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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第二章

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296 白いアフロ

 白いアフロ頭の男は俺たちの前方数メートルの位置で立ち止まり、表情を変えずにこちらを注意深く見ていた。ときおり何か考え込むように鼻や口に指を添える仕草を見せた。それからおもむろに背を向け、そして急に駆け出した。とんずらをかましやがったのだ。


「こら! 待ちなさい!」


 アリスは瞬間的に動き出し、男を追いかけはじめた。俺も走り出した。月の欠片を盗まれた借りもあるし、何より逃げ出した意味を知る必要がある。


 白いアフロ頭の男――オパルツァー帝国第六継承者と俺たちによる追走劇が始まった。しかし、それはほんの10メートルほどで突然終わりを告げることとなった。男の足がもつれ、勝手に転んでくれたのだ。その転倒の仕方も、それまでの走り方も、見るからにスポーツのできないタイプのようだった。


 アリスは風の加護でふわっと飛び跳ね、うつ伏せになって手足をばたつかせている男の背に馬乗りになった。


「あなた、あのときはよくも私たちの月の欠片を騙し取ってくれたわね!」


 もがくのをやめ、男は顔を伏せたまま苦し紛れの言葉を発した。


「人違いでは? ワタシはあなた方なんて知りませんにょ?」

「嘘を言いなさい! 慌てて逃げたし、それに取り繕おうとして噛んじゃってるじゃない!」

「これは噛んだんじゃないですにょ。ワタシ一押しの語尾なんです……にょ」


 俺はアリスのコートのフードを掴んで男から少し離れさせ、男が起き上がるのを待った。男は観念したようにくるっと仰向けになり、そのまま上半身を起こした。


「その節はお世話になりました」と第六継承者は言った。「しかし、まさか無事とは思いませんでしたよ。あのあと時の迷宮がどうなったのか、ワタシは存じております。てっきり、二人一緒に地の底へと呑み込まれたと考えておりました」

「生憎だけど、なんとか難を逃れたんだ」と俺は言った。男はふっと笑い、よっこらせっと口にしながら悠然と立ち上がった。


「皮肉はいけませんね。生憎だなんてとんでもないですよ、ワタシは本当にあなた方の身を案じていたのです。月の欠片がなければ帰路に着けぬところを、献身的な厚意で助けていただいたのですからね。命の恩人というわけです。……おや? まだワタシの感謝の意が伝わっていないようですね? いいでしょう、それなら目に見える形であのときのお礼をさせてもらおうじゃありませんか。『オパルツァーは借りを返す』、これがうちのモットーなんです。……そうですね、じゃあそこの店に入って話をしましょうか。カスタードクリームいっぱいの美味しいロールケーキを出してくれる――」


 アリスがじれったそうに話を遮った。


「お礼もロールケーキもまたあとでにしてちょうだい! 私たちは急いでいるの、ルザースという国までウィンディーネに会いに行かなくちゃならないのよ!」


 男は白髪のアフロをたぷんと揺らし、記憶の器の蓋を外すみたいに呟いた。


「ちっちゃな頃に本で読みましたが……水の精霊が住まうとされている国は、『サイウィン・ディーネ』では?」

「ふはーふでひほほへっほんひてふはひてひるほほ!」とアリスは言った。咄嗟に俺が口を塞いだのでわけのわからない言葉になっているが、『ルザースで人と結婚して暮らしているのよ!』と口にしたのだと思われる。


 俺は余計なことを教えないようアリスの口に手のひらを添えたまま、男の顔をじっと見据えた。


「お礼って言うなら、あんたに一つお願いしたいことがある。オパルツァー帝国第一継承者……ザイル・ミリオンハート・オパルツァーと話ができる席を設けてくれないか? 仲間が今掛け合ってるけど、あんたなら簡単に実現できるんじゃないか?」


 俺の口から飛び出した男の名を聞き、彼は一瞬目を細めた。そこには刹那的ではあったが、ザイルやカイルと同じ冷たい輝きが認められた。深奥から他者のすべてを見探ろうとしているような、凍える眼光だった。

 既に表情は朗らかなものに変わっていた。彼はまた軟体動物のようなアフロを大げさに揺れ動かして、少し申し訳ないことを言うみたいに口を開いた。


「急に兄の名が出てきて驚いてしまいましたが、すいません、それはワタシのような者には出来かねることです。ワタシ個人だってもうずっと顔すら見ていないのです。皇太子殿下と、取ってつけるように与えられた継承権第六位のワタシ。そこには天と地ほどの差異が存在しております。あなたがなぜそのような願いを申し出るのか知りませんが、無理ですね、はい諦めてください」


 けれど、と男は付け加えた。アリスは俺の手を振りほどき、食い入るように男の続けられる言葉を待った。


「ルザースに行くのなら、そのお手伝いはできると思います。円卓の夜でも死ビトを寄せ付けない魔法のような馬車。それを提供して差し上げましょう。どうです? 謝意は存分に行き届いたのでは?」


 アリスはじーっと男の顔を見ながら、おもむろに言った。「あなた、語尾を忘れているわよ?」


 指摘は鮮やかに無視され、男はくるっと横を向いて東を指さした。


「あっちの外門にすぐに用意させますにょ」と男は言った。「あるいは道中よりも、ルザースという国そのもののほうが危険かもしれませんにょ。あなたたちの旅に神のご加護があらんことを……ですにょ」





 たしかに、舗装された砂利の上を走る馬車に気を留める死ビトは一体もいなかった。帝国独自の技術で造られた馬車らしく、その不思議な力の源は月の欠片のようだった。月の欠片をマナに変換して死ビトどもを煙に巻いているんだ、と馬車を操る御者の老人は隣に座る俺に教えてくれた。そのメカニズムや魔法的作用は理解していないようだったが、とにかくこれが量産された暁には帝国はあと千年は安泰だ、としきりに何度も口にしていた。俺は彼を心のなかでドズル閣下と呼ぶことにした。


 ドズル閣下は普段、あの白アフロの専従御者をしているようだった。ルザースの首都にも何度か彼を送迎しているらしく、道に関しては心配する必要はないみたいだった。道という道はすべて覚えてらぁ、目をつぶっても平気だぜ小僧、と彼は自慢げに俺に言った。目は開けておいてください、と俺は彼に言った。


 アリスとチルフィーとガルヴィンは後ろの客車で楽しそうに話をしていた。ちょいちょい御者席と客車のあいだの小窓が開けられ、アリスの小さな手が伸びてきてアメやお菓子が配られた。俺はそれを受け取り、運転に差し支えないよう注意しながらドズル閣下に渡した。彼はふ菓子を特に気に入った様子だった。


「ルザースはな、坊主」と彼はミルク・キャンディを口にしながら話し出した。「一昨年死んだワシのカミさんの故郷なんだ。小さな国だが、良い国さ。少なくとも良い国だった、とカミさんは言っておったよ。それが十八年前、オパルツァー帝国の支配下に置かれることになり、数多くある属国の一つになった。主権は認められているが、そんなもんは鼻くそほどの価値もない。せいぜい今晩の夕食を自由に決められる程度の話さ。……カミさんは死ぬ瞬間までそうぼやいておったよ。ワシは帝国出身だからな、坊主。そんなぼやきには聞く耳も持たなかったし、帝国領に入って少しでも豊かになるなら儲けものじゃないか、とカミさんといつも口論しておった。カミさんが死んでからも、ワシはルザースのことを帝国の威を借る狐のように思っておったよ。内紛が勃発する、去年まではな……」


 俺は黙って話の続きを待った。死ビトの大群が遥か前方に現れ、老人は馬車を一旦止めて、群れが通り過ぎるのを静かに待っていた。死ビトたちはまるで、アメリカの広大な岩盤地帯に沿って伸びる国道を無心に横切るバッファローの群れのようだった。住む世界に隔たりがあるみたいに、こちらに目を配ることすらしようとはしなかった。


 やがて死ビトの群れが行き去り、翔馬が蹄を砂利道に打ちつけた。少しの振動も感じさせずに、馬車が再び走り出した。


「あの第六継承者も言ってました」と俺は静かに口にした。「道中よりも、ルザースそのものが危険かもしれないと……。それは内紛が巻き起こっているからなんですね?」


 老人は前を見たまま、曖昧に頷いた。


「正規軍と、祖国を帝国の支配から脱却させんとするレジスタンスの細々とした争いさ。それが一月続き、二月続き、半年続いて、いよいよ帝国軍が介入しだした。そして円卓の夜が始まった。レジスタンスも馬鹿じゃねえ、円卓の夜の期間のみ停戦を申し付けた。まずは自分たちを死ビトから守るのが最優先だからな。正規軍はそれを受け入れた。それからは静かなもんさ、少なくとも表から見た限りではな。だから坊主、そう心配するこたぁねえさ。目立たなければ誰も何も言ってはこねえだろう。だけどな……一つだけ忠告しておく。地下にだけは立ち入っちゃいけねえ」


 おぼろげな形の忠告のように俺には聞こえた。具体像が何も見えてこない。「地下とは、どこの地下のことですか?」と俺は尋ねた。


「どこかはわからねえ。しかし地下だ。レジスタンスは古今東西、どんな連中でも地下に集まると相場が決まっている。そこで悪巧みをしているのさ。そんなところに近づけば、坊主たちも巻き込まれかねねえ。正規軍にも目を付けられちまうかもしれねえ。わかったか? 坊主。悪いことは言わねえ、どこの地下にも入り込んだりするな」



 だいたい四時間半で馬車はルザースの首都に辿り着いた。オレンジ色に染められた丸太の壁に囲まれた街で、立ち並ぶ建物の多くもカラフルな色合いになっていた。遠くにはエメラルドグリーンの海が見え、桟橋がその上に短く渡されていた。漁をするためと思わしき船も何隻か停泊している。


 潮風がアリスの長い後ろ髪を弄ぶようになびかせると、アリスはそれを手で押さえて感嘆の声を漏らした。


「とても華やかでいい街ね! 元の世界の地中海に面した街並みのようだわ!」

「ああ……たしかに」と俺は言った。そう思うと、なんだか無性にパエリアが食べたくなってきた。


 ドズル閣下は厩舎に翔馬を預けるために、馬車を街の西へと走らせていった。そのままそこでやっかいになり、明日の昼過ぎには帝国に戻るらしい。遅れたら置いて行っちまうからな、と彼は去り際に言っていた。現在午前十一時ちょっと過ぎ。丸一日はここに滞在できることになる。


「さて……まずはウィンディーネの住まいを見つけないとな」

「それならスプナキンを探すほうが早いんじゃない?」とアリスは辺りをきょろきょろ見ながら言った。「ウィンディーネに会ってももらえずに、まだこの街に滞在しているって話だったわよね?」


 しかし、スプナキンを探す必要はないみたいだった。既にガルヴィンの頭の上に座っているチルフィーが遠くにスプナキンの姿を認め、すごく嬉しそうに彼の名前を口にして羽ばたいていった。


「スプナキンか……ちょっと懐かしいな」とガルヴィンはふと口にした。

「ああそっか、スプナキンはオウティスと行動してたから、お前とも一緒にいたことになるのか」

「まあ、短いあいだだったけどね」


 俺たちはアリスとチルフィーを追って、ゆっくりとスプナキンのもとまで歩いていった。そして、そこで憔悴しきった彼の顔を目の当たりにすることとなった。


 スプナキンはチルフィーにすら気づいていない様子で、ベンチの上で小さな体を更に縮こませるようにして座っていた。しばらくすると俺たちの存在に気づき、しおしおに萎れたトンガリ帽子を傾かせて、丸メガネの向こう側にある感情の乏しい目で俺たちを見上げた。


「……ああ、みなさんも来たのですね」と彼は言った。「しかし……あのヤンキー女精霊に話を聞かせるのは簡単ではないですよ。もう何日も、行くたびにハエ叩きで撃墜されてしまうのです。乱暴者ですよ、あれは。ええ、ものすごく粗暴なヤンキー女です」


 スプナキンにしては少し口が悪かった。そして、どうやらウィンディーネは俺の想像する美しく清楚で(裸に近い)羽衣を纏う女性ではないようだった。ヤンキー女? やれやれ、委員長タイプの次に俺と反りの合わない女であるみたいだ。


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