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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
五部 第一章

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254 アリスの子泣きじじいみたいな悲鳴

 アリスは赤いリュックの中をまさぐり、ポテトチップスとチョコパイとチーズおかきと板チョコとペットボトルを二本取り出して月の迷宮の床に並べた。ペットボトルの中身はオレンジジュースとお茶だった。


「食べられるうちに食べておくわよ!」


 俺は頷き、アリスからお茶を受け取ってひと口飲んだ。雑味のない爽やかな渋みの美味しいお茶だが、ふとアリスの家でジェームズが淹れてくれたお茶と比べてしまい、少しだけ残念な気持ちになった。

 素材と茶器にこだわるセントバーナード犬がいて、銃の形をしたスタンガンを持つタヌキがいて、車を運転するキツネがいて、三島平八みたいな爺さんがいて、そして庭に俺の実家が八千軒は建ってしまうアリスの超が二万個はつく豪邸。俺はそこでの出来事を事細かく思い出しながら、ブタ侍と一緒に(魔法人形がチョコパイをもぐもぐと食べているのはこの際スルーしようと思う)お菓子を頬張るアリスに声をかけた。


「なあアリス、サワヤちゃんと別れてからさ……俺はお前の家に――」

「その女の子の話はよしてちょうだい!」


 アリスはつまんでいた食べかけのポテトチップスを俺の口に強引に突っ込み、話を遮った。高貴な梅味のポテトチップスだった。


「いや、サワヤちゃんの話じゃなくて……」と俺は上弦の月のような形になっているポテトチップスを噛み砕きながら言った。

「嫌よ! 聞きたくないわ! あなたは私に燃えたぎるような負の感情を抱えて月の迷宮を攻略しろと言うの!?」

「やっぱり完全に嫉妬してるじゃねえか……」

「嫉妬じゃないって言っているでしょ!」


 アリスは頑なだった。俺は諦めてチーズおかきを食べ、お茶をまたひと口飲んだ。

 アリスの祖母がアリシア・イザベイルだということや、アリスの母が炎に覆い囲まれるなか、お腹に宿る新しい命をどこかに転移させたこと。それらものすごく大事なことを話しておきたかったのだが、それはまたあとでということになりそうだ。もっとも、アリスの母の件に関してはあくまでアリスの祖父――園城寺譲二の私見なので、アリスに話していいかどうかは疑問符が生じざるを得ない。産まれることのできなかった妹の存在を思い出してひどく悲しんだアリスに、色も輪郭もはっきりとしない希望を持たせていいものだろうか?


「どうしたの?」とアリスは俺に訊いた。「何を考え込んでいるの?」

「サワヤちゃんの十五年後」と俺は答えた。モンゴリアンチョップが俺の喉仏にきれいにヒットした。





「さあ! お腹も膨れたし出発よ!」


 赤いリュックを背負い、アリスは拳を高く掲げた。目の前には六層に下りる階段があり、月の迷宮の淡い照明が段の途中からくっきりとした明暗で分けていた。


「お菓子じゃどうも食った気がしないけどな……」


 俺の不満は聞き流され、そして俺たちは六層に足を踏み入れた。階段を下るやいなや、すぐにアリスはずんずんと先に進んで行く。


「ちょっと待て」と言いながら、俺はアリスの手を掴み取って静止させる。

「どうしたの? トイレなら隅っこで早く済ましちゃってちょうだい」

「いやちげえよ……」、俺はアリスの手を放し、そのまま右腕を別の方向に向けた。「出でよ八咫烏!」


カアアアアアッ!


 六層に点在する気配が俯瞰の映像となって、俺の視界内に透過するようにして映し出される。


「この層には見えない敵がいるだろ? 不意打ちなんてくらいたくないからな」

「あら。あなた意外と考えているのね」

「お前よりはな……。それと……加えて出でよ――大蝦蟇!」


 ゲコゲコッ!


 アリスの隣にこげ茶色の大きな蛙が顕現し、遥か先に薄っすらと見える天井に向かってヴァングレイト鋼の短刀――鬼姫・陰をぺっと吐き出した。

 俺はそれをキャッチし、アリスに向かって見せる。「これがさっき言った、カイルがくれた鬼姫・陰だ。鞘がないから不便だけど、そろそろ持っておきたいからな」


 しかし、アリスはなんの反応も示さなかった。目が文字通り点になっていた。

 おいどうした? と訊きながらチョップを頭に打ちつけてみる。しばらくしてからアリスは目を見開き、世界中の人が慌てて跳ね起きてしまいそうになるぐらい大きな悲鳴をあげた。


「オンギャアアアアアアアアアアアアアアア!」





「いいこと? これからあのカエルちゃんを使役する時は絶対に私から離れて行うのよ?」

「ああ、わるかったわるかった。お前が蛙苦手なの忘れてたよ。……にしてもお前、オンギャアってなんだよ」


 アリスの子泣きじじいみたいな悲鳴を思い出し、また俺は腹を抱えて笑ってしまった。アリスのチョップが俺の背中を叩き、そして氷の塊が俺の後頭部に落下した。


「いつまで笑っているのよ! 悲鳴なんだから言葉の選択なんてできるわけがないもの、仕方がないじゃない!」


 俺は緩む頬を緊張感をこめて何度か叩き、還ってしまった八咫烏を再び使役して呼び戻した。


カアアアアアッ!


「見えない敵がいて危険だから、カラスちゃんで気配を視ながら進むということね?」とアリスは言った。「たしかに一昨日来たときはすごく苦労させられたけれど、あなたずっと使役したままでいられるの?」

「オンギャア」と俺は言って頷いた。イエス、ということだ。

「いい加減にしてちょうだい! あなたしつこいわよ!」


 また吹き出して笑い転げる俺にアリスは冷たい一言を浴びせ、そのままブタ侍を頭に乗せてすたすたと歩いて行った。


「ま、待ってくれ」、俺は月の迷宮の床を確認しながら、一歩いっぽ確実に歩を運ぶ。八咫烏を使役しつづけるのはなんとかなりそうだが、実際の視界に俯瞰の映像が加わっているので、慣れるまではとてもじゃないが一人で素早く歩けそうにない。


 アリスは察してくれたのか、ふわっと飛んで俺の隣に着地し、俺の手を取って強く握り締めた。


「世話のやける人ね! 手を繋いであげるから、あなたは歩くことと気配にだけ集中してちょうだい!」

「ああ頼む。でも死ビトの気配は視えないから、それはお前の目でちゃんと見て気をつけろよ?」

「わかっているわ!」


 六層はとくに仕掛けはないが、一つひとつのフロアがとても広く、そして死ビトやモンスターが五層までと比べて非常に多い。しいて言えば、その大量の敵と見えない敵が引き起こす『最悪の邂逅』こそが仕掛けとも受け取れるのかもしれない。事実、前回の六層では食人花やミノタウロスと交戦中に、見えない敵から攻撃を受けて俺は深手を負ってしまった。

 今回はそんなことにならないよう注意しながら俺たちは進んだ。しばらくするとフロアが見えてきた。アリスが入り口からひょこっと顔を出して、中の状況を確認する。


「中の気配は十だ。全部見えるか?」

「ええ、死ビト八体とミノタウロス二体が戦っているわ」

「じゃあこの部屋に見えない敵はいないな……。八咫烏を還すからちゃっちゃと倒しちまおう」


 繋いた手が予告なしに離れていく。「それじゃ戦っている時に遭遇したら危ないじゃない! 私たちが全部やっつけるわ!」


 私たち? アリスはその場でしゃがみ込んだようだった。しかしとてもじゃないが、あれだけの数をアリスに任せて黙って突っ立っている気にはなれない。俺は八咫烏を還し、片膝をついて赤いリュックの中にごそごそと手を突っ込むアリスに目を向けた。


「私たちってなんだ?」と俺は尋ねる。

「カラスちゃん戻しちゃったの? 仕方がないわね、じゃあこれを見たらまた使役しなおしてちょうだい!」


 アリスの手でどんどん床にぬいぐるみが立ち並べられていく。するとライオン、カバ、ゴリラ、キリンの計四体がスイッチを入れたように急に動き出し、アリスを中心にして一斉に戦隊モノみたいなポーズをとった。


「ま、魔法人形か……」と俺は言った。

「そうよ! アリス戦隊よ!」とアリスは元気良く声をあげ、胸を突き出して両手を腰にあてた。「カバちゃんがアリス・ブルー、ライオンちゃんがアリス・イエロー、ゴリラちゃんがアリス・ブラック、キリンちゃんがアリス・イエローよ!」

「待て、イエローが二匹いたぞ」

「色の兼ね合いよ! とにかくあなたはカラスちゃんを使役して大人しくしていてちょうだい!」



 アリス戦隊は強かった。

 ライオンが雄叫びをあげると3メートルもあるミノタウロスが見るからにたじろぎ、その隙にゴリラがミニチュアのような剣の切っ先を正中線に走らせた。

 割り箸のように縦真っ二つになったミノタウロスの向こう側で、巨大な斧が大きく振りかぶられ、そして投擲された。もう一体のミノタウロスだった。

 しかしそれはアリス戦隊にまで到達することはなかった。激しく回転して迫る斧にカバが飛びつき、そして噛み砕いたのだ。ともすればミノタウロスは武器を失い、天を仰いでもおかしくない場面だった。だが彼には――あるいは彼女には――それすら叶わなかった。キリンが瞬間的にミノタウロスの背後に移動し、鞭のように首をしならせ、そして気づけば巨躯が上下に分断されていた。


「や、やるじゃねえかアリス戦隊……」と俺は言った。コミカルな見かけに反して魔法人形は強く、そして躊躇がなかった。

「マナが飛び抜けて多いアリスが獲得した魔法人形でござるからな」と俺の体をよじ登って頭の上に座り込み、ブタ侍は言った。ゲームコーナーのUFOキャッチャーに入っている魔法人形は、ゲットした者のマナの量でその強さが変わるのだ。


「拙者もウキキではなく、アリスに取られればあのように戦えたのでござろうか?」

「そうだな……マジでわるかったな、考えもなしに俺が取っちゃって」


「いや――」とブタ侍は力強く言い、続く言葉に想いを乗せた。「すまないでござる、前にも交わしたやり取りでござったな。愚痴が言いたかったわけではござらん。拙者は水先案内人――お主らを月の迷宮にいざなう者。それ故にアリスやウキキと心を通わせることができるのでござる。それだけで、拙者は十二分に満たされているでござるよ」


 アリス戦隊が残る死ビト八体を瞬く間に撃破し、フロアの真ん中で勝利のポーズを決めた。よく見ると、それぞれがアルファベットを形どっているようだった。アリス・ブルーが『A』、アリス・イエローが『L』、アリス自身が『I』、アリス・ブラックが『C』、そしてアリス・イエローが『E』を、負担度的にはかなり不公平ながら、各自が最高の笑顔で綺麗に決めていた。


「実を言うと、ウキキがいないあいだ拙者はずっと不安だったのでござる。このままウキキが帰ってこなければ、いずれアリスはあの太陽のような笑顔を失ってしまうのではないかと。ウキキの姿を見て、拙者はまことに安心したのでござるよ。拙者では守れる自信がなかった」


「いや――」と俺は言った。十八歳になったアリスが、俺の脳裏で今と何も変わらない笑顔を顔いっぱいに広げた。「お前はアリスの笑顔をちゃんと守ってくれてたよ。俺がいないあいだ――七年もあいつのそばでずっとさ」


 アリスが駆け寄ってきて、ものすごく調子にのった顔で威張り散らした。「二人とも見たかしら!? アリス戦隊の強さに驚いて声も出ないんじゃない!? あなたも入隊テストをパスできれば補欠要因で入れてあげてもいいわよ!?」


「オンギャア」と俺は言った。アリス・レッドの席はあるか? ということだ。

 ブタ侍がとても楽しそうに笑った。そしてアリスはタコみたいに真っ赤になって怒り、俺の腕に噛みついた。


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