31 追い風とともに去りぬ
「思ったよりシルフの隠れ家って地下にあったんだな……」
シャツの裾をアリスに掴まれながら洞窟を歩いている俺は呟いた。
2往復目の帰り道ともなれば、暗い洞窟とはいえ懐中電灯さえあれば迷わずに1人でも往復出来そうだ。
まあ、迷う程の通路は俺達が歩いた範囲内ではなかったが、シルフ族の隠れ家の奥はそうでもないらしい。
奥は族長すら把握し切れていない程に広がっているようで、ショッピングモールからも見える岩山の地下であるこの洞窟は絶好の冒険場所のようにも思えた。
「ここを曲がると湖の目の前に出るであります!」
アリスの頭に座っているチルフィーが左を指さした。
「湖か……今度行ってみよう」
「その時は案内するであります! お弁当とプリンを持って行くであります!」
チルフィーが案内してくれるなら安心だ。
俺はそれ程に今回出会った風の精霊シルフであるチルフィーを信頼していた。
いや、それはチルフィーに限った事では無く、族長や他のシルフ族、それに出会ったばかりのソフィエさんやクワールさん、ボルサの事も信頼していた。
「この異世界に転移されてからいい出会いばっかりだな……」
俺は素直にそう言った。
「出会いは人を成長させるのですじゃ」
出口まで見送りに来てくれている族長が俺の言葉に反応した。
「ああ、そうだな。……いや、偉そうにそうだななんて言える程の経験をしてないか俺は……」
「そんな事ないですのじゃ。小僧は幻獣との出会いで力を得て、そして見事にそれで花の化け物を討伐してくれたのですじゃ」
「幻獣との出会いか……」
俺の場合はガチャガチャから出たカプセルを開けて、知らないうちに契約までされていたんだけどな……。
立派な出会いと言えるかどうか……。
俺がそう考えると、内に秘める幻獣が否定するかのように体温を少しだけ下げた。
すまんすまん、これも立派な出会いだな!
そう思い直してから、俺は気になっていた事を族長に聞いた。
「幻獣使いの俺は召喚士って事にもなるのか? つまり幻獣は召喚獣?」
「幻獣と召喚獣が同じ訳がないですのじゃ。幻獣使いが幻獣の力の一部を少しだけ借りる者なら、召喚士は召喚獣の全の力を扱う者ですのじゃ。その違いはまさに月とスッポン……ですのじゃ」
ん? 俺がスッポンなのかな? いやいやまさか、俺が月担当だよな?
ってか、族長の天然チャネリングで元の世界の諺に聞こえるのか?
と俺がどうでもいい疑問を感じていると、族長は俺の頭の中を読んだかのように言った。
「小僧がスッポンですのじゃ。討伐前にも言ったように、お嬢様なら大召喚士にもなれますのですじゃ。大魔道士でも精霊王でも……。まあ、四大精霊が一つのシルフ族の族長としては、精霊王を勧めたいのですじゃが」
「なにになるか、なにをするかは私次第って事ね!」
カエルを恐れて俺のシャツの裾を握ったまま俯いているアリスは、そのままの姿勢で声だけ張った。
「そういう事ですのじゃ。まあお嬢様は既に……。いや、過ぎたるは及ばざるが如しですのじゃ。私があれこれ言い過ぎてお嬢様の選択肢を狭めるのは良くないですのじゃ」
最後に、纏めるように族長は付け加えた。
「お嬢様のエグい素質から広がる未来の選択肢とは逆に、小僧は幻獣使いしか道はないですのじゃ。まあ魔法以外の魔剣使いや剛体術使いを学ぶのも可能ですのじゃが、それよりも一つを極める事を勧めるのですじゃ」
「一つを極める……か」
「そうですのじゃ。スッポンとは言ったですのじゃが、幻獣使いとて素質がなければ契約時に幻獣に食って殺されているのですじゃ。小僧の体に住む事を幻獣が決めた時点で、小僧にはその素質があったのですじゃ。それを極めずにしてなにを極めると言うのですじゃ」
少し長い族長の纏めだったが、それを聞くと少しだけ自分が誇らしく思えて来た。
年の功なのか族長が故なのか、人を奮起させる事に長けているようだ。
「さて……出口に着いたですのじゃ」
再び俺達が草原に出ると、既に外は暗くなりかけていた。
チルフィーと族長が洞窟の入り口に並び、最後にもう一度深い礼を述べた。
「お隣さん同士なのだから、いつでも遊びにいらっしゃい! プリンは他にも美味しい物が沢山あるわ! 私もそれを持ってまた遊びに行くわね!」
「他にも美味しいプリンでありますか! 是非味わいたいであります!」
チルフィーはそう言いながら飛び回った。
今すぐにでもショッピングモールに行きたそうだったが、族長に止められた。まだ隠れ家でやる事があるようだ。
「あ! そう言えば、アリスの黒いタイツとTシャツの使い道は分かったけど、俺のシャツはなにに使ってるんだ?」
俺は、雨で濡れないようにアリスの頭に被せたまま行方不明のシャツを思い出した。
アリスの衣類はシルフの子供の寝床に使っていて、先程まで穿いていたタイツも追加でプレゼントしていたが、俺のシャツは依然行方不明のままだった。
「シャツでありますか? そんな物は知らないであります……」
えっ!!
俺はてっきりアリスが被った時に濃いマナの痕が残り、それをチルフィーが発見して持って行ったのだと思っていた。
「なにしているのよ! 早く帰って夕食にするわよ!」
既に先を歩くアリスが振り返った。
「ま、まあいいか……じゃあチルフィー、族長、またな!」
俺は走りながら2人に向かって手を振り、洞窟を後にした。
同じく手を振っているチルフィーと族長の方から優しい風が吹いた。
それは、俺達へと贈る追い風のプレゼントのように思えた。




