34 俺達には明日がある
「ちょっとトイレ行って来るぞ」
和室でプリンを食べた後にゴロゴロとしながら、鳥類図鑑やら花図鑑やらを眺めているアリスに言った。
その頭の上では、チルフィーが眠たそうにうとうととしている。
「いってらっしゃい」
「チルフィー眠そうだな……ちょっと2F案内してやるから付いてこい」
俺はそう言いながら着ていたシャツを脱いで足元に置き、半ば強引にアリスの頭からチルフィーを引っぺがして一緒に和室を出た。
「ん……どこに連れて行くでありますか?」
「2Fだよ。ってかマジで眠そうだな……今日は泊ってくか?」
「いえ、まだやる事があるので、もう少ししたら帰らないとであります」
と話しながらチルフィーは俺の手から頭に飛び移り、俺はそのままバックヤードのドアを少し音を大きく立てて開けて出た。
そして今度は静かに入り直した。
「戻るのでありますか?」
「シッー……ちょっと黙ってろ」
そして忍び足で和室の前まで戻り、中に1人でいるアリスの様子を窺う為に、音を立てないように慎重に少しだけ引き戸を開けた。
「ふふふんふふふんふ~ん……ずばん! どごんどごんばしゅっ! ぴゅーん!」
「見られてるとも知らずに鼻歌交じりでありますね」
「ああ。あと奇妙なあの擬音はなんだ……」
そのまま様子を見ていると、アリスは急に立ち上がり放置してあった俺のシャツを拾った。
「うふふ……いい臭いだわ……。この犬の耳みたいな臭い……癒されるわね……うふふふ」
アリスは見られているとも知らずに、寝っ転がってグルグルと横に回りながら俺のシャツを抱きしめて臭いを嗅ぎだした。
「うふふ……これと、臭いのなくなった古いシャツを交換しないとね……。大丈夫、あの人は鈍感で変態だから気が付かないわ」
と言い、アリスは押入れから行方不明だった俺のシャツを取り出し交換した。
「ぱっつん前髪娘はなにをしてるのでありますか……」
頭の上のチルフィーが声を抑えずに言うと、それに反応したアリスが隙間から覗いていた俺達にゆっくりと顔のみを向けた。
「みーたーわーねー……」
無表情で振り返ったアリスは、そのまま音を立てずに俺の目の前まで移動し、静かに引き戸を開けた。
「怖い怖い怖い! お前の真顔はちょっと怖いからやめろ! ……ってか誰が変態だ! 変態は俺のシャツの臭いをうっとりとした表情で嗅いでるお前だろが!」
アリスは一切の反応を示さず、真顔で俺の頭上に氷の塊を作りだした。
「アイス・キューブ……人の記憶を飛ばす程の衝撃ってどの程度かしら」
「やめろ! 記憶が飛ぶ前に死んでしまう! 分かった、いくらでも俺のシャツの臭いを嗅げ! 随時供給してやるから! なんならブリーフもやる!」
やっと俺の言葉がアリスに届いたようで、キャンセルして氷の塊を消したアリスが口を開いた。
「そんな汚物はいらないわよ! 上半身限定よ!」
「汚物とはなんだ! 俺はお前のパンツの臭いを美味しく楽しく嗅いでやれるぞ!」
「黙りなさい変態! アイス・キューブ!」
「冗談だ冗談! あ、チルフィーお前なに逃げてるんだ! 一蓮托生だろうが!」
チルフィーは和室に置いてあるプリンの残りが入った袋を手に取り、そのまま出て行った。
「あたしはまだ仕事があるので帰るであります! また遊びに来るであります!」
風の精霊は逃げ足も風のように素早かった。
*
「私、別に嘘は言っていないわよ! 北ゲートに入る時リュックに入れてあったから、手に持っていなかったもの!」
「いきなり弁明か。村に行った時、俺のシャツをリュックに入れてたんだな? それでパジャマが入らなくて俺のリュックに無理やりねじ込んだと」
チルフィーが帰った後、俺とアリスは和室で正座をしながら向き合っていた。
「弁明って人聞きが悪いわね! リュックに入っているか聞かれたら出していたわよ! ……あなたの臭い、お爺様と少し似ているからお爺様を思い出して寂しさが紛れるのよ……」
「……」
いい臭いと言われるのは悪い気がしないけどな。ってかむしろ嬉しいかもしれん。
こんなアリスでも11歳だからな……爺さんや友達と離ればなれになって不安だろうし、悪ノリで攻めるつもりだったけどもういいか。
「まあ、確かに聞かれたら言うリストは俺にもあるからな。もう気にするな」
「そう? ……チョロイわね」
「今お前、チョロイわねって言ったな?」
「言っていないわ! さあシャワー浴びて寝るわよ!」
と言い、アリスは立ち上がってパジャマを入れたトートバッグを手に取った。
「一緒に浴びるか?」
「一緒に浴びる訳がないでしょ変態!」
「じゃあお前の後に俺も浴びるけど、文句ないな? 女子トイレだから入るなと言うのなら、俺のシャツの供給が絶たれるぞ」
「ぐぐっ……。いいわ、浴びればいいじゃない」
よし。シャワーを使う権利ゲットだぜ!
俺がガッツポーズをしていると、アリスは少し悔しそうな表情で和室から出て行った。
シールドスキルで侵入者は防げているので、もうアリス1人で2Fのトイレまで行っても安心だ。
あれ……そう言えばチルフィーは帰りにゲート通過出来たのか?
そう疑問に思うと確認しない訳には行かず、アリスに続いて俺も和室を後にした。
*
「布団も敷いたし、寝るわよ!」
色違いの2組の布団が所狭しと和室に並んでいた。
ピンク色の可愛いパジャマを着たアリスは、そのまま横になり赤い布団に身を包んだ。
先程、北メインゲートの確認に向かうと、ドアは鍵も掛かっておりそのままだった。
つまり、一度歓迎して迎い入れた相手なら普通に通過出来るという事になる。
ガラスのドアを通過するシルフが普通かどうかはさて置き、それが歓迎した事のある人だとしたら、鍵さえ開いていればいつでも入って来れるはずだ。
布団でうつ伏せになりながら、俺はその辺りの事を手帳に記入した。
「あなた寝ないの? どちらでもいいけれど、懐中電灯消してちょうだい」
「……消したら記入出来ねえよ」
と反論すると、アリスはガバッと布団から出て天井から吊るしている懐中電灯に手を伸ばした。
「子供は早く寝なさい! 明日も朝早いのよ!」
「う、うぜえ……。まあいい、手元にも懐中電灯はある」
俺は真っ暗になった和室で、手帳を少し小さい懐中電灯で照らした。
そしてページを捲り、新しい真っ白なページにふと思い付いた事を記入した。
園城寺アリス
age11
精霊術師? 大精霊士? 大召喚士?
大魔道士? 精霊王?
魔法
精霊術 アイス・アロー アイス・キューブ
備考
マナがエグい 前髪ぱっつん つむじフェチ
臭いフェチ(俺の上半身限定!)
「ふふふ。アリスのお手製ステータス完成だ、次は俺のだ」
思っていたより楽しい作業を行っていると、突然アリスが手帳を覗き込んで来た。
「なにをやっているの?」
「俺とお前のステータスを書いてるんだ、使える魔法や幻獣が増えて来たからな……ってか子供は寝ろ」
すると、俺から手帳と懐中電灯を取り上げ、うつ伏せになってなにかを記入し始めた。
「私の備考に、どちらの世界でも一番可愛いと追加が必要ね。あとあなたのも書いてあげる」
「別に構わないけどちゃんと書けよ? データを兼ねてるんだからな」
「任せてちょうだい! あなたは幻獣使いよね……鎌鼬、木霊、あとカメちゃんは玄武?」
「ああそうだ。あと剣技で剣閃と、特殊欄にでも殺意の眼を書いておけよ」
「大層な技名ね……。出来たわ! でもなんだか少なくて淋しいわ。追加が必要ね」
俺のステータスを淋しいと言ったアリスは、そのまま追加記入に取り掛かった。
「ゲームの数値って、いくつが最高なの?」
「数値か……まあ物によって違うけど、99がカンストでいいんじゃないか? ……俺はなにが99なんだ」
「完成よ!」
「どれどれ……」
age21
幻獣使い
幻獣 鎌鼬 木霊 玄武
剣技 剣閃
特殊 殺意の眼
備考
変態 つむじ99 臭い99
「つむじと臭いがカンストか……。まあ悪い気はしないけど。って、お前漢字だけは凄いな……」
これでも少し淋しく見えた。その理由は……。
「名前も書けよ……って言うと、また名前知らないクダリが始まるのか……」
と言いながら隣で横になっているアリスを見ると、既にグースカピーと眠っていた。
「……寝るなら寝ると言えよ、独り言寂しいだろうが。……そうだ、オデコに俺の名前を書いとかなきゃな」
俺は夜目を頼りにボディバッグから油性のペンを取り出し、アリスの小さなオデコに近寄った。
「こういうのは中途半端に水性ペンじゃ面白くない、油性ペンだ」
そして容赦なく名を刻もうと、握る手に力を込めた。
「……あれ」
その時、俺は自らの異変に気が付いた。
……あれ、俺の名前の漢字……なんだったっけ……。
21年間ともに歩んだ名前の漢字が、スッポリと頭の中から消えていた。
……いやいやド忘れだよな、落ち着け。
しかし、いくら思い出そうとしても名字から続く名前の漢字は出て来なかった。
俺は一旦、油性のペンに蓋をした。
「あれ……。マジで思い出せないぞ……洒落にならん。免許証は家だし……」
若干焦りの汗を掻きながら、名を刻もうとしていたキャンバスに目を向けた。
その視線の先では、異世界にある謎だらけのショッピングモールの部屋であるにもかかわらず、呑気にヨダレを垂らしているアリスの可愛い幼顔があった。
「ぷっ……この野郎、俺が自分の名前の漢字を思い出せなくてスゲー焦ってるってのに……」
その無邪気な寝顔に思わず吹き出した。
そのまま眺めていると、『まあそういうものなんじゃない?』と、起きていれば言うようなどうでもいい案件のように思えてきた。
「まあいいか、俺はユウキだ! 結城でも有機でもなんでもいい!」
そして、こいつはアリスだ。
色々と当て嵌まりそうな漢字はあるし、もしかしたら平仮名やカタカナかもしれないけど、それもどうでもいい。こいつはアリスだ!
と、俺は強く思った。俺達の楽しい異世界冒険は俺達2人がいればそれでいい。
そう考えると掻いていた汗も引いており、心地良い眠気が身を包んだ。
俺はアリスのステータスにカンスト項目を追加記入してから、その眠気に逆らわずにアリスの寝顔を見つめながら瞼を閉じた。
園城寺アリス
age11
精霊術師? 大精霊士? 大召喚士?
大魔道士? 精霊王?
魔法
精霊術 アイス・アロー アイス・キューブ
備考
マナがエグい 前髪ぱっつん つむじフェチ
臭いフェチ(俺の上半身限定!)元の世界一可愛い
異世界一可愛い 寝顔99
『一部 おしまい』