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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第二章

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274 地の精霊

 昼食のあとに、食堂にいる全員にアリスやチルフィーや子供たちによるお手製プリンが振る舞われた。ほろ苦いカラメルソースのお馴染のプリンや、抹茶プリン、はちみつプリン、そして色鮮やかなプリン・アラモード(缶詰のミカンやモモとイチゴジャムとピーナッツバターとホイップクリームがトッピングされている)。その四種がまるで高級レストランのデザートのように、一枚の純白の皿にきれいに盛り付けられていた。


 俺は元々プリンはあまり好きではないが、どれも美味しく頂けた。村から移住してきた老人たちにも好評のようだった。作った本人たちは、そのあまりの美味しさに目をキョトンとさせ、それからスプーンで口に運ぶたびに感動に身を震わせていた。そんなアリスたちを別のテーブルから眺めていると、隣のクワールさんが軽く唸ってから口を開いた。


「不思議な食感だな。ハンマーヒルあたりで売り出せば行列ができるんじゃないか?」


 彼は弾力を測定するようにスプーンの先でプリンを突き、いくぶん金の気配のする色を目に漂わせた。


「プリンはこの異世界にない食べ物なんですね」と俺は言った。

「少なくともワシがこの歳になるまで見たこともないな」

「じゃあ、ハンマーヒルの猫屋敷って喫茶店と組んで売り出します?」と俺は冗談めかして言ってみた。

「ふむ……」


 クワールさんはまんざらでもない様子で腕を組み、それからずっと何かを頭のなかで計算するようにフードコートの壁の一点を見つめていた。



 午後一時。俺とアリスは支度を済ませ、クワールさんにひと言ことわってからショッピングモールを発った。行き先は風の精霊シルフ族の隠れ家。通常なら三十分も歩けばその洞窟まで辿り着けるが、やはりショッピングモールが建つクレーターのような盆地には死ビトがわんさかといて、おいそれと抜けて行けるものではなかった。


「見える範囲にだけでも五十体はいるわよ。世界中こうなのかしら?」


 アリスは岩塊からひょいっと顔を出し、辺りを眺めまわした。


「もちろんそうであります」とチルフィーがアリスの頭の上に座って言った。「円卓の夜のあいだは大抵どこもこんな光景であります」


 俺たちは草原を注意深く歩き、そして時には忍耐強く死ビトの群れが過ぎ去るのを待ってから岩陰や木陰を伝って進み、なんとかあまり死ビトの相手をせずに洞窟まで行き着いた。


「やっぱり、多いだけじゃなくて一体いったいが強くなっているわね。まさか私のエイミング・ショットが剣で防がれるとは思ってもみなかったわ」


 アリスは歩きながら左手を突き出し、人差し指と中指のあいだを広げてそこを片目をつむって注視した。まるでスナイパーがスコープから覗いて照準を微調整しているみたいだった。

 懐中電灯を点灯させ、俺は先頭に立って真っ暗な洞窟に足を踏み入れた。凝縮された冷たい空気が、闇のなかから中立的な細い手を伸ばして俺の頬を撫でにやってきた。


「前に来たときよりも随分と寒いな……」


 俺はアリスの薄いピンク色のコートのボタンを下からとめていき、もこもこがついたフードを頭に被せた。アリスは俺の藍色のコートの裾を命綱のように握り締めていた。


「ここってたしかカエルがいるのよね……」

「ああ、そういやそうだったな。怖いのはわかるけど、ずっと下向いて歩くと危ないぞ?」


 チルフィーが案内するようにふわふわと前を行き、俺とアリスはかたまってそれについていった。


「あそこに何かいるわ!」、アリスはことあるごとにそう叫び、俺の手から懐中電灯を奪って気配の先を照らした。

「また小さな石だったな……」と俺は光を浴びせられて迷惑そうな石を見ながら言った。「ってか、なんで怖いのにわざわざ正体をあばこうとするんだよ……」

「あたりまえでしょ!? 不意打ちで見ちゃったらもっと怖いじゃない!」


 結局、シルフ族の隠れ家に着くまでに蛙は現れなかった。偽りの気配が三十ほどあっただけだった。


 開けた広い空間に入ると、チルフィーは不意に空中で静止し、振り返った。「というか、もうカエルは冬眠しているでありますよ?」


 アリスはなぜか残念そうに眉をハの字に曲げ、俺は早く言えよと的確なツッコミを入れて、懐中電灯のスイッチを切った。





 シルフの族長に経緯を説明すると、彼は長いあご髭を指先で搾るように上から下までなぞり、しばらくしてから口を開いた。


「双子の月の女神ルナ。そのお方がガーゴイルの起動を阻止するために四大精霊を訪ねよと仰ったのですじゃな?」


 俺は頷いた。そう言ってたのですじゃ。


「ふむ……」


 また族長は考えに耽り、ながいあいだ口をきかなかった。

 アリスとチルフィーは何人かの子供のシルフ族と、壁に密生する光苔を採取していた。あれのおかげで、この空間は火を灯さずともほんのりと明るいのだ。


「ガーゴイル――」と族長は記憶の棚からピックアップするように呟いた。俺はまた族長に向き直った。

「知ってることがあれば教えてください。ルナは言ってました、聡明なシルフ族の族長を頼りなさいと」


 ルナはそんなことは言っていない。『シルフ族を糸口にしなさい』と教えてくれただけだ。しかし、この爺さんはおだてると口が滑らかになる。嘘も方便というやつだ。


「本当ですじゃな?」と族長は嬉しそうに尋ねた。「聡明な族長、解明も順調――と言っていたのですじゃな?」

「いや……別にそんな無駄な韻は踏んでなかったと思います……」


 鼻息を荒げ、族長は有している知識を惜しげもなく披露してくれた。

 ガーゴイルはこの惑星の自浄機能。消滅の危機に瀕すると、惑星自らガーゴイルを起動させて、その脅威を地表もろとも焼き尽くす。そして浄化する。ここまではルナから聞いた話とおおむね同じだ。問題は襲来してくる最後の飛来種に対して、どうすれば自浄機能を発動させずに済むのか? という一点につきる。


「簡単ですのじゃ」と族長はいかにも簡単そうに言った。「我々自身の力で飛来種に打ち勝てるとこの星に判断させればよいのですじゃ」

「この星に判断……そんなことが可能なんですか?」


 族長はぱたぱたと羽ばたき、テーブルの上に着地してから俺の顔を見上げた。


「精霊王のもとに四大精霊が再び集結し、本来の力を取り戻せば可能ですのじゃ」

「精霊の本来の力……ですか」

「そうですのじゃ」と族長は言った。「遥か遠い昔に失われてしまった、四大元素の絶大なるパワーですのじゃ。即ち、火は溶岩の如く燃え盛り、水は激流が如く水脈を広げ、地は烈震の如く大地を支配し、風は嵐が如く世界を吹き渡る。それを感じ取れば、この星はガーゴイルを起動しないのですじゃ」


 俺は族長の言ったことについて考えた。自浄機能なんて発動せずとも、この星に生きる者たちの手で飛来種から護れるのだと惑星ALICEにわからせる。そのためには精霊王のもとに四大精霊を集結させ、精霊本来の力を取り戻させる必要がある……。なるほど、と俺は思った。ルナはそれしか方法がないとわかっていたから、俺とアリスをここに遣わしたのだ。


「でも……とてもじゃないけど簡単だとは思えません」と俺はしばらくあとで言った。「シルフのシルフィー様でしたっけ? たしかケルベロスとの一件で封印されたままなんですよね? それに、ここはもともと地の精霊ノームの住処だと前に聞きましたが、彼らだって行方知れずのままなんでしょう?」

「簡単と言ったのは掲題に対してですのじゃ。月に触れたいのなら手を伸ばすだけでいい。じゃが、そんな長い手の持ち主はどこにもいない。方法の模索。それは当然、長く険しい道のりになるものですのじゃ」


 いつの間にかアリスが俺の隣にいて、族長の話を真剣に聞いていた。「月に触れたいのなら手を伸ばすだけでいい……」、アリスはどこか哲学者的な顔つきで呟き、深く一度だけ頷いた。


 俺はまた族長に質問をした。


「ほかの精霊もシルフ族みたいに纏まって暮らしてるんですか?」


 族長は首を振った。


「ワシらのような一族を有するのはシルフだけですのじゃ。たとえば、ノームは最初から六人いてその全員がノームですのじゃ。誰かが欠ければ誰かから分裂して、また六人に戻るのですじゃ。

 ことのついでにほかにも述べさせて頂くと、まずサラマンダーは言うなれば一匹狼なのですじゃ。今はマグマがうねりをあげるバササラ火山の奥深くで、ある程度成長するまで冬眠しているはずですのじゃ」

「ある程度成長? まだ子供だということ?」とアリスが口を挟んだ。


「そうですのじゃ。サラマンダーは命が尽きると、脱皮をするが如く自らを赤子に戻し、代替わりを果たすのですじゃ。たしか先代が脱皮をしたのが二百年ほど昔。まだあと百年は冬眠することになるのですじゃ」


 まだあと百年? 俺は眉間のあたりに力をこめて族長の目を見た。


「小僧が言いたいことはわかるのですじゃ。それだと四大精霊の集結なんてはなから無理ではないのか? その点については問題ないのですじゃ。簡単な問題、大胆な解題ですのじゃ」


 族長は何か期待のこもったような目で俺とアリスを見た。俺たちはとくに何も言わなかった。


「……サラマンダーは二本の角に刺激を与えれば覚醒するのですじゃ。多少意識が混濁して先代の記憶がうまく引き継がれないかもしれないのですじゃが、それは致し方ないのですじゃ。ことは急を要するのですじゃ」


 俺は言った。「じゃあサラマンダーを呼び寄せるのは難しくないんですね?」


 族長は頷いた。


「すぐにでもシルフ族の者を遣いにやるのですじゃ。寝ずに羽ばたけばそう日数はかからないのですじゃ」

「お願いします」と俺は言った。寝ずに羽ばたく?

「そして最後にウィンディーネですのじゃが、彼女は死や老いから切り離されたところにある存在ですのじゃ」

「不老不死……ってことですか?」

「そのとおりですのじゃ。そして精霊としては珍しく、ヒトの男を深く愛し、婚姻を結んで、現在西の辺境の都市で幸せに暮らしておるのですじゃ」


 俺は驚いて何も言えなかった。人と精霊が結婚?

 アリスは頬を手のひらに乗せ、白雪姫と王子様の結婚式に思いを馳せる小間使いの少女のように、目をうっとりとさせていた。


「すごく素敵だわ。愛し合う二人の前では人種なんて壁にならないのね」

「いや……でも人と精霊ですよね? それに不老不死でもあるんですよね? なんて言うか……弊害みたいなものはないんですか?」


 アリスのモンゴリアン・チョップが俺の喉仏にヒットした。ぐうぇ。


「そんなことはあなたが心配することではないわ! 二人がよければそれでいいのよ!」


 息ができない。族長はアリスのことをさすが御心が広いだとか言っておだてていた。息ができた。


「ですのじゃが……」と族長は言って続けた。「ウィンディーネは自分が精霊だとも不老不死だとも相手の男に告げてはおらんのですじゃ。彼女はあくまで人として――もともと外見はどこからどう見ても若く美しいヒトの娘ですのじゃ――人世に入り込んでおりますのですじゃ」


 それから族長はウィンディーネにも遣いを向かわせると口にし、また白髭に揉み洗うような手付きで触れた。アリスはまだ恍惚としていた。


「じゃあ、火の精霊と水の精霊は族長にお任せするとして、地の精霊はどうしましょう? どこか行くあての目星はありますか?」


 ふうむ、と族長は言った。目星はつかないようだった。


「それなら、俺たちは地の精霊ノームの捜索にとりあえず全神経を注ぎます。ハンマーヒルやミドルノーム城に行ってみれば何か手掛かりが掴めるかも――」


 突然チルフィーの声が洞窟内に響いた。「スプナキン! おかえりであります!」と彼女は嬉しそうに言った。


 声の向かった先に視線を送る。隠れ家の入り口にスプナキンと六人の小人がいた。そのなかの一人が驚いた表情でシルフの隠れ家を見回した。「あんれまあ、本当にオラたちの住処がシルフ一族の隠れ家に使われてるんだっぺか!」


 俺は族長の顔を見た。彼はそれに気づいて静かに頷いた。


「あれがノームですのじゃ」と族長は言った。


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