番外編 First contact sideアリス
私は園城寺アリス。
蝶よ花よと育てられ、実際に可愛く美しく凛然としている小学5年生の11歳。
でも、その過ぎたプリティーさは時として敵を作る。と私は理解している。
「あっくやっくれいじょ! あっくやっくれいじょ!」
「悪役令嬢は大金持ちなんだから、給食のプリンなんて食わないだろ? 俺が貰うからな!」
2年生の頃、私はクラスの鼻水を垂らした男子達からそう言われ、からかわれていた事があった。
とても言い返せる勇気なんてなく言われるがままにされ、楽しみにしていた大好物のプリンは私の給食のメニューから消えていた。
私はその日の夜、お爺様に聞いてみた。
「お爺様、悪役令嬢ってなに?」
「どうしてそんな事を聞くんだい?」
「クラスの男子に、そうやって言われていじめられたの」
「そうか……それはアリスがウルトラプリティーだから照れ隠しで言ってるんだよ。きっとその男の子達はアリスの事が好きなんだな。その男の子達にとっての希望はアリスなんだろう、放っておいてあげなさい」
私を背中に乗せて腕立て伏せをしながらお爺様はそう言った。
去年両親を亡くした私にとって、唯一の肉親であり希望でもある優しいお爺様がそう言うのだからそうなのだろう。と、当時の私は思った。
希望……。
お爺様は昔からよくこの言葉を口にする。
人は希望なくして生きては行けない。
それがお爺様の座右の銘らしい。その意味が11歳になってようやく分かった気がする。
次の日、私は学校から帰って来てすぐにお爺様のいる書斎に向かった。
「おおアリス、早かったな。ジェームズの作ったプリンが冷蔵庫に入っているよ」
「ホント!? あ、でもお爺様、その前に一つ聞いてもいい?」
「ああ、なんでも聞きなさい」
「私を悪役令嬢と言っていじめていた男子達はどこに消えたの?」
お爺様は東京湾と言いかけた後に、栄転だと言っていた。
その時は意味が分からなかったけれど、きっとお爺様を困らせてしまったと感じた私は、それから強くなろうと決めた。
その1年後、友達と遊んでいる時に偶然その男子の1人に会った。
話してみると、栄転で親の羽振りが良くなり、引っ越した全員が同じ学校で楽しくやっていると聞かされた。
そして、その全員が私の事を好きだったとも言っていた。
「今でも好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
私はスカートのポケットからティッシュを取り出し、その1枚を私に向けて伸ばしている手に掴ませた。
「その垂れている鼻水をなんとかしてから出直すのね!」
私は強くなれたのだ。私の希望である、お爺様のおかげで。
*
「もう! 昔の事を思い出したらプリンが食べたくなってきたわ! ここはどこなのよ、なんで誰もいないのよ!」
私は気が付いたら知らない世界に転移していた。
ここが元々いた世界でない事だけは、空に浮かぶ3つの月を見れば分かる。
まさかここは隠り世かしら……?
もしそうだったらお父様とお母様に会えるわね。
そう考えると、私の胸は可愛くステップを踏みながら躍る。
その私の踊りにつられて、タキシードを着た白いウサギがやってくる。
あら、可愛いうさぎさん。私と踊りたいのかしら?
躍ると踊るの違いはなに? まあどうでもいいわ。
私はガラスで覆われている天井から空を見上げて叫ぶ。
「もう! お爺様はどこにいるのよ! 執事もどこよ!」
だからあれ程気を付けなさいって言ったのに! 老人の1人歩きは危険なのよまったく!
でも……お爺様までいなくなったら私は……なにを希望にすればいいの? 美貌?
とりあえず誰でもいいからいないかしら……。
いえ、誰でもいいは無いわね。せめて優しい人じゃないと。
それと、やっぱり希望も必要よね。こんな世界でも私に希望を与えられる人……そんな人お爺様や友達以外にいるのかしら。
友達は大事にするんだ。お互いにとって希望となれるようにしなさい。
右手で食事をするんだ。どうせなら両利きになりなさい。
勉強は出来るだけ努力するんだ。そしてスポーツも頑張りなさい。
優しいお爺様。けれど甘くはないお爺様。
色々な事を私に習得させようとしていた。帝王学以外にも、ピアノやお習字や生け花……もし自分が死んで私1人になっても、強く私が生きて行けるようにしようとしてくれていたのだと思う。
そんな事を思い出すと、自然と涙が浮かんでくる。
ダメよ私、泣くのは絶対にダメ。泣くのはお父様とお母様とお爺様の前でだけ。
そんな隙だらけの姿を見せて良いのは、私の希望と言える人にだけ。
私はハンカチを出して、それを拭う。
そして気分転換をしようと、近くの店に適当に入ってみる。
「あら、可愛い服が置いてあるわね……店ごと買い取ろうかしら」
そして、私は夢中になって近くの店を見て回る。
頭の切り替えが早いのも私の長所の1つなのだろう。
それにしても、いい加減足が疲れて来たわ……。もう1時間ぐらい彷徨っているかしら……。
と思いながら歩いていると、エントランスホールのベンチに人が座っているのを発見する。
冴えない男が1人、飲み物を片手になにかぶつぶつと言っているみたい。
私はその男を暫く観察してみようと、近くの自動販売機の陰に隠れた。
ニヤニヤしながらメモ帳になにか書いてる……なんであんな楽しそうにメモ取っているの? 気持ちが悪いわ……。
……チビチビと飲み物を飲んでいるわね……それくらい男なら一気に飲み干しなさいよ!
うわ……今魔法とか言ったわよ……大丈夫かしらあの人……。
……大丈夫じゃないわねきっと……1人でパントマイムやりだしたわ……。
どうしようかしら……だいたい、こんな近くにこんな絶世の美少女がいるのに気が付かないなんて、周りを見れてなさすぎよね……。
私はその男の評価を決め兼ねていた。
そうして見つめていると、一瞬優しい表情で微笑んだ。
まるでお爺様のような、そんな優しい笑顔だった。
……でも。
でも……優しそうではある……わね……。
彼は私の希望となれるのかしら……。お爺様や、お父様や、お母様のような……。
私は思い切って、こちらからコンタクトを取ろうと近づいた。
心なしか、私の胸は可愛くステップを踏みながら踊っていた。
あなたは誰? うさぎさん? それとも悪い狼? それとも――
「ステータスってなによ? 何でパントマイムしてるの?」




