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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第二章

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276 白菊の挿し木

 熾天使の塔内部は、前に訪れたときと違って死ビトで溢れかえっていた。これから死霊のダンス・パーティーでも始まるのだろうか? そう思えるほどだった。しかし、身体が小さくなっていることに加え、場面ばめんでスプナキンが飛行して運んでくれたので、死ビトに見つからずに地下まで下りるのはそう難しいことではなかった。


 ガーゴイルの彫像の扉を見上げる。懐かしいと思えるほど時間は経っていないし、感慨深くもならなかった。ただただ不気味だった。のどかな田舎の公民館の地下にふと祀られている、怪しげな異教徒の偶像を見ているような気分だった。


「よじ登るっぺ」とノームが言った。そしてさくさくと扉の出っ張り部分を伝って登り、黙ってガーゴイルの開かれた口の中に入っていった。


 俺はスプナキンと顔を見合わせた。彼はにっこりとほほ笑んでから俺を抱えて、ノームが消えた場所までぱたぱたと飛んでいった。

 ガーゴイルの舌を歩いて口内を抜ける。そこは真っ白い空間だった。何もないし、誰もいない。音もないし、匂いもしない。だけど見覚えはあった。少なくともあるような気がした。


「ここは……月の迷宮十層にそっくりだな……」


 つい昨日のことなのに、今度は――どうしてだかわからないが――深く懐かしい気持ちになった。眩しく輝く白光が、俺の目を自然と細めさせた。


「ア、アダムとイブにまた襲われないだろうな……」


 ノームは俺たちの少し先でまわりをきょろきょろと見ていた。やがて思い立ったように一方向へと真っ直ぐに歩き出した。


「ついていけばいいのか? ノームってあれだな、説明不足なところがあるな……」

「仕方ないですよ」とスプナキンは言った。「ノームは六人で一つですから。普段そういうことをしないでも意思の疎通をとれるのでしょう」


 古びた教会を視野に捉えたのはかなり歩いてからだった。白一色の空間(ノームは亜空間と表現していた)にひっそりと一軒だけ建つ教会。どうしても神聖さより、妖しさのほうが表だって浮き出てしまっていた。ノームはやはり何も言わずに、その門扉を抜けて建物に入っていった。


「ワタシたちも行きましょう」


 教会の中には九体のガーゴイル像があった。だいたいイメージしていたのと同じ形状をしていた。鬼のような形相に尖がり耳。額の真ん中から飛び出した短い一本角。そしてコウモリのような翼。体全体が黒曜石のような鈍い輝きをたたえていた。もしかしたら本当に黒曜石でできているのかもしれない。


「九体が円になって、その中心を見ているような構図ですね」とスプナキンは言った。

「ああ……なんか意味ありげだな……」


 しかし、その中央には何もなかった。あるいは誰もいなかった。真ん中に鬼の子のいない、『かごめかごめ』みたいだった。後ろの正面だあれ? だが、それを回答する者が不在しているのだ。


「もしかしたら、ガーゴイルが起動すると中央に何か現れるのか?」


 虫眼鏡を使って黙々とガーゴイルを見てまわっているノームが口を開いた。視線はずっと厚いレンズのなかだった。


「そうだっぺ。そこに『六つ羽のガーゴイル』が生まれるだっぺ」


 六つ羽のガーゴイル? スプナキンが納得した様子で丸メガネの縁に人差し指を触れた。


「なるほど、それで『熾天使の塔』というわけですか」と彼は言った。「熾天使――またの名をセラフィム。三対六羽の翼を持つ最上級の天使の位階。それと六つ羽のガーゴイルをかけたのですね」


 あるいは、とノームは言った。続く言葉を耳にするまでにしばらく時間が必要だった。


「六つ羽のガーゴイルこそが熾天使――この星を護るために地上を焼き尽くす、天より遣われし存在かもしれねえっぺ」


 スプナキンは何か言いたげな顔でノームをじっと見ていた。俺も否定的な意見を言いたくなった。だが、結局俺たちは口をきかずに黙っていた。『天使に大事な人たちを――もちろん自分も――殺されたらたまったもんじゃない』。たぶんスプナキンもこんなことを考えているのだと思う。


 『アポロンもヘラクレスもグレートヒェンの霊も、少なくともあなたたちには味方しない』とルナは教えてくれた。今一度の覚悟が必要だった。俺たちは天使さえ敵にまわしてしまうかもしれない状況なのだ。


 ガーゴイル像の裏からノームは顔を出し、虫眼鏡の側面で辛そうな姿勢の腰を叩きながら口を開いた。「ぼさっとしてねえで、おめえさんたちもガーゴイル像を調べるっぺ」


 具体的に何をどう調べればいいのかは教示してくれそうになかった。ガーゴイルの起動を防ぐヒントが本当にあるのだろうか? 俺たちは半信半疑で黒光りする角や翼に触れてみた。いや、俺たちと言ったらスプナキンに失礼かもしれない。

 彼に訊かなくてはならないことがあった。俺は咳払いをしてから、真剣な眼差しでガーゴイル像を見つめている彼に話を振った。


「結局、族長からシルフ族については細かく訊けなかったけど……お前たちはどんな感じなんだ? たしか、火の精霊は死ぬと自分を赤ん坊に戻して代替わり。水の精霊はそもそもが不老不死。そして地の精霊は六人いて、誰かが欠けると誰かから分裂。……だったよな?」

「ワタシたちはウキキさんやアリスさんとそう変わりありませんよ」とスプナキンは言った。「つまり、シルフもその一族も明確な寿命があるのです。病気にもなりますし、怪我もします。それが原因で命を落とすことだってあります。多々あります。そして、シルフが天に召されると、一族のなかでもっとも風に愛される者が次代のシルフとなります。そうして風そのものとなり、ワタシたちを導くのです」


 彼はそこまでを言うと、半開きの口を閉じて、教会の壁を眺めるともなく眺めた。ただ真っ白いだけの壁だった。


 俺は言った。「お前はチルフィーについて、運命がどうこう言ってたよな? それって、次代のシルフに選ばれるのがチルフィーってことなのか?」


 あいつが俺とアリスの前から姿を消して、風そのものとなってしまう。そんな先走りした架空の物語を思うだけで、胸がぎゅっと締めつけられてしまった。


 スプナキンは首を振った。


「いいえ、それならワタシは一族の元から去ったりなんてしませんでした。何故なら、シルフ族にとってシルフに選ばれるのはとても光栄なことだからです。彼女の幼馴染として、誰よりも祝福しますよ」

「じゃあ――」と俺は言った。スプナキンは長いまばたきを一度した。


「ウキキさんもご存じのとおり、シルフは――シルフィー様は、一族を逃がすために力を使い果たし、ケルベロスによって封印されてしまいました。当然、族長ら一族の者はシルフィー様の封印を解き、ケルベロスの手からシルフの里を奪還しようと考えました。ワタシはそれに賛同できませんでした。他の方法でケルベロスを打ち倒そうと、ひとり模索しました」


 俺は頷いた。そして彼は死霊使いオウティスと出会ったのだ。しかし、デュラハンを操作するという方法でのケルベロスの打倒は叶わなかった。スプナキンは一呼吸置いてから、また続けた。


「しかし、この星の危機ともなれば、なるほどシルフィー様に復活してもらう以外ありません。そうでなければ四大精霊の集結は成りませんからね。ですが、シルフィー様の封印が解かれれば消滅してしまうものもあります。それは――とても儚く、眩しいそれは――ワタシの大切な幼馴染……チルフィーの魂です」


 俺は何も言えなかった。理解が追いついていなかった。チルフィーの魂が消える? どうしてだ、と俺は平板な声で尋ねた。気がついたとき、俺はそう尋ねていたようだった。


 スプナキンは静かに、ただひと言だけ述べた。「シルフィー様はチルフィーのなかに封印されているからです」





 俺とスプナキンとノームはシルフの隠れ家(正しくは地の精霊ノームの住処)の洞窟から南に下ったところにある、大きな湖に強制的に転移させられた。それはノームの転移術における正常なサイクルの一環だが、にもかかわらず、俺だけ体のサイズが戻っていなかった。


「個人差があるっぺ」と四歳児程度のサイズに復したノームが、なんでもないことのように言い放った。そんなに慌てないでも、じきに元に戻るっぺ。


 俺は愛想笑いを浮かべてから、一面に広がる湖を眺めた。雲間から覗く沈みかけの太陽が、それでも水面に真っ直ぐな光を落していた。


「チルフィーとここでピクニックをしようって前に約束したんだ」と俺は言った。もうずっと前の話だ。あいつは覚えているだろうか?


 スプナキンは微笑んだだけで、何も言おうとはしなかった。俺も精一杯微笑んでみた。うまくできたかどうかはわからない。


 俺たちは時間をかけて移動し、死ビトの群れをかいくぐって洞窟に足を踏み入れた。ショッピングモール側から入ったときもそうだったが、不思議と洞窟内で死ビトと遭遇することはなかった。しかし油断はしないでください、とスプナキンは言った。円卓の夜が始まったばかりだからです、次第に中に入り込んできますよ。

 だいたいの経路をスプナキンに抱えてもらって宙を移動し、俺たちはやっとシルフの隠れ家に帰ることができた。結局五時間ほど留守にしていたわけだが、驚いたことにシルフ族とノームの宴は続いていた。それに族長もまだ小さな舞台の上でラップを歌っていた。


 アリスは最前列でノリノリだった。チルフィーもノリノリだった。俺はアリスの頭の上で翡翠色のポニーテールを振り回している彼女を見ながら、呟くように言った。


「さっきの話……チルフィーは何も知らないんだな?」

「はい。時が来たら族長から伝えるそうです」


 チルフィーは白いワンピースを着ていた。よく目にするあいつのお馴染みの恰好だった。だけど、なんだか小さな鉢の中でも懸命に咲こうとする、挿し木の白菊を見ているみたいだった。とても儚く、そして眩しかった。


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