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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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343 手を伸ばし続ける

 ホテルの自室で食事を終えると、食器を片付けることもなくノベンタさんは仮眠を取った。四時間ほど深く眠り込む。それからすっと起き、ベッドから這い出て、コップに水を二杯飲んでから作業に取り掛かった。


 人を二人呪い殺すための準備が淡々とこなされていく。部屋の中央に円や六芒星や呪文のようなものが描かれ(これが彼女の言う呪詛陣だろう)、その周りに等間隔でロウソクが十三本立てられる。陣の中央よりやや前方に水瓶を置き、中の濁った水を指先ですくって舐めてみる。ずっと錦蛇と雨蠍の干物を浸けていた液体だ。その濃度に満足した笑みを浮かべ、彼女はロウソクに逆時計回りで一本いっぽん火をつけていく。真っ黒い襦袢のような衣服に着替え、砂狼の牙を加工して造った首飾りを首にかける。そして、またコップに水を二杯続けて飲む。


 これで準備は整った。あとは呪うだけだ。彼女は窓辺まで歩き、南方の地の夜の風景をなんとなく視界に収める。そしてカーテンを隙間なく引き、振り返って籠のなかの鶏の死骸に目を向ける。


 彼女はその鶏の生を奪ってしまったことに心を痛めている。呪詛陣を描くには新鮮な血液が必要とはいえ、これだけはいつまでたっても慣れない。しかも、今回は一週間もこの部屋でともに過ごしてしまった。そのあいだ、絶えることなく朝の到来をわたしに告げてくれた。名前までつけてしまった。情が移るのも無理はない。彼女はなかなかルーム・メイトの死の悲しみから抜け出すことができないでいる。


 しかし、しばらくすると彼女の顔から表情がすっと消える。一対の目から光がなくなり、真っ赤な呪詛陣の中心まで歩いていく。今は呪術の完遂だけに意識を集中させよう、と彼女は思う。幼いナルシードを奴隷の身から解放させるために。そして、ニワちゃんのためにも。





 呪いは前にノベンタさんが言っていたとおり、一瞬の緩みもなく三日三晩に渡って執り行われた。そのあいだの記憶は彼女にはほとんど残されていなかった。人を呪い殺すほどの強力な呪術を施行するとき、術者はトランスに近い状態にあるという。呪いの儀式を終えたとき、ロウソクも水瓶も首飾りもどこかに消え去っていた。


 彼女は床に手をつきながら立ち上がり、なんとか窓まで歩いてカーテンを開けた。三日後の世界が大きな風呂敷をかぶされたように、抜かりなく夜の闇に覆われていた。彼女はカーテンをそのままにし、めまいに抗ってバスルームまで向かった。着ているものを剥がすように脱ぎ、大きな鏡に全身を映した。


 見たところ、身体のどこにも呪いの反動の兆候は表れていない。二人もの人間を死に至らしめたのだから、多かれ少なかれそれを受けてしまう可能性が高い。トランス状態にあったわたしは、上手く反動をやり過ごしたのだろうか? 彼女はバスルームを出て、ベッドの上に脱ぎ捨てになっている黒いワンピースを手にした。急いで着替え、よろめきながらも部屋から出て行った。何はともあれ、ナルシードのいる屋敷に急行しなければならない。呪いの反動のことなんて、今はどうだっていい。


 彼女は静まった街を身体を引きずるように進んでいく。薄弱な意識の片隅で、三日前にナルシードに話した内容が繰り返される。


 『呪いが正しく作用すれば、三日後の晩にキミの新しい両親は揃って首をもがれることになる』とあのときわたしは口にした。『それが合図だよ。そうしたら、キミは新しい兄を殺害するの。それでキミの三親方は全員いなくなる。キミは自由を獲得できる。忘れないで? キミはキミの手で自分を勝ち取るの。手を伸ばし続けるの』。


 できたら首も切り落としておいてほしいが、ノベンタさんは十二歳の少年にそこまでは望まなかった。あまりにも残酷だし、なによりその行いはこの異世界で最大の禁忌とされている。首がなくなった死者は次にこの地上を歩くとき、死ビトではなく強大なデュラハンになってしまいかねないからだ。どんな残忍な独裁国家の王でも、冷酷な暗殺者でも、斬首だけは避けて通っている。


 しかしもちろん、まったく行われていないというわけではない。首が落ちれば、ほとんど三送りの猶予すら与えられずに黒瘴気に包まれる。そして個人差もあるがだいたい一時間もすれば四併せに遭い、四の月で長い亡者の列に加わることになる。要するに、死体をすぐにでも処理したい者にとって、斬首ほど適した方法はないわけだ。


 ノベンタさんもその一人だった。ナルシードの三親方には即座に紅い四の月へと昇ってもらいたかった。遺体が残ってしまえば少年は罪を問われ、投獄されてしまうだろう。それではなんの意味もなくなってしまう。


 重々しく頑丈そうな門を抜けたとき、名も知らぬ富豪の屋敷は混乱の渦中にあった。大広間では使用人たちが騒ぎ立て、それぞれが気持ちいいぐらいパニックに陥っていた。ナルシードの新しい両親の死体は二体ともロココ調のソファーの前にあった。もちろん首がなく、全身が黒瘴気に侵されている。どっちがどっちかは見分けることができなかった。


 ナルシードの姿はそのすぐ近くにあった。兄はまだ生きており、そればかりかノベンタさんの思惑とは逆の立場を取っていた。剣を四番バッターのように構え、膝をつくナルシードの細い首を狙っている。少年は返り討ちに遭ってしまったのだ。あまりにも小さなナイフが、その傍らで鈍色の光を浮かべていた。


「父上と母上を殺したのはお前だろ! 答えろ奴隷!」と十七の兄は弟に向かって吐いた。「お前の死んだ家族に代わって育ててやったのに、どうしてこんなむごいことができるんだ!」


 ノベンタさんは声を張り上げようとしたが、言葉は上手く空気を震わすことができなかった。唇か、喉か、あるいは肺のどこかが活動を弱めているみたいだ。荒行のような三日間で体が衰弱しきっているとはいえ、ここまでの変調は経験したことがない。手足も激しく痺れてしまっている。わたしは呪いの反動に喰われつつあるのだろうか? 大広間の扉の前で倒れ込んだ身体を、彼女は芋虫のように前進させる。


 その異様な姿をナルシードの兄が目の端に捉える。向き直り、剣でその方向を衝く。


「女! 貴様がやったのか!」


 表情は作れるだろうか? と彼女は考える。憤怒する男を見つめ、彼女はにこっと微笑む。表情は作れる。

 声だって出せる。きっと出せる。大丈夫、ちょっとずつ肺に空気を送り込み、もつれる舌を丁寧に動かし、そして唇の動作に合わせて溜め込んだ空気を吐き出せばいい。いつだってわたしは自分を勝ち取る。手を伸ばし続ける。


「そうだよ~」とノベンタさんは言う。「わたしが~、呪いで~、クズたちを~、殺したの~」


 それは憎悪の対象を自分に向けるための告白だったが、兄はこの状況にあっても冷静さを欠いていないようだった。芋虫よりも、まずはナルシードの断罪を選んだ。この男は絶対的有利の立場にあっても、心の底では恐れているのだ。かつて剣の腕も頭脳も社交性も自分より上だと見せつけてきた弟が、この状況で何かしでかすのではないかと。


 大振りの一撃が繰り出された。ナルシードは寸前で身をかがめ、それを躱した。兄の頭に、五年前に師の前で打ち負かされた屈辱が思い起こされる。力任せの蹴りを少年の肩に入れ、苦痛に歪む幼い顔に唾を吐きかける。


「生意気なんだよ、お前は!」


 殴る蹴るの暴行がしばらく続く。ノベンタさんは必死に地べたを這いずり、ナルシードの助けに入ろうとしている。だが、その動きはあまりにものろい。彼女がそれと気づくのはもう少し先だが、既に呪いの反動をもろに受け、鈍重の身となってしまっているのだ。そこに辿り着いたとき、少年は自らの血の海の中にいる。


 ノベンタさんは手を伸ばし、男の足を掴む。特に策があったわけではない。呪術も瞳術も発動できるほどの力は残されておらず、それが精一杯の抵抗だった。男はその手を振りほどき、いやらしい顔をしてにやっと笑う。


「女、貴様の処断は犬にさせてやる」と男は言う。「おい奴隷の弟、喰われるか犯されるかわからんが、最後にそれをじっくりと見させてやる」


 口笛をピュイッと吹くと、すぐに大型犬がどこからかやってくる。それはナルシードが奴隷に転じるまでずっと一緒にいたラルだった。死んだ弟の名を与えられた犬だ。取り上げられてから五年間、その犬は男によって教育されてきた。かつての可愛らしかった面影はどこにも残されていない。鋭い牙と垂れ落ちるよだれに、まるで明喩の見本かのように獰猛さが現れていた。


 ラルはノベンタさんの全身の匂いを、時間をかけてゆっくりと嗅いだ。やがて心を決めたように顔を上げ、承認を得ようとするみたいに男を見つめた。


「喰いたいか?」と男は言った。「いいだろう、どうとでも好きにしろ」


 そのとき、少年の声が大広間に響いた。「やめてラル! その人を食べたりしちゃ駄目だよ!」


 ノベンタさんは揺らぐ意識のなかでその声色を聴き、心の奥まで浸み込ませる。ああそうだ、と彼女は思う。ああそうだ、この子は確かにこんな声だった。師匠の腕に抱かれていた頃よりは少しだけ声変わりしてるけど、あんまり変わってないなあ……。


 少年の声ひとつに心を動かされたのは、ノベンタさんだけではなかった。ラルだって思うところがあった。犬の気持ちを代弁してくれる者はいないが、そうとしか考えられない。だってそうでもなければ、甘えた顔をして尻尾を振り、うつ伏せで倒れるナルシードの顔をベロリと舐めるはずがない。


「ラ、ラル……。僕のことを覚えていてくれたんだね……?」


 しかし、ラルはその問いに答えなかった。犬の気持ちがわからないとかそういう話ではない。男の持つ剣がラルの身体を穿貫し、一瞬にして命を奪われたのだ。


 剣を振って血を払い、男は顔をしかめる。「気に入らねえ……」と彼は言う。「犬までお前を選ぶのかよ……。お前どんだけオレを馬鹿にすれば気が済むんだよ……」


 ナルシードの裸の背中を踏みつけ、剣先で皮膚にバツ印を刻みつける。よく見れば、薄っすらと残る傷はほとんどがそんな形をしている。


「でももういいよ……。お前は死んで、オレは生き残る。お前にこの家は渡さない。この家の息子はオレ一人だ……!」


 地面を踏み固めるように、何度も小さな背中に足を落とし続ける。最後に内包するコンプレックスを晴らそうとしている。ナルシードは痛みに耐えながら、横たわるラルのことを見ている。血だらけの顔は悲観に暮れ、涙が愛犬へのはなむけのように頬を伝っている。


 死の影がそっと忍び寄ってくる。少年はそれを肌に感じ、ゆっくりと目をつぶる。それを静かに受け入れるために、心に厚い膜をはる。


 生きてたって、これからいいことなんて何一つないよね。それなら、ここで命を終わらせられるのはむしろラッキーなことかもしれない。きっと、これが僕の運命だったんだ。


 少年はここよりもずっと光に満ちている天国を思い浮かべる。父と母と弟、それにラルと過ごす陽だまりのなかに思いを馳せている。

 しかし、同時に少年は声を耳にしている。『自分を勝ち取って……手を伸ばし続けて……』、それは何度も後方から発せられている。息も絶え絶えのノベンタさんの言葉だ。その想いは少しずつ少年の心に浸透していく。失われた家族が光のなかに消えていき、一度は閉ざされた瞳が再び開かれる。


 男はまだうつ伏せの少年を足蹴にしている。少年の手がぴくっと動き、おもむろに前方に伸ばされていく。その方向には小さなナイフがある。兄を襲うために使ったナイフだ。しかし、少年の手からはあまりにも離れている。奇跡でも起こらない限り、彼がそれを手にすることはできない。


 いや、そうじゃない。少年はナイフなんて少しも気にかけていない。彼はそのずっと先を見ている。何かを得ようと――あるいは何かを得られるはずだと――、確信をもってそこに手を伸ばし続けている。


 そこには首のない男女の遺体がある。彼が見ているのはそれを覆いつくす黒瘴気だ。あれは僕の力になり得る、と少年は太古から脈々と継がれてきた理のように明白に感じる。あれは僕の意思によって剣となり得る。僕は今、ここで自分を勝ち取る。そのために手を伸ばし続ける。


 やがて焚き火の煙が風に吹かれるように、黒瘴気の一部が少年の手に吸い寄せられていく。彼はそれを手に纏い、目を閉じて意識を集中させる。開眼したとき、少年は刃をその手に握りしめている。


 それが、魔剣使いナルシードが初めて形作った魔剣だった。いや、剣なんて呼べそうな代物ではないかもしれない。鍔もないただの剥き出しの刃だし、その刃だってぼろぼろだ。刃渡りは15センチほどしかなく、柄すらないので夢中で掴む手が血に染めあげられている。


 しかし、兄と立場を逆転させるのはそれで充分事足りた。たいした攻防もなく兄の胸に突き刺された初めての魔剣は、その役目を終えると黒瘴気に戻って大気と混ざり合った。


「さすがだね~」とノベンタさんはしばらくしてから口にした。「神童っていうのは、本当だったんだ~」


 横になったまま、彼女は血と汗と涙まみれのナルシードの顔を見つめた。彼はまだ、倒れ込んだ兄の胸から流れる血にいろいろの感情を差し向けていた。


「じゃあナルシード、早いとこ首を切断しちゃって~」


 少年は振り返り、きっぱりとかぶりを振った。首は切断しない、ということだ。


「どうして~? 死体が残ると~、元老院議員の兵に~、捕まっちゃうよ~?」


 少年は、微弱な呼吸で命を繋ぎ止めている兄を見下ろした。もうすぐにでもその生命は終わりを迎えようとしていた。


 もう一度ナルシードは首を振った。「この人たちは僕の家族をちゃんと三の月に送ってくれたんだ。兄だけでも三送りしてあげるべきだよ……」


 それを聞き、兄は血を吐いて笑った。たとえ終わりが早まろうと、彼は弟を貶すために笑わないわけにはいかなかった。


「奴隷風情が何を偉そうに吠えてやがる……。あたり前だ、オレの家には専属の送り人がついてるんだ……。世界最高の送り人さ、オレの魂とマナはそいつの手で蒼き月に昇り、そこで安らかに眠るんだ……。死ビトなんかになってたまるかよ……」


 鳴りを潜めていた死の影が行き場を見つけ、男にそっと這い寄っていく。捉えられるまえに、兄には言っておかねばならないことがあった。


「最後に教えておいてやるよ、奴隷の弟……」と彼は言った。「お前の両親と弟は死ビトに喰われて死んだと聞かされてるだろ? それは間違いない、そのとおりだ。……だけどな、奴隷の弟。お前は家族が襲われたのが夜逃げ途中の馬車のなかだったってのは知らないだろ? お前の馬鹿な親は莫大な借金をこしらえて、下の子だけ連れて逃げようとしたんだよ。……ざまあみろ、お前は捨てられたんだ」


 男はそれ以上なにも口にしなかった。目を見開き、口を歪な形に曲げ、既に事切れていた。彼の言ったことの信憑性を、ノベンタさんは認めるしかなかった。師匠はある時点を境に、呪術を良からぬことに使い始めた。誰かにそそのかされ、呪術の力でこの都市を裏から支配しようと企てた。そのために金が必要で、かなりの額を裏社会の人間から借りていたのも知っている。ノベンタさんが彼女の元から去ろうと決意したきっかけで、もう随分と昔の話だ。


 少年は立ち尽くしていた。最後に植え付けられた毒の種を脳が上手く処理できず、困惑していた。一つひとつ思考が積み上げられ、彼の心はだんだんと絶望に沈んでいった。俺が目を向けたとき、彼の新しい両親の遺体があった場所には何もなかった。





 ノベンタさんは長い話を終えると、コップを持ち上げてそっと縁に唇をつけた。それから空だということに気づき、残念そうにコースターの上に戻した。


「良かったらまた淹れようか? ウキキ君も、もう一杯どうだい?」


 突然の声に振り返って部屋の入り口を見ると、そこには腕を組んで壁に寄り掛かるナルシードがいた。八咫烏とのコネクト的なものが切断され、俺の意識はノベンタさんの物語る世界から現実に還された。


「やだ~、ナルシードってば~。わたしの話ずっと聞いてたの~?」


「まあだいたいね」と彼は言った。「まさか、自分の半生を戸口で振り返ることになるとは思ってもみなかったよ」


 彼は部屋に足を踏み入れ、大量の紙袋のなかから食材を取り出し、それを台所のスペースに丁寧に置いた。そして湯を沸かして新しいアイスコーヒを淹れ、テーブルまで持ってきてくれた。


「料理に少し時間がかかると思う。キミがこの土地ならではのものを食べたいと言うから、はりきって色々と買い込んじゃったんだ。帰宅が遅れることになるけれど、大丈夫かい?」

「えっ……? あ、ああ、全然構わないよ」

「僕が兄を殺害したあとのことが気になるのかい?」と彼は台所まで戻りながら言った。返答につまっていると、彼は玉ねぎや人参を包丁でみじん切りにしながら続けた。


「一晩のうちに三親方が全員いなくなり、僕は奴隷じゃなくなったよ。けれど兄を殺した罪で投獄され、長いあいだそこで奴隷だったころよりも惨めな毎日を送ることになった。あとはおおかたキミも知ってのとおりさ」


 俺は話を聞きながら、ノベンタさんになんとなく目をやった。彼女は幸せそうに身体を揺らしてアイスコーヒーを飲んでいた。たしかにこのアイスコーヒーは幸福感を覚えるほど美味しい。なんであいつが淹れると、アイスコーヒーはこんなにも美味しくなるのだろう?


「罪人はコロシアムで闘いを強制されるんだ。僕はあのとき生きる気力なんてゼロに等しかったけれど、それでもただ殺される気にはなれなかった。そうこうしているうちに魔剣の扱いに習熟し、結局誰にも負けることなく牢獄を出ることになったよ」

「薔薇組の騎士団長に拾われたんだったか?」

「そういうことだね」とナルシードはフライパンに油をひき、火をかけながら言った。


 世を儚む少年はそれからグスターブ皇国の騎士ラウドゥルに出会い、彼にこっぴどくやられることになる。そして彼に勝利することを人生の目標と定めるのだが、それはまた別の話だ。

 奴隷の少年がいて、呪術師の女性がいた。呪術師の女性は奴隷の少年を助けるために三人の親方の抹殺を企て、それを成就させた。そしていろいろあったが、今こうして二人ともここにいる。それが、俺が今日実際にこの目で視た彼と彼女の物語だ。


 カレーの良い匂いがしてきた。俺は鼻歌を歌いながらフライパンを振っているナルシードの背中に問いかけてみた。


「それで、不幸だった奴隷の少年は幸せになれたのか?」


 鼻歌がやむと、しばらくしてから声だけが届けられた。振り返る素振りは一切見せなかった。


「まあ、それなりにね」


 俺はまたノベンタさんの顔に目を向けた。彼女は黒ずんだ本の上のメガネを手に取ってかけ、俺のことを見つめ返してから嬉しそうに笑った。


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