほどいて下に降ろした。ずっしりとして、すごく重たかった。多くの貴金属が触れ合うような音を聞いた気がする。グリフィンが光となって神獣界に還るのを見送ると、俺はそのトランクを横にして開けてみた。


「っ……!」


 なかには、大量の金貨がほとんど隙間なく詰められていた。


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