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28 アウトレンジ

「安請け合いしちまったかな……」


 岩陰に隠れながら、シルフの族長が言っていた花の化け物の様子を窺い、俺は呟いた。


「思っていたより大きいわね、2メートルぐらいあるわよ」

「ああ、それに太いな……根幹が木ぐらいある……」


 それは大きな黒い薔薇のような化け物で、花冠を頭のようにキョロキョロとしながら根っこをウネウネと動かして不規則に移動していた。

 更に観察を続けていると、特に長い2本の根っこを手のように扱い、岩の上で日向ぼっこをしていた小さいトカゲを掴んだ。

 そしてそのまま花びらの奥に覗かせる大きな口を開くと、トカゲを器用に放りなげて捕食した。


「あの長い根っこには注意だな……あれの届く範囲には近づくなよ?」

「ええ、あのくらいの長さならアウトレンジからアイス・アローで攻撃出来るわ」


 新生サウスポーアリスが当然のように言った。

 その表情は、左利きの伝説的な早撃ちガンマンであるビリー・ザ・キッドのように自信に溢れていた。


 いや、こいつはいつでも自信に溢れてるか……。


 と俺が考えを訂正していると、アリスの頭上で既に臨戦態勢のチルフィーが言った。


「食人花は意外と素早いので気を付けるであります!」

「食人花か、恐ろしい名前だな……。で、捕えられたシルフ族はどこにいるんだ? まさか既に食われたとかないよな」

「それはないのであります! 豊富なマナを有するシルフ族をそのまま食べると大変な事になると食人花は理解しているのであります! なので、どこかで天日干ししているはずであります!」

「て、天日干し……。そもそも、なんで捕まったんだ?」


 俺が聞くと、チルフィーは悔しそうに顔を震わせ、長い緑色の髪を結ったポニーテールを左右に振った。


「花畑を荒らすので討伐隊を結成して挑んだのでありますが、返り討ちにあったのであります……。その後も討伐隊を組んで挑み続けた結果、族長と子供達……それに調達隊長のあたし以外全滅したのであります……」


 自分だけ無傷で無事な事が許せない。チルフィーの表情からは、そんな想いが見て取れた。


「安心しろ。生きてるなら必ず俺がシルフ族のみんなを助けてやる」

「ちょっと! 私達、でしょ!」

「ああそうか。俺達が助けてやる!」

「分ればいいわ! じゃあ先制攻撃よ!」


 と、突撃しようとするアリスの腕を引っ張り、再び岩の陰に引き寄せた。

 あらかじめアリスの腕を掴んでおいて正解だった。こいつはビリー・ザ・キッドであると同時に、ドン・キホーテでもあったのだ。


「待てアホ! 先制攻撃はいいが、俺の作戦を聞け!」

「じゃあ早く言いなさいよ! ぐずぐずしていると逃げられるわよ!」

「そうであります! 早くしないと勝機を逃すであります! いざ突撃であります!」


 2人のドン・キホーテの言葉に、俺は溜め息を一つ。その後に作戦を告げた。


「俺が最初に突撃して攻撃を引き付けるから、その隙に最大限離れた位置からキューブを落として即終わらせろ。出会って4秒で討伐作戦だ、分かったか?」

「4秒は難しいわね……」

「ものの例えだ。あんな化け物と長く戦ってられるか」

「あたしはどうするでありますか!」

「チルフィーは……」


 あれ、こいつなにが出来るんだ? 風の精霊なら風の魔法が使えるのか?


 チルフィーの魔法次第で作戦は大きく変わる為、俺は期待を込めて聞いてみた。


「チルフィーはなにが出来る? 援護的な魔法が使えるならありがたいけど」

「得意なのはチアであります!」

「おお、それはどんな魔法だ?」

「魔法ではありません! ただの応援であります!」

「……じゃあチルフィーはアリスの頭で振り落とされないように踏ん張っててくれ」

「了解であります!」


 その場で俺は深呼吸を一つして気合を入れた。


「じゃあ行くぞ! とにかく速攻で終わらせる!」


 そのまま岩陰から跳び出し、食人花の後ろから一気に駆け寄って木霊を使役した。


「出てこいや木霊!」


――出たで ――そうやで ――木の精霊やでっ


「出来ればこの一撃……いや二撃で決める!」


 俺は村で試した木霊から鎌鼬への流れを頭の中でイメージしながら、少し高めに配置した3体目の木霊から一気に飛び跳ね、食人花の頭のような花冠へと右腕を構えた。


「戻れ木霊! ……出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 自発的に還るのを待たずに3体目の木霊を強制帰還させ、そのまま鎌鼬を使役する事に成功した。

 だがその二撃の斬風で倒すまでには至らず、大きくて厚みのある花びらの数枚を斬り落とすに留まった。


「くそっ……当たる瞬間に少し避けやがった」


 花の化け物にしては反射神経が良さそうで、俺が上空から鎌鼬を使役する寸前に花冠を僅かに横にずらし、致命傷を避けたようだった。

 だが、花冠のすぐ下にある根幹の窪みから覗かせた目は俺に殺意を示し、花びらを斬り落とした事も好材料として受け取ると、奇襲は大成功と言え俺は自らに花マルを付けたくなった。


「花だけにな! アリス! 今のうちにキューブを作れ!」


 俺は食人花をその場から移動させない為に、俺自身の足に根を張ったつもりでインファイトを挑みながら叫んだ。


 俺の言葉を聞く前から動き出していたアリスは、距離を見極めながら食人花の後ろに回り込み、その場から俺と食人花の上空に向けて両手を構えた。

 アリスのキューブは距離と大きさに比例して重くなるらしいが、既に扱い方をマスターしているようだ。


「あなたはちゃんと避けなさいよ! アイス・キューブ!」


 だが上空に六面体の氷の塊が現れた瞬間、食人花の目から赤い光が消えた。


「っ……! 攻撃対象が移った! アリス気を付けろ!」


 注意喚起虚しく、俺が言い切る前に食人花は長い根を更に伸ばし、アリスの右足に絡みつかせた。


「ちょっと! なにをするのよ離しなさい!」


 六面体の氷の塊は消え去り、アリスはそのままその場で逆さに持ち上げられ、白いプリーツスカートが捲れないように必死に両手で抑えていた。


「見るんじゃないわよ変態!」

「大丈夫だ! タイツの防衛機能はちゃんと働いてる!」


 と、俺達がお約束のような会話をしていると、食人花は持ち上げたアリスをそのまま大きく開いた花冠の奥にある口へと放り投げた。


「出て来いや木霊!」


――黒タイツの奥から ――薄っすらと白いのが ――見えてるでっ


「バカ! お前ら余計な事を言うな!」


 出てくる度に喋る木霊の階段を一瞬で配置し、放り投げられたアリスを空中でキャッチしようと俺は空を駆けた。


 間に合うか……!? いや、間に合わせろ俺!!


 全神経を両腕に集中させ、回転しながら落ちてくるアリスに手を伸ばした。

 そして3体目の木霊の上でアリスを上手くお嬢様抱っこの形でキャッチした。


「う、上手く行き過ぎたな……大丈夫かアリス」

「チャンスよ! アイス・アロー!」

「えっ!?」


 そのままアリスは木霊の上でバランスを取りながら片足立ちしている俺を気にせずに、お嬢様抱っこをされながら左手を真下に向けて氷の矢を撃った。

 氷の矢はアリスを捕食しようと待ち構えていた大きく開いた口を貫き、食人花は耳を塞ぎたくなるような怪音を発した。


ギィィィィッィエエエ!!


 それとほぼ同時に3体目の木霊は時間の限界と言わんばかりに自発的に還り、俺達は足場を失って自由落下する事となった。


 だがそれは――


「勝機であります!」


 必死にアリスの頭にしがみついているチルフィーに先に言われたが、その通りだった。


「離すぞアリス……しっかり着地しろよ! 出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 落ちながら食人花の口の中に右腕を突っ込み、食人花の体内で二撃の斬風を放った。

 太い茎をなん十本も纏めて鎌で刈り取ったような感触が腕に伝わり、同時に俺は勝利の手応えを――


「我々の勝利であります!」


 黙ってろお前。……同時に俺は勝利の手応えを感じた。


「足がグネってなったわ!」


 少し着地に失敗したらしいアリスが、座って右足首を抑えながら言った。


「大丈夫か? 包帯巻いてやるからリュック――」

「まだ動いているであります!」


 チルフィーの言葉に素早く反応して食人花に視線を移すと、長い2本の根を1本のヤリのように巻き付け、それを俺達に向けて凄い勢いで伸ばした。


 くそっ……! 全員串刺しになるっ……!


 焦った俺は、確実な保障も無しに右腕を迫って来る根のヤリに向けた。


「出でよ玄武!!」


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