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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
六部 第一章

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320 サラマンダーについて

 帰りの馬車のなかで、俺はずっとザイルの言ったことについて考えていた。


 この異世界の住人は俺たち転移者と違って、死ビトを怪物だと判断する前に『ひょっとしたら』と思慮してしまう。死んだ誰かの面影を探し、衣服や装飾品に見覚えがないかと一瞬気を取られてしまう。最悪のかたちでの再会を、頭のどこかで――あるいは大部分で――恐れているのだ。


 人々が死ビトを畏怖しているのは腹を裂かれて喰われるからというだけじゃなく、きっとそういう側面もあるのだろう。もし元の世界でゾンビが蔓延していたらと想像すると、彼らの咄嗟の脳の働きは難なく理解することができた。


 馬車が黒鉄城の門を抜けて停車すると、ずっと黙って分厚い本を耽読していたザイルが栞を挟んで本を閉じた。降車する前に、俺は声をできるだけしぼって彼に訊ねた。


「なあザイル……。こうやって話すことを、お前の内に住む飛来種……ホワイトは聞いてるのか?」

「無論」と彼は目を合わせずに言った。聞こえているよ、と地下から漏れ出るようなくぐもった声が聞こえてきた。


 どうするか迷ったが、それで俺は金獅子のカイルが言っていたことを黙っておくことにした。もしホワイトが知ったら、対策か何かをされてしまうかもしれない。


 『幻獣の王の力なくして、ザイルの心を巣食う飛来種から彼を救い出すことはできないのデス』『フェニックス――その再生の炎が、ザイルを本来の彼に戻しマス』


 カイルは元の世界で最後に俺にこう言っていた。俺たちの世界に旅立ったのは姉貴と永遠の愛を誓うためだけじゃなく、自分の中に眠る幻獣の王を呼び覚ますためでもあるのだと……。

 ホワイトが善きものにしろ、悪しきものしにろ、カイルはそれをどうかしようと考えているのだ。俺はカイルを全面的に信用している。そんな俺が、尊敬する義理の兄の邪魔をするわけにはいかない。


 思考に耽っていると、ザイルは浮かせかけた腰をもういちど馬車の座席に落ち着けた。


「ことのついでに訊いておく」と彼は言った。「アリスのガーゴイルについての記憶や、おれの目がシルフ族を認識できていなかったことについてだ。なぜホワイトはそんなことをする必要があった? お前に訊ねろと言っていただろう?」


 それについて、俺は自分の見解をそのまま話した。たぶんだけど、ホワイトにとってガーゴイルの脅威をザイルが知ることは好ましくなかったんじゃないかな、と。理由はわからない。当の本人が黙っている以上、それは推測の域を出ることはない。俺とアリスの風の囁きをせき止めていたことについても、やはり彼の都合上の問題だったと納得しておくしかない。


 そして、そんなことをするからには、ホワイトが悪性のものだという考えに傾かざるを得ない。ともに戦うことになったとはいえ、注意深く目を光らせておく必要があるだろう。ホワイトのことを、そしてザイルのことを。


「まあいい。虚実ないまぜの化かし合い……そんなことはこれまでにも何度かあった。こいつに何か目的があっておれを仮宿と定めたように、おれも上手くこいつを利用するまでだ。遅れはとらん、おれは常にこいつの上を行ってやる」

「イルカもそう言っている?」と俺は訊ねた。

「ああ、イルカもそう言っている」


 俺は笑い、眠っているチルフィーをそっとコートのポケットに入れた。そしてリアと手を繋いで(リアからふと手を繋いできた)馬車から降りた。空は白み、新しい朝の兆しを地上から見上げる俺たちに示していた。





 少しは眠っておきたいと思ってベッドに横になり、五分後にはアリスに叩き起こされた。アリスは布団の上から跨って俺を全身で揺すっていた。一瞬バターにされてしまうと本気で恐怖した。けどバターにはならなかったし、時計を見ると五分後ではなく四時間後の八時ちょうどだった。


「ようエロがっぱ」とベッドの脇に立つウィンディーネが俺のおでこを引っぱたいて言った。「にしても、テメェは朝起きた瞬間から間抜け面だナ!」


「早く起きて顔を洗ってらっしゃい!」とアリスが前後左右に激しく身体をくねらせながら言った。「あなたったらよだれまで垂らして! あんまり主人である私を辱めないでちょうだい!」


 バカ二人に起こされる朝の忌々しさに耐え、俺はベッドから起き上がって洗面所まで歩いた。それからすぐに大勢での朝食となったわけだが、俺はそこでこれからについて聞かされることになった。既に昨夜、俺がこの城の地下に運ばれたときには多くのことが決定されていたみたいだ。


「で、とりあえず今日は二チームに分かれて行動……か」


 おおかたの説明をアナが俺にしてくれると、隣に座るアリスが椅子から立ち上がり、神妙な面持ちで長いテーブルの短辺の位置まで歩いた。リアとクリス以外の全員がアリスに目をやった。


「それじゃあ、今日のチーム分けを発表するわ!」とアリスは偉そうにヘッドコーチ面になって言った。なんかもうずっとこんな感じでアリスがリーダーっぽくなってきたが、誰も文句を言わないので俺も黙っておくことにした。


 そうして、アリス・ザイル・ガルヴィン・チルフィー・スプナキン・ウィンディーネ・クラウディオさんの『チーム・アリスA』と、俺・アナ・レリアの『チーム・アリスB』ができあがった。このなかに月の女神の妹リアは入っていないが、彼女は悔しがる様子もなくパンを少しずつ千切って口に運んでいた。特に美味しいとも不味いとも感じてなさそうな表情をしていた。


「リアはアリス・オールスターズの遊撃隊として行動してもらうわ! いいわね!?」とアリスは言った。

「わかった」とリアはわかっていなそうな顔で言った。たぶん遊撃隊の意味も理解していないだろう。


 クリスの名前が出てこなかったので、俺はテーブルの下で生肉を獣の本性丸出し状態で貪っている彼女に語りかけてみた。おい、たまにはお前も一緒に来るか? すると、ぴかぴかになるまで舐めまわされた白い皿が、俺の足元にひゅっと滑ってやってきた。


――わらわを働かせるなら贄をもっと寄越すのじゃ


 食べかけのステーキ肉を半分ほどナイフで分けて皿に乗せた。皿は目にも止まらぬ速さで奥に引っ込んでいった。これだけ食欲旺盛なら、フェンリルや両親みたいに立派な大狼になる日もそう遠くはないだろう。


 顔を上げて食事に戻ると、アリスはまた席に戻って正面のザイルに執事がどうとか訊いていた。休暇中だ、自宅で女房とゆっくりしているだろうという答えが返ってくると、アリスは残念そうに肩をすぼめた。


「誰のことだ?」と俺は訊ねた。

「ザイルの執事のおじいちゃんのことよ」とアリスは言った。「飛空艇でザイルとおじいちゃんの冒険手帳を見せてもらったから、今度は私たちの冒険手帳を見せてあげようと思っていたの。それに絵本も読んであげるつもりだったし、とても残念だわ」


 俺の知らないところでアリスは友達を作っていたみたいだ。どんな人だろう? 俺は肉を頬張り、付け合わせのポテトサラダを食べながら、見知らぬ老執事のことを想像した。





 準備を終えて外に出ると、庭園の芝生の上でチルフィーとウィンディーネが話をしていた。どんよりと曇った冬の空の下だった。けれど、雲の切れ間から射す柔らかい光が、まるで祝福を与えるみたいに二人に降り注いでいる。風の精霊と水の精霊がひとところで陽光を浴びている姿は、とても神秘的で美しかった。きっと、太陽のような恒星だってわかっているのだろう。今この瞬間、限られた陽の光で地上のどこを照らすべきかを。


 なかば目を奪われたかたちで突っ立っていると、チルフィーが視線に気づき、ぴゅーっと飛んで俺の頭の上に着地した。


「ウキキたちはサラマンダーの目撃情報集めでありますね!」と彼女は言った。

「ああ……。でも、本当に帝国でそんなことして意味あるのか? たしかノームが南の国を捜索してくれてるんだろ?」


 ウィンディーネが両手を頭の後ろで組みながら近寄り、口を開いた。


「ノームのおっさんはわかっちゃいねぇ。あのアホは代替わりを果たして冬眠から目覚めると、まずアタイのところに来るんだ。『あらウィンディーネ、久々に見るあなたは相変わらずのバカ面ね』だとか、『バカに付ける薬は見つかったかしら? 不老不死のあなたはそれしかまともな頭になる手立てはないのよ? もっと必死になってちょうだい』って嫌味を言いにナ」

「い、嫌味っていうか悪口だな……。でも、今回は中途半端な覚醒で、上手く記憶が引き継がれてないって話だろ? そんな状態で来れるのか?」

「さあナ。けど、南の国を探すよりは可能性があると思うぜ? 記憶がないならないで、自分と似たような気配を感じて辿ってくるはずだからナ。だからアタイが住んでたルザースに近いここで情報を集めるのは悪くない選択肢ってわけだ」


 なるほどな、と俺は呟いた。前にシルフの族長から聞いた話だと、サラマンダーは途中で目覚めてしまったので、だいたいアリスと同じくらいまでしか成長していないということだ。小さな少女が一人でいたら、きっと人の目を引くだろう。もし本当にこの辺りに出没したなら、覚えている人もいるかもしれない。


 チルフィーがウィンディーネの頭に飛び移った。「ウィンディーネはサラマンダーと仲が悪いのでありますか?」と彼女は訊いた。


「あのアホと仲良くなれるのなんて、宇宙人ぐらいしかいねぇよ。なんたって『性悪の電波女』だからナ」

「で、電波女?」と俺は驚いて言った。

「ああ、そうだ。だってあのアホ、宇宙から電波を拾ったり幽霊が見えたりするんだぜ? 完全に頭がおかしい奴だろ?」

「いや電波はとにかく、幽霊はお前も見えろよ……」


 いつの間にか灰色の雲が閉じ、日差しが失われていた。俺が二人の間に立ったので、お日様が機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


「ってか……」と俺は続けた。「なんで唯一サラマンダーを見たことがあるお前が別チームなんだ? 少女だとしても面影は残してるだろうし、お前ならいたらすぐにわかるだろ?」


「アタイら精霊とアリスに会わせたい奴がいるって、ザイルが昨日言ってらしいぜ? まあ、アタイはクラウディオと一緒ならどこでもいいけどナ!」


 そうこう話していると、ほかのみんなも黒鉄城の分厚い扉のあいだを抜けて外にやってきた。クラウディオさんが小走りで近づき、ウィンディーネに自分とお揃いのマフラーを渡した。ハートの刺繍をあしらった、バカ丸出しのやつだ。


「はいウィンディー。寒いからちゃんと巻くんだよ?」

「まあ、ありがとうクラウディオ。じゃああなたが巻いてくれるかしら?」


 水色の長いうしろ髪を自分で持ち上げ、ウィンディーネははっとするほど綺麗な首筋を彼に差し出した。いつまでその偽りのおしとやか口調と、素のヤンキー口調を使い分けるんだ? と訊ねたが、無視をされてしまった。というか、ラブラブ状態で聞いていないようだった。


 バカップルを放っておき、俺はチーム別に出発する前にチルフィーを手招いて小さな声で告げた。


「ザイルのこと……ってかホワイトのことちゃんと見張ってろよ?」

「了解であります! あれ、でもみんなに言っておかないのでありますか?」


 さらに声のトーンを抑えた。太陽のような恒星はもうしばらく表舞台に立つ気はなさそうだった。今日も寒い一日になりそうな予感がした。


「そうやってホワイトを刺激すると、警戒を強めて精神的にいじくってくる気がするんだ……」と俺は言った。「そうじゃなくても、またなんかやられるかもしれない。もし誰か様子がおかしい奴がいたら、あとで教えてくれ。俺とお前で十分用心して対抗するぞ」


 こうして、俺たちはそれぞれ自分たちのやるべきことをやるために黒鉄城を後にした。


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