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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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331 チェシャ猫と代用ウミガメとグリフィン

 アリスの黄金色の意志に呑み込まれた先の世界で、当のアリスと一緒に並んで歩くというのはなんだか妙な気分だった。と言っても横にいるのは小学校一年から二年ほどの幼いアリスで、現実のアリスの顕在的な意識と潜在的な意識によって創造された世界に生きる少女だった。


 見た目は小学五年生のアリスとあまり変わらない。ぱっつん前髪と長い黒髪のストレート、意思が全面に浮き上がる大きな目、眠っているときに妖精が座りにきそうな形のよい鼻、そして身体の割に長い手足。ただ年齢の分だけ、上手く縮小コピーされたような印象だ。

 そういえば園城寺家の屋敷で昔のアリスの写真を目にしたときも、同じことを思った気がする。あの大きな額の中で両親と笑っていたアリスは、ちょうど短い歩幅で懸命に先を急ぐこの幼いアリスと同じぐらいの年齢だったのかもしれない。


 森から抜けるまで、俺は幼い横顔をちらちらと見ながらそんなことを考え、そしてアリスはしきりに戦術っぽいことを口にしていた。


 ハートの女王の城は、ネズミ一匹通さない完璧なセキュリティーを敷いている。ここは正面突破しかないわね。おじい様が逮捕されたら、即終身刑になって一生牢屋に入れられちゃうわ。だからその前に女王と話をつけないと……。


 こいつの言う『おじい様』とは俺のことで、たかがコートの下が裸というだけで変態の烙印を捺され、そして追われる身となってしまった。捕えに来たトランプの兵はアリスが召喚の力を駆使して蹴散らしたが、道中まだまだ襲ってくるだろうということだった。


「で、そのハートの女王って何者なんだ? なんで変態ってだけでそんな罰を科そうとするんだ?」


 アリスは思考を中断し、知恵熱に赤らめた顔で俺のことを見返した。


「昔、変態といろいろあったのよ。それ以上詳しくは私にもわからないわ」

「変態といろいろ、か……。なんだそりゃ」


 森から出てしばらく進むと川のせせらぎが聴こえ、それからすぐに小さな川に架かるアーチ状の橋が見えてきた。クラブのトランプ兵が襲ってきたのは、四本足でとてとてと歩くクリスを先頭に、橋を中腹まで渡ったときだった。


「ハートの女王はその変態の逮捕をお望みだ!」と数字の『8』が言った。

「おとなしくお縄にかかれ!」と数字の『2』が言った。

「じゃないとこっちが酷いお仕置きを受けるんだ!」と数字の『7』が言った。


「その前に女王と話をさせてちょうだい!」


 向けられた鋭い槍の穂先を恐れず、幼いアリスは一歩前に出て声をあげた。しかし、トランプの兵たちは聞く耳を持たなかった。彼らの様子からすると、相当ハートの女王を恐れているみたいだ。かなりの暴君ということなのかもしれない。


 俺はそっと幼いアリスの肩を引いて下がらせ、前に躍り出た。アリスの精神世界とはいえ、小さな女の子にそう何度も戦闘させるわけにもいかない。


 腕をすっと伸ばす。それから右側のトランプ兵に目をやる。視線を左にずらしていく。雷神トールの鎚のような鬼熊のフックで、軽く一網打尽できるだろう。手のひらに力を込める。そして俺は、胸の奥の幻獣に命令を下す。


「出でよ鬼熊!」


 しかし出でない。どういうわけか出でない。トランプの兵らは困惑した様子で俺のことを見ている。だがそれ以上に、俺自身が混乱している。


「出でよ……鬼熊! 出でっ……出でよ!」


 クリスがひらりと飛び跳ね、牛若丸のように橋の欄干に降り立ってやれやれと首を振る。


「ここで幻獣の使役が成るわけないじゃろ。うぬもわらわもただの精神体なのじゃからな」

「えっ……まじか!?」


 一気に窮地に陥ってしまったように見えたが、しかし幼いアリスは動き出していた。また水色のドレスの胸元から百人一首のようなかるたを一枚取り出して、呪文を高らかに口にした。


「カワエーナ・カワイイデス!」


 召喚されたのはジェームズだった。現実のアリスの愛犬だ。こいつには俺も酷い目に遭わされたので、その強さは知っている。一定の信頼も置いている。ジェームズはそれを裏切らなかった。宙を走り、そして鋭利な爪でトランプ兵たちを二つに裂いて、纏めて咥えて川に吐き捨てた。

 最後に俺のこと見て、嘲笑うようにため息を吐き出す。それからアリスのかるたと同様に、光に溶けて儚く消えていった。


「おじい様、怪我はない!?」

「えっ……? あ、ああ、俺はなんともないよ」


 なんともないが、しかし情けなくはあった。これじゃジェームズに馬鹿にされて当然だ。幼い孫に何度も助けられて平気でいられる祖父がいるだろうか? 俺はトランプ兵が落としていった鋼鉄製の槍を拾い、何度か素振りをしてみた。次に襲われたら、これで返り討ちにしてやる。幻獣が使役できないからといって、アリスの前で(それがたとえ精神世界のアリスでも)戦うことを諦めたくなんかない。


 アリスはぴんぴんしている俺を見て安心すると、俺の手を取って橋を歩き始めた。まるで足の悪い祖父を介護するかのように……。これからはずっと私がそばにいるから、安心してちょうだい! とアリスは橋を渡ってすぐに言った。だからおじい様、もう失踪したりしちゃ嫌よ……?


 祖父のことをこんなに大事にする幼いアリスに対して、嘘を重ねていることに胸がちくりと痛む。クリスのことをちらっと見ると、クリスも俺のことを見ていた。ややこしくなる、そのまま幼きぱっつん前髪娘の祖父でおれ。つぶらな瞳は念を押すように、俺にそう告げていた。


 無言でいることにさえ罪悪感を覚えてきた。だから俺は、アリスが召喚に使用するかるたについて訊ねてみた。


「えっ? 何を言っているのよ、これは前におじい様が私にくれたんじゃない」と言って、幼いアリスはかるたの束を胸元から取り出した。本当に、こいつの胸のどこにこんなものを挟む余地があるのだろう?


「あ、ああ、そうだったな……」と俺は小さな声で言った。


「私には召喚士の素質が具わっているからって……。まあ、歳だからボケてきても仕方がないわね! 心配しなくてもいいわ、おじい様! 物忘れが酷くなったら、私が代わりに全部覚えておいてあげるわ!」


 アリスは得意げにかるたを一枚指に挟んで構えた。


「こうやって手に持って呪文を唱えると、召喚獣が顕れて私を助けてくれるのよ!」

「呪文……『スゲーナ・スゴイデス』だったか?」

「違うわ!『カワエーナ・カワイイデス』よ!」


 やれやれ、本当に記憶に支障をきたしているみたいだ。あるいはそれも『祖父役』を付与された影響なのかもしれない。


 しかし、幼いアリスは説明をそこそこに、急に立ち止まって顔を歪めた。俺の手を放し、へその下の辺りを手で激しくこすった。


「ど、どうしたんだ?」


 アリスはすぐには俺の問いに答えなかった。やや内股ぎみになり、この世の終わりみたいに表情を曇らせ、必死になって同じ場所をさすっていた。そして突然ぴたっと動きを止めると、無表情になって俺の顔を覗き込んだ。何かとても重大な事柄を告げるときのように、やがてアリスは幼い唇を慎重に上下させた。


「膀胱が我慢の限界を迎えたわ……」


 俺は無言で屈み込み、アリスの口許に耳を近づける。


「膀胱が我慢の限界を迎えたって言ったのよ!」


 やれやれ、これとまったく同じようなことが前にもあった気がする。まったく、こいつの膀胱は0か100でしかいられないのだろうか?


「や、やばいのか……?」と俺はおずおずと訊ねた。

「やばいわね」

「ちなみに、いつから我慢してたんだ?」

「家を出るときからよ」

「なんでしとかないんだよアホ! もう野ションするしかないぞ!」


 しかし、幼いアリスは走り出した。諦めないわ! とアリスは言った。そして十数メートル先の小さな丘を指差し、あの向こう側に侯爵夫人の住む家があると言い残して、決然と丘を登っていった。よく見たら、左脇にクリスを抱えている。そういえば昔、俺の爺ちゃんも脇を圧迫すればタイムリミットが多少は延びると豪語していた。アリスと爺ちゃんは体質的に似たところがあるのかもしれない。


 俺は大きくため息をついたが、まあこればっかりは生理現象なので仕方がなかった。俺も追いかけて、侯爵夫人とやらにトイレを貸してもらったお礼を言っておくべきだろう。どうあれ、今は祖父と孫という関係なのだから。


 だが、小走りで追いかけようと右脚に力を入れた瞬間、俺の行く手を阻むように空から胴着姿の少女が降ってきた。少女は片膝と手をついて華麗に着地し、小さな鉢のなかで発芽を迎えるアサガオのようにゆっくりと立ち上がった。


「園城寺流護身術師範代、園城寺アリス――ここに見参! いざ尋常に勝負してちょうだい!」


 師範代アリスが現れた。





 開いた口が塞がるのに多少の時間が必要とされた。園城寺流護身術師範代? たしかに園城寺譲二が園城寺流黄不動明王の型と、異世界で会得した剛体術を掛け合わせて独自の戦闘術を完成させ、そしてそれを練り上げて護身術としたものをアリスも学んだが、座学だけで黒帯という話だったはずだ。それを師範代とは、いくらあいつの精神世界とはいえ、盛り過ぎにもほどがある。


 俺は鼻で笑ってやった。しかし――そのとき既にアリスは稲妻となっていた。


 背後に強烈なプレッシャーを感じ、咄嗟に振り返る。そこにはアリスの姿が三つある。あまりにも速いスピードが残像を作り出し、あたかも分身しているように見せているのだ。つまり、そのなかのどれかが本物の師範代アリスということになる。


 どれも腰を深く落とし、背中が見えるほど左腕を後ろに引き絞って、正拳突きを繰り出す予備動作のような体勢で拳に力をこめている。俺を完膚なきまでに叩き潰すつもりらしい。


 そこに至るまでの過程は瞠目に値する。纏うオーラのようなものも、園城寺譲二と比べて遜色がない。鍛錬はしっかりと積まれているようだ。嘲笑してしまったことを、俺は今更ながら後悔する。


 しかし、アリスは俺に隙を見せるべきではなかった。後ろを取ったのなら、すぐにでも一撃するべきだったのだ。甘さが、あるいは傲慢なところが敗因へと直結する。そのことを今回で学んでほしい。そして、明日へと繋げてもらいたい。


「甘いなアリス、捕まえておパンツ謝肉祭してやるから覚悟――」


 分身ごとすべてを抱き寄せようとする俺の両腕が、まるで生存者が一人もいない戦場を薙ぐ死神の鎌のようにむなしく空を切った。師範代アリスの形をしたものが、霧のように順番に消えていった。一つ、二つ、そして三つ――すべてが分身だったのだ。


「園城寺流護身術に敗北の二字はないわ!」とその声は言った。上空からだった。防御は間に合わない。間に合うはずがない。


 俺は覚悟を決め、直立したまま目をつむる。見事だ、と心のなかで呟く。次の瞬間、脳天に流星のようなチョップが落とされる。アリスは俺が教えたチョップをここまで昇華させることができたのだ、本当に見事と言うほかない。


 その衝撃に膝をつき、俺は前を向いたまま勝者に敗者の言葉をかける。


「負けたよ、完敗さ……」


 しかし、どうやらそれで終わりではないようだった。こんだけアホなやり取りに付き合ってやったのだからお礼の一つぐらい欲しいものだが、俺の背中に与えられたのはガチで痛い蹴りだった。空高くまで吹っ飛んでしまうレベルのやつだ。


「ちょっ……! お前っ……!」


 俺は遥か空の上から陸の師範代アリスに目をやった。アリスは星となった俺を見てニィッと笑い、満足そうに背を向けてどこかに去っていった。





 ここがバカアリスのアホ世界で本当に良かった。さもなければ、海岸の砂浜に頭から突っ込んでスケキヨ状態となった俺はとっくに死んでいただろう。


 なんとか横に倒れ込んで頭をきゅぽっと抜き(首が折れるところだった)、俺はざっと辺りを見まわした。波の音が、情報の精査を試みる邪魔をしていた。言うまでもなく、まったく見覚えのない場所だった。つがいのヤドカリが、白い砂浜に散らばる貝殻を仲睦まじく勧め合っていた。


「あのバカ師範代……くそっ、みんなとはぐれちまったじゃねえか!」


 後ろのほうから何か音がした。俺はいささかうんざりとしていた。次はどんなアリスだろう? 振り返るのも億劫だったが、それでも振り返らないわけにはいかなかった。


 しかし、俺の目は明らかにアリスではないものを映していた。半透明の身体をした猫だ。瞳の色はエメラルドグリーンで、口が大きく、牙の数が異様に多い。その猫は松の木の枝で横になり、尻尾を振っていた。針葉が迷惑そうに揺すられて音を立てていた。


 その猫はすっと俺に目の前まで移動してきた。チェシャ猫か? と俺は無意識に訊ねていた。そうだ、と猫は言った。俺は何度も首を振り、ため息をついた。まあ薄々気づいてはいたが、どうやらここは不思議の国のアリスを基軸として構成された世界だったようだ。


 何はともあれ、俺はハートの女王の城に行かねばならない。この世界から抜け出す鍵である可能性を秘めた幼いアリスが、まるで物語の担い手のようにそこを目指しているからだ。きっとそこには何かがある。あいつらだって、俺がいなくなったのに気づいたら別行動で向かうだろう。


 俺はチェシャ猫に城の場所を訊いてみた。あまり期待していなかったが、しかし意外にもあっけなく教えてくれた。そればかりか同行まで申し出てくれた。チェシャ猫は完全に姿を顕わし、俺の肩に飛び乗った。あっちですたい、と彼は言った。口調がおかしいのは、このさい気にしないでおくことにする。


 海岸沿いを歩いていると、またすぐに不思議の国のアリスに登場するキャラクターを目にすることになった。代用ウミガメとグリフィン――たしかルイス・キャロルの描くアリスが言葉遊びを繰り広げた相手だ。


 面倒なので横をそのまま通り過ぎようと思ったが、しかし俺の目はそれを許さなかった。グリフィンから目を逸らすことができず、ついには歩みまで自然と止まってしまった。グリフィンも穏やかな目で俺のことを見ていた。俺たちは長いあいだ、お互いのことを見つめ合っていた。


 やがて、くちばしがスローモーションのようにゆっくりと開かれた。


「やあ、来てくれて良かった。園城寺アリスに伝えてほしいことがあるんだ」


 それは、未来アリスが召喚していたグリフィンと瓜二つだった。


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