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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第二章

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303 エロがっぱの川流れ

 将軍は引き連れた二名の部下に建物まわりの群衆を解散させ、多くの足音が遠退いていくと、念を入れるようにウィンディーネに再度尋ねた。


「奥さん。それで確認だが、クラウディオ殿は昼食時に家に帰って来なかったのだね? 我々にはたしかに戻ると言っておったのだが」

「はい……。それでこのアトリエの様子を見に来たら、このようなありさまでして……」

「ふむ」


 将軍はウィンディーネの肩に力強く手を置き、とても穏やかに微笑んだ。


「安心しなさい。我々が総力を結集し、すぐにでもレジスタンスを壊滅させて、そしてクラウディオ殿を救出して差しあげよう」

「えっ……? それじゃあ、犯人はレジスタンスなんですか……?」

「もちろん、そうに決まっておる。あの連中には動機があり、そしてかねてよりクラウディオ殿に暴行を働いていたという目撃証言もある……。火を見るより明らかであろう?」


 ウィンディーネの別人のような立ち振る舞いはともかく、このまま将軍のペースで事を運ばせるわけにはいかなかった。直感は確信にまで至っていた。クラウディオさんをさらった犯人は、この将軍と二名の部下で間違いない。おおかた、邪魔なレジスタンスを一掃する機会を狙っていて、それでクラウディオさんを利用したのだろう。将軍の表現を借りるとすれば、それは火を見るよりも明らかだった。


 しかし、俺には彼らの犯行を決定付ける根拠が不足していた。いまさらクラウディオさんと最後に会ったあなた方が一番怪しいと糾弾しても、うまく言い逃れられてしまうだろう。なんとかうまく尻尾を掴む方法はないものだろうか?

 俺は少し考えてから、ちょっと芝居を打ってみることにした。さっと身をかがめ、地面に落ちているものを誰にも見られないように手の内に仕込んだ。


「将軍、レジスタンスの仕業だと決めつける前に、ちょっとだけ俺に時間を頂けませんか?」


 彼は冬眠中の熊が寝返るみたいに、ふくよかな体をひねって俺のことを見た。


「なんだね? 言ってみなさい」


 俺は礼を述べてから、将軍の胸のあたりを指差した。あえてこの異世界のマナーは無視しておいた。


「少し気になったんですが……その胸の勲章、一つ減ってませんか?」

「むっ……」


 窮屈そうに首を下に傾け、彼は両方のポケットにぶら下がるいくつもの勲章を見やった。太い指がそれを一つずつ数えていき、十一でその行為は終了した。


「減っておらんな。それよりもきみ、旅人だと言っておったが、どこの生まれだね? 人に向けて指を伸ばすときには、空いた手でそれを包めと教わらなかったのかね?」

「教わってませんね。でもすいません、そういうことなら覚えておきます」と俺は言った。「それより――本当に減ってませんか? 年寄りによくある記憶違いじゃないですか? 俺が午前中に見たときは、たしかに十二個でしたよ?」


 部屋の隅でじっとしていた彼の二名の部下が、さっと前傾姿勢になった。将軍は無言で手を上げ、彼らの行動を抑制した。


「非礼は流そう。エメラルドグリーンの美しい海にな……。それで、きみは何が言いたいのだね?」

「じつは……さっきここで勲章を拾ったんです」


 俺は手のなかにあるものをつまんで、ここにいる全員に開示した。それはカーテンの隙間から漏れ入る細い光を受け、妖しい輝きを静寂のなかに浮かべた。俺はすぐにまた手を握りしめた。


「これは荒らされた部屋に散乱する本の上にありました。つまり、この勲章の持ち主は部屋がこうなったあとにこれを落としたことになります。たとえばレジスタンスの犯行に見せかけるために部屋をめちゃくちゃにして、それでクラウディオさんを紐で縛っている最中とかにですね」


 カーテンが隙間風に揺れた。それにあわせて、光が狂ったように壁や床を跳ねまわっていた。俺は全体に漂わせている視線を下げ、少しだけ目を閉じた。そこでは光が誇張され、幾何学的な模様を大きく描き出していた。


 やがて将軍は口を開いた。


「ワタシは十五で国防学校を卒業し、その年に初めて勲章を手にした。死ビトを五体殺し、この国の要人を護った働きによってな。次の受勲は十八の冬だ。ちょうど今のように円卓の夜の真っ只中だった。帝国に荷を送り届けねばならなかった。中身は今でもわからん、きっと重要な何かだったのだろう。大規模な部隊が編成され、それを乗せた数多くの馬車がこのルザースを発った。王の道を辿り、やっとの思いで帝国に行き着いた。そのときには、荷を抱えたワタシ一人になっておったよ。年老いた帝国軍人が食べさせてくれた熱い紅茶とロール・ケーキの美味しさは、一生涯忘れることができんだろうな……。

 旅人よ、ワタシはこのように、受けた勲章を正確に思い出せる。まるで昨日の出来事のように描写することができる。九個めは帝国との和平が結ばれた十八年前。そして十一個めが一昨年の春だ。どうだね? そのワタシが全部で十一だと言っておるのだ、それは間違いなく十一だとは思わんかね? ゆえに、仮にきみの手のなかにあるものが本当に勲章だとしても、それはワタシのものであるはずがないのだ。

 だから旅人よ、ワタシはその手の中をあらためるような真似はせん。きみの心行くまで握り込んでおくといい。まあ、反射してよく見えなかったが、おそらく大きさの似たカップの破片なのだろうがね」


 ぐうの音も出てこなかった。こぶしのなかで、破片の鋭角が皮膚をいたぶるように突いていた。それでも俺は握りを緩めることができなかった。シュレディンガーの猫がどこか遠くのほうから、俺のことを嘲笑っている気がした。


「まだ何か言うことはあるかね?」と将軍は追い打ちをかけるように言った。

「ありません」と俺は言った。


 彼は満足した様子で頷き、あるいはいたわりとも取れるような目で語りかけた。


「なぜかはわからんが、きみはどうやら我々を疑っておるようだね。何か考えがあって、罠にかける気だったのだろう。しかし、そんな子供騙しがワタシに通用すると思っていたのかね?」

「ええ、じつはあまり思ってませんでした」と俺は言った。少なくとも、将軍に対しては本当にあまり思っていなかった。

「ふむ、まあ良い。レジスタンスを叩けば誰かしら罪を認め、きみも馬鹿ばかしい思考を捨てられるだろう。あとのことは我々に任せて、奥さんを家まで送っていってあげなさい」


 丁寧に頭を下げて、俺は戸惑いを見せるウィンディーネとガルヴィンの手を引っ張り、無理やり歩を進めさせた。玄関のドアノブに触れると、将軍がまた声をかけてきた。


「最後に一つだけ訊いておこう」と彼は言った。「きみは本当は旅人などではないのだろう? 夫妻とも親しいようだ、いったい何者なんだね?」


 俺はうしろを振り返り、将軍を視野の中心に据えた。


「探偵です」と俺は言った。


 彼は口元に力をこめ、軽く何度か頷いた。


「ふむ、まあそうだろうとは思っておったよ」





 ドアを開けて外に出ると、午後の日差しが俺たちを優しく迎い入れてくれた。俺は何も言わずに道路の植え込みに沿って歩き、最初の角を曲がったところで立ち止まった。


「よし、ここからクラウディオさんのアトリエを見張って、あいつらが出てきたら後をつけるぞ」


 最初に口を開いたのはガルヴィンだった。


「どういうこと? 将軍たちが犯人なの?」

「ああ、それで間違いない」

「でも、さっき言われたとおり、お兄ちゃんの罠は見破られて、掻い潜られたんでしょ? それでどうして断定できるのさ」

「それができるんだよ、100パーセントの自信を持ってな……。たしかに将軍にはバレたけど、あれは彼に対して張った罠じゃないんだ」


 ウィンディーネの顔を見ると、何がなにやらわからないといった様子で俺のことを見ていた。清楚な女神的表情でもなく、般若顔でもなく、今はもう素のヤンキー女に戻っているようだった。


「部下の目が殺意の赤に染まったよ」と俺は言った。「二人とも、カップの破片についてデタラメに推理してるあたりでな……。つまり、将軍が事件現場に勲章を落としたって本気で騙されて、俺を始末しようと考えたってことだ。あの三人の犯行に間違いないだろ?」


 固まっているウィンディーネの手のひらにカップの破片を置き、俺は素敵な笑顔を彼女に届けた。


「それやるよ。クラウディオさんを助けたら、二人の宝物にしてずっと大事にしてくれ。なんたって、彼を助け出せるきっかけをくれた――」

「いるかバーーーーーーーカ!」


 ウィンディーネは破片を無の彼方へと全力で投げ捨てた。水色の扇を具現化させ、俺の頭を硬いところでおもいっきり引っぱたいた。


「いってーな! 何すんだこのバカヤンキー女!」

「うるっせぇこのハゲ、なにドヤ顔で語ってやがんだ! あいつらが犯人ならなんでぶちのめさねぇんだよ!」

「蔑称すらうまく選択できねえのかアホ! 俺はまだハゲてねえ! ってか、それはお前の愛する旦那様だろ!」

「て、テメェ……! クラウディオの悪口は許さねーぞ! あれでも出会ったときより濃くなってるんだかんナ!」


 俺は心底呆れ、深いため息を吐き出す。


「ハア…………。やれやれ、こいつはどうしようもなく本物のバカだ。なぜ将軍たちをつけてクラウディオさんのところまで案内させたほうが安全だし早いと理解できないのだろうか? いやはや想像を絶する。試しにアリスと叩いて被ってジャンケンポンをやらせてみたいぐらいだ。きっと、すぐにジャンケンの勝敗にかかわらず、とりあえずピコピコハンマーを取ったもん勝ちみたいになるのだろう。ハア…………どこかにバカヤンキー女を更生してくれる寺的な場所はないものだろうか? そこで性格を矯正し、そして水の羽衣みたいなエロ衣装を着るよう教育してくれたら、ハア……言うことはないのだが」

「何が水の羽衣だエロがっぱ! テメェ思考が口に出てんぞ間抜け!」

「わざとに決まってるだろ! お前みたいなのはこうやってハッキリものを言ってくれる奴が必要なんだよアホ!」


 それから五分ほど言い争いをしていると、ひとり冷静にアトリエを見張っているガルヴィンが動き出した。彼女は身を低くして、向かいの木陰まで移動した。


「将軍たちが出ていったよ! 二人ともガキみたいにケンカしてないで、早く尾行するよ!」


 俺とウィンディーネは瞬時に頭を切り替え、ハモルようにガルヴィンに返事をした。


「よし行くぞ!」

「よし行くぞ!」


 バカがくるっと身体全体で振り返る。


「今アタイのほうが先に言ったぞ! アタイの勝ちだかんナ!」

「お前のは『吉幾三』だった! ってかアリスみたいなことで張り合うとするんじゃねえ!」


 そして将軍たちの追跡が始まったわけだが、緩やかな坂に入ったところで、俺たちは選択を迫られることになった。将軍たちが二手に分かれてしまったのだ。


「ほら見ろめんどくせぇことになったじゃねぇか!」とバカがわめいた。寺だ。こいつには寺が必要だ。


 俺はイライラ係数を抑え、冷静に判断を下した。


「お前らは将軍と部下を尾行してくれ。俺はあのガタイのいい部下を追う……もし戦うことになったとしたら、あいつが一番やっかいそうだからな」


 意外にもウィンディーネは反論しなかった。なんだかんだ言って、俺のことを少しは信頼しはじめてくれているのかもしれない。


「わかったエロがっぱ!」と彼女は言った。そして人差し指からごく少量の水を飛ばし、俺のシャツの胸元を僅かに濡らした。


「な、なんだよこれ……」

「標的を定める霊水だ。これを浴びせとけば、アタイの必殺の術がどこから撃ってもテメェにあたるようになる」

「へえ、ホーミングミサイルみたいなあれか。……で、それで?」

「それで? じゃねぇよ頭わりーナ! こっちがクラウディオが監禁されてる場所を見つけたら術を撃って知らせてやるって言ってんだよ! 辿れるようにしばらく発現させたままにしてやるから、速攻で来いよ!」

「えっ……でも必殺の術があたったら俺死なないか?」

「だから威力は最小限にしてやるって言ってんだろタコ!」


 言ってないと思うが、まあいちいち付き合っていたらこっちが先にまいってしまう。俺はヤンキーの更生に熱意を注ぐ住職ではないのだ。

 それなら俺が同じ状況になったら雷獣を狼煙代わりに使役すると告げてから、俺はガルヴィンの肩を軽くこづいた。


「おいガルヴィン……よっぽどのことがない限り魔法を人に向けて放つなよ? もうお前は屍教の姫じゃないんだ、無暗に攻撃を加えようとするな」


 彼女はしばらくしてから頷いた。「まあ、いいよ。お兄ちゃんがそう言うなら」


 そして俺たちはそこで別れ、それぞれのターゲットの尾行を開始した。


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