30 シルフの秘蔵
「この度は誠にありがとうございましたですのじゃ」
シルフの隠れ家で族長が俺達に頭を下げながら言った。
「どういたしまして! 私達も楽しかったわ!」
なにも言っていない俺を巻き込んだ感想を、アリスは返した。
あの後、俺達はチルフィーに岩山を案内され天日干しされていたシルフ族を発見した。
冬枯れのように葉が枯れて淋しくなっている老樹に大勢のシルフ族が吊るされており、最大で7日間干されていた者達は干し柿のようになっていた。
その干からびかけていた6人のシルフは自力で飛ぶ事が出来ず、小さいのに意外と収納力のあるアリスの赤いリュックと俺のボディバッグにそれぞれ入れて連れ帰った。
その6人は今、テントでチルフィーに看病されている。
「これだけシルフがいると、この洞窟も賑やかだな」
隣の大きなテーブルでワイワイとしているシルフ族を見ながら呟いた。
アリスが持ってきたプリンを小さな食器に分け、美味しいという形容詞をそれぞれの言葉で表現している。
「今、この隠れ家にいるシルフは20人程ですのじゃ。これでも徐々に増えているのですじゃが、元々の住処であるシルフの里にいた頃とは比べ物にならないぐらい少ないですのじゃ」
俺は最初にこの洞窟に訪れた時と比べて賑やかだと言ったのだが、族長は昔と今を比べているようだ。なにがあったのだろうか?
「なにがあったの?」
アリスも同じ疑問を抱いたようで、直球で質問をした。
「……それはまた次の機会に語らせてもらうのですじゃ。今は私のつまらない語りで水を差さずに、お嬢様と小僧の活躍を称えさせて頂きますのですじゃ」
族長はそう言うと他のシルフより少しだけ豪華な羽をはばたかせ、座っている俺とアリスに最接近した。
「お二人とも、お手を拝借しますですのじゃ」
と言いながら、族長は両腕を伸ばして俺とアリスの手に同時に触れた。
「な、なにをする気だ?」
「黙っていろ小僧! これから行うはシルフの……秘蔵! うるさい貴様を……巨像!」
いい言葉がなかったらしいが、俺はまた韻を中途半端に踏みながら怒られた。
空気を読んでジっとしていると、触れている族長の手から暖かい風を感じ、その風が俺の全身を包んでから暫くして消えた。
「今の暖かい風はなに?」
全く同じ現象を感じたらしいアリスが聞いた。
「これはシルフ族の間で使われる風の便りですのじゃ」
「風の便り……なんだそれ?」
俺はそのシルフの……秘蔵? であるっぽいものについて聞いた。
「風の便りはシルフの秘伝。これでお二人の間でテレパシーでの会話が可能になったのですじゃ」
「おおマジか! 凄いなシルフの秘伝!」
「ちょっと試しにやってみるのですじゃ。やり方は相手を想いながら頭の中で語り掛けるだけですのじゃ」
秘蔵ではなく秘伝だったらしい風の便りをさっそく実践してみた。
「……アリス聞こえたか? 今便りを送ったぞ」
何故か眉間にシワを寄せながら目を瞑っているアリスに聞いた。
「聞こえないわ。私も送ったけれど聞こえた?」
「……なにも聞こえないぞ」
すると、族長はわざとらしい咳を一つした後に、再び飛んで元の位置に戻った。
「風は気まぐれですのじゃ。その便りが届くのは1分後かもしれないし、1年後かもしれないですのじゃ」
「……まさに風の便りって事か」
「でも楽しそうじゃない! 気に入ったわ、ありがとう族長!」
アリスはまるでおもちゃを貰った子供のように目を輝かせた。
その顔を見ると俺もなんだか嬉しくなり、とても良い物を貰ったような気がしてきた。
「本来なら豪華な料理とともに、もっと良い物を贈りたかったですのじゃが、今はこのくらいしか出来ないで申し訳ないですのじゃ。もう一度お礼を言わせて頂きますですのじゃ、今回は誠にありがとうございましたですのじゃ」
族長は先程よりも更に深く頭を下げた。
「楽しかったうえに素敵なプレゼントまでありがとう!」
「ああ楽しかった! こちらこそ色々教えてもらってありがとうございました!」
アリスに続き、俺も感想とお礼を言った。




